第27章 ── 第8話

「ロッテル子爵はワイバーン討伐隊を指揮していたんですか?」

「左様です。幾度いくたびか隊を率いて出征しております」


 ロッテル子爵は五〇代半ばだ。

 この年齢でワイバーンの相手は大変だろうに凄いな。


「北の山脈のワイバーンですが、それほど数がいるんでしょうか」

「いえ、数年に一度ほど、はぐれワイバーンが現れる程度でしょうか。

 その度に何百という兵が殺られてしまいます」


 ワイバーンは手傷を追わせても倒す前に空に逃げようとするので、それより前に一瞬で片を付けるのが肝要になる。

 ただ、逃げるまでに大抵の場合は殆どの兵が戦場に倒れるのだ。


 ドラゴン系でも下位種の魔物なのだが、空を飛ふワイバーンは他の魔物よりも脅威度が高くなるのは当たり前とも言える。

 ティエルローゼにおける基本的な飛び道具は弓で、ワイバーンには殆ど効果がないし、他に役立ちそうな飛び道具はバリスタしかない。

 しかしワイバーンが空に逃げたらお手上げになる。

 バリスタは攻城や拠点防衛用の兵器であって、高速に空を飛び回る移動目標に使うもんじゃない。


 魔法を使って……と知ったような口を利こうかと思ったが、俺は頷いてみせるだけにした。

 ティエルローゼには魔法が使える者が少ないんだから、無理を言っても仕方がない。


 王国は帝国と比べても、圧倒的に魔法使いスペル・キャスター不足だ。

 そもそも王国には魔法学校もないからな。

 軍に所属する魔法使いスペル・キャスターが皆無なのもその所為だろう。

 魔法使いスペル・キャスターなら他の仕事をした方が金になるしな。

 王国にとって、二代前のトリエン領主であったシャーリーの存在が非常に大きかったのが窺えるね。

 そりゃ貴族位を与えようとするわけだよ。



 さて、ワイバーンの話に戻ろう。

 ワイバーン討伐隊は軍人によって編成されるが、無駄な軍人がいるわけもなく、殆どが志願兵によって編成される。

 その人員の大多数が基本的には国元に帰ることができない。所謂「決死隊」というヤツだ。


 ワイバーンと戦って死ぬのが怖くないのかと聞けば「怖い」という言葉が返ってくるのだが、ワイバーンを討伐した暁には戦死者たち遺族には国から見舞金という形で金銭が払われることになる。

 コレ目当てに討伐隊に参加するのが志願兵なわけだ。


 そりゃ慎ましく暮せば一〇年以上楽に生活できるほどの見舞金を貰えるなら、日々貧困に喘ぐ腕自慢たちが参加しようと思うのも理解できる。

 運良く生き残れば一攫千金。なので冒険者も参加することがあるのだとか。

 だからウスラが嘘まで吐いて「追い払った」と証言したんだろう。


 人里を襲うワイバーンは「はぐれ」という言葉が付くように、基本的には単体だ。

 イーグル・ウィンドのように強い「はぐれ」もいるんだろうけど、ワイバーンの知性はドラゴン系なだけあってグリフォンよりも上だ。

 そんなワイバーンが「はぐれ」になるのは群れから弾き出された弱キャラだと思われる。


 それを相手に一〇〇人単位の討伐隊があまり役に立っていないとすると、対飛竜兵器の開発が必要なんじゃないのか?

 俺が考えると強力な飛び道具になるんだが、ティエルローゼの発明家では無理か……

 現代知識を持ってるから考えられるだけだからなぁ……誘導ミサイルとかさ。


「子爵殿は何匹討伐したんです?」

「私は……」


 ロッテル子爵は指折り数える。


「六匹ほど討伐しています」


 六匹!?

 ティエルローゼ人にしてはなかなか凄いな!


 ただ、眉間に皺を寄せて難しい顔をしているので子爵としては誇れる数字ではないようだ。

 部隊の大半は生きて帰れないのだから、それだけの部下を失ってきたって事だろうしな。


「ふむ……数年に一度か。

 何か考える必要はありそうですね」

「何をでしょう? ワイバーン討伐をですか?

 ワイバーンを倒された事のある辺境伯殿でも、あの脅威を永久に排除するのは至難の技ですよ」


 いや、俺が狩り尽くせば済む話だから、永久に排除するのは簡単だ。

 だが、それは躊躇してしまうね。

 あれは良い金になるんだよ。素材も貴重だからね。


 俺はアモンとアラクネイアに念話を繋げる。


『主様、何か?』

『ご用件はワイバーンの事でしょう? コラクス、聞くまでもない事で主様の手を煩わせるものではありませんよ』

『喧嘩すんな』

『『はい!』』


 呼び出し音が鳴っただろうに小動こゆるぎもしない。

 それどころか鍔迫り合いをするのが困ったものですな。


『ワイバーンを人里に降りてこないようにするのは簡単だろう?』

『簡単です。彼らに命じれは済む話です』


 コラクスはそう言い放った。


『命じればだって?』

『当然でしょう。彼らは我ら魔族に従うために作られたものたちです。

 我ら魔族には完全服従です』


 そんな簡単なのか?

