第27章 ── 第10話

 メイドが呼びに来たので、公爵たちと一緒に会場の中庭に向かう。

 ドヴァルス侯爵はマリスと手を繋いで歩いていてご満悦な様子。

 マリスは約束を違えないのだ。


 今回の園遊会は以前参加したときのものとは比べようもない大規模なもので、中庭以外にも城の一階や二階にある大きな部屋も開放されており、テラスなどにも出ることもできるようになっているそうだ。

 近年ではここまで大きな催しはなかったそうで、国王の力の入れ具合が解るというものだ。


 中庭に入ってみるとステージのようなモノが設えてあるのが見えた。


 ステージの横の辺りには大勢の楽師たちが太鼓やハープ、リュート、横笛などで穏やかで控えめな音楽を奏でている。


 既に中庭には何百もの貴族の子女がひしめいており、園遊会が始まるのを今や遅しと待ち構えている。


 ごった返す会場を我が物顔で横切り、特設ステージの方へと進む。

 そんな真似ができるのはミンスター公爵をはじめ、ドヴァルス侯爵、マルエスト侯爵が一緒にいるからなのだが、集まっている貴族子女たちの視線は俺の仲間たちに向けられていた。


 アナベル、アラクネイア、エマ、マリスという美女、美少女たちが歩いて行くのだから当たり前だろう。

 婦女子の目はアモンと男装のトリシアに集中しているのは言うまでもない。

 まあ、彼女らにとって俺は平凡で目立たない顔だし完全にアウト・オブ・眼中なのは言うに及ばずだ。


 とは言っても、年配や中年貴族たちの視線は俺にも向けられている。

 トリエン領主である俺も注目対象ということだ。


 中年、年配のじっとりした視線は女の子と話をするときより居心地が悪いな。

 俺も女子の熱い視線が欲しいよ、ホントに。


 ステージ前の一番いい場所に到着すると横合いから以前俺に文句を付けてきた例の侯爵がミンスター公爵に挨拶に来た。


「これはこれは公爵閣下。ご機嫌麗しゅう存じます」


 先程まで朗らかな笑顔だったミンスター公爵だったが、少しだけ眉間に皺を寄せつつトスカトーレ侯爵に向き直る。


「トスカトーレ侯爵も健勝でなによりだ」


 ミンスター公爵が右手を差し出すと、トスカトーレ侯爵がその手を跪いて取り、甲に額を軽く付けるような仕草をする。


 これは王国では目上の者に対して恭順の意を示す行為なのだが、トスカトーレ侯爵はミンスター公爵の政敵であるため、形だけの挨拶って事に他ならない。

 ミンスター公爵は、王の血族なのだから当然の仕草ではあるが、違和感ありまくりと言えそうだ。


 何せ、周囲の貴族たちの視線が二人の貴族に集中しているからだ。

 それと同時にヒソヒソ声があちこちから聞こえてくる。


「侯爵も公の場でアレはお辛いだろう」

「今少しの辛抱でしょうな」


 とか


「あれが見せかけではなく、本当に従ってくれているのなら王国も安泰なのだが」

「それこそ天地がひっくり返ってもありますまいなぁ……」


 などという声を聞き耳スキルが拾ってくるんだから困ったもんだ。

 本当に仲が悪いらしいねぇ……


「それで、公爵閣下。そちらが今噂の……」

「おお、目敏いなトスカトーレ侯爵……とは言っても、以前挨拶は済ませているはずだろう、忘れたのかね?

