第27章 ── 社交遊戯
第27章 ── 第1話
落成式も無事終わり、神々は光の柱と共に神界へ帰還していった。
神々には「早く運営準備を終わらせてほしい」と懇願されたが、この楽園都市の本稼働はテナントなどが完全に入った後になるのでまだ一ヶ月以上掛かる。
神々には申し訳ないが、もう少し辛抱してもらおう。
落成式の後片付けの陣頭指揮を行いつつ、俺も仲間たちも手伝う。
片付け作業中、例の王子とその一行が広場の片隅で所在なくしているのが見えた。
もう落成式は終わっているので帰ればいいのに、なぜか帰らない。
既に神殿関係者らは馬車に乗って帰っていったし、宿も店もないからここに居ても意味はないんだが。
「何をしているんだろうね?」
「ケントに話があるんじゃないのかや?」
「俺にか?」
落成式直前に少し話をしただけだし、派閥の話は聞かなかった事にしたんだけどな。
諦めが悪いのか?
時期尚早ってことであっちも納得してたじゃんか。
「んじゃ、ちょっとここは任せるね」
「合点承知の助じゃ!」
マリスが元気よく請け負ってくれたので、仲間たちにその場を任せて俺は王子のところへと歩いていった。
「王子、何をしてるんです?」
俺が声を掛けると、王子は少し慌てたというかオドオドした感じでこちらに振り返った。
「あ、いや。辺境伯殿……」
歯切れが悪いな。
側近らしき一人が「王子……」と小さく囁く。
王子はその声に決意を固めたように頷いた。
「辺境伯殿。貴殿は私の事をどう聞いておられるか?」
質問の意味が解らない。
「殿下の事を?」
「うむ」
「えーっと……」
俺は少し考える。
正直に行って良いものかどうか……
だが、彼は率直な意見を聞きたいに違いない。
おべんちゃらを聞かされても嬉しくは思わないだろう。
「失礼ながら、名前を知らなかったことからも解ると思いますが、俺は陛下はもちろん、宰相閣下やミンスター公爵から王子の事を一言も聞いた事がないんですよ」
ピシリと王子の顔が固まる。
「陛下にもお子様はいるだろうとは思ってたんですがね。
陛下はあまりご家族を外に出したがらないんじゃないかと考えてたんですよ」
「そうか……」
王子は大きな溜息を吐いた。
「王子が求める内容ではなかったみたいですね?」
「うむ。貴殿は社交界に顔を出さぬからな。
何度か園遊会には出たようだが、私はそこに出席を許されていなかったのだ」
王子は首を振って「困ったものだ」ともう一つ溜息を吐く。
「貴殿はあまり自覚がないようだが、王都の社交界において貴殿は噂の的なのだ。
貴殿は社交界に顔を出さぬので、色々な憶測が飛び交っておる」
「噂?」
「貴殿は魔法道具文明を復活させただの、ワイバーンを倒す強者だの、魔族すら屠っただのと
その噂、全部本当なんだけどね。
「今日、神々のご降臨を目の当たりにして噂ではないと私は確信したのだよ」
王子は真面目な顔で俺を見つめる。
「話は変わるが、貴殿は国内の派閥についてはどこまで知っておる?」
「派閥ですか……あまり知りませんが、ミンスター公爵、マルエスト侯爵、ドヴァルス侯爵たちは一つの派閥なのだろうとは思っています」
「なるほど。叔父上は一番力を持つ最大派閥と言えような」
王子はミンスター公爵を筆頭とした派閥の説明をしてくれる。
三つの大貴族を中心とした派閥であり、領地を基盤としているのと王の従兄弟という立場のミンスター公爵がいることで国王にもっとも影響を与えている勢力だという。
「貴族の派閥には他に三つの派閥がある。
貴殿も付き合いがあると聞いておるが、貿易都市モーリシャスのハッセルフ侯爵を筆頭とした派閥は、こと金に掛けては一番強い勢力だと言えよう」
エマードソン商会が所属するモーリシャス領は、元々王国の経済を牛耳っていたらしい。
