第27章 ── 第11話

 園遊会が始まると、早速トリシア、マリス、アナベル、アラクネイアが会場に散っていく。

 彼女たちには貴族らに売り込んでもらうことになっているのだ。


 見れば早速トリシアは貴族の婦女子たちに囲まれてた。

 男装の美女の人気はどこでも健在だ。


 マリスはドヴァルス侯爵のところに行ったようだ。

 彼に協力してもらって売るつもりだろうか。


 エマもドヴァルス侯爵かと思ったら、彼女はマルエスト侯爵を利用するようだね。彼は歴史の生き証人のエマにご執心なところがあるからなぁ。


 アナベルは巨乳に引き寄せられる男性貴族を相手にしている。

 天然だから少し心配なんだが、こんな国王主催の公の場で暴挙にでるアホはいまい。

 それこそ貴族界から追放されるだろうしな。その時は俺もきっちり協力しますよ!


 アラクネイアは……?

 少し周囲を見渡してみると、品のいい貴族の奥方らしい人だかりの中心にいた。

 なるほど、落ち着いた大人の女性を相手に売り込むつもりなんだな。


 それぞれが各々おのおのの考えで商品の売り込みに工夫を凝らしているようでありがたい。


 それで俺はというと……


 ミンスター公爵が俺の近くにいると誰も寄ってこないので、彼には少し離れてもらっている。


 そのお陰で貴族たちが俺に話しかけようと近くに寄って来始めているのだが、誰が先に話しかけるかで牽制しているっぽい。


 言い争いなどは無いが、視線を交わし合ったり、ヒソヒソしたりしていて一向に埒が明かない。


 俺ってそんなに恐れられてるんか?


 それら貴族たちの後ろに先程話したトスカトーレ侯爵と精悍そうな三〇代半ばの貴族が話しているのが見えた。

 目つきは比較的鋭く、綺麗に切りそろえられた髭に目元の黒子が印象的な貴族だ。


 あれがエドモンダール伯爵かな?


 俺が見ているのに気づいたのか、トスカトーレとその男が他の貴族に道を開けるように言いながら歩いて来た。


「辺境伯殿、こちらはエドモンダール伯爵だ」

「クサナギ辺境伯殿、お初にお目にかかります。

 お噂はかねがね聞いております」


 この場合、俺が手を差し出すのが慣例かな。


「こちらこそ。ケント・クサナギです。どうぞよろしく」


 基本的に握手は上位者から手を差し伸べなければならないんだ。

 貴族界において下位の者が上位の者に触れるのはご法度なんだよ。

 だから上位者から手を出すわけ。


 俺は右手を差し出す。

 エドモンダールは微笑みながら俺の手を握った。

 ほぼ同位の貴族なので額を当てるような仕草はない。


「伯爵殿は北のクリンゼール公国のご出身だとか」

「辺境伯殿は、お耳が早いですな。

 そのお陰で王国北部の小都市の領主たちに頼られております」

「俺は旅が好きでしてね。

 いつかグリンゼール公国にも行ってみたいと思っているんですよ」


 俺がそう言うとエドモンダールは嬉しげな表情になる。


「グリンゼールは大陸でも最北に位置しますから、とても暖かい国です。

 海岸線には非常に広い砂浜もありますので、長期休暇などに最適なんですよ」

「ほうほう。では海水浴もできそうですな」


 話を聞くだけならリゾート地に最適っぽく聞こえるね。

 実際、赤道に近いんだから南国情緒に溢れてそうだな。


「やはり食べ物などもこちらとは違ったりするんですか?」

「グリンゼールは南に王国と隔てる山脈があり農耕には適さない土地ですが、山を切り拓いて作った果樹園で採れる果物が特産と言えましょうか。

 辺境伯殿は農作物にご興味が?」


 いや、別に産業として興味を持っているわけじゃないんだ。

 南国フルーツがあるかどうかが気になってね。

 さっきの言い分だと期待大と言えそうだね。


「辺境伯殿の治めるトリエン地方は小麦などの作農が盛んと聞いています。王国の食料庫ですからな」


 まあ、俺が領主になった頃は領民の九割が農民だったからねぇ。

 今は色々な産業が立ち上がり始めたので農民の割合は大分下がったけども。


「そうですね。人口も少なかったですから活用できてない土地も多かったんですよ。

 今では帝国に土地を貸し出して、そこから税を取ることで、さらに生産量が増していますが」


 俺がそう言うと、トスカトーレが口を挟んでくる。


「帝国に土地を? それは初耳だな。

 下手をしたら奪われないかね?

