第26章 ── 幕間 ── 王国各所で……

──旧法国領西、国境関所


「ふわあ……」

「おい真面目にやれよ」

「つったって、戦争で滅亡した国なんかに来ようなんて思うヤツは居ないだろ」


 国境を守る衛兵の綱紀こうきは些か乱れていた。

 先の戦争に参加した一般兵士であれば、こんな状態ではなかっただろう。

 ただ、このダラけた一般兵士の主張も間違いではない。


 法国がオーファンラント王国に戦争を仕掛けて一ヶ月もしないうちに滅亡した事は、周辺各国も知っていた。


 大方の周辺諸国は、オーファンラントに戦略も無しに攻め込み、かつ秩序の古代竜の怒りを買った所為だと思っている。


 だが、その真実を知る国もあった。

 それは戦争末期に法国内にいた外国人の国である。


 ケントは法国民は皆殺しにしていったが、他国の行商人や旅人などは一人たりとも殺していなかったのだ。


 這々ほうほうていで逃げ出した外国人が事の次第を報告したのは言うまでもない。

 そら飛ぶ馬車が法国民を皆殺しにしたと。


 オーファンラントから周辺国に法国の殲滅と領土の併合を通知する親書が届いた時、その事実を知る国は黙認するしかなかった。

 あのウェスデルフ王国が併呑されたのも頷ける実力だったのだと判断されたのだった。


 旧法国を経由した王国への入国者数は激減した。

 その数は一週間に数人、一日にあるかないかというレベルまで。


「お、おい……」


 真面目そうな衛兵が世界樹の森に続く街道を槍で指し示した。


「何だよ……」


 あくびをしながらダラけ衛兵がチラリとその方を見た。

 途端に大きくあけた口から漏れていた息が止まる。


「と、止まれぇ!!」


 道の向こうからゆっくりと歩いてくる巨体に、恐怖に染まった声を張り上げて衛兵は槍を突き出した。


 まだ大分離れていたが、命令された生物は止まった。


「な、何だ……あれは……」

「ま、魔物じゃないのか……?」


 近くにある仮設詰め所から大声を聞いて数人の衛兵が出てきた。


「どうした!?」

「た、隊長! ま、魔物が……」

「おお……あれが……」


 隊長と呼ばれた男が道の向こう側に佇む巨大な生物を見た。

 ガタガタと震えながらも槍を突き出す兵士は、必死に生物を凝視する。


「馬鹿者! 槍を降ろさんか!」


 ボカリと鉄帽を殴られ震えていた衛兵は槍を取り落とす。

 よほどの緊張で身体が固まっていたようだ。


「た、隊長!?」

「バカめ。あの生物はアラクネーという種族だ。

 昨日の朝礼で説明したはずだろうが!」

「アラクネー? あれがですか!? 巨大な蜘蛛じゃないですか!」

「バカモン!

 確かに下半身は蜘蛛だが、上半身は人のそれだ!

 神々の作り出した生物を魔物だなどと、不敬極まるぞ!」


 国王が出した通達は、この関所に三日前の夜に届いていた。


 国王からの通達にはトリエンへ向かうアラクネーの隊商について細かく書かれていた。

 そして、敵対行為は厳禁とも。


 新興貴族トリエン辺境伯の招聘によりアラクネーたちはやってくる。

 失礼を働いた場合、厳罰が下ると通達にはあったのだ。


「アラクネー隊商の方々とお見受けする!」


 隊長が衛兵の前に出てアラクネーに呼びかける。

 するとアラクネーは煽っていたマントのフードをサラリと跳ね上げた。


「アラクネー隊商リーダー、ネストレイアと申す」


 ゆっくりと近づいてきたアラクネーを隊長は見上げた。


 でかい……そして美しい……


「我が創造主の命において罷り通る」

「え? 創造主……?」


 隊長の疑問の声など無視したようにアラクネーは女性の上半身を捻り、後ろにある森に続く道の方へ手を上げた。


 すると、武装していたり、大きな荷物をこれでもかと下半身の蜘蛛の腹に括り付けたアラクネーが大量に現れた。


「リーダー、大丈夫ですかね?」

「ああ、我が創造主の言った通り、知らせは届いているようだ」


 ようやく大丈夫そうだと感じたのか、武装アラクネーたちが安堵のため息を吐いている。


「アラクネー隊商、総勢五〇名。

 トリエン辺境伯様の招聘を受け、オーファンラント王国に入国したい。

 許可を」


 ネストレイアと名乗ったアラクネーが、隊長を見下ろした。


「きょ、許可します!

