第26章 ── 第39話
アラクネーたちは大木に登るとお尻から蜘蛛の糸のようなモノを出して枝と枝の間に張り巡らせ始める。
邪魔になる枝は持ってきたらしいノコギリみたいなもので切ったりしている。
枝を切るのは大丈夫なのかと思って木の根元にいるドライアドを見ると、俺と目が合った瞬間にニコニコ笑って手を振ってくる。
どうやらドライアド的に枝を切る行為自体は問題ないようだ。
確かに植物を育てる上では、枝打ちなどの諸作業が必要とか聞いた気がする。
林業の知識はあまりないので本当かどうかは解らないけど。
しばらく見ていると、どんどん蜘蛛の糸で出来た家というかテントのようなものが出来上がっていく。
「あの糸を使って布とか作ったら面白そうじゃね?」
アラクネイアにそう言うと首を傾げられた。
「あれを布にするには粘度高いので難しいと思われますが。
私たちの身体にはくっつくことはないのですけど」
ふむ……
やはり蜘蛛の糸と特徴は一緒か。
だが、蜘蛛の糸の強度はかなり高いと聞いた事がある。
あの大きさのアラクネーの身体を支えられるんだから、相当な強度だと思う。
なんらかの処理をすれば布として織る事ができるのではないだろうか。
その辺りは研究と実験が必要だが、アラクネーたちが自分たちの糸を提供するのを嫌がる可能性もあるので要相談だろうな。
アラクネーに素材を作らせるなんて家畜のように扱うみたいで人権的に問題がある気がする。
なので要相談。
もし、提供を承諾してくれたとしても市場には流すつもりは全くない。
万が一、市場にでも流れてしまったら、アラクネーに価値を見出すモノが出ないとも限らない。
もちろん養蚕技術は大変な価値だ。
その価値に気づく者が現れたら、アラクネーを手に入れようと動く不埒な者たちが出てくるかもしれない。
そんなところに思考が達してしまい、今回呼んだ事は悪手だったんじゃないだろうかとネガティブな方向に向かってしまった。
まあ、もしアラクネーに魔の手が伸びるようなら、アラクネイアが黙ってないだろうし、もちろん俺も許さない。
その辺り、機織りの女神と話しておく必要があるかもしれないな。
アラクネーは機織り名人らしいので、女神も興味が湧くだろう。
しばらく見てたが、別に俺がここにいる必要はないと気付いた。
「アラクネイア、後は頼むよ。
俺はまだ仕事が残っているからね」
「はい。 賜りましてございます」
俺はそのまま話に聞いていたシンジの店へと向かう。
既に街はアラクネーの噂で盛り上がっているようだ。
道行く人々が、領主がまた突飛な者たちを呼んだと口々に話しているのを聞き耳スキルが勝手に拾ってくるので笑うしか無い。
今日は冒険者風の格好をしているので、街で気づく者は少ない。
例え気付いたとしても、目を閉じて丁寧にお辞儀する程度で声を掛けてくる者はいない。
俺が冒険者の格好をしている時は知らない振りをするのが、最近では浸透し始めているのだ。
それでも敬意を込めたお辞儀だけは禁止しようがなかったが。
中央広場に出て北への大通りに向けて進路変更。
四つ目の広めの十字路を西へ曲がり、五〇メートルも進むとシンジの店だ。
鼻歌交じりに西へ曲がる。
お、あれか?
看板を大工らしい男が打ち付けていて、その軒下にシンジの姿が見えた。
「おーい、シンジ」
名前を呼ばれてピカピカの鎧を来たイケメンが振り向いた。
「おお、ケント!」
「準備は大分進んでいるようだな?」
「ああ、後は姉……トリシアが道具を調達してきてくれれば、仕事は開始できるよ」
ふむ。トリシアはまだ伝えてないのか。
まあ、前世が真莉亜な弟思いのトリシアは、他の商人たちとの折衝とかで動き回っているらしいし、忙しいんだろう。
「その道具の事なんだが」
「まあ、ここでは何だから中に入って待っててくれ」
シンジは看板を取り付けている大工に支持を飛ばし、傾きやら何やらの調整を監督している。
ま、忙しいなら仕方ない。
俺は店の中へと入る。
ほうほう。
これは現実世界の服屋をイメージしているようだね?
店の中は壁際には棚、木で出来た人形が何体も設置されている。
それと出来上がっている服を飾るラック、それにはハンガーのような何かがずらりと掛かっている。
だが、まだ商品たる服はない。
奥にはカウンターがあり、カウンターの前にはガラス張りのショーケースまである。
あのあたりも街の職人に作らせたんだろうな。
ハンガーがイマイチなのが残念だな。
「あの……」
不意に声を掛けられ俺は振り向いた。
そこには買い物カゴを下げた若い女の子が不審そうに俺を見ている。
雇ったお針子の一人か?
買い物かごには食料品って事は、メイドさんか家政婦さんかもしれない。
「ああ、俺はケント。よろしく」
「ケント……?
