第27章 ── 第5話

 わずか一週間でハリスやフラウロスが各勢力についての情報を集めてきた。


 まず、エドモンダールについて……

 エドモンダール伯爵は元々グリンゼール公国の貴族だったわけだが、王国の貴族になってから国境の山脈付近にある小都市の貴族たちの代表にまで上り詰め、その辣腕ぶりを内外に示した人物だという。

 小都市の領主たちは彼のお陰でかなり裕福になったらしい。


 だが、新たな貿易路としてモーリシャスが台頭してきてからというもの、小都市の利益を確保するのが難しくなってきた。


 そして俺が王国に現れてから、さらにモーリシャスと小都市群との格差が開いた。全盛期に比べると四割も収入が減ったそうだ。


 俺がエマードソン商会を通して「魔法の蛇口」を流通させたお陰で、物資流通や経済における貴族界の発言力はモーリシャスが他の追随を許さないような状態になっている。

 王国を行き来する旅商人や隊商は、半分以上がモーリシャスの息が掛かった者たちになってしまっている。


 それは西のエルフの森との国境に位置するピッツガルトでも一緒らしい。

 ただ、ピッツガルトは貿易都市ではないため、マルエスト侯爵はモーリシャスの流通力を当てにしている節があるそうだ。


 まあ、流通が一極集中というのは非常に問題があると思うので、俺としては関係を繋ぐのも悪くはないと思う。

 グリンゼール公国は大陸最北端であるため、熱帯地域な気候だし珍しい食べ物とかありそうだし。


 現在、小都市群は他の大都市などに比べ、物流が滞り始めている。

 北の山脈の貿易街道にはカートンケイル要塞と並ぶ要塞があり、多くの王国兵が駐屯していたそうだが、他に貿易路が整備されたため、兵員は縮小されてしまったという。

 この要塞(ドルバートン要塞というらしい)の兵士はワイバーン対策なのだが、安全な他の貿易路がある現在では、危険をおかしてまで山脈街道を警備するほどの価値はないと判断されている。


 派閥の当主であるエドモンダール伯爵は、この状況を何とか打開しなければならないと考え、今度の社交界で俺に接触を図る決意で望んでいるとのこと。


 中々末期状態だというのに、北の小都市群が荒廃しきっていないのはエドモンダールの手腕によるものらしい。かなり有能だな。


 さて、次はトスカトーレだ。


 トスカトーレ侯爵は、オーファンラント王国建国以来の権門だ。

 話によれば、国母ブリュンヒルデの兄にあたる人物の末裔だという話もあるらしい。

 血統は申し分ないね。


 王国の建国がおよそ五〇〇年前。

 その頃から権力の中枢にいた家系という事だ。

 古くから王国のご意見番として権勢を誇っていたが、前代のミンスター公爵が当主となってから王家への発言力が弱くなってきているらしい。


 ミンスター公爵家は三代前に王家から別れた家柄で、もっとも王家に近い貴族の家になった。

 それまで王家では国王になる王太子以外の子供が、他の貴族家への養子に出る事で貴族たちとの繋がりを作っていたのだそうだ。

 それを廃したのが現国王の祖父に当たる人物だ。


 その当時の王は弟妹を非常に可愛がっていて、位の低い他家へ養子や降嫁させる事を望まなかった。

 そこで公爵位や新しい貴族家を設けたりする事で対処したわけだ。

 何をやっているんだかと思うが、この出来事が血みどろ貴族間闘争を激化させた理由だったりする。


 リカルドの祖父の政策により混沌とした貴族界を取りまとめたのがトスカトーレ侯爵家だった。

 謀略や抗争、手段を選ばず王国内を平定することに尽力したトスカトーレ家は当時の国王に重用され、かなりの権勢を誇っていたわけだ。


 ただ、先代のミンスター公爵の台頭により、その権勢は削がれていく。

 先代国王は先代ミンスター公爵と非常に仲がよく、ことある毎に意見をすり合わせて貴族界を安定したものにしていく。

 この関係は現在の国王とミンスター公爵の間でも維持されている。


 現ミンスター公爵の聡明さを考えても国王が彼の意見に耳を傾けるのも解るし、今この関係を崩すことはないと俺も思う。


 んで、現在のトスカトーレ侯爵の派閥が計画している事だが、俺と繋ぎを付け、国王の覚えがめでたい俺に王国の伝統を教えてやることで恩を売り、俺を通して発言権を回復させるって事らしい。


 何を言っているのか解らないと思うが、これを大真面目に考えているんだそうだ。


 俺に貴族の伝統をお教え下さる?

