第26章 ── 第38話
俺が門へ出ていくと、門を守る衛兵たちが浮足立っていた。
「はいはい、君たち。騒ぐの止め」
俺がニコニコして出てきたのを見て衛兵たちの混乱や興奮が落ち着いていく。
「おお、領主様のお出ましだ!」
「領主様ならどんな問題も解決して下さる!」
期待と羨望の眼差しを向けられて少々居心地が悪くなるが、そんな事に構っている暇はない。
俺は衛兵たちをすり抜け、門の外の方へ行く。
そこにはアラクネーの団体さんが待っていた。
「ようこそ、アラクネー隊商のみなさん。お待ちしておりました」
俺がそういうと、衛兵たちがザワリと一瞬だけ騒ぐ。
すぐにアラクネーの一人が俺の前まで来ると、蜘蛛の足を折って体勢をできるだけ低くするような体勢になった。
そこから上半身を横に九〇度曲げ頭を下げた。
「我らの創造主アラクネイア様の主人にして我らの主よ。
ご命令により罷り越しましてございます」
その一人に引き続き、後ろにいるアラクネーも次々と同じポーズになる。
あれ? 俺、アラクネーの主にはなったつもりはないんだけど?
疑問に思ってアラクネイアに振り返ると、彼女は大変嬉しそうに微笑んで頷いている。
「我が子供たち、大変良い挨拶ですよ。妾も誇りに思います」
「はっ、我が創造主よ。
お褒め頂き恐悦至極に存じます!」
なにやら褒められてアラクネーたちも嬉しそうにしている。
上半身を戻してハイタッチしているヤツまでいるな。
「やったぜ。練習しておいて大成功だ」
「いぇーい」
最初に挨拶したアラクネーが身体を戻し、満面の笑みで俺を見下げた。
「主様、呼んでくれてありがとう! 我らの創造主と再び出会えたよ!」
どうやら、ド丁寧な挨拶は最初だけ取り繕っただけらしい。
このざっくばらんな感じがアラクネーの素というか……持ち味らしい。
ま、表面上は取り繕って腹の底が知れない奴らよりも俺は好きだけどね。
アラクネイアはお淑やかだし気品いっぱいだけど、それを子供たちにまで強制はしないらしい。
自分が作った種族が元気で生活しているのが嬉しくてしょうがないのだろうね。
ダイア・ウルフのときもそうだったし、今もニッコニコだしな。
「よし、アラクネーたち、俺に着いてきてくれ。
君たちが寝泊まりするところに案内するよ」
俺は仕舞っておいたオープンの馬車をインベントリ・バッグから取り出してアラクネイアと一緒に乗る。
「おお! 銀の馬だ!」
「あんなの初めて見た!」
「食ったら美味いのかな?」
後ろから姦しいアラクネーの声がキャイキャイ聞こえるが、スレイプニルは食っても美味くないぞ。
「スレイプニル、ウォーク」
俺の掛け声にスレイプニルが歩を進める。
今回、アラクネーたちに用意したのはトリエンの北東側の一角だ。
元々裕福な商人の邸宅があった場所だが、男爵事件で接収した物件だ。
管理に金が掛かりすぎるため、金になりそうなものは売り払い、上モノは取り壊した。
跡地には木々を植えておいたんだが、木々がどんどん育って大木になってしまったんだよね。
その後、どうもドライアドが一人住み着いてたみたいで、館に挨拶に来たんで驚いた。
ドライアドが住む為に大木化させたんじゃないかと俺は睨んでいる。
今回、ドライアドにアラクネーの為にそこを貸してくれと言ったら、二つ返事でOKが出たわけ。
ドライアド曰く、アラクネーは木々を無闇に傷つけたりしないそうなので、何の問題もないらしい。
一〇分ほど馬車で移動して目的地に着いていた。
道中、街の人々も目を皿のようにして驚いていたけど、俺が先導しているので誰もパニックにならなかった。
さて、この場所は、アラクネーに気に入ってもらえるかな?
