第26章 ── 第37話

「ケント、一〇セット必要なんだが……」


 トリシアが心配そうな顔のままだ。


 心配すんな。解ってるって。


「ミスリル製の一セットはシンジ用だ。

 他のはお針子が使うヤツだろ?

 初めは鉄製ので良くないか?」

「そうだな……それでいいと思う」


 俺はトリシアに頷いてみせる。


「ところで、お針子さんは雇うんだよね?」

「そうだ。トリエンの針子志望を雇う算段になっている」

「ふむ……」


 俺は少々思案する。


 後々、ミスリルやアダマン布を扱う店にさせるなら、針子は信用のおける者である必要がある。

 その頃には全員にミスリル製、あるいはアダマンチウム製の裁縫道具を支給する事になるし、信用は必須条項なのは当然の事だろう。

 道具や素材の持ち逃げなどをされる恐れは排除しておきたいね。


 さて、どうしたもんか。

 シンジのやる店だし、俺が必要以上に人事に口を挟むのは筋近いだ。

 しかし、営業許可などは領主権限だし、後々扱うモノが戦略物資になる予定だし、何らかの施策はさせてもらうって事にしようか。

 そのくらいは許されるよね?


「今後の展開も考慮しなくちゃならないし、雇うお針子さんたちには契約魔法を使うことにする」

「契約魔法……?」

「うん。ギルドでも依頼の受領とかで使ってるよね?

 あれは魔法道具でやっているようだけど、アレに似た感じの事をしたい」

「何をするの?」

「まあ、これは犯罪の予防策なんだけど、道具やら素材やらを持って逃げられたら目も当てられない。

 先々、ミスリル布やらアダマン布やらを扱わせるなら、それなりの枷は必要になるだろ?」

「確かにそうね」


 トリシアも納得した顔になる。


「その為の契約魔法。まあ精神魔法による強制力をお針子に付与するわけ。

 布だけじゃないよ。シンジの店のデザインとかが承認無しで外部に流出なんて、店だけでなくトリエンの損失になるだろ」

「確かに縫製技術とかは、こっちにない技術もあるし……

 そういったアドバンテージは、おいそれと外に出したくないわね」


 真莉亜モードですね。

 女性っぽい口調のトリシアは、マジで美女。

 ちょっとドキドキします。


「禁呪だとは聞いているけど、呪縛ギアスに似た魔法を使おうと思う」

「違反した場合は?」

「忘れるね、全てを」

「全て!?」

「うん。名前も言葉も何から何まで」

「厳しい罰だわ」

「当然だろ?」

「確かに……

 もう一つ聞きたいわ……解呪される恐れは?」

「精神魔法レベル一〇を解除できる存在がいるかなぁ……」

「いないわね。愚問だったわ」


 トリシアは完全に納得した。


「んじゃ、早速、シルクの手配をしないとな」

「よろしくね」


 トリシアは座っていたソファから立ち上がった。


「私は早速シンジに知らせてくる」

「喜んでもらえるといいな?」

「喜ぶはずよ。

 この辺りでは木綿か麻しか手に入らないんだもの」


 トリシアは嬉しげに執務室を出ていく。


「では儂も腕に縒りをかけて裁縫道具を作ってやるとするかのう」

「おいおい。ドワーフ随一の職人が腕に縒りをかけたら価値が跳ね上がる未来しか見えないんだけど」

「がはは。確かに腕には自信はある。ケント程ではないつもりじゃがな」

「いやいや。

 俺には芸術性とか全くないからねぇ。

 そのあたりはランドールにも負けるね」

「ふむ。あやつも儂に匹敵する職人ではあるな」


 ま、マストールがウチの工房に常駐しているもんで非常に大きい利益を甘受しているし、俺としてはシンジにも利益を還元しておいていいと思う。

 シンジにというか、トリシアが喜ぶからという理由が大きいけど。


 マストールも作業のため執務室から出ていったので俺は早速念話を繋ぐ。


「主様、何かご用でしょうか?」

「ああ、アラクネイア。君にちょっと頼みたい事があるんだけど」


 すると影からアラクネイアが現れた。


「主様、御前に」

「早業だな」

「それが下僕としての責務ですから」


 本当に魔族は忠誠心過多だね。


「わざわざ来てもらって申し訳ない」

「望外の喜びです」

「今回頼みたい事は、君の子どもたちについてなんだ」

「私の……でございますか?」

「ああ、アラクネーはシルクを作っているね?」

「はい。世界樹の森にて、養蚕を営んでおります」

「そのシルクをこっちにも卸してもらえないだろうか?」

「お安い御用でございます」


 俺はニンマリと笑う。


「アラクネーの隊商をトリエンに誘致するか……」


 オットミルにおけるアラクネーの商売は非常に公正で商人の鑑といえるものだった。


 良いものをより安く。


 なかなかできる事じゃない。

 俺はそんな商人魂を人間たちも真似するべきじゃないかと思っている。


「我が子どもたちも喜ぶでしょう」

「うん。トリエンの領民たちも喜ぶと思うよ」

「一つ問題があります」


 ああ、アラクネイアの言いたいことは解っている。


「アラクネーの外観だね?」

「はい。アラクネーは大陸中央から殆ど出たことがありません。

 我らの外観から魔物と人間たちには見られると思われます」


 確かに……

 この問題は早急に是正する必要がありそうだ。

 これは国王はもちろん、貴族たちを巻き込むのが良さそうだな。


 シルクの有用性を貴族たちに認めさせれば、それを手に入れようと貴族たちは間違いなく動き出すはずだ。


 となると、デーアヘルトに出張しなきゃならないか。

 国王に園遊会でも開いてもらって、そこで貴族たちにシルク製品を売り込んでみたい。


 今回の企みは成功間違いなしだと俺は思う。

 どこの世界であろうと、おしゃれを強請る女性に男は弱いものだ。

 貴族階級とて例外はない。


 シルクの美しさ、肌触りは貴族社会にあっという間に溶け込むだろう。

 その後、ミスリル布のドレスなどへと切り替えて行ければ、面白いように儲かるに違いない。


 これは楽しみだな!


