第27章 ── 第12話

 俺はエドモンダールと周囲にいる彼の派閥の貴族たちに聞こえるように話す。


「まず、北の山脈にある街道の警備は、ドルバートン要塞が担っていると聞いています」


 エドモンダールはコクリと頷く。


「そうです。常時二〇〇〇名からなる軍勢が駐屯しております」


 時々来襲するワイバーンから領土を防衛するだけで常時二〇〇〇名だよ。

 どんだけ防衛費が嵩むことやら。


 二〇〇〇名の給料、食費、装備代などを考えると、年間どれほどの金が国庫から流れ出ているか。

 カートンケイルの防衛費用が減った時も相当喜ばれたが、ドルバートンのも減らせれば宰相閣下もニンマリじゃないか?


「そこに俺が開発する対ワイバーン用兵器を導入することになれば、防衛に必要な人員は四分の一くらいまで減らせるでしょう。

 そうすれば防衛費用は減らせますし、兵器代もそこから出せるでしょうね」

「なるほど……

 だが、国王陛下が良しとしますかな……」


 エドモンダールは北の街道の安全を確保するために国王に談判したことがあるらしい。

 既に二〇〇〇人もの兵を割いているし、費用もそれ以上は出せないとフンボルト閣下に言われたことがあるそうだ。


 そりゃねぇ……

 その頃はカートンケイルにも駐屯軍を置いてたし、オーファンラントが大国だとしても、そこまで余裕はなかっただろう。


 俺は計算してみる。


 グリンゼール公国はオーファンラント王国の承認のもとに国家として周辺国に認められている従属国なので国境警備としての兵隊は必要ない。

 となれば対ワイバーン兵だけが必要になる。


 対ワイバーン用携帯型地対空誘導弾は一〇〇本もあれば鉄壁の防衛が見込めるはずだ。

 兵器の運用には射手、弾頭装填手、魔導回路充填手の三人いればいいだろう。

 となれば運用に必要な人員は三〇〇人程度で済む。

 この世界のワイバーンは鳥目らしく夜に活動することはないとアラクネイアが言ってたから、予備兵員も二〇〇人程度いればいい。

 合計五〇〇人で十分な防衛戦力になる。


 兵士の運用だけなら四分の一になるし、兵器の初期配備費用が二〇〇〇人を運用するための費用より抑えられるなら宰相も苦い顔はしないはずだ。


「まあ、費用面は陛下と宰相閣下に聞いてみるか……」


 エドモンダールは不安げな顔で俺を覗き込んでいる。


「カートンケイルには五〇〇〇人の兵が詰めていたんですけどね。

 その国防費用が年間白金貨で一〇〇〇〇枚程度も掛かっていたそうです」

「い、一〇〇〇〇枚……」

「ええ。単純に当てはめても、ドルバートンも維持費だけで年間白金貨四〇〇〇枚程度は掛かっているはずです。

 ワイバーンという危険な魔獣を相手にするんですから危険手当のような費用も必要かもしれませんし、実際はもっと掛かっている可能性はあるでしょう」


 そう考えても白金貨五〇〇〇枚くらいだろう。


 大貴族であるミンスター公爵ですら金貨一〇〇〇〇枚で驚いた事がある。

 白金貨で一〇〇〇〇枚となると目が飛び出るほどの費用なんだよ。

 俺が帝国との関係を改善したことで、この年間費用がまるっと消えた。

 宰相閣下がニッコニコになった理由だよ。

 総国防費が国家予算にどの程度占めているかしらんけど。


 単純比較で算出した防衛費用が四分の一になるなら、白金貨三〇〇〇枚は浮くはずだ。

 兵器費用を白金貨一〇枚程度にすれば、一〇〇本で白金貨一〇〇〇枚。


 これなら否はないだろう?