「アラクネーたち、ここが野営地なんだが何か問題あるかい?」
振り返ると、アラクネーたちがポカーンとした顔で木々を見上げている。
「ん? どうした?」
俺は不思議に思い、先頭のアラクネーに声をかけた。
「あ、いえ、ごめん。
まさかこんなところを用意してくれるとは思っても見なかったんで……」
「やはり野営は嫌か……
森の木々に巣を作って住んでるって聞いたんで、こんなところを用意してみたいんだが……
建物とかやっぱ必要だったかぁ……」
俺ががっくりと肩を落とすとアラクネイアがプルプルと顔を横に振る。
「主様、違います」
「ん? 何が?」
俺がそういった途端、後ろから大歓声が湧き上がる。
「すげぇ! こんな東の地で生命の森に出くわしたぜ!」
「さすがは我らの創造主の主様! こんな場所を用意できるヤツなんて見たことない!」
「我らの機微をよく解ってる!」
何故か大絶賛されているようだ。
俺の頭の上には、はてなマークが大量に浮かんでいるに違いない。
「生命の森って何?」
アラクネイアに聞いてみると不思議そうな顔をした。
「生命の森とはドライアドの住む森の事を指します。
街の一角だというのにドライアドが住む森を用意されるとは、さすがは主様でございます」
「え!? ドライアドが住んでるって解るのか!?」
俺は驚く。
基本、精霊は人の目には見えない。
神々ですら精霊を見る事ができるものは少ないそうだからね。
例の人魔大戦において肉体を失った神たちは須らく見えていたらしいが、肉体を失ったことのない神は見ることができないそうだ。
肉体を再生した現在も見えているかどうかは知らないが、アストラル体を経験した者なら見えるんじゃないかと俺は思っている。
「いえ、精霊自体を見ることはできません。
ただ、ドライアドが住む森特有の生命力を感じる力をアラクネーは持っているという事です。
子供たちは世界樹の森に住んでいますので、必要な能力なのです」
なるほどね。
それは興味深い話だ。
アラクネイアは彼女らを作る時、争いを好むような性質は与えなかったんだろう。
自然豊かな場所で末永く繁栄できるように願って作ったんだねぇ。
もちろん、世界樹の森は非常に強い生物が多いそうだから、身を守れるように戦闘能力は高く設定したに違いないけどね。
「ここを自由に使っていいの?」
先頭で付いてきたアラクネーがワクワクした顔を俺に近づけてくる。
「ああ、そのつもりでここを用意したんだ。
好きに使って構わない」
それを聞くとアラクネーは仲間たちに振り返る。
「おい皆のもの! お許しが出たぞ!」
「わーー!」
「きゃーー!」
アラクネー大興奮。
「私、あそこの幹!」
「あ! ずるい!」
アラクネーたちは我先にと野営地の森に入っていく。
まあ、森っていっても街のど真ん中なので森って言えるほどの広さじゃないが。
アラクネーたちは森の一角に背負ってきた木箱や袋などを下ろすと、大木に一人、また一人と登っていく。
俺が興味深そうに見ていると、後ろから呼ぶ声が。
「ん?」
振り向くと北門の衛兵隊長が心配そうな顔で立ち尽くしていた。
「どうしたんだ?」
「あの……あの種族は一体……」
「ああ、彼女ら?
確かクリスに通達しておいてもらったはずなんだが?」
「長官閣下に?
確か、領主様に招聘された商人たちが来ると伺っていたんですが……」
「あれ? それだけ?」
「はぁ……それだけしか伺っておりませんが……」
俺は少し思い出してみる。
むむ?
クリスに言ってなかったっけ……?
あ……!!
姿かたちについて言ったのは国王たちにだけだった……
「隊長、申し訳ない。どうやら俺のミスだ。
彼女らの姿かたちを伝えるのを忘れていた」
俺は隊長に頭を下げた。
「りょ、領主様! あ、頭をお上げください!」
「いや、しかし……」
「しかしではありません! 領主たる貴族様が領民に頭を下げるなど!
心臓に悪いです!!」
ああ、そういや、そういう世界だった。
それは申し訳ない。
俺は素直に頭を上げることにした。
「ま、俺のミスなのは間違いないことなんだよ。
彼女らは世界樹の森から呼んでもらった種族でね。
アラクネーという種族だ」
「アラクネーですか」
「ああ、基本的に温厚で何の危険もないんだよ。
それと大陸東側……いや、大陸全土かな。
大陸全土でも希少な産物を作り出す優秀な種族なんだ」
「希少な産物ですか」
気味悪そうにしていた隊長だが、希少な産物と聞いて「ほうほう」と興味深そうな感じになる。
「ああ、シルクというモノなんだが、コレは凄い布地なんだ。
貴族の婦女子たちが目の色を変える事間違いなし」
キラリと衛兵隊長の目が光る。
「女性受けする商品は基本的に高価です。
ますますトリエンの実入りが多くなりそうですね」
さすが門の守備をする隊長ですな。
金目のモノに対する知識がなければ通行税を取りっぱぐれるので、隊長にもなるとこの手の情報は必要になるのだ。
「今回、彼女らは俺が呼んだんで通行税は免除だ。
もちろん、彼女ら以外のアラクネーが今後入ってきた場合は通行税を取るけどね」
「了解いたしました。
衛兵隊本部にはアラクネーという種族について私の方から報告を上げておきます」
「頼むね。彼女らにイタズラするような奴らが出た場合は、君たちに処理をしてもらうからね」
「それは問題ありません。
そのような者が出ないように、衛兵を何人か割いて配置致します」
俺は隊長の言葉に頷いておく。
ま、ここらのゴロツキ程度が襲ったところで彼女らには勝てないだろう。
今回やって来たアラクネーは総勢五二人。
その内護衛が一二人いて、彼女たちのレベルは平均で五〇もある。
それ以外のアラクネーですら平均レベルが二〇くらい。
アラクネーの身体能力を考えると、護衛以外でもレベル三〇程度の冒険者に匹敵する強さといえるだろう。
何者かに襲われても死傷者が出るなんて事はないと思う。
でも、俺が招いたんだし、そういう事は起こらないに越したことはない。
なら、街の金で衛兵たちに頑張ってもらうのが領主の務めだ。
ここに配置される衛兵には少し手当を上乗せするようにクリスに言っておくとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます