第27章 ── 第7話
「我が愚息が辺境伯殿の領民に対し……」
俺はロッテル子爵の言葉を手を上げて遮る。
「その件は既に解決しています。ロッテル子爵の謝罪は既に不要でしょう。
これ以上、その言葉を続けさせれば、俺の狭量が逆に噂になりますよ」
これから社交界にデビューするのだ。それこそ俺の社交界での評価に繋がる。
暗に俺はそう言っているわけ。
ロッテル子爵はだんだん納得したような顔になる。
「重ね重ね申し訳ない。
此度の園遊会で社交界にお披露目でございましたな。
どこに目があるとも限らぬというのに私としたことが」
だから謝罪はもういらないんだって。
俺は話題を変えることにする。
「ところで……
イスマルの子供たちに剣術を教えてもらってるようで、俺からも礼を言います」
「腕には些か自信がございますれば、この程度の事でしか辺境伯殿にはお返しもできませんが」
俺が素直にお礼を言ったからか、ロッテル子爵は少し耳を赤くした。
「辺境伯殿の武勇を聞きますに、私ごときの剣術は差し出がましい気がしますが」
「あー……」
俺の武勇か……
確かにティエルローゼの一般的な感覚では、偉業というより神業なんだろうけど、レベル頼みの業績なのでこっちが恥ずかしいですな。
こっちに転生するまでスキルらしいスキルも習得できていなかった俺としては、ロッテル流剣術という流派を確立させたロッテル子爵こそ讃えられるべき偉業を成した人物だと思う。
オルドリン子爵も独自の技を編み出している傑物だし、こういう人物たちとの
「ときにロッテル流剣術ですが……」
「踏み込みが鋭い。少し腰が低い気がするが」
トリシアが口を挟む。
「あの体勢を維持して戦うと、相当鍛えておかないと続かん気がするのだが」
確かにロッテル流の型なのか少し体勢が低いよね。
「我がロッテル流におきましては足腰が基本。
これが出来ねば戦場で十分な働きはできません」
ロッテル流剣術は足腰を鍛えるのが基本だと彼は解説を始める。
足腰を鍛えるため、幼少の
他にも流れの早い川に入って木剣を振り続けるという荒行もするとか。
鍛え抜かれた足腰は、どのような態勢からでも必殺の一撃を繰り出せるらしい。
彼の言葉によれば、足の指一本でも地面に接していれば、確実に攻撃を繰り出せる。
逆に言えば空中に浮かせてしまえば有効打は出せないんじゃないだろうか。
俺がそう疑問を口にすると、ロッテル子爵は怪訝な顔になる。
「全身鎧一領を着込んだ人間を宙に浮かせるのは至難の技ですが」
なるほど。一般的な人間を相手にしているなら間違いないだろう。
ただ、ティエルローゼは一般的な人間だけではない。
巨人もいればオーガやら魔族やら怪物やら人智を超えた怪力の持ち主はいくらでもいる。
ここまでの情報からロッテル流剣術は対人戦用武術だと解った。
冒険者の剣術ではないね。
ただ、足腰を鍛えるというのは間違いではないだろう。
俺の聞いた話では、相撲取りの足腰は尋常じゃないらしい。
強靭なフットボーラーのタックルですら簡単に止める。
それは強靭な足腰とバランス感覚に起因する。
ロッテル流剣術の基本が足腰だというなら、その剣術は魔物や巨人などにも有効なのではないか?
「ところで辺境伯殿は、あのオルドリン子爵殿とお手合わせをしたと伺いましたが」
「ああ、二年くらい前に一度だけ」
オルドリシン子爵との立ち会いは千人以上の兵士が見てたし、その中には貴族が何人もいた。
そこから情報が漏れたのは間違いない。
それにオルドリン自身もその噂を否定してないし、かえって肯定しているっぽいんだよね。
「本人に確認を取りましたか?」
「もちろんです。こう見えてもロッテル流剣士でございますから」
「彼は何と?」
「血反吐を吐くほどの修練が達人への道。辺境伯殿の技量はそこにあると」
ふむ……
でも、俺はそんな修練をしていない。
ドーンヴァースというゲーム・システムを利用して肉体的な苦痛もなく手に入れたレベルという代物でしかない。
血の滲むような努力で身体を鍛え、肉体と精神に
これがティエルローゼにおける本来のスキル習得法だ。
俺は境遇が特殊なのと神の力を継承しているため、その枠に捕らわれていないと推測している。
それと俺の周囲にいるものにもその影響がある。
仲間たちの異様に早いレベル・アップ。
ハリスの
言うなれば、ティエルローゼというシステムの枠外にはみ出している。
なので彼ら一般的な人たちの努力に申し訳ない気がしてならない。
仲間たちもそんな罪悪感を感じるのだろうか。
「ワイバーンすら倒したとお聞きしています」
「それは王都にも報告されていますから、否定はできませんね」
「まことに凄いことです。
私もワイバーン討伐隊に参加しておりますが、腕利きの精鋭を揃えても一〇〇人以上の人員が必要になります。