 まさか帝国に領地を売り渡すような事をしているのではないだろうね?」


 何だと?


 俺はトスカトーレの言葉に片眉をグイッと上げた。


「は? そんな事を帝国がする訳がないですな。

 帝国には金銭であれ物納であれしっかりと使用料を納めてもらっていますからね。

 この事は国王陛下の認可も受けていますよ」


 隙と見て噛み付いたつもりかもしれないが、そんな弱点はないんだよ。

 やっぱりトスカトーレは好きになれんな。


「それならばいいのだが」

「俺が領主になる前のトリエンが国に納めていた税を一〇だとするなら、現在は一五は納めています。

 それに帝国に借款している土地の防衛は我がトリエン軍が行っています。

 帝国が下手な事をすれば、一瞬で鎮圧しますよ。

 我がミスリル・ゴーレム部隊の噂はお聞きになっておりませんか?」


 俺が言い返すもんだからトスカトーレは渋面を作っている。


「別に辺境伯殿に疑いを持っているわけではない。

 今までの慣例では他国に土地を借款するという事はなかったのでな」

「残念ながら俺は普通ではないんでしょうな。俺は冒険者上がりですし」


 慣例破りとか伝統から外れてるとか言いたいんだろうが、それも成り上がりという色眼鏡を外せないからだろう。

 そんなものの為に国益を図れないなら、俺には必要ないんだよ。


「実はその頃帝国は大きな問題を抱えてましてね。

 俺は冒険者ですからその問題を解決しました。

 幸いな事に女帝陛下はそれを大変恩に感じたようです。

 その報恩にと帝国の土地を割譲してくれましたよ。

 そんな帝国がトリエンを奪うような真似はしますまい」


 領土割譲の話は貴族界には流れていなかったようで、トスカトーレもエドモンダールも驚いた顔をする。


「て、帝国がですか!?」

「信じられん……」


 王国は帝国と何十年も国境線争いをしていたから、領土を欲しているのであって割譲するような余分な土地を持っているとは思ってなかったんだろうね。


「まあ、普通は利用困難な湿地地帯だったんですけどね」

「帝国の北にある湿地帯を譲られたのかね?

 管理が厄介な土地を明け渡しただけか……」


 バカ言っちゃいけない!

 あの湿地帯はワサビの群生地だぞ!

 俺にとったら宝の山だ!


「湿地帯には湿地帯の特産品があるんですよ。バカにしたもんでもないですな」

「ほう……湿地などで何が採れるのかね?

 リザードマンの肉とか言わんだろうね?」


 俺は心のなかにイライラした気持ちが膨れ上がっていく。


 どうあっても俺を馬鹿にしたいのかね、この男は?