何かご用ですか……?」
物凄い疑り深い目を向けられている。
あー……
確かに不審者にしか見えないか……
「冒険者のケントだ。シンジに用事があってね。
中で待ってろと言われたんだが」
「シンジ様に?」
女の子は眉間に皺を刻みつつ、俺の事をジロジロと足の先から頭の上まで舐めるように見てくる。
なんか不躾な子だねぇ。
他人をそんな目で見ちゃ失礼なんだがな。
まあ、町娘なんてこんなもんだろうか。
「では、奥へお入り下さい。店には椅子もテーブルもありませんので」
あまり歓迎されていない感じだが、一応奥に入れてくれるらしい。
「ああ」
俺は女の子に案内されて奥へと通された。
奥は作業場らしく、いくつもテーブルと椅子が並んでいて、一〇人ほどの女の子がキャイキャイと話をしていた。
「あら? アウレッテ。その人は誰?」
「さぁ……シンジ様にご用なんですって」
アウレッテと呼ばれた女の子がそう言うと、作業場にいた女の子たちが一斉に俺の方に視線を向けた。
そして今さっきのようにジロジロと値踏みするような不躾に見てくる。
すげぇ居心地が悪いんですけど……
「そこに椅子が余ってるので、掛けて待ってて下さい」
アウレッテが指で示すところには簡易な丸椅子が一つあった。
チラリと奥に目を向ければ、衝立の向こうにソファがあるように見えるのだが……
まあ、別にいいけど。
俺は丸椅子に腰を掛ける。
ちょっと立て付けが悪い椅子だな。予備に回されるわけだ。
バランスを取らないとひっくり返る。
俺は足を上げて身体のバランスを取りながらゲーム感覚で楽しむ。
バランスボールだっけ? あんな感じで結構楽しい。
俺は難易度の高いバランスの取り方を研究する。
全く揺れないようにビシッと座れたら俺の勝ち。
リミッターの掛かった状態だと難易度が高ぇな!
俺は微妙に揺れる上半身を前後左右に調整しつつ床に足をつかないようにする。
ふっ。このくらいは朝飯前だぜ!
ふと視線を感じて目を上げると、女の子たちがポカーンとした顔をしていた。
何か驚くような事したか?
若い女は良く解らんな。
すると、店と作業場を繋ぐ扉が開いた。
「いやぁ、ごめんごめん、ケント。待たせた……何をしているの?」
バランスを取る即席ゲームに興じている俺にシンジが不思議そうな顔をする。
「あ、シンジ。もう現場監督は終わったのか?」
「あ、うん」
椅子と俺を交互に見ているので、俺はニヤリと笑う。
「ああ、バランス・ゲームをしていたんだ。
この椅子に座るのって結構な難易度なんでね。
ちょっと攻略してやろうかと……」
俺はバランスを取るのを続けつつ応える。
「いや、待つならあっちのソファを使えばいいのに、何でその不良品の椅子を使ってるんだい?」
「やっぱ不良品? 足の長さがチグハグだからそうだろうと思った。よっと」
俺は丸椅子から飛ぶように腰を上げる。
「君たちも、何でお客にその椅子を使わせちゃ駄目だろ?」
「申し訳ありません……」
「それより話をしよう。かなり重要な案件なんだよね」
「あ、ああ。え、重要?」
俺はシンジを急かしてソファへと向かう。後ろから女の子たちの方からヒソヒソと聞こえてきた。
「あの人何者なの……?」
「し、知らない……シンジ様の冒険者仲間じゃないかと思うんだけど……」
「意地悪したら不味かったんじゃ……」
「でも、あんな地味な人はシンジ様には相応しくないと思う……」
やれやれ……どうやら俺はイジメられてたらしい。
まあ、あれがイジメなんて可愛いもんだよ。
椅子に画鋲とか仕掛けられる方が辛辣だしねぇ。
しかし、どうもシンジは、女の子に絶大な信頼を寄せられているようだね。
まあ、あのイケメン振りじゃあなぁ……
シンジはこっちの基準でも相当なイケメンだ。
現実世界でもイケメンだったんかねぇ。
女の子にあれだけモテてるようだし、それを気にも止めてないのを見ると、鈍感イケメン系のリア充路線だったのかもしれんな。
核融合爆発しろ。
何にしても、イジメは駄目絶対。
後でそれとなくシンジに注意しておいた方が良いかもしれん。
イジメは最初は軽いモノだが、どんどんエスカレートしていくんだ。
軽い内に手を打たんと下手すれば死人が出たりもする。
特に女のイジメは陰湿なんだよ。
経験者の俺が言うんだから間違いない。
ちなみに椅子画鋲は俺が女に仕掛けられたイジメの一つね。
靴の中に画鋲より軽いもんよ。
それとシンジの知り合いだと言ったにも関わらず態度が悪すぎるのも問題だな。
ま、日本と同じレベルとは行かないだろうけど、開店後に店員としてやっていけないだろう。
いや、店として店員教育は徹底しておかないと不味いかもしれない。
多分、貴族相手が多くなるからな。
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