第27章 ── 第3話

 アラクネーの野営地に足を進めると、マリッジの掛け声と共にアラクネーたちがゾロゾロと集まってくる。


「今日の主様は、男連れてきたよ」

「良い男じゃん」

「駄目よ。主のツレに手を出したら創造主様に怒られるわ」

「えー、ケチケチ」


 相変わらずキャッキャウフフしてますな。


「アラクネーたち。今日は君たちが作ってるシルク布を加工している店の主人を紹介するよ」


 俺はシンジを手招きする。

 シンジはアラクネーのあからさまな態度を見て面食らっていたが、手招きに反応して真面目な顔で俺の横まで来る。


「シンジだ。貴方たちの布を扱わせてもらってます」


 二〇人からのアラクネーに囲まれて、流石にシンジも少し緊張しているね。


「加工って服にしてるの?」

「人間の縫合技術ってどんなの?」

「人間の服って単純だよね?」


 シンジはアラクネーに質問攻めにされ始める。


「あ、いや……えーと」


 シンジが女性に囲まれてしどろもどろになってるのは面白い。

 女慣れしているヤツも、こんな反応になるんだね。

 ま、現実世界の女よりも積極的っぽいからなぁ……人間でもないし。


「シンジ、いくつか作ったドレス持ってきてないか?」

「ん? ああ、あるけど」


 アラクネーは自分たちの作った布がどう扱われているのか興味があるようだし、現物を見せるのが一番良さそう。


「縫合に少し不満はあるけど、なんとか売れる程度には出来てると思うよ」


 シンジは、彼のインベントリ・バッグから五着ほどシルクのドレスを取り出した。


 アラクネーたちの目がギラリと光った。

 さっとマリッジが手を出してドレスの一枚を取り上げる。


 ドレスを広げて腕を伸ばして確認する。

 そして、すぐに裏返して全体を検分している。


「ね、ねぇ……姉貴……」

「どうしたの、マリッジ?」

「どうもこうもないよ……見てよ!」


 マリッジは手に持っていたドレスをアラクネーの一人に渡し、もう一枚手に取る。


「ここの縫い……見たことない縫い方だよ……」

「待って。この意匠は蝶が羽ばたいているみたい。レースをこんな風に使うなんて凄いわね」


 他のアラクネーもドレスを奪い合うように調べ始めている。


「ちょっとこっちにも見せてよ!」

「みんな待ちなさい! 落ち着いて!」


 他よりも少し大きいアラクネーが割って入る。


「だれ?」

「私はジャンヌよ。移民隊の頭をさせてもらってるの」


 シンジの囁きにアラクネーが名乗る。


「ちょっと待ってくれ」


 ジャンヌの名乗りに俺は待ったをかける。


「移民隊? 俺は隊商を招聘したはずなんだが……」

「そのつもりだったけど、良い住処まで用意してもらったから、ここに住むことにみんなで決めたの。ね~?」


 ジャンヌがそう言うと、他のアラクネーも「ね~!」と嬉しげに言う。


 マジか……君たち永住希望なの?


 俺は「違う」とも言えず苦笑いするしかなかった。


 まあ、絹織物業者が街に住み込むのは悪いことじゃない。

 ただ、街のルールは守ってもらわなきゃならんけど。

 門を利用するとかね!


 前に来た時、機織りしてたけど、絹糸まで持ってきているのかと思ったけど、蚕ごと運んできたんだねぇ。

 木箱には布が入ってるのかと思ってたけど、半分くらいは蚕が入った箱だったんだろうか。


 トリエンの利益になる事だし、便宜を図るとしましょうかね。

 住民登録とかまだだろうし、あの巨体では役場には出入りできないよな。


 アラクネーが落ち着いたところで、シンジへの質問タイムを設けてやる。

 アラクネーの服飾技術への渇望は凄いもので、シンジもタジタジになっている。

 さすが神の衣装を縫う役割を与えられたアラクネイアの子供たちと言えるね。


 数時間掛かってやっとアラクネーが満足したところで新しく出来上がっている絹織物を俺が買取り、そのままシンジに卸してやる。

 少し面倒だが、この手続きは必要なんだよ。

 手数料、所謂税金を取っているんだからね。


 だけど、シンジには「あまり利鞘を取ってないんだな」と逆に驚かれた。


 今、この手続きは役所に任せていて、クリスの部下のポーフィル准男爵が担当している。

 シンジと別れ、役所に行って手数料分のお金をジンネマン・ポーフィルに届けてもらうように言付けておく。

 何故だか、受付の女性職員が困惑した顔をしていた。


 執務室へ戻り、宰相のフンボルト閣下に小型通信機で連絡を取る。


「閣下、例の準備ですが……

 一週間ほどで準備が終わります」

「おお、もう準備が整うとは。流石はクサナギ辺境伯殿ですな」


 お世辞は結構だ。

 だが、フンボルト閣下のこのお追従よろしいお世辞は珍しい。

 やはり貴方の仕込みですかね?