 片腹痛いわ。俺にそんなモノは必要ない。

 これが老害というものか。時代の変化を感じ取れないってのは、本当に害悪でしかないね。

 何だか江戸時代の有名な出来事を思い出すよ。


 俺としては伝統や格式を軽視するつもりはない。

 マルエスト侯爵みたいに歴史にロマンを感じる人もいるし、そういった歴史から現代を省みるのは重要なことだと思う。

 だが、それを押し付けてくるのは頂けない。

 俺は他人の意見は尊重するが、押し付けられるのは勘弁だ。


 あまりお近づきになりたくない勢力だと思うんだけど、そうもいかないんだろうなぁ……困る。



 この二つの勢力が手を組んで、次の社交界で俺に近づいてくるということだ。

 さて、どうしたものか。



 シンジの店に顔を出してからちょうど一週間後。

 シンジの店からシルク製品の準備が出来たと連絡が来た。


 相変わらず、一週間を七日だと思っているのかもしれない。

 まあ、早く仕上がる分には問題ないのだが。


 早速、シンジの店に出来上がったシルク製品を受け取りに行く。


 シンジの店の扉を開けて中を覗く。


「出来たって?」


 そう声を掛けると、店番をしている針子の一人が座っていた椅子から慌てて立ち上がった。


「ようこそおいで下さいました」


 俺の前まで走ってくると、すぐに跪く。


 いや、そういう対応はいらないんだが……


「お、ケント。例のモノ、出来てるよ」


 奥の作業場から顔を出したシンジがニヤリと笑う。


「早速見せてもらっても?」

「ああ、そこに並んでいる木箱の中だよ」


 シンジが指差す方の壁下に木箱が幾つか並んでいる。

 俺は早速木箱の中を検める。


「ほう……こりゃあ華やかなドレスだなぁ」


 俺が取り出したドレスは薄い水色に染色されていて、ふんわりとした可愛らしさを感じさせるものだった。

 レースを多様しヒラヒラした感じはグランドーラに似合いそうな気がする。

 こっちのドレスはピンクだな。エマが好きそう。


 他にも色々なドレスがあり、女性用、子ども用のもの、男性用のスーツもあった。


「こいつは売れそうだな」

「お気に召したようで何よりです」


 心配そうに俺を見ていた針子もやっとニコニコ顔になる。


「いやはや、俺のデザインじゃ、ここまで華やかにはならなかったろうし助かるよ。

 そういや……さっき少し顔出しただけで引っ込んだけど、シンジは奥で作業してるの?」

「はい。シルク布は仕入れられる量が少ないので、普通に市場に出回っている布で富裕層向けの服を作っているんです」


 なるほど、シンジも仕事が早いね。

 貴族に売る分はともかく、店に置けるように綿織物、麻織物、毛織物などで作った服も必要だねぇ。

 新品の服は基本的に富裕層向けになるけど、この分だとシンジは一般的な庶民が購入できるような服も作り始めるかもしれない……量販店感覚で。


「それじゃ頂いていこうかな。

 代金は白金貨一〇〇枚でいいのかな?」

「ど、どうなんでしょう……?」


 インベントリ・バッグから白金貨が入った革袋を取り出しながら聞いてみるも、針子の少女はオドオドしながら首を傾げている。

 目が白金貨の袋に釘付けだ。


 まあ、一般庶民が白金貨なんてものを見慣れてるはずはないし、真っ当な反応だねぇ。

 今後、こういう金額が飛び交うんだと今のうちに認識しておくといい。

 君はそういう店に就職しちゃったんだからね。


「一応、原価率を考慮して算出したんで初回はこんなもんかな。

 貴族間で流行って需要が高まったら、価格が跳ね上がる可能性はあるけどね」

「需要ってなんですか……?」


 ただの針子には解らないか。

 この世界だと大商人クラスじゃないと理解できないかもしれん。

 需要と供給なんて言葉を義務教育期間中に教える日本ってパネェな。


「まあ、商売用語は難しいので、後でシンジに教えてもらってくれ」


 俺は代金をカウンターテーブルに置いてから、商品の入った木箱をインベントリ・バッグへ仕舞う。


 以前はインベントリ・バッグを使うだけで驚く庶民が多かったんだけど、シンジが雇っている子だけあって驚かないね。


「それじゃ頑張って」

「はい! ありがとうございました!

 またお越しくださいませ!」


 うん。店員教育も成果が出始めているようだね。

 いいことだ。


 シンジの店から外に出る。

 空を見上げると小鳥がスィッと飛んでいくのが見えた。

 チチチという声が俺には会話に聞こえた。


「あっちにごちそうの巣があるって!」

「ほんとに!?」

「カラスの親分が教えてくれた!」


 あ、カラス郵便レイヴン・メール部隊の事すっかり忘れてた。

 あいつら、ちゃんと生活できてるんだろうか。

 一応、役所で周知はしてもらってるはずだけど、全く報告聞いてないや。


 今度の園遊会ではカラス郵便レイヴン・メールを貴族たちに利用してもらうのも視野に入れとこうかな。

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