第27章 ── 第14話

 テラスに到着すると、老若入り乱れた貴婦人方がトリシアを取り囲んでいるのが見えた。

 伝説の冒険者であり男装の麗人たるトリシアは、相変わらず女性人気が凄い。

 その様子を貴婦人たちの連れの男たちが生温かい目で見ているという構図なわけだ。


 王子は貴婦人たちを見て怪訝な顔をしている。


「辺境伯、あれは何なのだ?

 あれほど貴族女性が集まっているのを私は見たことがないんだが」


 男装のトリシアが貴族女性たちの前に出たのは、今回を含めなければ一度しかなかったはずだ。

 それも正式な社交界ではなく小規模な立食パーティだったし、それに参加した女性は多くなかった。

 なのに、これだけの貴婦人方が集まっているという事は、最初の男装トリシアを目撃した貴族女性が社交界で吹聴しまくったのかもしれん。


「王子行きましょう。あの人だかりの中心に目標物があるはずです!」

「何やら危険な冒険のような気がしてならないのだが?」


 選択肢は一つしかない。「掻き分けて進む」だ。

 しかし、女性の身体に無闇に触るのは、袋叩きに合いかねない所業である。

 俺の脳裏には一言しか言葉しか浮かばない。


 詰んだ……


 基本的に女性を相手にした場合、俺の問題解決能力は地の底を這うレベルだ。

 ある意味、思考能力が停止するというか、女性の言いなりというか、お願いされたら断れないというか。


 俺が頭を抱えていると王子が同情を示す表情をする。


「貴殿の気持ちは解る。女は強いぞ。

 というか女に嫌われた後の社交界は地獄だ……」


 王子にもそんな経験があるのだろうか?


 俺の表情を読んで王子は苦笑する。


「私ではないぞ。そうやって社交界から消えた男どもを何人も見ているのだ」


 王子の説明によると、女性たちの横の繋がりは凄まじいらしい。

 一度悪い噂を立てられると、その横の繋がりが作用するのか噂の的である貴族家が没落することもあるという。


 裏から有力貴族に繋がるからという話なんだろうけど、やはり有力貴族といえど奥方には弱いという事だろうか?

 まあ、俺も仲間の女たちには甘い気がするしなぁ。解らないわけじゃない。

 ま、仲間の女たちはそれほどワガママは言わないから助かるけどね……料理以外では。


「おい、ケント。そんな所で何してるんだ?」


 トリシアの声に振り向くと、まさにモーゼの海割りの如く貴族女性の列が割れた。


「おお……」


 ヅカジェンヌよろしく不敵に笑うトリシア。

 その光景に王子から感嘆の声が漏れる。


 確かに太陽の光を燦々と浴びたスーツ姿のトリシアは普段の三割り増しでキラキラしているように見える。


 シルクの光沢の勝利ですかな。


 トリシアは颯爽と俺たちの所まで歩いてくる。

 リアル世界のモデルでもここまで格好良く歩けない気がしてならない。


「何でこんな所にいるんだ?」

「ああ、トリシアの衣装を王子にご覧頂こうかとね」

「ほう」


 トリシアの目が王子を見下ろす。


 俺も大概背が低いが、王子もそれほど背は高くない。

 といっても、一七〇を超えてはいるだろうけど。

 トリシアの身長は一八〇くらいあるので、見下ろす形になるわけです。


 森のエルフって一様に背が高ぇよなぁ……その中でもトリシアは背が高い方だしな。

 そんなトリシアより背の高いハイエルフも大概だけどな。


「これは我が弟分が意匠を施した『スーツ』という物だ。存分に検分するがいい」


 トリシアがフィルよろしくオーバー・アクションで色々なポーズを取る。


「きゃぁ!」


 黄色い悲鳴が上がると同時に俺たち三人は女性に取り囲まれてしまう。


「まぁまぁまぁ!!」

「ちょっと、貴方邪魔よ!」


 俺は後ろから女性に突き飛ばされたり、頭の上から押し込まれたりと揉みくちゃにされてしまう。

 王子も似たようなものだが、俺よりもマシだろう。


「おい、お前」

「はいっ!」


 トリシアが俺の頭を押さえつけていた貴族女性を指差した。

 目が異様に冷たくギラリとしているのが怖い。


「ケントに今何をした?」

「え……あの……何を……?」

「ケントは我が指針、私の目標。そして私の物だ。

 そのケントを足蹴にしようとはいい度胸だな」


 その威圧にその貴族女性は「ひっ」と息を呑み、顔がみるみる青くなっていく。


「まあ、トリ・エンティル様の想い人ですの?

 そんな御方を粗略に扱うなんて、エルワール子爵婦人も駄目ねぇ」

「全くですわ。トリシア様のご機嫌を損ねるなんて」


 俺は見た。

 王子が言ってたように一つの貴族家が排除されていく様を。


 トリシアに糾弾されて狼狽えた貴族女性が、人集りの輪からどんどん押し出されて行く。


 ひい……怖い!