「何とかなりそうな気がしますね」

「本当なら願ったり叶ったりですな」


 エドモンダールは派閥の貴族たちに、か弱げだが希望の浮かんだ笑顔を向けた。


「ぶっちゃけ、俺は貿易路が一本しかない王国の現状を憂いでいます。

 貿易路は複数あった方が有事の際には問題になりにくいでしょう」

「確かに。現在はモーリシャスからの貿易路だけと言える状態ですからな」

「そうです。この前の戦争の時ですが、モーリシャスには法国のスパイが紛れ込んでいたようです」


 周囲の貴族もビックリしている。


「そ、そうだったのですか!?」


 そういった貴族に俺は難しい顔をして頷いてやる。


「ええ。その情報を掴んだので、すぐさまモーリシャスの領主には手紙を贈りましたけどね。

 そういう事態が起きた場合、王国の物流は脆弱さを露呈します」

「辺境伯殿の言う通りですな」

「なので、グリンゼール公国と王国を繋ぐ貿易路は確保しておくに越したことはないんですよ。

 ワイバーンが障害なら対処するべき案件です」

「話は理解できるのですがね。

 何せ相手はワイバーンですからな」


 確かにね。

 今までずっと何の対処もできてないんだから、言葉だけではどうにか出来るとは思えないだろう。


「そうですね。この園遊会が終わったら一週間ほど頂けますかね?」

「一週間?」

「ええ。一週間後、王都にある俺の別邸に来て下さい。

 そこで対ワイバーン用兵器の試作品をお見せできると思います」


 エドモンダールも含め周囲の貴族も呆気にとられた顔をする。


「たった一週間で……?」

「ま、余裕を持って一週間ですけどね」


 俺は自信ありげにニヤリと笑ってやる。



 とその時、太鼓が一つドンッと鳴った。


「エルウィン王子の御成です!」


 開かれた扉から王子が颯爽と入ってきた。

 エドモンダール伯爵はサッと立ち上がると王子の方へ向いて胸に手を当てて頭を下げた。


 王子は中庭を見渡せる位置に来ると足を止める。

 そこに何やらニコニコ顔のトスカトーレ侯爵が近づいていく。


「王子、ご機嫌麗しゅう存じます」

「お追従はいい。それよりクサナギ辺境伯はどこにいる?」


 王子の口から俺の名前が飛び出し、トスカトーレの顔は苦虫を噛み潰したような顔になる。


「へ、辺境伯殿は……」


 トスカトーレが俺とエドモンダールがいるソファの方に顔を向ける。

 王子はトスカトーレの視線の向く方へと目を向けると俺の姿を認めた。


「おお、辺境伯。そこにいたか」


 王子はトスカトーレには目もくれず、俺の方へと足早にやってきた。

 チラリとトスカトーレを見ると、俺に憎々しげな視線を投げかけてきていた。

 睨まれても別に怖くもないですがね。


「王子、ご機嫌麗しく存じます」

「うむ。すこぶる機嫌はいいぞ。

 貴殿の助言の通り数日前に父上……陛下とお話をさせて頂いたのだ」

「それは何よりですね」

「ああ、私は色々と考えすぎていたようだ。

 跡継ぎとして必死になっていた私がバカみたいであったな」

「王子は仰る通りのお世継ぎでしょう?」

「まあ、そうなのだが……」


 王子はふとエドモンダールを見た。


「おお、エドモンダール伯爵。其方もいたのか」


 王子は少し慌てたように言った。

 自分を担ぎ上げていた派閥の片割れがいたので王子は誤魔化したようだ。


「はっ。今、辺境伯殿に色々と相談に乗って頂いていたのです」

「伯爵が? 辺境伯に?」

「左様にございます」


 王子は少し困惑した顔で俺の顔を見る。


「えっと、北の山脈を越える街道について色々と話をお伺いしていたんですよ」

「ワイバーンの山脈のことを?」

「ええ、そのワイバーンを何とかできるんじゃないかと思いまして」

「できるのか!?

 いや、辺境伯なら確かにどうにか出来そうな気がするな……」


 王子は顎に手を当てつつ「神に褒められた男だしな」などと宣う。


「まあ、多分出来ますよ。

 少々試算してみましたが、初期費用に白金貨一〇〇〇枚程度は掛かるでしょうが」

「辺境伯、貴殿にとっては白金貨一〇〇〇枚程度は大したことじゃないかもしれないが……」

「いえ、ドルバートン要塞の兵員は今の四分の一まで減らせますので、減った兵員の分の費用で十分賄える計算ですよ」

「四分の一!? ありえん! 相手はワイバーンだぞ!?」

「そのワイバーン用に新兵器を導入します」


 王子はあんぐりと口を開ける。


「新兵器だと……」

「はい。対ワイバーン用携帯型地対空誘導弾を開発します」

「対ワイバーン用携帯型ちた……ゆ……え? 何だと?」

「対ワイバーン用携帯型地対空誘導弾です」

「それは何だ?」

「そうですね。ワイバーンに照準を向け、ちょいと引き金を引くだけでミスリルの大型矢が自動的にワイバーンに命中する魔法道具ですかね?」


 王子はマジで呆けたような顔になった。


「そ、そんなモノが作れるのか!?」

「ええ、もう設計図は頭の中に浮かんでいますので。

 エドモンダール伯爵にもお伝えしましたが、一週間後、俺の王都の別邸で試作品をお見せできるかと」

「じょ、冗談ではなさそうだな?」

「冗談でこんなこと言いませんよ。

 王国の国益を考えれば、冗談には絶対にしません」


 ニッと笑うと王子も釣られて笑った。


「貴殿は私を毎回驚かせてくれるな」

「俺が動くと大事になると毎回フンボルト閣下に嘆かれてますよ」


 笑い合う俺と王子の顔を右に左にエドモンダールが唖然とした顔で交互に見ている。


「エドモンダール伯爵、貴殿は堅苦しいトスカトーレなどとは手を切ってクサナギ辺境伯の手を取ると良い。

 辺境伯は何が飛び出すか解らんが、頼りになる男だと父上……陛下も言っていた」

「はっ。仰せのままに」


 伯爵は王子に軽く膝を折って頭を下げる。

 それを見て王子は満足げに頷いた。


「ところで辺境伯。今日の宴に面白い物を見せてくれる約束だったはずだな?」

「ああ、確かに約束しましたね。

 その面白いモノですが、仲間たちが会場に散っているんで一緒に探しに行きましょうか」

「ほう。貴殿の配下が面白いモノを持っているんだな?」

「着ているというべきですね。今回の品は服なんで」

「服か。奇抜な意匠なのか?」

「デザインが真新しいのもありますが、布地が凄いですよ」

「布地? 新しい織り方でも開発したのか?」

「いえ、素材の方です」

「自信たっぷりだな」

「当然です」


 俺と王子はニヤニヤ笑いながら会場の奥へと歩いていく。


 エドモンダールは取り残された形にはなったが、派閥の貴族たちとソファに座ると。早速さっきの件を話し合い始めたようだ。


 街道の安全が確保できれば、モーリシャスに奪われたシェアをある程度は取り戻せるはずだし、それについての話し合いは重要だろうしね。


 彼は有能みたいだし頑張って頂きたい。

 そして、俺に新しい味覚や珍しいモノを提供してほしいものだ。

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