第27章 ── 第15話

 昼間の園遊会は大成功だった。


 エマはマルエスト侯爵に関係が深い貴族男性にスーツやドレスを売り込んだ。

 マリスはドヴァルス侯爵にエスコートされて顔を売り、子ども用ドレスの注文を大量に受けた。

 アナベルとアラクネイアは貴族女性たちに囲まれ売りまくったらしい。

 もちろんそれら女性たちの伴侶や恋人にも同じ素材の貴族服やスーツの注文もあったようだ。


 俺の手元に集められた各人の注文書に俺はニンマリする。


 ただ、トリシアだけは不本意な顔だ。

 トリシアは貴族女性たちに大人気だったのだが、スーツを着ている彼女を目で楽しむのが目的であって服やドレスには全く興味がなかったようで注文は全く受けられなかったのだ。


 俺が顔を出したので服よりも俺へ注目が集まったのも問題だったのかもしれない。


「トリシア、気にするなよ。俺の所為でもあると思うし」


 ソファの上で膝を抱えているトリシアが拗ねた子供みたいになってて笑う。


「そうね。トリシアはドレスじゃなかったもの。

 今度はドレスで出てみたらどう?」


 エマが拗ねたトリシアにニッコリと笑いながら提案する。


「待て。私にあんなヒラヒラした服を着ろというのか?」

「だって、貴女に集まるのは女性じゃない。

 それならドレスを着て売り込むのが常套手段じゃないかしら?」

「だがな……戦闘にでもなったら動きづらいだろうが」


 エマが処置なしと肩を竦める。


「この城でどうやったら戦闘になるのよ?」

「だが、冒険者たるものいつでもどんな状況にも対応できるようにしておかねばならんではないか」


 トリシアはスーツの上のボタンを外すと前を開いてみせる。

 その中には革のベルトに固定された二本の短剣。


「ドレスではこのような準備が難しい」

「呆れた。そんなの装備してたの?」

「当然の準備だ」


 全くどこの武芸者だよ、トリシア。

 まあ、トリシアらしいと言えばトリシアらしいんだが。

 戦闘狂具合はアナベルとドッコイドッコイだよな。


「トリシアさん。ドレスでも武装は可能なんですよ?」

「え……?」

「ほう。どうやってだ?」


 アナベルから聞こえてきた言葉にエマが言葉を失う。

 トリシアは目を輝かせているが。


「ほら、見てください」


 アナベルがスカートを手繰り上げると、腰に巻いたベルトの下に小さめのメイスやらブラックジャックやらが何本もぶら下がっていた。


 ゆらゆら揺れる武器の奥に見えるガーダーベルトが妙に艶めかしいが、物々しさにそれもぶっ飛ぶ光景だ。


 俺は目を瞑ってこめかみ辺りを手で揉む。


 戦闘狂ナンバーワンはやはりアナベルか……。


「貴女たちはもう少し品性を養うべきです。主様が頭を抱えていらっしゃいます」


 アラクネイアが鼻を鳴らしアナベルやトリシアを嗜める。


「しかしな。いざという時に、どうやってケントを守るというのだ?」

「このように。素手を使えばよろしい」


 シャッと出したアラクネイアの手には長く鋭く伸びた黒い爪が。


「あら、それ便利ですね。どうやるんです?」

「爪の組成を少々弄ればできるでしょう?」

「アラネア。人間にそれは無理だ。魔族ならば可能かもしれないがな」

「我は別にそんな事をやらぬでもいざとなれば竜になれるでな。爪を伸ばすなぞ、必要ないスキルなのじゃ」


 どいつもこいつも戦闘狂か。

 エマ、お前だけがまともな女性陣です。


 俺の視線に気づいたエマが俺に脱力して見せて同意を表す。


「主様、お茶をどうぞ」

「ああ、すまない。ありがとう」


 アモンが俺の前にお茶を置いてくれたので素直にお礼を言うと、アモンは嬉しげにお辞儀をする。


「望外の喜びです」


 そういやアモンはどこにいたんだろう?

