第26章 ── 第40話
シンジの対面のソファに腰を掛ける。
「それで話ってのは?」
「ああ、シンジがトリシアに頼んだ裁縫道具に付いてなんだ」
「ああ、あれってケントが請け負ったの?
俺は腕の良いドワーフに頼むって聞いてたんだけど」
「ああ、作るのはマストールって世界最高峰の鍛冶職人だよ。
その道具を流通させるのには領主、所謂俺の承認が必要になるのさ」
「マジで?」
俺はニヤリと笑って頷く。
「今回、俺はマストールにミスリル製の裁縫道具を一セット金貨五〇〇枚で依頼してある」
「え!? 一セット金貨一二枚って聞いたけど!?」
俺は苦笑する。
シンジよ。マストールの仕事はそんな安くねえぞ。
「まあ、マストールが作るからねぇ。そのくらいの価値になるんだよ。
そこらにいる腕のいいドワーフ職人とはレベルが違うんだ」
「さ、差額を払う!」
俺は首を振る。
「いや、今回は俺の投資って事でいい」
「いいのか?」
「ああ。その代わり、ミスリル製はそれ一つだ」
「一〇セット必要なんだけど……」
「解ってる。他に鉄製の裁縫道具を一〇セット用意する」
「鉄製……?」
シンジは少し困ったような顔になる。
「ああ、道具の精度はミスリルと同等だから問題ない。
プロ用の裁縫道具としてトリエンの商品として売り出すつもりなんでね」
シンジは首を傾げた。
「領主自ら商品開発してるの?」
「ああ、現実世界の知識を持つ俺の方が商品開発にうってつけって事。
シンジのこのアパレル工場も同じなんだよ?
一応説明しておくが、こっちにない技術は高い価値を持つ。
技術と知識の安売りは絶対するな」
俺の迫力にシンジはコクコクと無言で頷く。
「君の知る裁縫技術はこの店から絶対に出すな。
これは領主命令だと思ってくれ」
「わ、解った……でも、本当にそんな価値が?」
「マジであるんだよ。
現実とここの常識のズレを早い内にすり合わせておくのが順当だよ」
「ここの生活についてはケントが先輩だ。
アドバイスには素直に従っておくよ。
領主様だしな」
シンジがニカッと笑う。
「それと、もう一つ」
「まだあるのか?」
「今回の領主命令なんて制限を付けた詫びに、一つ許可を出すことにした」
「何の許可をくれるんだ?」
「シルクの加工、販売の許可だ」
「おお!! シルクあるんか!?」
「ああ、その為に養蚕、シルクを織れる人材をトリエンに呼んだんだ」
「シルク……ここのところ市場とか布屋を回ったけど、絹織物だけは見つからなかったんだ……シルクか!」
シンジはかなり興奮状態だ。
「まだあるぞ?
シルクの流通が安定した後になるんだけどさ……
ミスリル布をシンジの店に卸してやるよ」
「え? 今何て?」
どうやら聞いてなかったみたいだな。
シルクってそんなに興奮するもんかね?
「ミスリル布だよ」
「何それ? そんなのがあるの?」
「ああ、俺が開発した織物だ」
俺はミスリル布のサンプルをインベントリ・バッグから取り出してシンジに見せる。
「これがミスリル布。
シルク以上の光沢と強度があるんだ。
魔力の通しも良いし、防具に仕込むと防弾チョッキ代わりにもなるんだぜ」
シンジは真剣な目でミスリルを触ったり裏返したり引っ張ったりしている。
「凄いよケント……これは凄い素材だ……」
「だろ? 後々、これをシンジの店に卸してやる」
「いいのか!?」
「ああ。まずはシルクで市場をあっと言わせてもらいたい。
できるよな?」
「こっちのファッションは華がない。
あっちのデザインは心得てる。こっち持ってきても相当アバンギャルドな商品になるはずだ。
ブティック・マリアは、新進気鋭のブランドとして結構有名だったんだぜ?
