第26章 ── 第34話
「とんでもないな」
「とんでもないですか」
副団長のゲーマルクは呆れて口が塞がらない。
「ぶっちゃけるが、オーファンラントという国自体の印象だけだったら、ルクセイドが同盟を申し込むほどの国ではなかった」
「そうですか?」
「ああ。国は豊かだし、国土も広い。
冒険者ギルドという構想を打ち出した聡明な国ではある。
だが国土に反して軍事力は微々たるものだ。
ルクセイドが隣国だったら侵略支配も難しくはない美味しそうな国だっただろう」
ふむ。
一応オーファンラントは大陸東側では大国だが、魔神動乱の影響が少なかった国から見れば、そういう印象になるのだろう。
周辺国も荒廃した状況から建国したり立ち直ったりと似たような状況だったわけで、オーファンラントを侵略するほどの力はなかったって事だな。
「だが、トリエン地方という存在……いや、ケントという存在の所為で全く評価が変わってしまった」
「俺?」
「ああ。お前の存在を発端として評価をひっくり返すだけの力が見て取れる」
「まあ、あながち否定はできませんね」
俺は肩を竦めてみせる。
「自覚はあるようだな?」
「そうですね。俺が本気出したら、一人でも世界を崩壊させるなんて簡単でしょう」
「なん……だと……?」
大言壮語でもなんでもない。
「副団長がぶっちゃけてくれてるので俺もそうしますけど……
俺、今レベル一〇〇ですんで」
「レ、レベル一〇〇!?」
「そういう事です」
俺はそう一言だけ呟くように言い、副団長に多くは説明しない。
レベル一〇〇の存在とは神々に匹敵するレベルって事であり、俺の存在は神に匹敵するという意味と捉えてもらえればいい。
創造神の後継とか異世界人とかそういう話はする必要はないだろう。
「まあ、レベルが高いのは俺だけじゃないんですけどね。
仲間たちもみんなレベル九〇超えてますもん」
「一体……どうやれば……」
「神の一人が言ってたらしいんですが、通常の人類種ではムリっぽいですよ。レベル六〇くらいで頭打ちになるとかなんとか」
ハイヤーヴェルが意図して設けたルールなのかもしれないねぇ。
レベルで存在の枠を考えていたんじゃないかと思う。
放って置いてもどんどん増える人類種はレベル六〇くらい。
神や亜神的などの神話級の存在はレベル八〇とか一〇〇。
隙間の部分は強力なモンスターって具合かな?
こういう制限を設けておかないと世界の秩序が崩壊なんて事態になりかねないもんな。
そこを突破できるのが英雄とか伝説の存在なんだろうけど……
トリシアやハリス、アナベルはそういう存在って事だ。
マリスは元々古代竜だから、最初から神話級だけどね。
「脅威的すぎるぞ……」
「んー……あまり心配する必要はないですよ」
絶望的な顔をしている副団長を安心させるために俺は顔で言ってやる。
「何故だ……?」
「まず、俺はどこかを侵略するような事には手を貸しません。
それが国王の命令だとしてもですよ」
「臣下なのにか……?」
俺は笑って頷く。
「元々、国王は俺に王位を譲るつもりだったようです」
「何だと?」
「まあ、俺は王なんて面倒な立場を押し付けられたくないので断りました」
副団長は何を言っているんだという顔だ。
「そもそも国の運営なんて面倒事を抱えたら自由時間がなくなるじゃないですか」
「それは仕方ないだろう。為政者とは忙しいものだ」
いつも仕事を抱えまくっている副団長は当たり前だという表情だ。
だが、俺はそれを真っ平御免と仕草で伝える。
「俺は自由に冒険したいだけなんですよ。
知らない土地、知らない人々。
そんなものに出会える冒険が面白くて仕方ない」
「意味がわからん……」
副団長は混乱気味だ。
「前にも言いましたよね。俺は冒険者からの成り上がり者なんです」
「冒険者なんていう少ない報酬で死と隣り合わせの危険な仕事をしたがる者なんていない。
普通はそうでしょう」
俺はプレイヤーだ。
転生前は死んでもちょっとしたペナルティで自動的に生き返る……まさにゲームとして冒険を楽しんでいた。
「でも世の中には変わり者がいるもんなんです。
一攫千金? 名声? 確かにそれを求めて冒険者になる者は多い。
冒険自体を目的とするなんてありえない」
だが、転生者は冒険やプログラムに組み込まれた
それが転生したからと言って変わるもんじゃない。
だって、転生したプレイヤーは全員高レベルのプレイヤーで死とは程遠い。
「軍人にもいるでしょう?
