第26章 ── 第44話

 シンジには女性用の服の他、男性用の服も何着か用意してくれるように言っておく。

 女性用だけでは実際に金を出すであろう貴族男性に受けが悪いと思うからだ。


 下着は女性用だけでいい。

 男性は下着まで頓着しないもんだからな。まあ、下着に気を使う男もいるだろうけど、この時代だとねぇ。


 どのくらいで仕上がるかは解らないらしいので、出来たら連絡するように伝え、俺は別の仕事をこなすことに。


 急ぎの仕事はないが、楽園計画に注力するために裏方に回る。

 建築はドワーフの領分なので、俺は彼らの食料、建築用資材、搬入する業者の選定などの手配などをやる。


 書類の決済をしていて思う。

 書類用の転送陣が欲しいよね……

 現実世界でネットが普及した二〇〇〇年代初頭には、まだFAXという機械が使われていた時期があるという。

 メールで書類データを送れるようになってから一〇〇年もしないうちに廃れた機械だそうだが、この世界ではあると便利だろうねぇ……

 もっとも、通信網がないので、そういったインフラ整備をしてからでないと転送陣ばかり増えてしまって使い勝手が悪くなるだろうけど。


 魔力によるネット構築なんてどうやってすればいいのか解らないし、魔導中継機を各地に置くにしても設備の警備とかメンテとか……

 そんな諸々の問題を解決できそうにないので最初から諦め案件なんだけど。

 魔術師が珍しい世界なので仕方ない。



 それから約一ヶ月……


 とうとう楽園都市が完成した。

 テナント入りにはもっと時間が掛かるけど、それも今日の落成式後に手配することになる。


 クリスには業者の選定を任せてあるし、そのサポートには情報部にも頑張ってもらっている。

 神々に二心を持つようなヤツを入れてしまったら神罰の嵐が吹き荒れる都市になりかねないからな。


 そんな理由で、今日の落成式は俺と仲間たち、グランドーラ、役場からクリスと副官のファーガソン准男爵、都市設計者のエドガー、施工したマストールとドワーフの頭領格数名、王家から第一王子と護衛たちがやって来ている。

 それ以外にいるのは、各種神々の神殿関係者だ。


 王家の人間には、国王とミンスター公爵くらいしか知らないが、王子が居たんだね。


 第一王子の接待はクリスたちに任せてある。


 王族と必要以上に関わると勢力争いに巻き込まれそうで嫌なんですけどねぇ……


 だが、そうは問屋が卸さないってのが世の常だ。


「クサナギ辺境伯殿だな」


 少々偉そうなティーン・エイジャーが俺の前まで来た。


「お初にお目にかかります、王子殿下」

「よい。父上……いや、国王陛下から貴殿の話は型にはまらない不可思議貴族だと伺っておる。

 そのように貴族振る必要は皆無だ」

「ふむ……ならそうさせてもらいます」


 不可思議貴族か。


 俺は苦笑するしかなかった。

 貴族としての振る舞いができてないのは事実だし、失礼があった時に不問にしてもらえると助かる。


「辺境伯殿、貴殿は色々と派手に動いているようだ」

「派手ですかね?」

「魔法文明を復活させ、古代竜殿すら手懐ける。

 派手でないという方が可笑しい。

 これだけの力を有しておきながら、貴族派閥のどこにも取り入る気配すらない」


 ジロリと王子が俺に視線を向けてくる。


「何か問題でも?」

「いや、問題はない。

 逆にどの派閥にも協力しないという姿勢は助かると思っている」


 ほう。


「殿下。こんな場所でそういう話は問題があるのでは?」

「いや、こんな場所だからこそだ。ここには他派閥の目も耳もないからな。

 そうであろう?」


 俺は頷く。

 ここにはトリエン情報局、ハリスの分身たちが影ながら警備に当たっている。

 猫の子一匹入り込む余地はない。

 それだけハリスとレベッカ及び彼女麾下の部下たちに対する俺の信頼が篤いという事だ。


「そうですね。

 それで、殿下。俺に何をお望みなんです?」

「私は派閥などという下らない慣習に嫌悪感を抱いている。

 王国の行く末を考えるなら、国内事情は一枚岩でなければならぬ」


 王子はそっぽを向きつつ眉間に皺を寄せる。


「それは中央集権化を狙っているという事でしょうか?」

「貴殿は話が早くて助かるな」


 王子がニヤリと不敵に笑う。


「私は貴殿の武力、魔力を背景として貴族を一纏めに出来たら良いと考えている。派閥など一つにしてしまえば良い。

 その派閥が王家に忠誠を誓っていればいいではないか」


 俺は逆にジロリと王子に目を向ける。


 中央集権を強引に進めると大きな反発を生む。

 そんな出来事は現実の歴史を紐解けばいくらでも出てくる。


「陛下がそれをお望みとは思えませんが?」

「父はそれを望まぬだろう。

 だが、私は望む。次代の国王として貴殿には協力してもらいたいと思っている」


 これが第一王子か。

 少々傲慢が過ぎるのと自分の言ってることの矛盾に気付いてないんだな。

 派閥否定しているのに自分の派閥に俺をほしいとか何なの?