政治的発言力には興味がなかったようだが、経済が絡んだ場合には最も発言力が強いと王子は説明する。
「残りの二つの勢力だが……
一つはトスカトーレ侯爵を筆頭とした建国以来の由緒正しい門閥貴族の派閥だ。
トスカトーレ家は侯爵家ながら王家の傍流でもあるからな」
このトスカトーレ派閥はミンスター公爵に対抗している派閥らしい。
もっとも対抗したからといってもミンスター公爵派閥に対抗できるほどの発言力はないようだが。
ちなみに、このトスカトーレ侯爵だが、俺の服装に文句をいった大貴族だよ。
「そして最後の派閥。エドモンダール伯爵の派閥だ。
中級、下級貴族たちの集まりだな。他の派閥に比べて、もっとも力も発言力もない。
ただ、数だけは多い」
力のない貴族たちが集まっているらしく、貧乏貴族も多いらしい。
ただ、エドモンダール伯爵は、それなりに裕福で発言力もあるそうだ。
伯爵は元々グリンゼール公国に所属していた貴族で、なかなか優秀ということでオーファンラントに引き抜かれた貴族らしく、公国との外交折衝などで活躍しているという。
このエドモンダール伯爵の派閥とモーリシャス侯爵の派閥は、仲が悪い事でも有名だと王子は言う。
「そういえば俺はグリンゼール公国という国の事を全く知らないんですが、どんな国なんです?」
「私が生まれる前は、大陸東側最大の貿易港を持つ国であったそうだ。
その貿易力を背景に、独立自治を勝ち取った貴族が興した国だ。
私の曽祖父が公爵号を送ったから公国となったらしいな」
王子の曽祖父っていうと、リカルド国王の祖父か。
シャーリーが領主をしていた時代の話だな。
その頃はオーファンラントの内政はドロドロだったらしいので、どさくさに紛れて建国したのかも。
「今はモーリシャスが最大の貿易都市だと聞いてたんで、少し驚きですね」
「その頃、モーリシャスは貿易ができるほどの港は持ってなかったらしいからな。
現モーリシャス侯爵の父君が都市の大改革を行ったと聞いている」
モーリシャスから王国中央へは平地に通した街道を突っ切るように伸びていて、小都市ガリアに繋がっている。
このガリアから更に西の街道を進むとミンスター公爵が治める大都市ドラケンに繋がる。
グリンゼール公国とオーファンラント王国の間には険しい山脈があり、この山脈にはワイバーンが多数生息しているという。
モーリシャスが貿易に注力する前は、この山を越えるルートが主要貿易ルートで、それ以外はドヴァルス侯爵のアルバランを経由する遠回りなルートしかなかったらしい。
アルバラン・ルートが一番安全だが、都市を三つも四つも通過せねばならず、通行料だけで輸送費が膨れ上がるため、山越えルートが主要貿易路という恐ろしい状態だったそうだ。
モーリシャスが貿易都市化したため、グリンゼール公国は地の利を失ってしまい今に至るという事らしい。
外交折衝を一手に引き受けているエドモンダール伯爵にしてみれば、元母国からの突き上げなどで苦労しているだろうし、モーリシャスを面白くなく思うのも頷けるというもの。
「で、その派閥がどうかしましたかね?」
「貴族というものは、派閥に所属しておかねば発言力がないのが常なのだが……
今日、私はこの催しに参加して、少し考えを改めねばならぬと感じたのだ」
「ほう」
王子がチラチラと護衛の何人かを見ているのを感じ、俺はピンと来た。
早速、念話チャンネルを開き、王子を呼び出した。
すると突然王子の顔が強張る。
呼び出し音が切れて繋がったのを確認したので、俺は心の中で話しかける。
『王子、口は開かなくて結構です。
頭の中で喋って下さい』
『こ、この声は貴殿か!?』
『そうです。今、王子に念話で話しかけています』
