第26章 ── 幕間 ── 重戦士シンジ・カタセ

 シンジはトリエンの街の中で店舗を借りた。

 店は広場の北側に伸びる大通りにあった。

 比較的富裕層が住むらしい地区に店を構えられたのは役所の口利きがあったお陰だ。


 ケントの館で世話になっている為か、役場では非常にスムーズに店舗登録が終わった。

 住民登録や商人登録などの様々な手続きをやってくれた眼鏡の女性職員が売り主の間に立ってくれたし、その後の手続も簡単だった。


 店舗に案内され、手に入れた店舗兼針子の作業場などの配置を考えていると、トリシアがやってきた。


「随分広い建物ね」

「ああ、姉さん。いい店になりそうだよ」


 トリシアが鋭い視線で店舗内をうろつく。


「この部分に絵が欲しいわね」


 トリシアと共に二時間ほど店舗内をドーンヴァースのハウジング・アイテムで家具や飾りをデコレーションした。


 店舗は中々いい感じだ。

 やはり姉さんはセンスがいい。

 俺一人じゃここまで綺麗には出来なかった。

 あとは作業場の準備が必要か。


 シンジはトリシアに街へと買い出しに連れて行ってもらう。

 作業用のテーブルや椅子などの購入。

 インベントリ・バッグの中に放り込んでおく。


 シンジは、トリシアと街を歩いているとすれ違うケモミミ娘をガン見してしまう。

 ファンタジー系美少女ゲームの定番種族だ。

 シンジが見ないはずはない。


 エルフにケモミミ……なんと心躍る世界か。


 シンジは自然とニヤけ顔になる。


「腑抜けた顔してるわよ」


 トリシアに突っ込まれシンジは慌てて顔を引き締める。

 シンジにとってトリシアにジト目で見られるのは致死ダメージを受けるようなものだ。


「他に何か必要なものは?」

「裁縫道具は必須でしょ」


 トリシアは頷くと道具屋などを案内してくれた。


 しかし品質の良いものが全く見当たらない。

 ハサミ一つ見ても道具屋で手に入るのは粗悪品ばかりだ。

 縫い針も太いものばかりで繊細なものなど皆無だ。

 縫直しなんかしたら大穴が目立つに違いない。


 とりあえず今は道具は保留しておいた方が良さそうだ。


 シンジはもう一箇所トリシアに案内を頼む。

 所謂、職業斡旋をしてくれる店だ。


 シンジには裁縫のスキルが全くない。

 もうレベル一〇〇なので、空きスキル枠が一つか二つしかない。

 なので、新たにスキルとして取得することも躊躇われる。

 なので針子を募集するのだ。


 大学時代に姉の店に顔を出してはデザイン、裁断や縫合技術などの知識を少し覚えはしたものの、現物を扱うほどの技術は現実の身体に覚えさせてはいなかった。


 ドーンヴァースのキャラにも裁縫スキルを覚えさせておけば良かったな……

 俺はどっちかというと経営学の方が得意だったし、ゲームくらいは店の事から離れたかったんだよなぁ……


 シンジはオタクではあったが、顔は姉の真莉亜に似ている。

 当然シンジの顔はかなり整っており、非常に女にモテた。


 姉が出奔後、アパレル店の経営者になったお陰でコスプレイヤー女子がシンジの周囲に大量に寄ってきた。

 これを店の経営に繋げたりして売上に貢献したのは従業員の間で伝説になった。


 もっとも、シンジの理想は姉であり、ディスプレイの中にいる二次元の嫁たちだったのだから、そのコスプレ女子たちは全くシンジに相手にされなかった。

 従業員たちには白い目で見られたのは言うまでもない。


「なあ、姉さん。

 裁縫道具をどうしようか」

「街に売ってるヤツじゃだめなのね?」

「うん。今日見た限り品質がね……現実世界と同等なんて贅沢は言わないけど、もう少し……」

「確かに、こっちの針子道具は……

 現実世界の道具は本当に品質がいいからね」


 トリシアはうーんと言いながら腕を組む。

 そしてポンと手を叩く。


「値は張るけど、いい道具を作ってくれる人を知っていわよ」

「手に入るの!?」

「ああ、マストールなら納得の行く道具を作れるはずだ」

「マストールってあのビア樽じいさん?」

「ビア樽じいさん! ブホッ!!」


 姉さんがらしくなく噴き出した!?

