第26章 ── 幕間 ── グリフォン騎士団副団長アーサー・ゲーマルク

 トリエンの領主の館から一頭のグリフォンが飛び立つ。

 その背にはルクセイド領王国グリフォン騎士団副団長アーサー・ゲーマルクの姿があった。


 アーサーはトリエンの街の上空をゆっくりと一度だけ回る。

 そしてその発展しつつある街を見下ろした。


「こんな小さい地方都市が大陸の中心か……」


 昨日までに見た光景が脳裏を過る。


 オーファンラント王国へやって来たのは一ヶ月前。

 最後の三日だけトリエンを訪問したわけだが……


「本当にとんでもない……」


 アーサーは思う。

 救世主に滅ぼされかけたというのに、既に大陸中央から西側に掛けた国々よりも安定した国家を作り出している。


 ケントには言ってないが、アーサーですら魔神動乱の事は知っている。

 その魔神の正体が救世主であった事を。


 ルクセイドに伝わる歴史書。

 バーラント共国の正史には当時の事が色々と書かれている。


 ルクセイド王国の前身、当時のバーラント共国に大陸東側諸国連合から大陸西方への侵攻に際し参加要請が来ていたそうだ。

 だが、共国はカリオス王国との政治的問題を抱えていた。


 グリフォンの好物は馬だ。

 その馬が牝だった場合、グリフォンは食する前に馬を犯す。

 犯した牝馬が食われずに生き残り、かつ妊娠するような奇跡が起こった場合、超レア獣「ヒポグリフ」が生まれることがある。


 このヒポグリフという獣は、ペガサスを使った騎士団を有するカリオス王国では聖獣と呼ばれる。

 ヒポグリフはグリフォンに似た獣なのだが馬は食べない。

 それどころかグリフォンの天敵ですらあるという。


 当時、そんなヒポグリフが二匹生まれるという事件が起きた。

 バーラントはすぐさまヒポグリフを殺すことを決定したが、その情報を聞きつけたカリオス王国が使者を送り反対した。


 カリオス王国とって聖獣であるヒポグリフが人の手によって殺されることは国の威信に関わる事だった。

 そして外交的手段を用いて時間を稼ぎつつ、カリオスはヒポグリフを強奪した。

 強奪事件は最初盗賊団の仕業と思われていたが、一頭のヒポグリフが逃げ出したことでカリオス王国の犯行が露見。

 両国の関係は一触触発という事態になっていた。


 そんな時期に別の対外戦争などに関わっている余裕があるわけがなかった。

 参加を断ったのはそんな経緯だったわけだ。

 その後何百年もカリオス王国とバーラント共国は小競り合いをする関係になったのだが。


 今思えば、そのお陰で魔神の怒りを買わずに済んだのは僥倖だったといえるだろう。

 当時の東側諸国は、ほぼ壊滅したのだから。


 その東側でこれほどの国が興っているとは想像もつかなかった。

 これもあの人物、ケント・クサナギ辺境伯の手腕によるもの。

 トリエンを目の当たりにして、アーサーはそう確信した。


 ケントが自覚しているのか解らない。

 だが、間違いなく大陸の中心としての力がトリエンにはある。


 伝説のアーネンエルベ魔導王国の再来となる可能性を否定する事はできない。

 最近までレリオンの迷宮の正体はアーネンエルベが作ったと考えられていたほどの文明なのだ。


 魔法道具の作成と運用。

 視察したゴーレムと工房を思い出してもアーネンエルベに匹敵するとアーサーは考える。


 あれほど簡単にゴーレムを作り出す技術は、ティエルローゼから失われて久しい。

 レリオンからアイアン・ゴーレムを手に入れたという報告が上がってきた時は、騎士団内で歓喜の声が上がったからな。


 ケントという存在をアーサーは本当に理解できない。

 出会った頃はただの人のいい冒険者だと思っていた。


 様々な状況や報告、証拠、実績を見て、ただの冒険者ではない事は解った。

 ケントと飲んでみて嘘を言う男ではないと判断した。


 実際、情報の中には貴族云々などもあったが、殆どが眉唾だと思っていた。

 しかし、全部真実だったわけだが。


 団長とアーサーの直感は間違っていなかった。


 オーファンラントの軍事力はルクセイドなど足元にも寄せ付けないだろう。

 いや、ルクセイドだけではない。

 フソウ竜王国、トラリア王国ですら太刀打ちできまい。


 まあ、バルネット魔導王国は解らんが。

 あそこは謎すぎる。

 魔法使いスペル・キャスターを大量に抱えているという噂だが、他国に攻め込むでもない。

 何か国の内側でゴソゴソやっているらしいが。


 隣国であるルクセイドは、貿易も行っているし、圧力すら掛けられた事がない。

 グリフォンの餌になる馬の輸入先はバルネットであり、レリオン産の魔法道具や武具などの主要な輸出先でもある。


 ケント曰く、何十年も前の領主が魔法道具文化を開花させた遺産を利用していると言っていた。