 イジメじゃねぇのか?


 俺は虐められていた頃の記憶がフラッシュ・バックして身が震える。


 これはいかん。


「み、みんな仲良く!」


 俺はアワアワしつつも、必死に勇気を出してエルワール子爵婦人なる女性を擁護するように行動する。


「折角の楽しい場の空気を壊しちゃ……」

「えー、でも子爵婦人はトリ・エンティル様のご機嫌を損ねたわ」

「そうですよ。トリシア様の言葉は絶対です」


 何だこのトリシア親衛隊は。

 どっかのアイドルの追っかけみたいな反応だな。


「ケントの言うことが聞けないのか?」


 トリシアの視線がまた冷たく光る。


「トリ・エンティル様の言葉は絶対なのではなかったのです?」


 別の貴族女性がニヤリと笑いながら牽制するように言う。


「そ、その通りですわよ。何を今更」


 フンと鼻を鳴らす女性に苦笑いしか出ない。


「私もいるのだがな……」


 王子の嘆息混じりの呟きが聞こえてきた。


「あら? これはエルウィン王子ではありませんか。

 こんな所で何をしてらっしゃるのです?」


 王子の頭上に肘を乗せていた貴族女性が慌てて王子から退く。


「ふう」


 中腰だった王子は立ち上がると貴族服の襟を正した。


「私は辺境伯殿と話していただけだぞ」

「辺境伯?」

「そうだ。彼がクサナギ辺境伯だ」


 王子はそう言うと、俺の背中に手を添える。


「どうも」


 俺はペコリと頭を下げる。

 すると、貴族女性たちがいくつものグループに分かれてヒソヒソとしはじめる。


「あれが噂の……」

「私、初めて見ましたわ」

「見た目、全く凄い御方には見えませんね」


 などと聞き耳スキルが拾ってくるわけだが……


「なんか地味な方ですが……」

「全く情報が入って来ないんですもの」

「私の旦那様があの方に取り入ろうとしてますわ」


 どうやら各派閥ごとにグループに別れたようだね。

 派閥の垣根を越えてトリシアのファンが集まったわけか。

 面白い現象だ。


 先程、仲間はずれになりかけたエルワール子爵婦人という人物のステータス画面を調べてみると、彼女はエドモンダール侯爵派閥の貴族の奥方である事が判明した。


「で、ケント。王子とこの服を見に来たんだろう?」

「あ、ああ……そうだった。王子、どうですか? これなら貴族服として使えるんじゃないですかね? 俺たちは『スーツ』と言ってるんですが」


 タキシードほど派手ではないが、フォーマルな場所でも着こなせるようにデザインされている。

 シンジは婦人服だけでなく、男性服でも問題なくデザインできるのだ。


「うむ。素晴らしい光沢だ。

 それに着ている人物がまた素晴らしい。エルフの麗人殿、私はエルウィンだ。よろしく頼む」

「トリシア・アリ・エンティルだ」

「トリシア・アリ・エンティル? どっかで聞いた名前だな?」


 トリシアに差し出された手を王子が取りつつ小首を傾げる。


 トリシアから手を差し出したね?

 どうもエルフの方が人族よりも格上扱いになってるような気がするね。

 大陸西側でも「エルフ様」とか言われてたもんな。

 やはり長寿というのは生物の種として尊敬の対象なのかもしれない。


「彼女は伝説の冒険者ですから、俺なんかよりも遥かに有名なんですけどね?」

「冒険者? このエルフ殿が?

 冒険者……? 冒険者!! 『ストラーザ・ヴァリスト・エンティル』のエルフ殿か!!!」

「その通り」


 トリシアがニヤリと悪餓鬼の笑顔になる。


「ゆ、有名どころの話ではないではないか! 我が国の英雄殿の一人だぞ!?」

「そうらしいですね」

「何で貴殿が伝説のエルフ殿を仲間扱いしているのだ!?」

「勝手に押しかけてきまして……今では俺の副官です」

「伝説のエルフ殿がか!?」

「伝説伝説煩いな。ケントは伝説どころではないぞ。神話級だからな」


 伝説だとか神話級とかお前も大概だろが。


 なにはともあれ、王子とトリシアとの顔合わせは一応成功ってことかな。

 トリシアも俺と一緒で、地位とか階級とかに頓着しないタイプだからね。

 というか、トリシアはファルエンケールに帰れば立派な貴族様なんだけど。


 俺たちとのやり取りを遠巻きに見ている貴族女性たちのグループも俺たちの話を聞きかじりつつ噂話に勤しんでいる。


 噂の中心に自分がいるというのは、ドーンヴァースで「オールラウンダー」を引き当てて以来なので微妙に居心地は悪いが、これも俺の立場を確かなものにする為の苦行だと思う事にする。

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