 こういうところ見せられると元の姉との差異を感じるな。

 真莉亜姉さんなら、もっと上品にエレガントに笑うハズ。

 まあ、転生後の真莉亜姉さんはエルフだけに元の姉さんより美形度は上がってるんだけど。

 でも俺より背が高い……


「ミスリルで作って貰えばかなりいいモノになるわよ」

「ミスリルって高いの? ゲームじゃそれほど貴重な素材じゃないと思うけど」

「ミスリルは一般に出回るモノとしては最高品質よ。

 ドワーフが作った鉄製の職人道具だと、そこらで売ってる道具に比べて一〇倍以上の価値になるの。

 それをハンマー家の頭領、マストールが作ったとなると五〇倍。

 さらにミスリル製となれば二〇〇倍もの値段になるのよ」

「二〇〇倍!?」

「普通のお針子道具なら銀貨一枚程度だけどね」

「二〇〇倍っていうと、どのくらいの値段?」

「一セットで金貨五〇枚ってところね」


 金貨五〇枚?

 えーっと、一二ゴールドくらい?

 安くない?


 シンジはそう思う。

 ケントもティエルローゼに来た当初に感じた感覚だ。


 ドーンヴァースにおいて一二ゴールドを稼ぐには、ドーンヴァース最弱モンスターであるコボルトを六匹程度倒すだけでいい。


 ちなみにコボルト一匹はレベル一のキャラクターがソロ・プレイで一〇匹くらい相手にできるモンスターだったりする。

 なので、あっという間に稼げる程度なのだ。

 まあ、消費アイテムや宿、武器や防具の修理費など、様々な必要経費を考えればそれほど単純ではないのだが。


「じゃあ、一〇セットくらい作ってもらおうかな」

「そう。では私が頼んでおくわね。ウチの店で使ってたようなヤツでいいわよね?」

「店と同等のは望めないと思うけど、あっちで普段使いするくらいの道具なら大丈夫でしょ」

「そうね。こっちの服は結構作りが荒いから十分売り物になるわね」

「お針子のレベルにもよるだろうけど」


 手持ちのゴールドが二〇万ちょい。

 一ゴールドが金貨四枚ほど価値があるというし、ドーンヴァースの銀行に置いてきた二億ゴールドが悔やまれる。


 店舗に戻る道すがら、トリシアの冒険伝説を聞いた。

 中々すごい。

 こっちだと身体の操作感覚とか傷の痛みとかあるので、ドーンヴァースのように戦闘するのはかなりの恐怖感を覚える。

 その所為でレベル相応の動きが出来なかったりする。

 多分、レベル八〇くらいの実力しか出せないと思う。



 ふと見るとトリシアが上空を見ている。


「どうしたの?」

「いや、何でもない。

 私は用事ができたので館に帰る。お前はどうする?」


 トリシアが口調がこっちのものに変わった。


「夕飯までに戻るけど、店の準備を進めて置くつもり」

「そうか、頑張れ」

「うん」


 トリシアが足早に帰っていく。

 シンジは商店や露店を覗きながらゆっくりと店舗に戻る。


 店舗の一階部分は仕事スペースでいいとして、二階部分は自宅兼事務所に使うかな。


 この店舗は本当に広い。

 ケントの館に比べれば本当に小さいが、標準的な日本の建売建築に比べたら四倍はある。


 掃除とか大変かも。

 これは雇った従業員に掃除も仕事にしてしまおうか。

 いやいや、家政婦さんを頼むのがいいかも。

 考えてみれば、お金はたっぷりあるしメイドさんを雇うってのもいいかもしれない。

 この世界、美人さん多いからなぁ……

 姉貴の容姿を見れば解るけど、二次元嫁レベルの美女がいる。

 二次元嫁を三次元化したらこうなるんじゃないかという見本だろうか。

 オマケにケモミミ美女までいる。


 美少女恋愛ゲーとアニメオタクのシンジには夢のような世界だ。

 そこでアパレル店の経営者なんてオシャレ系職業に就いたら、そんな美女、美少女にモテモテになれそうな気がする。


 ケントもあの超絶美麗姉貴を含めて美女をいっぱい侍らせているしな!