『念話……これがそうなのか……物凄いスキルだな』
『相当珍しいスキルらしいので秘密ですよ?』
『相わかった』
『王子は派閥争いの
王子の顔がまたピシリと固まる。
『ちょっと難しいと思いますが、口では俺と世間話をしているフリをしつつ念話で話を聞きましょうかね』
『出来るのか!?』
『俺は出来ますが、王子は難しいでしょうから俺が口でしゃべる事に生返事をしているだけで結構』
『頑張ってみる』
俺はニッコリ笑う。
「なるほど。しかし、俺には派閥なんて関係ないですよ。そこに与して俺に何の得があるんです?」
「うむ……」
『王子は派閥争いに担ぎ出されているんですか?』
『そうだ。私はトスカトーレとエドモンダールの旗印とされている』
「神々からもお褒めを頂いていますし、陛下から許されて帝国との貿易も順調です」
「うむ……」
『二派閥から?』
『今、トスカトーレとエドモンダールは非常に逼迫しているのだ。叔父上の派閥とモーリシャスの派閥が大きく力を伸ばしている。
それは貴殿がどちらの派閥にも関わっているからと言える』
『まあ、公爵閣下は俺と仲良くしてくれてるし、色々と有益な情報を流してくれたりしますしねぇ……
モーリシャスのハッセルフ侯爵とは面識はないですが、彼の配下であるエマードソン伯爵とは懇意にしてますね』
『私もそう聞いている。
貴殿は他の貴族を味方に付ける気はないのだな?』
『んー。そもそも冒険者からの成り上がり貴族と仲良くしたい貴族は少ないのでは?』
『私も今までそう考えていた。
失礼だとは思うが、成り上がりに何が出来るのかとな』
王子は中央広場で解体中の特設ステージに目をやる。
「俺は領地が潤い、領民も豊かになるなら何でもしますが、貴族の派閥争いとかで領地が荒廃するような事は好みません」
「……」
『だが、今日目の当たりしたものは何だ!? 私は目を疑ったのだ!
貴殿は神々に祝福されていた。神々が饗されて笑みを浮かべていたのだぞ!?』
『驚いたようですね』
『神々がご降臨召されるだけで驚天動地ではないか!?』
口には出さないが王子の顔は興奮で赤くなっていく。
『まあ、俺の周りだとあまり珍しい話でもないんで……』
『そうなのだろうな……
私は自分の立場を顧みて、このままでいいのか疑問に思ってしまった……』
この王子は今までの人生で担ぎ上げられるのが普通だったわけか。
次代の国王だし自分で考える必要性もないので愚かな王子という身分に甘んじていたんじゃないだろうか。
「王子、一度、お父上であらせられる国王陛下とお二人でお話なされてはいかがですかね?」
王子はキョトンとした顔になった。
一瞬、念話なのか口頭で言われたのか解らなくなったのかもしれんな。
「父上と……?」
「ええ。色々と教えてくれると思うんですがね」
「ふむ。機会があれば会談を申し込んで見るとしよう」
王子の言い方はあまり理解できない。
自分の父親と話す機会?
プライベートな時間に話せばいいだけじゃないの?
もしかして王族だと俺ら一般的な人間と親子の接し方が違うのかね?
まてよ。昔読んだ文献だと顔を合わせる機会が少ないみたいな事が書いてあったような?
なるほど、親子の意思の疎通すら難しいのかもしれん。
だとするとプレイヤーに関する言い伝えとかが伝わってないのもそれが理由なのかもしれない。
国王自身、王子が派閥争いに巻き込まれている事を知っていたなら、無闇にプレイヤー情報など伝えられないだろう。
派閥争いにプレイヤーを巻き込んだとなれば、王国の未来がどうなってしまうのかなど判断できないからね。
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