第27章 ── 第4話

 呼び鈴でリヒャルトさんを呼ぶと直ぐに執務室の扉がノックされる。


「どうぞ」


 声を掛けるとサッとドアが開き、リヒャルトさんとメイドが一人入ってきた。


「旦那様、お呼びでしょうか?」

「あ、うん。リヒャルトさんにお願いがあってね」


 リヒャルトさんのフサフサの眉が片方上がる。


「何事でございましょうか?」

「実は一週間後、王城で園遊会が行われるんだ」


 リヒャルトさんは納得したように頷いた。


「畏まりました。早速準備を致しましょう」

「理解はやっ!」


 リヒャルトさんはニッコリと笑う。


 早速と言った通り、リヒャルトさんはメイドに幾つか指示を出す。

 メイドが一つ頭を下げてから執務室から出ていったが、何分もしない内に三人増えて戻ってくる。一人はメイド頭のアマレットだ。


「まずは旦那様の採寸を行いましょう」

「俺の体型は変わってないけど……」

「いえ、旦那様に是非ともご協力を仰ぎたい案件でございまして」

「え?」

「メイドたちに主人の服の採寸を体験させたいのでございます。

 やはり実践で学ばなければならない事もございますので」


 なるほど。

 見れば、俺の知らないメイドが二人いる。新人らしい。

 新人教育は重要だし、協力自体は吝かではない。


「了解だ。

 今回、園遊会に参加させる予定なのはトリシア、マリス、アナベル、エマ、コラクス、アラネアだ。

 ハリスとフラウロスは別の任務に充てる予定だけど」

「では、トリシアさまたちの採寸もせねばなりませんね」

「うん。コラクスとアラネアは自前の服で良いだろうけどね」


 リヒャルトは「そうでございますね」と少し渋面を作る。


「お二方がお持ちの服を越える物を用意できる自信がございませんし……」


 アラクネイアはいつもシルク布の黒いドレスだしねぇ。言わずもがなってところだ。

 コラクスも元々から執事服風のスーツなので変えようがない。


「では、ドレスが四着必要で御座いますな。

 そちらも意見を聞きつつご用意致しましょう」

「一週間しかないのにゴメンね」


 リヒャルトは深々と頭を下げる。


「旦那様のお役に立つのが我らの務め。謝罪など不要にございます。

 主たる者が使用人に頭など下げなさいますな」


 相変わらず俺にも厳しいリヒャルトさんである。

 主人たる俺にも相応しい態度を求めてくる。


 しかし一般的日本人の俺には中々態度を改めることが難しいのだ。

 俺は「はい」と素直に返事するしかない。


 早速、俺の私室に場所を移動して俺の採寸が開始される。


「ケンドラ、手がお留守ですよ。ヒルディア、もう少し腰を落としなさい」


 アマレットの厳しい声に新人たちは顔を真っ青にして必死に採寸を進めている。


 アマレットさん、俺に対するリヒャルトさんより厳しかった。


 一時間ほどで採寸を終えたメイド部隊は部屋から出ていく。


 新しいメイドの名前はケンドラとヒルディアね。覚えた。

 彼女らの教育が名目なんだろうけど、多分俺との顔合わせも目的に含まれていたのではないかな。



 採寸の後、執務室に戻った俺はハリスとフラウロスを呼び出す。


「呼んだか……」

「我が主、御前に」


 影からハリスとフラウロスが現れる。

 そういや、この二人も影渡り仲間なんだよね。


「一週間後に王都で園遊会が行われるのは知ってると思うけど」


 俺の言葉に二人とも頷く。


「今回の園遊会の目的は理解できてるかな?」

「ケントの……社交界入り……だろう?」

「我が主が、やっと表舞台に立つと思うと感慨深いものがありますな」


 俺も頷いて見せるが、それだけが理由ではない。


「表の理由はそれだろうけど、裏の理由も存在するんだ」

「貴族の……均衡を保つ……」


 ハリスは必ず分身の一人を俺に付けているっぽいので解ってるとは思ってた。

 ちょっと過保護じゃないかと心配になるレベルだよ。


「そんな理由があるとは、このフラ、驚きでございます」

「今、オーファンラントの貴族界には四つの勢力が存在する」


 俺は黒板をインベントリ・バッグから取り出してガシガシと勢力図を書く。


「ミンスター公爵が率いる勢力、モーリシャスのハッセルフ侯爵が率いる勢力」


 丸を二つ横に並べて書いて、その中に二人の名前を書く。


「この二つの勢力は俺という存在を介して繋がっていると考えていい。

 それぞれ、発言力、経済力においては王国の中心にいる」


 俺は二つの丸を、先の二勢力の上に少し重なるように書いた。


「今、俺が問題としているのは、この上の二つの丸で表される勢力だ」


 その上に書いた二っの丸の中に『トスカトーレ』、『エドモンダール』と書き込む。