辺境伯殿は数人でやってのけたと聞き及んでおります」
どのように伝わっているか知らないが、ワイバーンを倒したのはハリスと俺の二人だ。
今なら、仲間全員が一人でワイバーンを狩れるだろう。
「ワイバーン討伐というと北の山脈ですか」
「ええ、年に一匹狩れるか狩れないかというところです。
軍隊で相手をするのがやっとの難物ですからな」
「武勇伝をお聞かせ頂きたいですね」
俺は園遊会に出発するまでの間、ロッテル子爵をお茶に招待する。
子爵は快く提案を受け入れてくれた。
だが、子供たちに鍛錬を続けるように言うのは忘れない。
別邸の居間へ行くと、マリス、アナベル、アラクネイア、エマがお茶をしながら寛いでいた。
「挨拶は済んだかや?」
「ケントさん! 王都のお菓子も美味しいのです!」
「主様。さあ、お座り下さい」
アラクネイアに隣の席をポンポンと叩かれたので、そこに座る。
アラクネイアの反対側にアナベルが素早く座った。
マリスが俺の膝の上によじ登るとエマが「ずるい」と抗議の声を上げた。
マリスは「仕方ないのう」と言うと俺のさらに上によじ登っていく。
ドレス姿でそれをするとシワになりそうなんだが。
エマは満足そうにしつつ、俺の膝の上に座る。
見下ろすと耳が赤いので恥ずかしいとは思っているのだろう。
恥ずかしいなら辞めなさいよ。
トリシアは「遅れた」って顔で肩を竦めると反対側のソファに座る。
「すみません。仲間たちは遠慮がないもので……」
トリシアに隣に座るように促されたロッテル子爵は目を丸くしている。
とても貴族を相手にした振る舞いとは言えず、驚いているに違いない。
まあ、エマも貴族位を持ってるはずなんだけどな。
「モテモテですな」
苦笑いのロッテル子爵にアモンがお茶を運んで来る。
「どうぞ」
「これは有り難うございます。
そう言えば、貴方も相当な腕前のようですね?」
「当然でしょう。私は主様の剣の一本ですので」
澄まし顔でアモンは言ってのける。
まあ、確かにこの世界でも最強の剣士の一人ですな。
神とかも含めての話ですけど。
「一本といいますと、他にも……」
アモンはニヤリと笑うと、仲間たち全員に視線を動かす。
「ここにいらっしゃる方々は概ねそうです」
「当然じゃ。じゃが我はケントの盾じゃぞ」
アモンに言われ、俺に肩車状態のマリスが胸を張る。
「私もどちらかと言うと癒やしや支援系ですけども、もちろん武器を手にとって戦う事もありますよ!」
「妾とハリス殿は主様の影の刃、それと主様の衣を用意するもの。主様の剣ならば、貴方とフラ、トリシアで良いでしょう」
どうやらアラクネイアはハリスと同じ立ち位置に自分を考えているようだ。
「あ、ハリスとフラというのはですね……」
俺は、ここにいない二人の説明をする。
「ここにいる者たちも凄腕の冒険者たちです。
貴方の隣にいるエルフは、貴方もご存知の……」
「心得ております。トリ・エンティル様でございましょう。
お隣に座していて緊張しております」
トリシアはニカッと笑う。
「私はケントのチームの司令塔を受け持っている。
一歩離れた場所から戦場全体を把握する役割だな」
「指揮官とは違うのでしょうか?」
「少し違うな。軍でいうところの副官や参謀と考えてもらえればいい」
エマもニッコリ笑ってトリシアに頷く。
「トリシアは戦闘での副官よ。なら、私は魔法工房での副官と言えますわね」
膝の上に乗ってるくせにお嬢様ぶった口調なエマが少し面白い。
「マクスウェル女爵殿ですな。
言葉を交わすのは初めてですが、新年の席で何度かお見掛けしています」
「あら? そうだったかしら……ほほほ」
エマも俺の影響の所為か、上位の貴族に遠慮のない口を聞きます。
躾がなってなくて誠に申し訳ない。
「エマ、彼は子爵だぞ。君より上位だと弁えなさい」
「これは失礼を」
エマは素直に頭を下げる。
「いえ、女爵殿。王国への貢献度を考えれば、貴女は
「能力には自信はありますが……それもケントあってのモノでしてよ。
私には魔法を使う事しかできません。
新しい魔術の開発も魔法道具の設計もケントがしているのですもの」
そう言われてロッテル子爵は目を見開いて俺を見る。
「まあ、俺も
俺より凄い魔法の使い手は他にもいるでしょうし」
レベルはともかく、魔法に関してはイルシスの方が上だろう?
ソフィアの魔法知識も俺より上かな。
俺はシャーリーの残した魔術遺産を活用しているに過ぎない。
そこに現代知識を加味しているだけだからな。
「
確かに魔法が使えるヤツがティエルローゼには少ないそうだし、驚くポイントなのかもね。
剣士としての名声が先にあるし、魔法道具に関してはエマにばかり押し付けてるから仕方ない。
ま、
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