第26章 ── 第35話

 副団長が持ち込んだ巨人の果実酒は一本きり。

 なのに飲みに来たのが三人もいる。俺と副団長合わせて五人。

 とても最高級酒を飲むには人数が多すぎだ。


 仕方ないので各国で色々手に入れている地酒をインベントリ・バッグから出すことになってしまった。


 まあ、俺一人で飲むには量が多すぎるし問題はない。

 ただ、各地のワインなどは微妙に味わいが違うので料理で使うといい感じに味を変化させられるのであまり使いたくない気はしている。


 館の地下には酒の貯蔵庫があるのだが、ここのところ備蓄している酒が増えていると料理長から報告を受けているので、そこから何本も失敬してくる。


 行ってみると帝国産の酒が異様に増えていた。


 どうやら時々トリエンにやってくるアルフォートと一ヶ月に一度必ずやって来ているらしいローゼン公爵がお土産に持って来ているようだな。


 この棚に並んだ大量のバーボンの瓶は……

 ローゼン閣下の護衛として子爵……今は陞爵しょうしゃくして侯爵だったっけ?

 まあ、そのデニッセルが土産として持ってきているんだろうな。

 プルミエの基地で彼の出したバーボンを褒めたからねぇ。


 彼の生まれ故郷はトウモロコシの産地で地酒としてバーボンを作っているし、非常に美味い酒だから大歓迎ですけどね。



 応接室に戻ると副団長が酒瓶を必死に守っていた。


「待て待て! これはケントと飲むつもりで持ってきたんだ!

 お前たちに先に飲ませるわけにはいかん!」

「そう言われますな。ワシもその酒はまだ飲んだことがないのでな」


 暁月坊の魔の手が酒に伸びる。


 風の大精霊の魔の手から必死に防御しようと副団長は酒瓶を抱え込む。

 俺の仲間たちはそれを止めようともしない。


 そりゃ風の大精霊だしなぁ。

 仲間たちは彼の正体を知ってるし、誰も彼の行動には干渉しないだろう。

 何が起こるか解らんしね。


「おいおい、暁月坊。そのくらいにしておけ」

「おお、主様。もう戻られましたか」


 暁月坊はいたずらを見つかった子供のようにテヘペロ顔をする。


 暁月坊がそこまでやる巨人の果実酒ってそんなにすごいのか。


 俺は無詠唱、かつ魔法名も口に出さずショートカット欄経由で鑑定魔法を使ってみた。


『巨人の果実酒

 大陸中央、世界樹の大森林に生息する森の巨人たちが作る非常に芳醇な味と香りの酒。

 原材料はトレントの実』


 なるほど……例のトレントの実から醸造されてんのか。

 そりゃ貴重だわ。


 世界樹の森だけあってトレントが多く生息しているんだろうか。

 酒を作れるほどにトレントの実が手に入るんだから、そうなんだろうけど……

 でもそんなに実を貰えるもんかね?

 いや待て、森の巨人か……


 その巨人たちの中にはトリシアが言ってた『森の園芸師』をやってるヤツもいるんじゃないか?

 なにせ森の巨人なわけだしな。


 森に生きるエルフと同様に森に優しい巨人なのかもしれん。

 巨人だけに木の世話とかも楽にできそうですなぁ。

 そのお礼にトレントが実をくれるのかも。


 錆びた剣を抜いて治療してやっただけで俺も貰えたから。


「その酒、トレントの実から作られてるみたいだな」

「何だと!?」


 トリシアが真っ先に驚いた。


「それは……すごいな……」

「そ、そうなのか?」


 ハリスは理解できたみたいだけど、副団長はその貴重性に全く気付いてないようだ。


「ああ、トレントの実は非常に貴重なんだそうだよ」

「貴重なんてものじゃないぞ、ケント!

 女王が年に一回しか食べられないんだからな!」


 そういや、そんな事言ってたっけ?