 しかし、それは嘘だろうとアーサーは考える。


 ケント自身は嘘を言っているつもりはないのかもしれないが、国王が自慢げに見せてきた空を飛ぶ自動馬車など聞いたこともない。

 オーファンラントという国でも初めて見るものだと王都の貴族も言っていた。

 あの小型の馬車がルクセイドのジョイス商会にも一台ある。

 一度、ジョイス商会に自動馬車の供出を要請したが、頑なに拒否された。

 さすがにジョイス商会を追い込むような事もできず、それ以上の要請はしなかったが。


 アーサーはカイロに幾つか火を灯し、腰や懐などに入れる。


 このカイロもケントが考案したものだ。

 これもたった数日で納品したという。

 あの工房があればこその偉業だろう。


 あのような工房を手に入れるなら、どんな国でも金を出す。

 いや、戦争を吹っかけてでもやろうとするはずだ。


 それを全く寄せ付けない軍事力!

 とても人類では太刀打ちできない。


 ワイバーンでも使役できれば別だろうが……

 いや、それも無理か。


 あのケント、そしてハリスと呼ばれる護衛は、ワイバーン・スレイヤーの称号を持つと聞いた。

 それどころか、魔族ですら殺しているという。


 魔族だぞ? 人間が相手をするためには軍隊ですら力不足の存在だ。

 ケントはそんな魔族でも誰もが知る存在……アルコーンを屠ったと聞く。

 魔軍参謀アルコーンなど、もはや神に比肩する存在じゃないか。


 もはや笑うしかない。


 ケントはレベル一〇〇だと苦笑しながら言った。

 これも本当なんだろう……


 そんな存在なのに地方領主?


 無欲すぎんだろーーー!!!! と心の中でアーサーは叫ぶ。


 望めば全てを手に入れられるだろうに。


 それともケントに欲しいものはないのか?

 いや、ケントはフソウの米が欲しいと言った。

 そしてルクセイドからフソウへ旅立った。


 そう、ルクセイドからだ……

 あのエンセランス自治領を抜けてだ。


 エンセランス自治領の成立は、フソウ竜王国も建国を追認した旨がルクセイドにも届いた。

 この事件にもケントは関わっていた。


 古代竜すら手懐けてるんだぞ?

 ありえない存在だ。

 もはや神レベルと言っていい。


 なんでそんな神レベルの存在が下界にいるんだ?

 神が放っておかないはずだろう?


 アーサーには全く理解できない。


 神々は一体何をしているのだろう?

 大陸の均衡を簡単に崩せる存在だぞ?

 いや、もう崩れているはずだ。

 神々が放置しているという事はケントを容認しているということか?


 ルクセイドは大陸中央部において大国と言われている。

 そのルクセイドを運営しているアーサーたちですら、もうオーファンラントは無視できない。

 竜と盟約を結び、王国に何かあれば古代竜が出張ってくるような国を無視などできるわけはないしな。

 いや、何よりもケントの領地トリエンこそが無視できない。


 そもそも無視とかそんな次元ではない。

 ご機嫌を伺う属国になる他ないのではないか?


 アーサーはデルフェリア山脈にグリフォンを向かわせる。


 しかし、オーファンラント王国は対等の同盟でいいらしい。

 無欲な国王だと思ったが、それもケントに倣ってのことかもしれない。


 どいつもこいつも理解不能だ。


 グリフォンに乗りながらアーサーはガシガシと頭を掻く。


「こいつはもう少し付き合い方を考えた方がいいかもしれんなぁ」

「クケ?」


 騎乗するグリフォンがアーサーに振り向く。


「いや、お前に言ったわけじゃない。ただの独り言だ」

「クケー」


 どうにもならんなぁ……

 時代の流れに身を任せるしかないだろうな。


 いや、オーファンラントと同盟を結べたんだ。

 今後のルクセイドは安泰だろう。

 こちらが不埒な事を考えない限り……神に比肩するケントが味方である限り。


 神々と比肩できる人間か……

 より強いよしみを結ぶ必要があるだろうな。

 さもないと時代の流れに乗り遅れる。


 神々がケントの存在を容認しているという事実が時代の新たな流れに他ならない。


 神々は力のある存在を神界へ招くという。

 だが神はそれをしていない。

 という事は神々はケントに下界を導かせるつもりなのかもしれない。


 ケントが導く新たなる時代か……


 いったいそれはどんな時代なんだろう。

 どう備えれば、流れに取り残されないようにできるだろうか。


 アーサーには解らない。


 いや、それが解ったら俺も神界に招かれるほどの存在になれるだろうよ。


 副団長アーサー・ゲーマルクは大空の眩しさ中で苦笑いを浮かべるしかなかった。

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