 なんかコイツの相手をするのも面倒臭くなってきたなぁ……


「どうもトスカトーレ侯爵はトリエンを田舎領地と見くびっておられるようだ。

 エドモンダール伯爵、あちらで二人でお話しませんか?」


 俺は料理などがあるテーブルの向こうのソファを指差した。

 俺がそう言うと、二人の貴族は慌てた。


「へ、辺境伯殿、私は決してそのような意味で言ったのでは……!」

「あ、え、その、喜んで!」


 同じ慌てるにしても態度は一八〇度違うね。


 周囲で俺たちのやり取りを見ていた貴族たちにも動揺が走っている。

 これも態度が綺麗に二分された。

 トスカトーレ派閥はあんぐりと口を開け、エドモンダール派閥は驚きつつも嬉々とした色も交じる。


 エドモンダール伯爵にしてみれば落ち目の中央貴族と手を組まざるを得ない状況だっただけで、俺と普通に繋がれるならヤツの派閥との協力は必要ないのだろう。

 だから「喜んで」なんて言葉が飛び出すのだ。


 トスカトーレは六〇歳くらいだけど、長年大貴族としてふんぞり返ってきた傲慢さが滲み出ているようだ。

 彼的には軽いジョークなり茶化した程度の言葉だったのかもしれないが、俺は非常に不愉快になったからね。

 今のトリエンに発展させるまで、俺がどれだけ苦労したと思ってんだ。

 フザケたこと言いやがると……ぼて食り転かすぞ。


 などと故郷でもない博多弁が頭に浮かぶ。

 大学時代の知り合いが良く使っていた言葉だが、語感が今の俺の気持ちにフィットしたので使ってみた。


 俺はエドモンダール伯爵とテーブルの上にあった酒が注がれているグラスを手に取りソファへと向かった。


 チラリとミンスター公爵を見ると俺たちの方から目を反らして肩を揺らしているのが見て取れた。

 政敵に大恥を掻かせた俺の行動が面白くて仕方ないのだろう。

 笑いをこらえているが、隠しきれてないぞ。


 俺とエドモンダールがソファに座るとエドモンダール派閥の貴族たちもソファの周辺に集まってくる。


「エドモンダール伯爵。少しお聞きしたいんですけど」

「何ですかな?」

「以前は王国の流通はグリンゼールを通して山脈越えのルートで行っていたそうですね」

「そうですな。ただ、あの街道はワイバーンが出ることがあり、危険なことはご存知ですかな?」

「ええ、聞きました。

 その所為か、別の安全な通商路が出来たため、色々と困った状況になっているそうですね」


 エドモンダールは飲みかけたグラスをピタリと止める。


「よくご存知で……」


 エドモンダールの額に深く刻まれた皺から、その苦境具合が見てとれた。


「俺はグリンゼールへの街道の安全が確保できるといいと考えています」

「それは私どももそう考えておるが……相手はワイバーンですからな。

 なかなか上手くは行きますまい」


 確かに普通なら難しい話だ。だが、俺には問題にもならない。


「対ワイバーン用兵器を作ったらどうかと思っているんですよ」

「対ワイバーン用兵器ですと!?」


 エドモンダールは俺の言葉をそのまま聞き返す。

 そんなモノがそれほど簡単にできるとも思ってないだろう。


「俺が作る魔法道具なら可能ですよ」

「それは本当に!?」

「ええ、強力な矢を打ち出すような感じのものならすぐにも作れますよ。

 俺がエイジェルステッド・デ・ブリストル時代の魔法工房を復活させた事は知っておられるでしょう?」

「う、噂には聞いていますが……」

「ゴーレム部隊を作ったのもその工房があったからです。

 もちろん優秀な魔法工房担当官の力もあってこそではありますが」


 マルエスト侯爵たちがいる方を俺は見る。

 マルエスト侯爵の隣にはエマがにこやかに笑っているのが目に入った。


「しかし、魔法道具ですか……」


 エドモンダールは魔法道具と言葉にして少し気落ちしたように見える。


「やはり相当なお値段になるのでしょうな……」

「俺の計算ではそうでもないようです。

 弾頭はミスリル製になると思いますが、発射筒は鉄で作れます。

 弾頭は回収可能ですから、発射筒内部に仕込む使い捨ての魔導回路の補充と交換だけになるでしょう」


 やはり発射機構は「使い捨て」の消耗品にしておけば何度も利益が入ってくるし、そのように作るべきだろう。


「それにこの兵器は、貴方たちの負担にはならないですよ。

 国軍に納品する事になるでしょうからね」


 俺はニヤリと笑う。

 エドモンダールはポカーンと口を開けていたが、すぐに真面目な顔になると姿勢を正した。


「詳しくお伺いしたいですな……」


 はい、エドモンさん釣れたー。簡単な一本釣りでしたな。

 シルクの売り込みじゃないところで、有能貴族と渡りが付きそうだぜ。

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