「そういや、あの実……今の今まで忘れてた」


 俺はインベントリ・バッグからトレントの実を取り出してテーブルの上に置いた。


「で、デカイな!?」

「これがそのトレントの実。

 その酒のツマミにみんなで食べるか」


 大玉のスイカよりも大きいトレントの実に副団長は仰天する。


 俺は木皿を何枚か取り出し、トレントの実を半分切って人数分に切り分ける。

 残りの半分は、ここにいない仲間たちに後で分けるつもりなのでインベントリ・バッグに戻す。


「おお、いつ食後に出してくるかワクワクして待っていたが、酒のツマミで出てくるとはな」


 トリシアが非常に嬉しそうに手をこすり合わせている。

 なんかオッサン臭いです。


 こうして応接室は宴会場と化した。

 この酒宴は夕食時まで続いた。

 途中、街に出ていたマリスやグランドーラ、シンジたちも合流し、仕事を終えて帰ってきたエマやフィル、魔族たちも加わって非常に楽しいものになった。

 副団長は結構な酒豪のはずだったけど、仲間たちが合流する前に潰れてしまったのは言うまでもない。


 ちなみに、トレントの実の味だけど、パイナップルとバナナを足して二で割ったような味だったよ。


 そんな実から作られた酒も甘かったけど、喉越しはスッキリしてた。

 でも、飲みやすい割りに度数が高いみたいだね。

 副団長が簡単に潰れるんだからねぇ……


 副団長をメイドに用意させた客室のベッドに放り込んだのは深夜近くだったけど、まあ訪問先で酔いつぶれるって失態もいい経験でしょうな。


 一応、酒宴がお開きになった後、彼が乗ってきたグリフォンの様子を見に行ったらイーグル・ウィンドに睨まれて固まってた。


 主人が楽しい宴会をしている最中、ずっとイーグル・ウィンドに睨まれていたとしたら生きた心地がしなかっただろう。


「あんまりイジメるなよ。国のお偉いさんを乗せて長旅をしてきたんだ」

「主様がそういうなら……」


 イーグル・ウィンドは俺が諭すと副団長のグリフォンから視線を外した。

 グリフォンが俺に最大の感謝が籠もった目を向けてきたのは言うまでもない。


「すまんね、グリフォンくん。これはお詫びだ食べてくれ」


 俺はインベントリ・バッグから牛肉のブロックを出してグリフォンの前に置いてやる。

 結構大きい肉の塊を見たグリフォンは「ありがとうございます!」と鳴きつつ、カチカチと嘴を鳴らして肉をガン見した。


 俺が去るまで口は付けないつもりのようだ。律儀なんだかグリフォンの習性なのかはわからん。


「私にはないので?」

「お前、イジメてたじゃん」


 イーグル・ウィンドが催促してきたので少し躾してやろうと思ったが、こいつにも出してやらんと、また副団長のグリフォンくんをイジメるかもしれんのでしぶしぶながら出してやる。


