第26章 ── 第41話
シンジの店に顔を出してから二日後、マストール作最高級ミスリル製裁縫道具が出来上がったと報告が届く。
マストールにしては随分と時間が掛かったみたいだな。
俺は早速工房の鍛冶場へと向かう。
「出来たって?」
「うむ。これじゃ」
作業テーブルの上に並べられた裁縫道具を俺は見る。
ハサミ各種、縫い針や止めピン、指ぬき、物差し、糸通しやリッパー、刺繍用の枠や編み棒なんかもあるのか。
俺にはよくわからない道具もちらほら。
「随分色々あるけど、マストールは裁縫関係の道具にも詳しいんだな」
「いや……」
少し疲れた顔でマストールは首を横に振った。
「トリシアが色々と注文を付けてきてのう……
あやつ、あんなに裁縫に詳しかったのか?
儂もしらんかったわぃ……」
ふむ。トリシアが口出したのか。
それなら、この品揃えも納得だ。
「トリシアが満足した道具って事だね?」
「そうじゃろな。
儂もさすがに疲れたわい。
マタハチ、今日は終いじゃ」
鍛冶場の片付けをしているマタハチが動きを止めた。
「師匠、今日はって……
もう三日も徹夜してるよ!
終いじゃなかったら死ぬ!」
「その程度で人間は死なんわ」
ジロリと睨まれたマタハチだが、「ハァ」と大きい溜息を吐き片付けを再開した。
「大丈夫か、マタハチ?」
俺は少し心配になり声を掛ける。
「それよか、おっちゃ……領主様、こういう無茶な仕事はもっと前々から注文が欲しいです。
俺は大丈夫だけど、師匠はもう歳だから」
マストールが「てぃ!」とか言いながらマタハチに後ろからチョップをお見舞いする。
「あだっ!?」
「誰がジジィじゃ! この程度の徹夜は無茶でも何でも無いわい」
「師匠!? 何するんすか!?
師匠はいつも『歳には勝てんのう』とか言ってるじゃないですか!」
マタハチがマストールのマネを交えて言い返す。
「何を!? まだまだ若いもんには負けんぞ!?」
面を突き合わせて「ぐぬぬ」とか言ってるよ。
随分と楽しそう。
「お前ら、打ち解けたねぇ。
マタハチも東方語上手くなったし」
「そりゃ、毎日
師匠へと比べて俺に対する言葉使いがなってないな。
マストールの弟子だからかもしれん。
この場合、マタハチはファルエンケールの関係者になるんだろうか?
受け入れはトリエンなんだからトリエン住民のような気もするし。
「大分、腕前が上がったんじゃないか?」
「まだまだひよっ子じゃ。あと一〇年は表に出せぬわ」
マストールは「ふん」とか鼻から音をだしている。
俺はマタハチのステータスを確認してみる。
おお?
鍛冶レベルが四もありますぞ!?
彫金レベルが三、金属細工のレベルは六!?
「マストール……その辺の鍛冶屋で十分食っていけるレベルまで育ってるじゃねぇか!
マタハチはまだ九歳だったよな!?」
「いや、俺はもう一〇歳だよ! 子供扱いすんな!」
え? 一〇歳?
いやいや、一〇歳でも大して変わんねぇよ!
「儂の弟子じゃぞ? この程度で一端の顔されたら適わん」
ティエルローゼでは普通の職人はレベル三くらいで一人前とされる。
その程度で食っていける腕なのだ。
既にマタハチはそこから頭一つ抜け出している。
ユニーク・スキル「ノービス」パネェな……
「まあ、飲み込みは悪くない。
うちの一族にも見習わせたいとは思うがな」
マストールも満更でもないようだ。
「この分だと、あと二年も修行すればマストールと同レベルの鍛冶屋に育ちそうだな」
「無理じゃな。あと一〇年は必要じゃ」
意地っ張りめ。
そもそも一〇年でマストールのレベルに到達できるとか言ってる時点で、マタハチのポテンシャルを認めてる気がするが?