「アラクネイア、早急にアラクネーを招聘してもらいたい。

 シルクの布、糸などを大量に仕入れたい」

「仰せのままに」


 アラクネイアは影に沈んでいく。

 ハリス並の凄腕ですな。


 俺はフンボルト閣下に念話を繋ぐ。


「宰相閣下、ケントです」


 息を飲むような音が聞こえた。


「う、うむ。こ、これが念話というものか……少々心臓に悪い」

「申し訳ありません」

「いや、いつもなら腕輪が鳴るのでな。

 念話を使っているという事は、火急の要件かね?」

「ええ、実はトリエンで新しい物を作りたいと考えています」

「また何か起こすつもりかね?」


 フンボルトは「ドラゴンとの盟約で神経をすり減らしたばかりなのだが」とちょっと不平を漏らす。


「いや、今度は貴族社会が喜びそうな事をしますから、心労はあまりないかと」

「何をするつもりかね?」

「閣下はシルクという物を知っておられますか?」

「シルク? それは何かね?」

「大陸中央で算出する織物の素材なんですが、西側ですら少量出回る程度の非常に品質の良い繊維です」

「ほう。新しい織物の素材か」

「シルクは光沢があり見た目が非常に美しい素材です。肌触りも大変良いんですよ」

「光沢? 布に?」

「ええ」

「現物を見てみたいが……すぐに用意できるかね?」


 フンボルト閣下の興味を引けたようだ。


「大陸西側に行ってた時に手に入れた物があります。

 すぐにお持ちできます」

「では、三〇分後に陛下の執務室に」

「了解しました」


 俺は念話を切った。


 国王に話を通してくれるらしい。

 フンボルト閣下は話が早くて助かるね。


 三〇分後、デーアヘルトの王城へと転移門ゲートを繋げて移動し、メイドに案内してもらって王の執務室へと向かった。


 執務室には既に王とフンボルト閣下が待っていた。


「シルクとやらを見せてくれ」


 目を輝かせたリカルドは性急だ。


「えーと、俺が大陸西側で手に入れたのは女性用の下着だけなんですが、今はそれでよろしいですか?」

「うむ。構わない」


 俺はインベントリ・バッグからシルクの下着を取り出して王の執務机の上に広げた。


「これがシルクという物か……」


 王が唸りつつ下着の一枚を取り上げる。

 フンボルトも興味深げに下着の一つをしげしげと眺める。


「なんとも言えぬ光沢ですな。陽の光に煌めいているようで」

「ロゲール、触ってみろ。触り心地が凄いぞ」


 フンボルトが王から下着を手渡される。


「おお……なんと滑らかな肌触り……」

「これは貴族の女どもが騒ぐぞ」

「左様でございますな。これは間違いなく貴族の間で流行ります」


 国王リカルドが神妙に頷く。


「辺境伯、これをどうしたいのかね?」

「そうですね。貴族の方々が集まる園遊会でもあれば、そこで紹介したいですね。

 現物を見せて、欲しい方にお譲りしたいところです」

「ふむ。これもトリエンの産業になるということか」

「えーと、シルク自体はトリエンでは生産していません。

 国の外から輸入することになります」

「ふむ……これだけの品だ。相当な値段になりそうだな。やはり大陸の西側の産物かね?」

「いえ。大陸中央、世界樹の森あたりが産地らしいです」

「らしい? 随分と曖昧ではないか?」


 国王が不確かな情報に眉を寄せる。


「ええ。俺自身は産地に行ったことがないんで……

 ただ、陛下も閣下もご存知の俺の配下にいる魔族の一人が、生産する者たちの関係者です」

「ほう! それは僥倖」

「付きまして、その生産者たちの隊商を呼びたいと考えています。その許可を頂きたいんです」


 国王とフンボルトはもう一度シルクの下着に目を落とした。


「許可する。ロゲール、依存はないな?」

「これほどの品を作る者なら問題ありません」


 俺は肩を竦めつつ口を開いた。


「いや……それが結構な問題あるんですよ」


 不安そうに国王と宰相が俺に視線を向けた。


「上半身は女性、下半身は巨大な蜘蛛って外見の生き物が生産者なんですよ」

「魔物か?」

「いえ、魔物ではないそうです。見た目が魔物っぽいだけで」

「大丈夫なんだろうな?」

「性格は非常に温厚です」

「ふむ……特徴も含めて国境警備の兵に通達が必要になるか……」

「お願いできますでしょうか?」


 フンボルトが眉間に皺を寄せつつも頷いた。


「そこは何とかしよう。どこの関所を通る?」

「そうですね。多分、法国のあった辺りからアルバランを経由してくるんじゃないでしょうか」


 今のオーファンラントの領土的に考えると、世界樹の森と接している地域は旧法国領の南西になる。

 その辺りからやってくると考えるのが順当だと思う。


「ふむ。相わかった。

 アルバラン、ピッツガルト両侯爵家には早馬を出す事にする」

「よろしくお願いします」


 王が勅令を書状にしている間に、フンボルト閣下にはアラクネー用の商業許可証を発行してもらった。


 これで準備は完了だね。

 さて、トリエンに戻ったらアラクネーの滞在できそうな物件を用意しておきますかねぇ。

 アラクネーはデカイんで普通の宿には止まれないだろうしな。

 彼女らがどんな物件に喜ぶかサッパリ解んないけどね。

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