 注文は取ってきたかな?


 俺は注文書を確認する。


 お、これか。

 なになに……えーと……え!?

 スーツが三〇着!? ドレスに至っては七〇着だと!?


 アモン提出の注文書に俺は眼を見張る。


「コラクス……凄い数の注文取ってきたな……」

「簡単な事です。

 執事を連れた貴族に声を掛けただけですので。

 後は、トリシア殿やエマ殿、アナベル殿のいるところに案内して遠目から商品を見せただけです」


 当然の事のようにいうアモンだが、注文数が尋常じゃない。


「いや、すげぇよ。俺が持ってきてるヤツじゃ足りないな。

 晩餐会に着ていきたい人たちには悪いけど、半分くらいは後日発送にしなければならんね」


 俺の嬉しげな反応を見てアモンは満足げだ。

 それを見た女性陣はアモンと俺を交互に見て何かを悟ったように悔しげな顔になっていく。


「そう悔しそうにしなくてもいいよ。

 君たちは商品を客に見せるためのマネキンみたいなもんだからね。

 注文を取るのも大事だけど、ドレスやスーツを多くの貴族に見せて歩くのが目的なんだ。

 コラクスはそれを見越して注文を取る事に注力したって事だろう」


 今回の園遊会は三日間続く。

 一日目は商品のお披露目という名目が本当だからね。

 本番は二日目以降と思っていい。


 俺は注文者一覧を見つつ、大マップ画面で該当者を検索。

 持ってきたドレスやスーツと照らし合わせ、夜に行われる社交界の続きである晩餐会までに届けられるように仕分けを開始する。


 無用の軋轢を生むので、有力貴族に優先的に割り振るようにしておく。


「やはり出来合いの服だとサイズが合わない物が多いな。

 三分の一は売れそうにない」


 仕分けした衣装を丁寧に紙に包む。

 それぞれの包みに対応した貴族の名前が記された紙を貼り付けていく。


「これを届ければいいのかや?」


 マリスが包みを一つ手にとって名前を確認している。


「いや、君たちは配送しなくていいよ。これを届けるのは召使いやメイドたちにやってもらおう」


 これらを届けて、晩餐会にシルクのドレスやらスーツを着てくる貴族たちを見れば、他の貴族たちは目の色を変えるはずだ。懐に余裕のある貴族は必ず注文してくるだろう。

 今回の社交界に間に合わなくとも、貴族たちは御用達の商人に仕入れるよう注文を出すはずだ。

 シンジの店は既に商業ギルドに登録しているから、トリエンにやってくる商人は必ず商業ギルド経由でシンジの店にやってくる。


 シンジの店は大忙し間違いなしだが、トリエンの実入りも増える。

 通行税、物品税、商業税と何度か取れるので、中々美味しいことになる。

 流行は一過性のものだから、毎シーズン貴族は新調するだろうしな。


 などと、取らぬ狸の皮算用と仕分け作業をしていると、ハリスとフラウロスが影の中から現れる。


「ケント……話がある……」

「ん? どうした?」


 ハリスの顔を見るといつもより難しい顔をしている。

 フラウロスの顔はヒョウ顔なので表情は判らん。


「エマの……誘拐計画を……画策している者が……いる」


 その言葉にお菓子を口に運んでいたエマが「え!?」と声を上げた。


「ほう。そんな大それた計画をしている人物は誰だい?」


 俺は仕入れ作業をしつつ、ハリスに問いかける。


「トスカトーレ……侯爵……だ」


 ふむ。俺にけんもほろろにあしらわれた腹いせかね?


