第27章 ── 第6話

「それじゃ行ってくるね」

「御武運をお祈りしております」


 リヒャルトさんとメイドたちに見送られ、魔法門マジック・ゲートを潜る。


 今日は貴族たちが集まる社交界の日だ。

 連れて行く仲間たちはすでにドレスアップが済んでいて、俺たちは非常に綺羅びやかな集団パーティと化している。


 俺は青い貴族服、アモンは黒いスーツで、素材はいつもの物と変わりはない。

 しかし、女性たちのドレスは全てシルク布であつらえてある。


 転移門ゲートの先は王都の別邸だ。

 ここから王城への馬車を用意してもらっている。


「お帰りなさいませ、旦那様」

「留守番ありがとう。何か変わった事は?」

「特にありません。馬車の準備も終わっております」


 この人はイスマル・ラストルーデ准男爵。

 別邸の管理を任せている執事長の人だ。


 俺は王都で滞在する事が殆どないので、ある意味全く絡みがないんだけど、王都に別邸を用意する際に俺の家臣になりたいという貧乏貴族から雇い入れた人物だったりする。


 彼の一族はどの派閥にも属していないのが選んだポイントなのだ。

 その所為で、ラストルーデ准男爵家はどの役職にも付けず、まさに滅びる寸前だった。


 貴族間の交流なんて金が掛かるのが当たり前なので、彼のように最強貧乏貴族に派閥間抗争など所詮無理な話なんだけどね。

 なんせ、彼ら一族はトリエンとドラケンの境界付近の森の端に小屋を建てて自給自足していたんだよ。

 畑を作り、草を採取して服を仕立て、男手は森で狩り……

 貴族というより閉鎖的な農民みたいな生活だったらしい。


 彼は二年前のブリストル大祭の時に俺が開いたパーティに来ていたそうだ。

 そのパーティでも絡みはなかったんだが、俺が暗殺されかかった時に他の貴族たちを落ち着かせて帰らせる使用人たちを手伝ってくれたという報告をリヒャルトさんから受けて雇うことにした。


