第26章 ── 第43話

 翌日の朝、アラクネーたちの森に向かう。

 シンジの店に道具を納品したんだし、今度は素材の納品が必要になるからね。


 野営地になった北東の森に到着して俺は少し驚いた。


 木々の上は蜘蛛の巣が縦横無尽に張り巡らされ、その上には例のテントのような家のような彼女らの巣がガッツリと並んでいる。

 そしてアラクネーたちが巣の下に糸でぶら下がっている。


 ありゃ何だ?

 アラクネーが鈴なりに実っているようにしかみえん……


 そのアラクネーたちはというと下半身の足をウネウネと動かしている。


 ポカーンと見上げていると、地上にいるアラクネーの一人が俺に気付いた。



「主様! おはようございます!」

「あ、ああ。ところで……何でアラクネーは実ってるの?」

「え? 実ってる?」


 俺の視線を辿ってアラクネーが上を見上げる。


「ああ。今、彼女らは機織り中なんすよ」

「機織り!? アレが!?」

「ええ。上の巣では蚕の糸を紡いでいるんすが、それを穴から下ろして、その糸を織っているわけっす」


 こりゃ機織り機を用意してトリエンの領民に仕事を振るのは無理だな。

 トリエンの産業にするにはアラクネーの誘致が必至になる。


「それで主様。今日は我らの仕事ぶりを観に来たんです?」

「いや、シルク布を譲ってもらいに来たんだけどね」

「ああ、できてるやつも持ってきてますから大丈夫。

 今、織り始めてるのも三日もあればお渡しできるはず」


 出来上がるのが随分と早いな。

 人海戦術で量産するのか。

 八本の足で織ってるから早いってのもあるかも。


 それはそうと、この森に面する路地には結構な数の見物人がいる。

 富裕層の区画なので身なりが良い領民ばかりだが、馬車で見物に来ているヤツまでいるが、警備は衛兵隊がいるので安全は十分だ。


 珍しいのも解るので基本放置だが、素材や技術などの漏洩は警戒しておいた方が良さそうだ。

 養蚕技術が判れば、絹織物の再現は不可能じゃないしな。

 この森の周囲に警備用ガーゴイルを用意しておくとしよう。


 そういえば、彼女らは食料とかどうしてるんだ?


「えーと、君たちは食料はどうしてる?」


 俺の質問に「食料っすか?」とアラクネーは聞き返してきた。


「総勢五〇人ともなると結構な食料が必要になる気がするんだけど?」

「ここの東に森があるんで、そっちから手に入れてますね」


 そういえば、このアラクネー以外の護衛の数が前に見た時よりも少ない。


「なるほど。護衛担当のアラクネーが狩りに行ってるんだね?」

「そうっす。今日の私は警備当番なんすよ」


 護衛のアラクネーは一五人いて、それを三隊に分けて、一隊は護衛、一隊は休憩、一隊は狩りというようなスケジュールで行動しているそうだ。

 アラクネーの生活様式はこのような分業制であり、各担当がどの時間でも必ず稼働しているように編成して、二四時間体勢を作り上げている。


 大丈夫か? ブラック企業化してないか?

 俺はそこのところが気になるんだけど、アラクネーたちは底抜けに明るくて、仕事を苦にも思ってなさそうなんだよね。

 働き者集団なのは間違いない。


 アラクネーに一つ問題があるとすれば、街の出入りだろうか。

 普通は街の東西南北に存在する城門を利用するんだが、彼女らはそんな事に頓着せずに城壁を徒歩で越えて出入りするんだよね。

 街の秩序的にも守らせようと思うんだが「何故!?」という顔をされると答えに困る。


 基本的にアラクネーに地形という概念が存在しない。

 あの巨体でも垂直の壁を余裕で登れちゃうんだから間仕切りとしての壁やらに何の意味もないんだよ。


 実際、この森も塀などもないので野次馬が覗き放題だ。

 彼女らは野次馬に覗かれる事を全く意に介してないようで嫌がりもしない。


 見た目女性なのになぁとも思うが、アラクネーにはニンフたちと同じように女性しかいないので羞恥心というものが育たないのかもしれない。

 アラクネイアに聞いたら、生殖方法はニンフに近いらしい。

 俺の理解では甲虫人の祖先のシステムに近いっぽい。

 アラクネイアが言うところの「生命の螺旋」、所謂DNAを取り込んで卵子の細胞分裂をさせるんだそうだ。

 なので他の生物の生殖活動と同じような行為は必要とのこと。


 こういったシステムなので、寄ってくる生物は雄が多くなる。

 雄を誘惑する上で雌という性別が必須になるわけだ。


 よく考えてある生態ってのが感想だけど、他生物のDNAを採取して融合するなら別に雌である必要はないんじゃないかとも思うんだけどね。

 そこはアラクネイアの美学的な何かなんだろうか。


「おーい。シルクの在庫~。どこに仕舞った?」

「どっちのだ? サテンならあっちの木箱にあるぜ。ニットは……おーい。メルネシア、ニットはどこだ?」

「ニットはこっちー」


 サテン? ニット?

 服飾関係の専門用語は良くわからんな。

 サテンのドレスとかニット帽という言葉は聞いたことがあるが、それってシルクの種類の事なの?