 一国の王としては及第点なのかもしれない。

 だが、今のオーファンラントには過ぎた思想だ。


 何か手を打つべきか?

 そもそも何でプレイヤーの存在について知らないんだ?

 国王たちは説明していないんだろうか?


 何れにしても、俺は基本的に中立だ。

 現状を維持できるなら手は貸すつもりだが。


「時期尚早と言わざるを得ないですね。

 今の話は聞かなかった事に」

「ふむ。貴殿が時期尚早と申すなら、そうなのであろうな。

 計画は延期せねばなるまい」


 随分と物分りの良い王子だな。

 人の言葉を聞くだけの分別はあるという事か。


 いや、彼自身は誰かの傀儡になっている可能性はないか?

 さっきの反応を考えると持ち帰って計画の首魁に意見を聞きたいという遠回しの表現かもしれない。

 これはハリスかレベッカに調べさせる必要があるな。


 そこで俺は「はっ」とした。


「ところで殿下」

「何だ?」

「俺、殿下のお名前を聞いた記憶がないんだけど、お聞きしても?」


 俺がそういった途端、王子とその護衛がズッコケた。


「なっ!? 私の名を知らないだとっ!?」

「信じられん! そんな貴族なぞ聞いたこともない!」


 王子と側近の騎士らしいのが声を上げた。

 それを見て俺は吹き出す。


「殿下も最初に言ってた通り、俺は貴族の型にはまらないらしいからね」


 俺がそう言うと王子がキョトンとした顔になる。

 その顔が年よりも子供っぽく見えた。


「なるほど。父上が言っていた言葉の意味はそういう事か。

 どちらかと言うと『貴族らしからぬ』という感じだな。

 確かに『面白い』存在だ」

「それにしても殿下に失礼すぎでございましょう!」


 俺に食って掛かる側近の肩に王子は手を置いて諌める。


「いや、よいのだ。ますます興味深い。

 貴殿は貴殿の思うように振る舞うが良い。

 では、改めて名乗っておこう。私はエルウィン・イリアス・ファーレン・オーファンラント。

 以後よしなに」


 王国式の格式高いお辞儀を王子は俺にしてみせた。

 王子の顔は心底可笑しげに笑っている。


 王子がお辞儀するとほぼ同時だった。


──ドンドンドンドンドーン!


 中央広場に轟音と共に幾つもの光の柱が立ち上る。


「な、何だ!?」


 王子の護衛が慌てたように王子の周囲に集まった。


「ああ、やってきたな」

「辺境伯。何が起きているのだ?」

「ああ、神々が降臨したんですよ」


 その答えにポカーンとする王子たち。


 光の柱が消えると何人もの神々たちが降臨していた。

 即座に神殿関係者が全員跪く。


「神々よ。ご降臨に立ち会える栄誉を与えて頂きありがたき幸せに存じます!」


 トリエンの街のウルド神殿の神官長が代表して神々へ謝辞を述べていた。


「我が信徒よ。

 出迎えご苦労。ケントはいるな?」


 美少年姿のウルドが前に進み出て周囲を見回した。

 ウルドが気づくように俺は軽く手を上げておく。


「トリエン領主ケント。我らのための楽園建設、誠に大義」


 俺に視線を止めたウルドが茶番を開始する。


 俺はウルドの前まで行って跪いてみせる。


「はっ! 神々のお役に立てて光栄に思います」

「我らはこれから一週間、この街に滞在する故、饗す事を許す」

「はっ! まさに天啓。賜りましてございます」


 チラリと王子たちを見ると、まだ呆けている。


 ま、仕方ないんだけどさ。

 仲間や建築関係者、それと各神殿の偉い人にしか、神々が来るなんて知らせてないしね。

 国王にも知らせておいたんだが、派遣した王子には教えてなかった事が一目瞭然ですよ。


 あのイタズラ陛下め。本当に子供っぽいところがあるよねぇ。

 王子が神々に失礼でも働いて神罰でも食らったらどうするつもりなのか。


 まさか国王は、王子の中央集権化の狙いを知って、正にソレを狙ってたなんて事はないよな?

 陛下の真意がどこにあるのか、後で問い質すことにしよう。


 今は茶番を続ける。


「本日は私が神々への供物を用意させて頂く所存。

 ご希望はお有りでしょうか?」


 そう言うと神々の間から「カレーだ」とか「いや、天ぷらだろう」などと聞こえてくる。


 はいはい。アースラが神界で自慢しまくった結果ですねぇ。


 肉体創造の時、再受肉した神々から散々リクエストされて食べさせたからねぇ。


 今回降臨したのは俺と直接会う機会のなかった神々で、先の大戦で肉体を失わなかった者たちが中心のようだ。

 話しているウルドはもちろん、マリオンやタナトシアなんかも来ているみたいだけど、彼らはお目付け役だろうな。


 こうして落成式が始まったわけだけど、ハパの月一七日はこれ以降「再臨の日」と呼ばれ王国の休日になる。

 そして「再臨祭」と呼ばれる祭が楽園で開催されるようになるのであった。

 トリエンが祭の費用を負担しなければならないんだが、人が大量に来てまた儲かりそうな予感。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る