 彼がトリエン地方領主、クサナギ辺境伯殿だ」


 トスカトーレ侯爵の遠慮のない視線が舐め回すように俺を観察している。

 頭の天辺から爪先までという言葉そのままなのが始末に負えない。


 この俺が不快感で一歩後退したくなるほどだよ。


「以前、ご挨拶させていただきましたが、服装についてご注意を頂きました」

「少々派手好みのようだが、貴族としては問題ありますまい。

 今後、良しなに」


 そう言ってトスカトーレ侯爵が右手を差し出してきた。

 俺はその手を取っていいのかどうか判断できず、ミンスター公爵にチラリと視線を向けた。

 ミンスター公爵は周囲が解らないくらい小さく頷いた。

 それを見て俺は「これもパフォーマンスの一環だ」と納得して、彼が公爵にしたように額を軽く彼の手の甲へと付けてやった。


 トスカトーレ侯爵はそれを見て満足そうに口角を少し上げた。

 酷く厭らしい目だった。


 こいつは多分敵になるだろう……


 俺の直感が全身でそう告げてきた。


 ちょうどそんなやり取りを終えようとした時、ステージの奥方向にある扉が召使いたちによって開けられた。


 赤い豪華なマントを羽織ったリカルド陛下が中庭に入ってきたのだ。


「陛下、お出ましにございます」


 一斉にパチパチと拍手が上がり始めたので俺も周囲に倣って拍手をする。


 陛下はニコニコと笑いながら手を上げ、特設ステージへと上がる。

 そして両手を上げて静まるよう仕草をした。

 会場が静かになるとリカルドは周囲を見回し一呼吸置いてから口を開く。


「諸君、今日は集まってもらって感謝する。

 ここのところ様々な事件が立て続けに起きたため、このような社交的催しは控えていた。だがもう良かろう」


 またもや大きな拍手が湧き上がる。


 リカルドは満面の笑みで周囲を見回している。

 しばらく国王がそうしていると、拍手は小さくなりはじめて、やがて鳴り止む。


 リカルドが小さく「こほん」と咳払いをすると真面目な顔付きになり話を続ける。


「シュノンスケール法国との戦争……

 これには我ら王国は甚大な被害を受けた」


 リカルドは渋面を作り声を落とす。


「幸い、この戦争は我が国の勝利に終わり、彼の国の領土は完全に我らの手に落ちた」


 リカルドがニヤリとイタズラ小僧のような笑みを浮かべる。

 そして、また真面目な顔を作る。


 なんだか国王陛下は百面相でもやってる見たいですなぁ。


「諸君らも知っての通り先月の一日、アルシュア山の古代竜殿が我がデーアヘルト城へと舞い降りた。

 彼の赤竜殿は、我ら王国の後ろ盾になる事を約束して下さった」


 国王は一度口を閉じ、先程と同じように周囲を見回す。


「またもう一つ、赤竜殿が七〇年ほど前に破壊し尽くしたホイスター砦跡地について話しておこう」


 国王は廃砦跡地が整備され、小さいながらも小都市が作られた事を報告する。

 この小都市は祈りを捧げる地として神々に捧げられた土地である事を宣言する。


「この都市を余は古き言葉より『パラディ』と名付けようと思うが、クサナギ辺境伯はどう思うか?」


 突然話を振られて一瞬言葉に詰まったが、俺は「仰せのままに」と応える。

 リカルドは一つ頷いて満足そうな笑みを浮かべた。


「さて、これら出来事の最大の功労者を諸君に紹介したい」


 国王の視線が俺に向けられた。


「クサナギ辺境伯、壇上へ上がるが良い」

「へ? 俺ですか?」

「そうだ。貴殿が功労者でなくて何だというのだ?