俺はそこの社長だったんだ。
このキャラに裁縫の専門技術はないけど、この頭の中には残ってるんだ」
シンジは右手の親指でコツコツと頭を叩いた。
「期待できそうだな」
「任せてくれ」
シンジの店へ卸すシルクについてしばらく打ち合わせをし、切のいいところで俺は立ち上がる。
「んじゃ、そろそろ帰るか。
そうそう。シルク生産者に会いたいなら今度紹介するよ?」
「ああ、頼みたい! 楽しみだ」
「んじゃ、あっちの都合が付き次第連絡を入れるよ」
太陽のような笑顔だね。
針子の女の子がメロメロになるのも仕方ないねぇ。
男の俺が羨ましいほどの美形だからなぁ。
ハリスもクリスもアルフォートもイケメンだし、本当にイケメンは羨ましいねぇ。
ウッキウキのシンジを置いて俺は出ていこうとする。
そこで俺の足は止まった。
作業場の入り口の前に女の子たちがズラリと整列していたからだ。
「こ、この度はとんだご無礼を働きまして! 申し訳ありません!」
一番年長っぽい女の子がビシッと腰を九〇度に曲げて頭を深々と下げた。
他の女の子たちも一拍遅れて同じように頭を下げた。
「え? 何の話?」
「あの……貴方様は領主様だったんですね……」
「ああ、そうだよ。俺はケント。見知りおいてくれ」
「は、はい!」
「あ、そうそう。
君たち用の裁縫道具が届いたタイミングで、また顔を出す」
「はい?」
年長の子が腰をそのままに顔だけこっちに向けて聞き返してきた。
「君たちには契約魔法を受けてもらう事になる。
シンジには説明しておいたけど、ここで働く条件になるんだ」
「ま、魔法……ですか……?」
「ああ、それが嫌な場合、ここで働いてもらっては困るんだ。
後々、戦略物資、軍事物資の加工などの業務を受け持ってもらうからね。
これは領主が決めた法律になる」
俺は女の子たちに頭を上げるように言う。
いつまでも女の子にそんな格好させておく趣味はないからね。
「君たちには最先端の裁縫技術を覚えてもらうことになる。
その辺りはシンジが心得ているはずだし、楽しみにしているといい」
「はい!」
俺が領主と知って、やたら素直になりましたな。
「あ、君たち……」
女の子たちがキョトンとした顔になる。
「イジメは駄目。
イジメはどんどんエスカレートしていくんだ。
これを俺は看過できない。これは心して置いてくれよ」
ジロリと一瞬だけ威圧を乗せた視線を向けると、女の子たちがガタガタと震え始めた。
直ぐに威圧効果を解除したが、女の子たちの震えは止まらない。
「ま、シンジに誠心誠意協力してやってくれ。
彼はここに疎い。常識も違う。一人だと心配になるくらいに」
平和ボケの日本人だからな。
現実世界でも世界標準とは比べるべくもないほど危機感がないんだよ、日本人って奴は。
俺はハァと溜息を付いて肩を落とす。
なんだか雰囲気が変わったのを感じて顔を上げると、女の子たちの目がキラキラしていた。
あれ? 今さっきまで威圧で震えてなかったっけ?
「ケント様! お任せ下さい!」
女の子の代表っぽい年長の子が物凄い勢いで鼻息を荒くしている。
他の女の子も同様です。
やっぱり女の子は意味解らん。
「あ、最後に一つ。
来客に嫌がらせするような接客態度は改めることだ。
店が開店したら、貴族とか富裕層を相手にシンジの店は商売する事になる。
君たちの接客態度次第ではシンジの立場も店も、吹き飛ぶぞ」
「は、はい……」
それだけ言って俺は帰路につく。
最後のは付け足した感じだけど、一番重要な案件だったな。
彼女らがそれに気付けばいいんだが。
まあでも、あの様子ならシンジが寂しい思いをする事はなさそうだ。
俺もこの世界に来た時はハリスが一緒にいてくれて寂しい思いとは無関係でいられたからね。
それが女の子たちなんだから、シンジも文句あるまい。
ハリスも巨乳美女だったら良かったのにね。
そんな事を考えたらハリスに失礼だな、失敬失敬。
仲間になったトリシアやマリス、アナベルのような選ばれた者っぽい立場やレベル、実績などと自分を比べて苦労していた。
そして苦悩を乗り越え、血の滲むような努力の末、今では俺の右腕といえるレベルと実力を手に入れた。
本当に頭が下がるね。
さて、シンジにもハリスみたいな資質があるといいな。
現実世界の知識をこっちで実現するのは本当に大変なんだよ。
魔法が使えると途端に楽になるんだけど、シンジには魔法を使う能力はないからなぁ。
道具も素材も簡単に手に入る現実とは全く違うんだからね。
今回はプロ用裁縫道具を手に入れられるツテがあったから良かったものの、普通ならそんなコネクションはなかろう。
トリシアという人材がどれだけ幸運な存在か自覚がないんだから困ったものだ。
ここで生活していく内に解るとは思う。
その辺りは経営の経験があるそうだから、すぐ気づくかもな。
話しっぷりからして、結構なファッション・ブランドだったようだしねぇ。
若いのに大したものです。
まあ、会社の基礎はトリシアの前世が準備し軌道に乗せたみたいだけど。
それでも会社を維持するのは大変だ。
俺はM&A事業に関わっていたので会社の評価は心得ている。
その評価方法は多岐に渡る。
技術はあるが金がない会社、金はあるのにアイデアがない会社、そういう組織を評価し、価値を算定して
適切な合併なり買収ができれば、その手数料は数十億とか数百億とかなんてザラなんだよ。
今回のシンジの事業も同じ事だ。
シルクの生産者たるアラクネーと現実世界の技術を持つシンジを繋げる。
そこに出る利益の上澄みをトリエンが頂くわけだ。
やってる事は変わらないってね。
これも現実世界の知識や技術をこっちで役立ててるんだよね。
ティエルローゼには金融業界的な考え方はないからな。
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