「大貴族がやる事かねぇ」

「それなのですが」


 寡黙なハリスは言葉数が少ないので説明に時間がかかる。

 痺れを切らしたのかフラウロスが口を挟んだ。


「かの侯爵は、我が主の力は魔法道具の開発にあると思ったようですな。

 その中心的人物と判断したのでしょうか、エマ殿を奪取すれば我が主の力を削げると考えたのでしょうな」


 エマが呆れた顔をする。


「魔法道具の設計も付与魔法を作ったのもケントなのに。

 私はそれを行使しているだけだもの。

 ケントが居なければ魔法道具開発なんか私にはできないわよ?」

「ま、エマは主席魔法担当官だからな。

 俺は他の貴族たちに、エマをそのように紹介しているし……

 誤解されたのかもしれんね。エマ、ごめん」

「別に謝る必要はないわ。で、ケント……これからどうするの?」


 エマは気丈にも余裕のある顔をするが、不安の色は隠せない。


 さて、どうしたものか。


 誘拐が実行される前にトスカトーレを潰すのもできないでもない。

 王に情報を話し、トスカトーレを捕縛するだけで済む。

 しかし、それではトスカトーレ派閥は頭をすげ替えるだけで存在し続けるだろう。


 誘拐を計画しているトスカトーレだけを捕縛したところで意味はない。

 どうも俺にはトスカトーレ派閥が王国の患部のような気がしてならないのだ。


「ケント……もう一つ……情報が……ある」

「ん?」

「ロスリングを……焚き付けたのは……トスカトーレ派閥の……パリトン伯爵らしい……」


 誰ですか?


 俺が首を傾げると、ハリスがパリトン伯爵について詳しく説明してくれた。

 ハリスによると、パリトン伯爵とはトスカトーレ派閥だが、他の派閥にも顔の利くコウモリ野郎らしい。

 今回、エドモンダール伯爵の派閥との橋渡しをしたのも、このパリトン伯爵だそうだ。

 決して表には出てこないが、大抵の問題に関わっている非常に胡散臭い貴族だということだ。

 最近、トリエンの情報をかき集めているそうで、その情報をトスカトーレに常に流しているという。


 なるほど。こいつがトスカトーレの情報の要って事ですな。

 うちのハリスやトリエンの情報局的な仕事をやってるって事だ。

 こいつも含めてトスカトーレ派閥をぶち壊したほうが良さそうだ。


 今のエマのレベルは大マップ画面の検索から調べるとレベル六〇で、一般的なティエルローゼ人の上限値に達していた。

 これならどんなヤツが相手でも何の問題もないと思う。

 しかし、エマは以前攫われて監禁された経験がある。

 もしトラウマになってたら「誘拐されてくれ」などとは頼みづらい。


 ハリスに「どうする?」と聞かれ、俺がエマをチラリと見てから「うーん」と唸っていると、彼女は俺の側までやってくる。


「誘拐計画を実行させてみたら?

 そいつが罪を犯せば国王陛下ご自身で処罰できるでしょう?」

「しかしね。エマは大丈夫なのか?」

「ケントもそう考えたんじゃないの? 私なら大丈夫よ。これでも頑張ってレベルを上げてるんだから」


 エマが俺の顔をジーッと見上げてくる。


 うーむ。気を使わせてしまったか?


 エマが大丈夫というなら、可能な限り準備をさせてやってもらうのが一番いいかもしれん。


「んじゃ、頼もうかな……」

「任せて」


 エマはニッコリと笑う。


「ハリス、エマの護衛に分身を一人付けてもらう。

 それとトスカトーレがいつ誘拐を実行しようと考えているかしっかり調べてくれ」

「承知……」


 さて、これからどんな事になるか判らんが、王国の不利益にはならないはずだ。

 今回の件はミンスター公爵にも情報を流して事後処理の協力を頼む必要があるかもしれん。

 そのサポートをマルエスト侯爵にやってもらえれば、心強い気がするな。


 これは社交界を揺るがす一大事件になるはずだ。

 事件が露見して国王がどんな処罰を下すにしろ、トスカトーレ派閥を必ず瓦解させてやる。

 俺の仲間に手を出したらどうなるか、貴族たちへの見せしめにもなるしな。


 さて、衣装の仕分けをとっとと終わらせて、エマ誘拐計画への対処のための準備を始めよう。

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