「彼とは仲良くな。副団長が帰りの空で事故にでもあったら外交問題になる」

「解りましたよ」


 イーグル・ウィンドはそう言って肉に齧りついた。


 やれやれ。こいつは本当に躾しないといかんなぁ。

 ちょっと自由にさせすぎたかもしれん。


 ま、俺なりマリスがマジでキレたら一瞬で調教完了だから普通の躾はいらんとは思うが……



 翌日の朝、ゲーマルクはやっぱり二日酔いの頭痛に襲われてた。

 副団長をアナベルの魔法でシャッキリさせてから朝食を摂り、その後馬車で街に繰り出す。


「視察に来たんだから、アレは見ていくでしょ?」

「アレ?」

「ゴーレム部隊」

「マジであるのか……」

「俺は嘘は言わないですよ」


 もう何を見ても驚かないと言っていたはずの副団長だったが、ズラリと並ぶミスリルのゴーレム部隊を見てやっぱり驚いた。


「こ、これは……すごい……」


 視察があると聞いていたフォフマイアーが第一部隊と第二部隊の模擬戦訓練を見せてくれた。


 以前、見た時よりも練度が上がっているね。

 訓練などをしっかり熟している証左でしょうな。


「副団長、どうですかね?」

「前衛の部隊だけなら、グリフォン騎士でもやりあえそうな気はするが……」


 副団長は、グリフォンとゴーレムの戦いをイメージしているようだね。

 軍人なんだから麾下戦力でどう戦えるか考えるのは順当だろうし。


「後ろの二隊は厄介だ。ゴーレムが飛び道具、そして魔法を使うなど聞いたこともなかった。

 あれにはグリフォンでは対処しようがない。

 飛んでいるグリフォンにあの火弾が当たりでもすれば騎士は間違いなく死ぬ」


 空飛んでるからねぇ……重い鎧を着た騎士なら落ちて死ぬよね。

 セイファードのような魔法騎士マジック・ナイトだったなら飛行の魔法で無事だろうけど、そうそう魔法が使える者は生まれない。


 ひとしきりゴーレム部隊の訓練を見た後、昼食を挟んで今度は魔法工房の視察に副団長を案内した。


「ここがトリエンの心臓部といえるでしょう」


 魔法にはトンチンカンな副団長だが、この工房でも開いた口が閉じないほどに驚いていた。


「あんな子供がゴーレムを作っているだと?」


 エマが鉄製のゴーレムに魔法付与していたので遠巻きに見ていたんだが、付与が終わったゴーレムが動き出して、副団長は腰を抜かしかけた。


「彼女はエマ・マクスウェル女爵、この工房の魔法担当官です。

 見た目は美少女でですけど、彼女はハーフエルフなので、もう二〇歳以上の成人女性ですよ」

「ハーフエルフ!?」


 驚きすぎの中年騎士にエマは「フン」と鼻を鳴らしている。


「エマ。アイアン・ゴーレムを作ってるようだけど、どっかから注文が来たの?」

「そうよ。モーリシャスの大貴族みたい」


 とうとうゴーレム製造の注文が来るようになったか……


「一体しかいないようだけど……」

「バカね。今のアイアン・ゴーレムだとしたって、何十体も注文できる財力があるわけないじゃない。

 あの商業都市の大貴族でも一体手に入れるので精一杯でしょうね」


 そんなに高値なの?


「ちなみに……おいくら万円?」

「エン? 何その単位?」

「ああ、すまん。金貨でおいくら?」

「そうねぇ。交渉はクリスに任せてあるけど、金貨五〇万枚くらいかしら?」

「マジか……」

「マジよ。ケントの設計したミスリル・ゴーレムだったら、その一〇〇倍は吹っかけないと」


 マジで金のなる木ですよ……


 俺ってば、そんなゴーレムを五〇〇〇体も作ってたんだな。


 副団長はその値段を聞いて心ここにあらずといった感じになってました。


 すんませんね、副団長。自分でも驚きました。

 レリオンには一〇万枚で売ったけど、本来ならこのくらいの値段なのね。

 っつても、ルクセイド金貨だから、こっちだと二〇万枚ほどの価値になるんだけど。

 それでもお買い得だったに違いない。

 ま、野良ゴーレムで俺の工房で作ったもんじゃないし、その程度の値段でいいんだけど。


 それにしても魔法道具の作成は、完全にウチの独占にしといていいのかなぁ。

 利潤が半端ないんで、少々戸惑っちまうよ。

 まあ、他国に技術拡散するのは問題あるし、仕方ないっちゃ仕方ないんだけど。

 ここの設備はマジで複製不可能だし、たとえ出来ても金銭的問題があるだろう。


 あまり金を溜め込むのはやはり問題が大きい気がするので、もっと散財して経済を回すことにしようか

 楽園計画も建築資材やらドワーフの石工を雇うのに結構な金を放出しているんだけど、まだまだかも。


 オーファンラント全土の街道を石畳で整備したりするといいかもな。

 それとも、今後の事を考えて、ルクセイドあたりまでやっちゃうか?


 ま、そういう事をするなら国王に音頭を取ってもらった方がいいだろうな。

 領地持ちだとしても新興貴族が、何でもやってしまっては妬み嫉みが集まりそうだからね。

 やるなら裏で国王に資金提供してやってもらうとしましょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る