「まあ、そういう事にしておくよ」
「なんじゃ、それは?」
俺が含み笑いをすると、マストールは不満そうな顔をする。
「それじゃ、この道具一式は預かるね」
「うむ。儂とマタハチは二日ほど休むぞぃ」
「ああ、ご苦労さん」
マストールがスタスタと作業場から出ていく。
マタハチは「マジっすか!? 二日も休めるんすか!?」とか言いながらマストールに着いて行った。
口調がマリオンくせぇぞ。
これだから体育会系は……
さて、鍛冶場から出て生産ラインの端末にこの裁縫道具を登録しよう。
俺は端末の横に備えられているスキャナを準備して一つ一つ道具を登録していく。
登録が完了したら生産ラインにデータを流して一〇〇セットほど生産する。
随分多いと思うだろうが、後々売り出すためにも製品見本やら贈呈用に使うから必要になると考えてるので数を用意しておくわけ。
生産開始のスイッチを入れると、倉庫区画から作業用ゴーレムが動き出す音が聞こえる。
一〇〇セットなら生産終了に五時間も掛からないだろう。
この施設、使い勝手が良すぎるね。
俺はその間に研究室に顔を出すことに。
エマとフィルがいつもどおりに仕事をしている。
エマは魔法研究か魔術書とにらめっこしながら紙に何か書き込んでいる。
フィルは相変わらず錬金です。
「やってるね?」
「あら、ケント。いらっしゃい」
「閣下、お疲れ様でございます」
俺は椅子に腰掛けて、インベントリ・バッグから紙と羽ペンを取り出す。
「何かするの?」
「ん? いや、新商品の値段を考えようかとね」
「マストールが作ってたやつ? どんな魔法道具になるの?」
「いや、あれはただの裁縫道具だよ。魔法付与はしないんだ」
エマは裁縫道具に魔化を施すと思っていたらしい。
「そんなので売れるの?」
「ああ、プロ用の裁縫道具だからね。
今までの裁縫道具とはレベルが違うんだ」
俺は裁ちバサミを取り出して、エマの前に置く。
「ミスリル製ね……装飾が素晴らしいわ」
エマはハサミを手に取り、少しウットリした顔になる。
「マストール作だよ。これを鉄製にダウン・グレードして量産するわけ」
エマは紙を一枚ハサミでチョキチョキと切り出す。
「切れ味が半端ないわね……誤って指を切りそう」
ミスリル製だから紙程度なら傷みもしないしな。
エマはハサミを俺に返して、研究を再開する。
俺も試算を開始。
材料費は一セットで銅貨一枚にも満たない。
生産ラインの稼働に五時間。
一〇〇セットの経費は金貨二四枚くらいだろうな。
一セットだと銅貨九枚と青銅貨一枚、黄銅貨一枚か。
切りが悪いので銀貨一枚としよう。
安っ!!
金貨一枚で売っても原価率二五%かよ。
これを金貨二枚と銀貨二枚って言ったっけ? 要は白金貨一枚だな。
白金貨一枚で売ると原価率一〇%、ロイヤリティを考えても一一%だよ。
ちょっとボリ過ぎか?
いやいや、プロ用だし販売価格は下げたくない。
卸値を六割で考えれば妥当なところと考えよう。
直売すればボロ儲け、商人に流しても問題ない利益になりそうだ。
目を上げるとエマがじーっと俺を見ていた。
「ん? 何?」
「ケント、ちょっと
「ああ、商人モードになってたかもね」
「商人? ケントは商人もやるつもり?」
「いや、そういう意味じゃないよ。
プロ用裁縫道具一式で白金貨一枚、原価率が一一%。
悪い商売にはならんだろうと思ってニヤけたわけだ」
フィルが「うぉう」と妙な声を上げた。
「閣下、原価率一一%というのは儲けすぎでは?」
「店やってたフィルが見てもそう思う?」
「はい。普通は六割~七割程度の原価率になるのが一般的だと思うのですが」
流通が発達していないティエルローゼではそうなるだろう。
この世界には定価やら希望小売価格という概念がないからな。
この世界の商人は仕入れ値に経費や利益を上乗せして品物を売る。
産地から遠くへ運べば運ぶほど値段が釣り上がるのは当然の事なのだ。
だから産地での値段と末端価格の差が激しくなる。
やはり物流改革は必要かもしれんな。
商売の感覚が現実と違いすぎる。
「ま、俺はマストールが作った商品の価値を下げたくない。
白金貨一枚以下には下げられないね。
なので、原価率は考えない事にする」
「それで売れますか? 魔法も掛かってませんし……」
「売れるねぇ。これほどの商品はティエルローゼにはないからね。
今までに無いんだから、値段設定は自由だろ。
まあ、一般的な裁縫道具なら、銅貨一枚くらいだし、買えない奴はそっちを使うしか無い」
「はあ……」
フィルは解ってないな。
俺は例のシルク製女性下着を取り出す。
「閣下、コレは?」
「新素材の女性用下着だね」
エマがボンと顔を真っ赤にして下着を奪うように俺とフィルの視線から隠した。
「こ、こんなモノ持ち歩くんじゃないわよ!」
「あ、いや。今後売り出す商品なんだけど……」
エマ顔を真っ赤にしていたが、手にとってしまいましたね。
俺は内心ニヤリと笑う。
「あ……」
下着という事を忘れ、エマが握っている下着をマジマジと見る。
そして肌触りや光沢を真剣な顔で調べ始めた。
「ケント……これ何……?」
「シルクの下着だ」
「シルク……?」
エマは狙い通りシルクの虜でしょうな。
エマの上気する恍惚の表情を見れば一目瞭然だね。
まあ、男が女性用下着を持ち歩いているという変態チックに思える出来事は吹っ飛んだとは思う。
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