 さあ、上がれ」


 国王に言われては従うしか無い。

 俺は渋々ながら壇上へ上がる。


「諸君らが噂していた通り、殆どの出来事に辺境伯が絡んでいる。

 法国を部下数名で殲滅せしめ、赤竜殿を説き伏せて我らが王国の後ろ盾にした。

 これは紛れもない事実なのだ。余もその現場にいたのだからな」


 所々で「信じられない」とか「本当だったのか」という言葉が漏れていたが、それに反応するように国王に「事実だ」と被せられては、これを否定できる貴族はいない。


「それと我が息子が目撃したことも報告しておくべきだと思う。

 彼の『パラディ』の落成式に神々の降臨があったと聞いている」


 その報告には貴族たちも絶句した。

 神々の降臨は王国建国以前ですら記録にない出来事である。

 それをいとも当然の事のように国王から報告されたのだ。

 絶句以外に何ができるというのか。


「そして辺境伯は、神々により謝辞を賜ったという。

 誠に天晴な偉業といえよう。

 余はパハの月一七日を来年より祝日とすることを宣言する。

 その日を『再臨の日』とし『再臨祭』の開催を辺境伯に指示してある」


 また国王は言葉を切り、貴族たちの反応を見守る。


「異論はないようだな。では功労者たる辺境伯に一言貰うとしよう」

「は!?」


 俺は人前でスピーチってのは好きじゃない。

 出来ないわけではないが、苦手な事には変わりはないのだ。


「陛下、突然言われましても……」

「できんのか?」

「しない選択肢は……」

「無いな」

「ううう……」


 小声で陛下とやり取りしてみたが、どうもハメられた感が半端ない。

 今回の園遊会は俺の社交界デビューを画策しての事だし、以前の簡単なお披露目では済ませないつもりのようだ。


 仕方ない。腹をくくるとしよう。


「えー。陛下からご紹介に預かりましたケント・クサナギ・デ・トリエンと申します。

 陛下にお取り立て頂いてからこの二年ほどの間、色々として参りました。

 本当に色々ありましたが、今は割愛させていただきます」


 俺は少し深呼吸をしてから「プレゼン」に入った。


「今回、この園遊会を陛下に開いて頂くようにお願いしましたところ、二つ返事で了承頂きました。

 この場を借りて陛下に感謝を述べたいと思います。

 国王陛下、誠にありがとうございます」


 俺が深く頭を垂れると、陛下は短く「苦しゅうない」と笑顔で言った。

 俺は頭を上げると貴族たちに向き直る。


 陛下を臣下の貴族が動かしたという事に驚きを隠せない貴族たちの唖然とした顔が面白い。

 まあ、王様が「国王」という立場を譲ろうと考えた事もあるほどなんだし、俺のお願いに動かないはずもないんだけどね。


「今回の園遊会では、貴族の皆様に是非お目にかけたいものがあるのです。

 トリシア、マリス、アナベル、エマ、アラネア」


 俺はシルク布で出来たスーツにドレスを着ている四人に壇上に来るよう指示を出す。


 ぞろぞろと壇上に仲間が上がると、息を呑む貴族が多数出る。

 それを見て俺はニヤリと笑ってしまう。


 いい反応だ。

 特にその反応が強く現れたのは貴族の婦女子たちだったのが嬉しいね。


「御覧ください。彼女らの着ている服とドレスを。

 これを貴族の皆様にご覧頂きたかったのです」


 絹独特の光沢は、中庭に降り注ぐ太陽の光にキラキラと輝く。


「この布地はシルク布と申しまして、彼の世界樹がそびえる中央大森林でのみ生産されているという貴重なものでした」


 俺の言葉に「中央大森林だと……」とか「前人未到ではないか……」など、絶望の声が上がる。


 実際は中央大森林内にも都市や町、村などが存在するんだが、大陸東側において、一般的な人類種では踏破不可能と思われている。

 レベル四〇台の戦闘職でもなければ生きて帰れそうにないという点では間違っちゃいないんだけどね。


「この度、私はこのシルク布生産者を中央大森林からトリエンの町への誘致に成功しました」


 俺がそういうと会場から「おお!」と驚嘆と賛美の混じった声が上がる。


「また、彼女らの着るドレスをご覧いただけば解る通り、新しいドレスの意匠を施せる職人も手に入れることができ、以てこのシルク布はトリエンの名産になりました」


 婦女子たちの目が獲物を狙う野獣のように輝いている。


「貴方、解っているわね」


 とか


「ああ、なんて素敵なのかしら……お父様!」


 なんて声があちらこちらから聞こえてくる。


 貴族の殿方たちの財布の紐が緩んでくれると嬉しいねぇ。

 女性の声は無視できないだろうから、当然そうなるだろうけど。


「今回の園遊会では彼女たちのドレスをよくご覧下さり、品質を確かめて頂けるようにしますので、是非じっくりと吟味して下さい」


 俺は貴族たちの反応を見つつ、黒い笑みが顔面に浮かんでしまう。


「皆様にお楽しみいただくことを願って、ご挨拶に代えさせて頂きます」


 そう宣言し、俺はステージから降りる。

 仲間たちも俺の後ろからゾロゾロと付いてくる。


「じゃあ、みんな。手筈通りに頼んだよ」

「任せてたもれ。エルドの周囲に売り込んでおくのじゃ」

「承りましたのです!」

「仰せのままに」

「やれやれ、こういうのは私の役割じゃないと思うんだがな……」


 トリシア以外はノリノリみたいなので任せておいて問題はない。

 トリシアもエルフの貴族なので大丈夫だろう。


 そんじゃ「商売」を始めようじゃないか。

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