 ラストルーデ家は親族も含めると総勢三二人もの大家族なので、全員まとめて雇い入れる事で王都の屋敷の管理を任せているわけ。

 これはリヒャルトさん率いるユーエル家と同じシステムを真似た感じかな。


 当主であるイスマル氏は四〇代半ばだけど、厳格、実直でまるで軍人のような人物で、一族を指揮する部隊長って感じで少々堅苦しいが、仕事ぶりは申し分ない。


 王都に俺の別邸があるので、王都に住む貴族たちからの問い合わせは、この屋敷に届く。

 しかし、それら問い合わせを完全に無視できる豪胆さは普通の貴族にはないからね。

 非常に貴重な人材といえる。


 ちなみにトリエンに直接くる問い合わせはリヒャルトさんが全部処理してるよ。彼ら一族も貴重な人的資源です。


「じゃあ、出発の時間まで少し休憩させてもらおうかな」

「居間でお寛ぎ頂けるようお茶の準備をしております。

 少々、お待ち下さい」


 別邸へ入ろうと向かう途中、ふと庭の方を見ると何やら片隅で木剣を構える子供たちを指導する人物に気づいた。


「あれは?」

「お見苦しい物をお見せして申し訳ありません。

 あれは私の子供たちでございます」

「いや、あの教官みたいな人は誰かと思って」


 イスマルはチラリと訓練している子供たちの方を見てから、少し肩を落としながら溜息を吐いた。


「あれはコーウェル・ロッテル子爵でございます」

「ロッテル子爵? アーベントのお父さんじゃないか!」

「左様でございます」


 ロッテル子爵は、あの剣術一家の長、ロッテル流剣術の宗家の人だぞ。


「なんで子爵が?」


 イスマルの話によると例のカイル事件の後、ロッテル子爵自身が別邸にお詫びのために来訪した事があるという。

 イスマルは、貴族からの問い合わせを全て跳ね除けるように俺が命じておいたので、お詫びを固辞したんだそうだ。


 だが、ロッテル子爵も頑固一徹の武人だったようで、俺の使用人たるイスマルの家族への武術指導をお詫びの代わりとして受け入れさせた。

 それ以来、ロッテル家の家長自ら指導に来るようになったらしい。


 よくまあイスマルにそれを受け入れさせたな。


 何か圧力を受けたかとイスマルに問いただすと、彼は静かに「いいえ」と首を横に振った。


「旦那様の名誉を傷つけるわけにはまいりませんので、私の家のものが使えるのであればと思い受け入れた次第です」


 ロッテル子爵は「お詫び」のために門の前で正座して座り込んでいたらしい。

 これを日参で実行するんだからたまったものではない。

 貴族の矜持とか関係ないのかね。


 ともかく、子爵という身分の貴族が門の前で毎日座り込まれたのでは俺の名誉が傷つくと判断したようだ。

 まあ、外聞が悪いのは間違いないし、その判断を俺は支持する。


「了解した。迷惑をかけたようで申し訳ない」

「いえ、我が家系は旦那様のためにあります。

 旦那様のお役に立てるなら本望です」


 この人も忠誠心過多ですな。


 彼を雇うことにした頃に一族に流行り病が蔓延していたのだが、俺が雇ったお陰で神殿での治療ができたのを未だに恩に感じているらしい。

 それだけでなく、別邸の維持費として彼の一族の生活費を全部俺が賄っているのも理由かもしれん。

 でも、彼の一族がいてくれるから別邸の維持ができるので、年間白金貨二〇枚程度の出費は全く問題ないよ。


「ちょっと見てくる」


 俺はロッテル子爵とは会ったこともないし、挨拶くらいはしてもいいだろう。


「見た所、あの剣術は我には扱えぬ。我は中でお茶を頂くとしようかのう」

「確かにな。あれは腕の長さ、踏み込みの鋭さを活かした剣術だろう。マリスの体格では難しいな」


 マリスが鼻を鳴らすとトリシアがそれに同意する。


「私なら使えそうな気もしますけど、ドレスが汚れてしまうと困るのでお茶とお菓子にするのです!」


 アナベルも剣術には興味があるっぽいけど、お茶には付き物の「お菓子」の方に興味があると暗に吐露しています。

 イスマルは「お茶」とは言ったが「お菓子」とは一言も言ってないぞ、立ち食い戦士よ。


「では私たちは主様のお邪魔にならないようにお茶にしましょう」

「そうね。私も剣術には興味ないわ」


 アラクネイアはマリスとアナベルの背中を押して屋敷の中に入っていく。エマもそれに続いた。


「では主様、参りましょう」


 アモンがニコニコしつつ歩き出す。


 彼が一番見たそうです。

 武の象徴としてカリスに生み出されたアモンは武術やら剣術に一際興味があるのだろうね。

 俺は挨拶って言ったんだけどねぇ。


 俺はやれやれと思いつつトリシアと共にアモンの後に続いた。



「コーマス、腰が入っていないぞ!

 体勢は低くと何度も言っているだろう!」


 木剣でコーマスと呼ばれた子供が腰を叩かれている。

 それほど強く叩いてはいないようだが結構なスパルタ教育だ。


「マルテ! 腕はねじり込むように鋭く突き出せ!」


 訓練は男女混合だった。

 遠目で見た時は全員男装なので男だけかと思っちゃったよ。

 イスマルは男も女も区別なしなんですかね?


 この世界はトリシアやアナベルのように強い女性もちらほらいるが、基本的には「女性は男性が守る」ものという考えが根付いている。


 現代社会においては性別による差別とか騒がれるかもしれないが、近代までは同様に考えられていた。

 生物的な特徴を考えても男の方が戦闘力が高いのは疑いようもない事実なのだから俺的には差別というより区別だと思うんだけどね。


 アモンが足音を消して近づき始めたのに気づいてトリシアも足音を消した。当然、俺もそれに倣って足音を消す。


 ロッテル子爵の腕試しかもしれないが、アモンもなかなか趣味が悪いですなぁ。


「ケイス! 今の動きを反復……むっ!?」


 子爵が突然後方に木剣を振り抜く。

 アモンは首筋を狙った剣閃を当然のようにスウェーで躱した。


「人間にしては鋭い剣筋です」

「な、何者かっ!?」


 アモンはニッコリしているけど、少々黒い気配が漏れてますぞ。


「なるほど、これがロッテル流剣術か。

 あの体勢からあれほどの薙ぎ払いができるとは」


 トリシアも興味深そうにロッテル子爵の体捌きを観察している。


 俺たちを鋭い視線と警戒態勢で見たロッテル子爵が、はっとした感じで剣を下ろした。


「クサナギ辺境伯殿ではありませんか!?」


 ロッテル子爵はそう言ったが、視線は俺ではなくアモンに向かっている。

 見た目から考えると当然といえば当然だろうけど……


「私は主様ではありません。我が主に無礼は許しませんよ」


 ニコニコ顔だったアモンが眉間に皺を寄せる。


 それを見たトリシアは体ごと横に向いて笑いを堪えているが、「くくく」と声が漏れている。


「我が名はコラクス。我が主の剣にして忠実な下僕です」


 アモンはそう言うとススッと横に移動して、俺に右手を差し出すように俺を主だと示す。


「どうも、ケント・クサナギです。

 ロッテル子爵とお見受け致しますが……」


 俺は一歩前に出て自己紹介をする。

 するとロッテル子爵は片膝を突いて跪いた。


「お、お初にお目に掛かります!

 ロッテル子爵家が当主、コーウェルにございます」


 何で臣下の礼?


「お立ち下さい。膝が汚れます」


 俺は子爵の手を持って立ち上がらせる。

 貴族位としては俺の方が上だけど、貴族界では新参のペーペーだ。

 先輩子爵にこんな礼をさせるのは外聞が悪い。


 というか、俺は貴族位を笠に着るような考えが嫌いだ。

 雇った貴族にはそう言ってある。

 それを自分がやるようではダブルスタンダードもいいところだろう。


「俺の前では、そういうのは不要です。

 貴方の気持ちはもう受け取っていますからね」


 俺は努めて笑顔を作る。


 カイルの行動は彼自身に起因することで、ロッテル子爵の責任ではない。

 まあ、製造責任という意味では躾ができてなかったカイルをロッテル子爵の罪と言えなくもないかもしれないが、彼がそう振る舞えとやらせたわけではないだろう。


 彼の今までの行動を見れば、彼が悪い人間ではないのは解るからね。


 ロッテル子爵はアーベントという跡取り息子を差し出し、ロッテル子爵家の名誉を既に示した。

 それを無下にするような態度を示せば、それこそ俺の名誉に傷がつく。


 権力を笠に着る貴族に対して同じように振る舞うのは吝かではないんだけどね。

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