 オーファンラント王国へようこそ!」


 ネストレイアは頷くと集まってきたアラクネーに大声を張り上げた。


「許可が出た! これよりトリエンへと向かう!

 一人たりとも遅れるな!」

「「「おおーー!」」」


 旧法国領の関所にアラクネーたちの咆哮とも歓声とも取れる綺麗な声が鳴り響いた。




──街道沿いのとある農地


「オラぁ見ただよ!

 とんでもない行列だっただ!」


 その農民はそう触れ回った。


「とんでもない化け物に見えただが、ありゃあ別嬪だったなぁ」


 アラクネーの隊商を目撃した農民は興奮した声でまくし立てる。


「本当に大丈夫だっただか?」


 遠目に行列を見た農民が心配そうに興奮する農民に声をかけた。


「オラが驚ぇて尻もち付いただが、親切に手ぇ貸してくれただよ!

 凄い綺麗な目で微笑みかけてくれただ!」


 周囲に集まる農民は男が何を言っているのか理解できない。

 遠目で見ただけでは、巨大な蜘蛛の化け物が列をなして街道を行く姿だけだ。

 そして興奮した農民がその隊列に飲み込まれたように見えたのだ。

 隊列が通り過ぎた後、呆けたような男だけが残った。


 呆けているのを心配した農民たちが、男の回りに集まったら、突然興奮し始めたわけだ。


「オラぁ見ただよ!」

「やれやれ、付き合ってられねぇだ」


 二度めが始まったあたりで農民は呆れて興奮男から離れた。


 農民は自分たちの脅威にならなければ問題にはしない。

 例えソレが怪物然とした見た目であってもだ。


 農民にとっては農作業ができればそれでいい。

 領主様が命の危険を及ぼすモノを領内に放置するわけがない。

 放置しているなら脅威はないという事だ。


 領内にはダイア・ウルフが頻繁に出没するようになったが、領民には全く被害がでなくなった。

 噂によればダイア・ウルフは南の領地に赴任した新領主が手下にしたとか何とか。

 これも農民には全く関係ない。

 無事に農作物を生産するのだけが仕事なのだ。




──トリエンの街北門


 北門に詰めている衛兵は緊張していた。


 今日に限って朝から領主様が北門に来ていて、さらに物凄い美女も引き連れてる。


 隊長が対応しているが、門の詰め所でもてなせるわけがない。

 衛兵には失礼のないように緊張して過ごすしか方法がないのだ。


 しばらく緊張して過ごしていると、門に出ている衛兵が慌ただしくなった。


「お、来たかな?」

「領主様?」

「ん? 今日は特別な客が来る予定なんだよ」


 隊長が領主様とほぼ同時に立ち上がる。


「と、止まれーーー!」


 大きな声が外から聞こえてきたと同時に詰め所の扉が勢い良く開いた。


「た、隊長!! 巨大な蜘蛛が大量に!!」

「何だと!?」


 隊長は慌てたように武器棚から槍を手に取ろうとする。


「静まれぃ!!」


 突然、怒号にも似た大声に詰め所がビリビリと震えた。

 あまりの事に、詰め所内にいた衛兵全員が金縛りにあったように動けなくなった。


「職務ご苦労。

 衛兵諸君、何も騒ぐ必要はない。

 お客の到来だ」


 領主様はそう言うと颯爽と美女を引き連れて外に出ていった。

 ようやく衛兵たちが動けるようになった頃には、門の騒動は収まっていた。


 やはり領主様は凄い。

 たった一声で詰め所内の屈強な衛兵を全て動けなくするとは。


 だが、衛兵たちは知らなかった。

 ハリスが影の中から不動金縛の術を掛けた事実を。


 世の中は知らない方が良い事が多々あるのだった。

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