第27章 ── 第13話

 俺は王子を連れてマルエスト侯爵の隣にいるエマのところへ向かう。


「エマ」


 俺が声を掛けるとエマはニコッリ顔で振り返った。


「あら、クサナギ辺境伯様。もうお話は終わったのですか?」

「ああ、大方は。細かい事はこれから詰める事になるだろうけどね」


 王子は目を丸くして上に下にエマとドレスを食い入るように見ている。


「へ、辺境伯……こ、この美少女は……誰だ?」


 美少女と言われエマは「フフッ」と妖しげに笑う。


 とても一〇歳程度の見た目で出来る表情じゃねぇよな。

 まあ、年齢から言えば、もう二〇代半ばになろうとしているんだし、問題はないんだが、王子は知らんからな。


「王子、彼女は我が領地で魔法工房担当官をしてもらっているエマ・マクスウェル女爵です。

 エマ、こちらはエルウィン・イリアス王子だ。失礼の無いようにな」


 俺がそう言うとエマは「そんな無作法なわけないでしょ」と批判めいた視線で俺を一瞬だけ睨む。

 エマはスカートをつまむと、少し上げて腰を少し落とした。


「王子殿下、お初にお目にかかります。エマ・マクスウェル女爵と申します。

 以後、お見知りおきを」


 さすがは貴族教育をしっかり受けているだけあって、そつがない挨拶をする。


「う、うむ。私はエルウィンだ。以後、良しなにな」


 王子はまだまだうぶなようですな。

 俺も女性の前では似たようなものなので、人のことは言えないんだけどね。


 見ればマルエスト侯爵がニヤニヤと笑っている。


「殿下、こちらのエマ女爵は、あのアルマイアの忘れ形見でございますぞ」

「アルマイア? 聞いたことがある気がするが思い出せん。誰だ?」


 王子は首を傾げつつエマを見つめる。


「悲劇のエルフの奥方の話は覚えておいでですか?」

「ああ、女たちが夢中の舞台の演目だったかな」


 王子は貴族の女性たちと演劇の観覧に付き合いで出かけたりもするらしい。

 エマの母親の物語は貴族女性に人気なのは前に聞いたことがある。

 王子も「アルマイアの悲劇」という演劇は見たことはあるそうだ。

 ただ、途中で寝てしまって内容はイマイチ覚えていないらしい。


「あの悲劇の主人公、奥方のアルマイアの忘れ形見がエマ殿なのですよ」


 マルエスト侯爵は得意げにエマの肩に手を置く。

 王子は胡散臭げにマルエスト侯爵を見る。


「あの物語は一〇〇年近く前の話だぞ。

 こんな美しい少女が登場人物の血族なわけがないではないか」

「それでもこれは事実なのですよ」


 マルエスト侯爵が俺に視線を向けてきたので俺はエマの救出劇について王子に軽く説明する。


「……このような経緯でエマをホイスター砦跡地から救出した次第です」

「七〇年も神々の力で護られていただと……」

「そうです。そのお陰で彼女は目覚めるまで年を取らなかったようですね。今は二三? 二四だっけ?」

「辺境伯閣下、女性に年齢を聞くもんじゃないわ」


 ピシリとエマに叱られて俺は苦笑いしてしまう。

 俺は「スマンスマン」と謝っておく。


「しかし……貴殿が関わると神々がよく出てくるな」

「確かにそうですね、困ったものです」


 俺は肩を竦めてみせる。

 王子も嘆息気味に息を吐く。


「貴殿が関わっていなければ眉唾だと笑い飛ばすところだが、関わってる段階で真実味が半端ないな。

 ところで、辺境伯。貴殿が見せたいと言っていたのは、女爵が着ているドレスの事なんだろうな?」

「ああ、そうです。

 このドレスの生地をお見せしたかったんですよ」


 俺はエマのピンク色のドレスを指し示す。


「どうです? こんな生地見たこと無いでしょう?」

「うむ……光沢が凄いな。ドレスも洗練された意匠で目を奪われる……」


 王子はじっくりとエマのドレスを見ていたが、無意識にエマの袖口に手が伸びる。

 エマはその手からするりと逃げるように体を躱した。


「王子、そのように不躾に女性に触ろうとするものではありませんわ」


 エマは「失礼でしてよ」と言いながら笑う。

 そう言われ王子は目を白黒させる。


「これは失礼した。

 貴殿の見た目には騙されてしまうな。少々布地を触らせて頂けるだろうか?」

「よろしくてよ」


 素直に謝る王子にエマは「フフン」といった感じで了承する。

 王子が少々遠慮がちにドレスの袖口の布地に触れる。


「これは凄いな。スベスベしていてオマケにヒンヤリしている……」


 シルクは熱の伝導率が良いからね、すぐに熱が拡散するからヒンヤリするんだよね。

 今のように夏場は良いけど、冬場は凍える事になりそうだ。

 こういう問題の解決方法はシンジが心得ているとはずなので、それほど憂慮すべき問題じゃないと思うけどね。


「この布地で貴族服は作らないのか?」


 王子が俺の着ている貴族服とエマのドレスを見比べる。


「ああ、今回は俺じゃなくて仲間たちに着てもらってるんです」


 俺は大マップでトリシアを検索する。

 トリシアは二階のテラスにいるらしい。

 白い光点多数に取り囲まれているのを見ると、貴族の婦女子たちと一緒なのだろう。


「男性用の服をお見せしましょう。案内しますね」

「そ、そうか。では、よろしく頼む」

「マルエスト侯爵、エマをよろしくお願いします」

「頼まれた」


 侯爵は快く引き受けてくれ、エマは手を振って俺たちを見送る。


 歩きながら王子はエマを振り返り、もう少し話したかったみたいだけど、男性用のを見たがったのは王子だから諦めろ。


「それにしても、辺境伯。貴殿はどこからあんな布を見つけてきたのだ?

 今の今まで、私はあのような布地を見たことがない」


 王子は俺の後ろに付いて歩きながら質問を投げかけてくる。


「ああ、あの布は中央森林のある種族が作っているんですよ」

「中央森林? どこの中央森林だ?」

「世界樹の森ですよ」

「はっ!? 世界樹の森だと!?」


 王子が素っ頓狂な声を上げる。

 噂で聞くように世界樹の森と言われる中央森林は、王子にもやたらと危険という認識らしい。

 以前、ランドールを迎えに行った時はそう思わなかったが、誰でも危険だという。


 ランドールのやつ、そんな所をソロで旅してたのか?

 あいつもやっぱり尋常じゃねえよな……


 ただ、俺や仲間たちには危険なレベルではないんじゃないかね。

 一般的な冒険者なら危険ってレベルなんだろうな。

 四〇を超えたら案外適正レベルなのかもしれない。

 マリスの実家があるので世界樹周辺にはドラゴンが住んでいると判明しているし何とも言えないか。


 そんな場所で生き生きと生活しているアラクネーって実は凄い種族なんじゃ?

 確かにレベルはベテラン冒険者くらいだし、基礎能力も人間より高そうだしな。


 階段を登り城の二階へ。

 王子と連れ立って歩いているせいで俺に声を掛けたそうな貴族は、全く話しかけてこない。


 王子はというと、そんな事も気づかず何故か浮かれて話しまくっている。


「父上は、私が大貴族の甘言に乗って立場を見失っておると申された。

 真の臣下であれば、王族の権威を利用して権力を持とうとなどしないと……」


 確かにそうだろうね。


「私は大貴族に利用されていると言っていた。そのような状態の私に国政を任せれば、大貴族の専横を許すことになると」


 話によればトスカトーレ派閥が王子を抱き込もうと色々とか画策していたようだし。


「やはり私は利用されていたのだろうか?」


 俺は王子に相槌を打つ。


「そのようで。

 陛下はトスカトーレ侯爵の言葉に耳を傾けないんでしょう。

 ミンスター公爵のように優秀な血族がいますからね。

 フンボルト侯爵も相当優秀ですし」

「今では父上には貴殿もいるからな……

 しかし、聞きたいのだが貴殿は比類なき力と知性を持ち合わせているというのに、まるでそれを行使しようとせんな」


 うーむ。何と答えたらいいかなぁ。


「力を行使することは吝かじゃないんですがね」


 王子の顔が瞬時に固まる。


「ただ、力には責任が伴うんですよ」

「責任……?」

「ええ。王子ならお解りでしょう?

 王族だからといって何でも思うままにできますか?

 気に入った女性がいたからといってその場で犯せますか?」

「そ、そんな恥知らずな事が出来るわけなかろう!」

「そう、それですよ。恥とか外聞とか」


 俺は解りづらい王の権威というものを小さいものに例えて説明する。


「王族とは権威そのものを表します。

 その権威や名に傷が付くような行いは恥ずべき事です。

 それこそが力を持つ者の責任と言えますかね」

「高貴なる者の義務……」

「感心感心。王子も学ばれましたか。

 俺の国ではノブレス・オブリージュって言葉で伝わってますよ」

「ノブ……魔法語か何かか?

 だが、そのノブ何とかを知識として覚えたとしても実際のところ我が身に伴っておらぬ気がする」

「地位や権力もまた力ですけど、力のあるものには責任が付きまといます。

 責任を全うせずに力を奮えばそれは暗愚や暴君のそしりを受けるでしょう」


 オーファンラントの歴史にそんな王様がいた記録があるか知らないが、何百年も国を営んでいれば王権を好きに振るう愚王は一人くらいはいそうな気がする。

 そういや国王の祖父は、貴族の腐敗を是正できなかった王だったっけ?

 暴君とは違うのかもしれないが、自分の気に入った側近ばかりを集めていた愚王のような印象が俺にはある。


「暴君……」


 王子はゴクリと喉を鳴らす。


「暴君は責任を果たさず、力だけを振るう。

 やってる事は野獣とかわらないって事ですな」


 自制も聞かず、欲望のままに力を振るうなんて全く格好良くない。


「暴君を生み出すのは確かに王家にとって恥だな」


 王子がそう相槌を打ったので、俺は頷いてみせる。


「確かに世界は弱肉強食でしょう。

 だが人間は野獣とは違う。

 人間には比類なき知性があります」


 ここで言う「人間」とは人類種の事だ。

 ティエルローゼでは人族、エルフやドワーフなどの妖精族、獣人族などをひっくるめて「人類種」あるいは「人類種」、「人間」と呼ぶ。


「人間は知性を使って力を制御するべきです。

 力を制御できぬ者に正義はありません」


 王子は「ほー」と顔を上気させる。


「ま、王に頂くものが正義なき力を奮った時には、私も力を振るうつもりですけどね。

 それ以外の時は領民が住みやすい土地にする事に尽力するだけです。

 やっぱり……」


 俺はニッコリと王子に笑いかける。


「人々を守ることに力を使う方が格好良いじゃないですか。

 男なら格好良い方がいいですよね?」


 俺はイケメンじゃないから行動でイケメンを演出しなければならないのだ。

 逆立ちしても顔の造形は良くならんのだ。

 整形なんてのも手段としてはあるんだろうけど、顔にメスを入れるなんて怖くてできません。


 何やら王子は驚いているような感心しているような良く解らない顔になってますな。

 格好良いかどうかってのにピンと来ないのかもしれない。


 厨二病気味のヤツには格好良くない行動など出来るわけがないのだ。

 もっとも、厨二病なセリフを吐く自分を客観視したら痛いヤツにしか見えないので恥ずかしくて仕方ないんだけども。

 この二律背反アンビヴァレンツな葛藤が辛いんだよね。

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