「この二つの勢力は、俺との繋がりがないという理由で、手を結んだと聞いている」


 勢力を示す丸が重なっている部分をチョークでコンコンと俺は叩く。


「今回の園遊会、俺の社交界におけるお披露目の意味が強い。

 国王が意図しているのは、社交界の貴族たちに俺の存在を認めさせたいんだろう。

 ついでに言えば。王子を取り込んでいる二つの勢力にも顔を繋げて欲しいと思ってるんじゃないかな」


 貴族界における勢力バランスを出来る限り壊さないのが王国の利益と考えているのは見て取れる。


 伝統や格式の権門『ミンスター』と『トスカトーレ』。

 この二つのバランスは、著しく崩れている。


 いち早く俺をプレイヤーではないかと見抜いて支援に乗り出したミンスター公爵は、本当にやり手の大貴族といえる。


 それに比べ、トスカトーレ侯爵は、初顔合わせの段階で俺にお小言を放つという第一印象で最悪な貴族を演じてしまった。

 まさか冒険者からの成り上がりが、ここまで貴族界を揺るがすとは思ってなかったに違いない。


 片やエドモンタール侯爵の勢力は、最初から不利な立場だった。

 彼の勢力は王国北部の小都市の領主や付随する貴族たちばかりの集団で、地理的に俺と関わるのが難しかったのもある。

 配下の商人貴族を素早く俺に挨拶をさせる抜け目なさもハッセルフ侯爵は持ち合わせていたしね。


「この二つの勢力は、貴族界において没落しつつある」

「追い込まれている奴らは……手段を選ばない……事がある……」

「そうだね。

 俺が思うに、そういう勢力が取る手段は幾つかある。

 一つは俺に取り入るよう行動する事。

 二つ目は……」

「ロスリング伯爵のように……ケントを排除……する事だろう……」

「その通り」


 俺を暗殺するような手段は、陛下から釘を刺されたのもあるので、無いと思う。

 だが俺の排除は、そんな手段を取らなくても出来ないわけではない。


「君たち二人には、この一週間の間に、二つの勢力の情報を集めてもらうことだ。

 レベッカたちにも情報収集はさせるつもりだけど、『影渡り』という珍しいスキルを持つ君たちなら内部へ潜り込んで調べる事も可能だと思う」

「仰せのままに」


 フラウロスが牙を剥き出す独特な笑顔を作って恭しいお辞儀をする。


「俺の欲しい情報は二つ。

 トスカトーレ侯爵とエドモンダール伯爵が俺との関係をどうしたいと思っているのか。

 それを実行する上でどう行動するつもりなのかだな。

 ちょっと探るのは難しい項目だけど……」


 済まなそうにする俺にハリスが爽やかに笑顔を作る。


「気にするな……」

「我が主、我ら二人にお任せあれ。

 我が主は椅子に座ってお寛ぎ頂ければ何の問題もありませぬ」


 ふと見ると、ハリスとフラウロスの影からアラクネイアが頭半分出しているのが見えた。


 影渡り三人衆の最後の一人が現れた!


 俺と目が合ったのに気づき、アラクネイアが頭を全部影から出した。


「主様、妾も……」


 任務をくれと切なそうな目を向け訴えてくる。


「アラネア。君は園遊会参加組だよ。

 シンジが作るドレスにアドバイスをやってくれよ。

 カリスの衣装を一手に請け負ってた君なら適任だと思うんだけど」

「アラネア、主様に無理を言ってはいけませんよ」


 ガチャリと執務室の扉が開き、渋面を作ったアモンが入ってきた。


 部屋の外にいたのかよ。

 相変わらず忠誠心過多ですな。


「コラクスの言う通りです。この任務は我とハリス殿が受けし物。貴女の出番はありませぬぞ」


 勝ち誇ったようなフラウロスに、アラクネイアは少し頬を膨らませつつ影に沈んでいった。


 アラクネイアのああいう顔は珍しい。

 絶世の美女の少し可愛い表情にちょっと和んだ。


「では、二人とも情報収集頼んだよ」

「了解だ……」

「お任せあれ」


 ハリスとフラウロスも影に沈んで消える。


「コラクス。君も園遊会に参加してもらうよ」

「主様の仰せのままに。

 このコラクス、主様の側仕えとして尽力する所存です」


 ニコニコ顔のアモンは満足げな笑顔だ。


 暗に『護衛兼執事』のつもりと言っているのは解るんだが、俺としては新製品の売り込みとかに尽力してほしいんだが……


 アモンも例にもれずイケメンですからなぁ。

 貴族の婦女子にアモンが売り込んだら絶対売れる。

 トリシアとタッグを組んでくれたらさらに売上が見込めるはず。


 マリス、アナベル、エマたちも組ませて幼女好きやら巨乳好きの貴族に是非とも売り込んでほしいね。


 こういう物に興味がない貴族は俺が一手に引き受けるからさ。

 そんな貴族たちは俺との繋がりを求めて来るに違いないしね。

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