 シンジはそんな妄想を抱きながら、まだまだ足りない家財道具をメモしていく。



 数日後、斡旋所に頼んだお針子志望の面接が始まった。


 お針子志望で集まったのは一〇代中頃から後半くらいで全員女の子だった。

 四〇人以上もあつまったので、この中から一〇人選ばなければならない。


 順次面接していき、特徴などをメモに取る。

 面接が終わったのは夕方近くになってからだ。


 お針子経験者は四人いた。

 五年ほど実務経験を積んだ子が一番の経験者で、マリッサという名前で一九歳。

 なかなかしっかり者らしく、お針子のリーダーを務めさせてもいいかも知れない。オマケに巨乳だ。


 続いてお針子歴三年のポリアンナ、一七歳。

 少々生意気な感じだが、おしゃれに興味があるらしい。

 貴族のドレスなどを縫ってみたいと向上心は一番ありそう。


 二年経験している子が二人。


 一六歳のレティーナ。

 一五歳のアウレッテ。


 どちらも別のお針子工房を辞めてウチの店で働きたいという。

 この二人はお針子頭の女性に虐められているらしく、それに耐えられなくなっってウチが求人募集をしていると知り、二人で衝動的にやってきたらしい。


 斡旋所経由ではない飛び込み面接だったが、数少ない経験者だ。

 それと彼女らはトリエンでも寂れた農村からの出稼ぎ娘たちらしく、住み込みの寮みたいなところから逃げ出してきたって事で住むところがないそうだ。


 私物とかも置いてきているようだが、貴重なお針子経験者だし何とかしてやらねばならない。


 シンジは面接が終わった二人の少女を二階の余っている部屋へ連れていき休ませてやる。


「ここの部屋を使ってね。

 そのうち寮になりそうな建物を借りるから、そっちに移ってくれればいいよ」

「ありがとうございます!」


 レティーナとアウレッテは涙ながらに感謝の言葉を述べる。


 手をピラピラと振って部屋を出ていこうとしたシンジは足を止める。


「ああ、着替えもないんだっけ……

 ベッドに毛布もないし、お金渡すから買ってきてよ」


 シンジはインベントリ・バッグからケントに少し両替してもらった金貨を二枚ほど取り出してエンドテーブルの上に置いた。


 二人の少女は目を丸くしている。


「足りなかったらウチの店に請求を回してもらってよ」


 少女たちのいる部屋から今度こそシンジは退出する。


 やれやれ、まだまだ準備が必要そうだ。



 次の日、店舗に顔を出すとレティーナとアウレッテが店舗の外と中で掃除をしていた。


「あれ? 掃除道具あったの?

 買おうと思ってたんだけど、助かった」


 外を掃いていたレティーナがプルプルと首を横に振った。


「旦那様にお預かりしたお金で買いました」

「え? そうなの?」


 レティーナはコクリと頷く。


 この世界の物価が安いの舐めてた。

 木のテーブルや椅子を取り出して、ドーンヴァースのティーセットを取り出す。


「お茶入れるから休憩して」


 そういうとアウレッテが慌てたように近づいてきた。


「私が……」

「いや、いいって。キッチンはあっちか」


 キッチンに入ってシンジは途方に暮れる。


 マッチがない。

 ライターもない。

 そもそもコンロがないし、これはかまどってヤツか?

 かまどって……どうやって使うんだよ?


 などと混乱して思考がぐるぐる回る。


 コッソリとシンジを付けてきた二人の娘はそれを見て吹き出した。


「旦那様。台所は基本的に女の領分です。

 椅子に座ってお待ち下さい」

「あ、ああ、そうなの?

 それじゃお願いしようかな……あ、これお茶っ葉」


 お茶の入った袋を置いてシンジはそそくさとキッチンを出る。


 キッチンが女の領分ってのは解らないでもないけど、ケントはよく料理してるけどなぁ……

 彼が例外なのかな?


 それにしても、「旦那様」とか呼ばれるとムズムズするね。

 俺はシンジって呼んでもらっていいんだけどな。

 まあ「社長」って皮肉を込めて呼ばれるよりはマシだけど。


 この後シンジは数日間、雇ったお針子と共に店の準備をして過ごす。

 他の従業員が入ってくるのは二日後。


 それまでに作業場の支度が整うのか……シンジは内心の焦りを覚えていた。

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