 そういえば、ワイバーンは「魔族の尖兵」とか騒いでたヤツがいた記憶がある。

 なるほど、尖兵ねぇ……


『カリス様がお創りになったドラゴンを参考に妾が作った種族なのです。魔族に従うように創りましたので当然です』


 創造主いたよ。ここにいた!


 俺は目の前が真っ暗になった。

 だが、俺は考える。


 ワイバーンの脅威を永久に無くす事が容易だというのは解った。

 だが、その脅威を本当に排除していいのだろうか。


 確かに人間にしたら脅威以外の何者でもない。

 しかし、ワイバーンは現地人でも何とか倒せるレベルの魔獣だ。

 それに死体は武器や防具、錬金術の素材として非常に貴重だったりする。

 それを人間たちが手に入れられなくなった時の影響の方が高い気がする。


 乱獲されるのも価格破壊に繋がるし不味いのだが、ワイバーンを時々は狩り取れる状態の方がいいんじゃないだろうか。


 それなら俺が対ワイバーン兵器を開発して北の要塞に提供した方が良い気がしてくる。


『ワイバーンは人間にとって貴重な素材なんだよな。

 時々はワイバーンを倒させてやった方がいい』


 アラクネイアが少し目を細めて俺の方を見た。


『ワイバーンは人間にとって脅威すぎる存在なんだよ。

 一匹で小さい町なら破壊し尽くせるほどだ。

 基本的に軍隊でしか相手にできない。

 討伐されない状態だと、ワイバーンが増え続けて地に満ちるぞ。

 俺は人間を虐殺するような魔獣を放って置くほどその存在を認めちゃいないぞ』


 俺の視線を受けてアラクネイアは目を瞑った。

 アモンは少しニヤリと笑った。


『主様のお心のままに。絶滅させるなら妾にご命令を』


 アラクネイアは思考が一極集中すぎる。

 俺はそんな事を望んじゃいない。


『人の話を聞け。君の子供たちを絶滅させるつもりはない。

 人間に時々少数だけ討伐させるんだ。

 それで人間の生活に貢献できる』


 アラクネイアは目を開けて小首を傾げる。


『君たち魔族は、少し極端なんだよな。

 適度に曖昧さは残しておいたほうがいい。

 思考のフレキシブルさは、戦い以外でも重要だぞ』

『『仰せのままに』』


 アモンとアラクネイアは小さく目を伏せた。


『俺も何か考えておくよ。魔法の武具か何かになるけど、強力すぎると問題あるから対ワイバーン用に限定したモノを人間たちに渡す感じかな』


 俺の頭の中には既に対ワイバーン用兵器の絵図面が浮かび始める。

 携帯型地対空誘導弾。

 アメリカの「スティンガー・ミサイル」と似たようなモノだ。


 ただ、炸薬のようなモノはいらないので、ワイバーンの鱗を突き抜ける鉾が飛び出す感じがいいだろう。

 素材を傷つけるのは最小限にするべきだしな。


 この構想なら消費型の兵器だし、北の要塞がリピーターになってくれそうなのもグッド・アイデアだな。

 工房の製品ラインナップに乗せておきたい。



 そこまで思考を進めた時、居間の扉がノックされた。


「どうぞ」


 俺が声を掛けるとイスマルが入ってきた。


「旦那様、そろそろ出発のお時間になります」


 彼がそういうと、ロッテル子爵が慌てたようにソファから立ち上がった。


「ああ! もう園遊会に出立する時間になりましたか!」

「はい。まだ少々余裕はありますが……」


 そうか。ロッテル子爵も園遊会に参加するはずだよね。

 社交界に参加するのが貴族の当主の務めなんだろうし。


 俺は、エマを膝から下ろして立ち上がった。


「貴重な話を聞けて良かったです。

 また、お話をお聞かせ下さい」


 俺はロッテル子爵に右手を差し出す。

 子爵は俺の右手を両手で掴んだ。


「お耳汚しでなければ」

「貴方の武勇が耳汚しであるわけないですよ。

 園遊会でまたお会いしましょう」

「是非に」


 ロッテル子爵は嬉しげに笑うと、王国式のお辞儀をしてから退室していく。


「では、俺たちも出発だ。マリスはいつまで俺の肩に乗ってるつもりだ」

「良いではないか。久々じゃぞ?」

「いいから降りろ」

「仕方ないのう」


 俺はマリスを肩から下ろし、服の皺を整える。

 見ればマリスのドレスもシワシワだ。

 そっちも入念に皺を取る。


 ドレスは今回の大切な商品実弾だからな。

 もう少し気を使って扱って頂きたいですよ。


「よし、では行こうか。

 みんな、手筈通りに売り込みを進めてくれ」

「「「了解」」」


 よし、では社交界という名の戦場に赴こう。

 気を引き締めて行くのだ!

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