「やはりそうですか」


 俺は声のトーンを落としてカマをかける事にした。


「何のことだね?」


 突然、俺の声色が変わったのを聞いてフンボルト閣下は不安げな声になっている。


「とぼけるんですね」


 もう少し声のトーンを抑えてみる。


「ちょ、待ってくれたまえ、クサナギ辺境伯殿!」


 フンボルト閣下の声色に焦りが交じる。


「王子の事は陛下のお考えなのだ」


 あ、ゲロったね?

 やっぱりそっちの思惑があったんだね?


「いきなり王子に派閥云々と色々聞かされて驚きましたよ」

「申し訳ない。こちらも色々と複雑な事情があるのだ」

「後でしっかり事情を聞きますよ?」

「も、もちろんだ。陛下にもそのように伝えておこう」


 通信を切って俺は溜息を吐いた。


 やはり王子の派遣は何か意図的なモノだったらしい。

 王子の言葉からも貴族社会についてだろう。


 俺は王国の社交界には全く出ていない。

 最初に園遊会に参加したのは貴族位の叙爵を受けた時だし、次に貴族たちと会ったのは新年の挨拶の時だったね。


 それ以外で貴族界における催しに出たことはない。


 ブリストル大祭に集まる貴族を饗したのは一昨年だっけ?

 あれは社交的なモノには含まれないよな?

 そういや去年のブリストル大祭もブッチしてたな……


 領主として「どうなのよ?」ってところだが、クリスが優秀なので任せておけば何の問題もなかったからなぁ。

 王様にも自由にして良しとの言質を頂いているしね。


 ただ、今回もブッチして旅に出るのはちょっと躊躇われる。

 今年のブリストル大祭は盛大にやりますかね。


 さて、陛下が何か仕込みを考えているとしたら、何を意図しているのだろう。


 社交界デビューして他の貴族との関係を深めろって事なのかな?

 なら王子の存在意義は何だろう?


 王子からの情報で考えるなら、王子を足場にして売り込めって事か?


 今まで集めた情報を整理すると、貴族間の派閥争いがあるのは間違いない。

 俺の知っている派閥、ミンスターとモーリシャスは、勢力として力も金も持っている印象がある。


 他の二つの派閥は名前すらうろ覚えだったしなぁ……

 服装に文句言ってた貴族だけは名前を知ってたけど。

 各派閥の貴族については全く知らないと言っても過言じゃない。


 これから、そういう貴族の名前を覚えていかなきゃならないとしたらウンザリしてしまいそうだよ。

 俺は気をつけてないと、顔と名前が一致しないって事例が頻発するんだよ。

 無駄な事に記憶容量を使うなんて勿体ない事はしたくないってのが信条だからなぁ。


 ただ、貴族間の複雑怪奇な関係の大まかな概要くらいは頭に入れなければならないかもしれない。


 気付かずに一つの派閥とばかり関係を深めていたとしたら、王国の貴族界に波風を立てる事になると思うしね。

 それだけ俺個人の勢力の影響はデカイと判断する。


 なにせ魔法道具を量産できるし、ドラゴンやら世界を司るモノたちやらとの関係が深すぎる。創造神の後釜に座っちゃったし。


 とりあえず、王国の情勢を安定させておくためにも、社交界デビューして貴族たちの派閥と関係を深める必要はありそうだね。


 今度開いてもらう園遊会でシルク製ドレスなどを材料に貴族に取り入って行く方向で動くとしよう。

 仲間たちにも協力してもらおうかな。


 トリシアなら社交界の婦女子の心を鷲掴みにできるだろうし、マリスはドヴァルス侯爵たちに大人気だろう。

 フラウロスはともかく、アモンにアラクネイアも品が良いから参加させようか。


 今回の楽園計画によって神殿関係者には神々の降臨が公になるはずだから、そっちの情報の取りまとめはアナベルに任せようか?

 いや、アナベルは天然すぎて少し不安があるかな……

 あの巨乳目当ての貴族も現れそうだよな。

 いや、貴族たちに紹介する時に釘を差しておけば何とかなるか?

 神々の怒りを買いたい貴族はいないだろうし。


 ハリスにも園遊会に出てもらいたいが、そういうのに誘うのは迷惑になるだろうか?

 彼がシルクのタキシードなんか着て婦女子の前に出れば、トリシア並にウケると思うんだが。


 あ、シンジは参加させませんよ。

 どう見てもチートのジゴロ・スキルが爆発しそうだからな。


 なにはともあれ、あと一週間しかないのでリヒャルトさんに俺の社交界デビューの準備をお願いしないと不味いね。

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