 その辺りはシンジに聞いてみた方が良さそうだな……


 アラクネーたちが運んできてくれた木箱をインベントリ・バッグに納め、俺はアラクネーの野営地を後にする。

 そのままシンジの店へ。


「こんちはー」

「いらっしゃいませ!」


 店に入ると、いくつかの棚に服が置かれているのが見えた。


「あれ? もう服の生産始めてる?」


 店番らしい針子に聞いてみると「はい!」と元気な声が返ってくる。


「領主様に道具をお運び頂いたので、使い勝手を確かめるために針子経験者たちと何枚か作ってみたんです」

「材料は?」

「シンジ様が市場で仕入れておいた綿布を使っています」


 ふむ、木綿だな。

 他の布地で知ってるのは、毛織物、麻織物とかくらいかな。

 綿を使った布地は木綿くらいしか俺は知らないんだが、並べられてる布を見ると木綿じゃない気がする。服飾は難しいね……


「ケント! 声がしたと思ったらやっぱりか」

「おお、シンジ。もう服を作ってるんだって?」

「ああ、彼女らの技術レベルを知る為にも作らせたんだ。

 綺麗なチェックのギンガムがあったんで仕入れていたんだ」


 ギンガムって何? でもギンガム・チェックって言葉は聞いた事がある気がする。

 これがギンガムってやつなの?


「ああ……男には布地の違いなんて解らないよね」


 俺の戸惑った表情にシンジは苦笑いしている。


「そうそう。シルクにも二種類あるっぽいんだ」


 俺はインベントリ・バッグから木箱を二つ取り出して床に並べた。


「これが預かってきたシルクの布地。確認してくれ」

「おお、助かる!」


 シンジは目を輝かせながら木箱を覗き込んだ。


「こっちはサテンか……んで、こっちはニットだな!」

「そういやそんな事いってたな。俺には違いは良く解らんけど」

「まあ、サテンは光沢があるツルツルな絹織物だよ。ドレスとかに使われるんだ」

「ニットは?」

「ニット・シルクはね、肌に当たる部分とかに使うといい布地だよ。下着とかに使う感じ? 見てくれ、織りが細かいだろう?」


 そういやオットミルで買ったシルク下着は現実世界の下着とは違ってたな。 ピカピカ、ツルツルだったけど、このニット・シルクとかいうヤツとは違ってた気がするんだが。

 あのアラクネーの態度からして勝負下着的なモノかもしれん。


「サテン・シルクは冷えるんで下着には向かない。冬は凍えるレベルだからね」

「そうなの?」

「ああ。だから下着はニット・シルクを使うのが普通さ」


 ということは、俺の仕入れた下着は出来損ないなのかもしれん。

 現実社会とティエルローゼのギャップかね?


 なにはともあれ、服飾関係はシンジに任せるのが良さそうだ。

 俺は門外漢すぎるからな。


 ふと見ると、店番針子が目をキラキラさせてシンジの後ろにいた。


「す、凄い……光ってる……」

「ああ、凄いだろ?」


 シンジはニコニコしながら布を針子に手渡している。


「手触りも凄いです!」

「だよねー」


 嬉しそうで何より。

 これらの布がどんな服になるか解らないけど、貴族の令嬢とかに買われるんじゃないかね?


「今回、仕入れてきた布なんだけど、ドレスとか下着とかを作ってくれ。デザインとかは任せるけどね」

「ん? ケントが買うのかい?」

「ああ、国王陛下にお願いしてあるんだ。

 君の店の製品を宣伝する場を用意してもらうことになってる」

「どういう事?」


 俺はシンジに城の園遊会で貴族たちにシルク製品を売り込みたいと説明する。


「こういう布は大陸の西にも東にも殆ど出回ってない。どう見ても貴族などが好む布地だしね。

 ならば社会の上位階級から普及させるのが順当なんだ。値段も高いからな」

「現実も一緒だよ。絹織物は高いよ。サテンのドレスなんか洗濯機でも洗えないから、手入れも大変だし。

 そ、そうだ! この布の代金は幾ら!?」

「値段か……いくら位だろう?」


 またもやぶつかる相場問題。


「金貨二〇枚くらいじゃないか?」


 俺は適当に値段を付ける。


「随分安い気がするけど?」

「そうか?」

「この量なら二〇着はドレスを作れるし、下着ならもっとだよ」


 ふむ。では売値はドレス一枚白金貨で一〇枚くらいにするか?

 下着は白金貨一枚くらいかな。


 ドレスが全部で白金貨二〇枚、下着は白金貨八〇枚くらいが末端価格として計算してみるか。


 白金貨三〇枚を経費として考えるなら、原材料費は白金貨一〇枚が妥当か。

 ということは……


「じゃあ金貨二五枚だな」

「あまり変わってない気がするが」

「貴族どもに売りつける段階で、総額白金貨一〇〇枚程度で考えた。

 原材料費は一割で計算したから金貨二五枚だよ」

「なるほど……了解した」


 シンジがインベントリ・バッグから金貨を取り出す。


「ひい、ふう、みい、よお……」


 シンジは一枚一枚俺の手の上に金貨を置いていく。

 その数え方はハンマール王国風ですよ、シンジくん。

 まあ、日本風でもあるんだけど。


「確かに頂きました。ここから俺の手数料を引いて、生産者に渡しておきます」


 事務的に敬語で俺はシンジに「毎度あり」をする。


「どんどん作っていくんで、また仕入れをよろしく頼みます」


 シンジもニッコリ笑って敬語で答えた。


 よし! 納品完了!

 この手続きをいつまでも俺がやるわけにもいかんので、役場の職員に肩代わりしてもらう手続きもしておこう。

 技術や知識の漏洩に繋がるので役場で管理するべき案件だからね。

 そのうち産業規模を大きくしていく上でも、現地の人員に仕事を割り振っていくわけだ。


 まずは園遊会でのプレゼンが重要になりますが。

 久々のセールスだし頑張ろう。

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