軍事組織の指導者である副団長は頷いた。
「それと同じですよ。
冒険なしでは生きていけません。だから俺は旅をする」
ま、俺はゲーム狂なんですけどね。
「そこに軍事的意味なんてありません。
領地の運営なんて面倒事は他人に任せて……
俺は知らない土地の文化、風習、歴史、料理なんかを見て、聞いて、食べて楽しむってわけです」
副団長は呆気に取られたような顔でポカーンとしている。
「俺がゴーレム部隊を作ったのも、古代竜を連れてきて盟約を交わさせたのも、世界の裏で暗躍していた魔族を倒したのも、コレが理由でしょうかね」
「全部本当……らしいな」
俺の満面の笑みを見て副団長が呟く。
「ええ。全部本当で、本気で言ってますよ」
副団長は力が抜けたようにソファに身体を投げ出した。
「本当にケントと話しているとバカらしくなる」
「そうですか?」
「俺とは思考からして違う。
俺は対峙する相手の行動、発言には必ず裏があって、自分の利益のためにやっていると思って対処するんだ」
副団長は深く息を吐く。
「俺も自分のやりたい事をやってるだけなんですけどね」
「いや、なんというか……どう言葉にしていいのか解らんのだが……」
副団長は少し考える。
「あれか……価値基準というのか?
良い女を抱く、美味い酒を飲む。その為に人は金を欲しがったり、権力を欲しいと思うものだ。
だが、ケントは違う。
殊の外、生きるという意味で金や権力を欲してない。
普通の人間とは行動原理……価値基準が違う気がしてならない」
まあ、異世界からの転生者ですしな。
育った環境も文化も何もかもが違う。
俺の価値基準は日本で生まれ育った時に培われた。
それを基準として俺の人生で生きていく術を覚えた。
日本は基本的に平和で命の危険とは程遠い場所にあった。
ちょっとだけ海外で生活した経験からも本当にそう思う。
どこからも銃弾は飛んでこないし、裏路地に危険な暴漢もいない……
夜道を一人で歩いていて襲われない国なんて世界には殆どないんだよ。
そんな世界の出身だから、身の危険に備える事が常識の人々とは多分無自覚のレベルで平和ボケしてるんだよ。
幼少の頃は家庭内での虐待や学校でのイジメなどを経験したが、海外で経験した命の危険というものと比べて直接的危険とは言い難い。
もちろん虐待による子供の死なども世の中に存在するので、俺の状況はまだ恵まれていたのかもしれないとも思う。
まあ、金にも不自由はしなかったし恵まれていたのだろうな。
そんな平和ボケ日本人たる俺が、弱肉強食で生きるのも困難な世界に放り込まれたら、普通なら一瞬で死ぬよな。
でも、僥倖か、神の采配というべきか……
強靭な肉体と技能を与えられた状態で転生した。
そりゃゲーム感覚で冒険三昧になりますよ。
それをできるだけの力があるんだから。
「ま、それは否定しません。
行動に繋がる価値基準は全く違うでしょうね。
俺の行動原理は、俺の価値基準……好きなこと、やりたい事を阻害する要因には全力で当たるという事です」
副団長は微妙な顔だ。
「国……お前の場合は領地か。それの運営はお前にとって邪魔なんだな?」
「そうですね。
金に困らないってのは好きなことをするのに重要なので、運営自体を放棄するつもりはなかったですけど。
なので任せられる信頼のおける部下を得るのは必須事項でしたね。
今、副団長が後進の方々を育てている理由と一緒ですよ」
ハッと副団長が目を見開く。
「なるほど! そういう事か……」
副団長はさらにグテッとソファの背もたれに身体を任せる。
「俺も一日中酒に溺れる生活をしてみたい」
それはオススメ出来ませんぞ、副団長!
「酒で身を持ち崩す未来しか見えない気がする……」
「普通はそうなるよな?」
「確実にそうなりますねぇ」
「酒は高いし、飲みすぎるのは身体にも良くない。解っちゃいるんだ。
懐にも身体にも悪いものが好きなんてなぁ……
でも辞められない」
副団長は「ハハハ」と短く笑う。
「辞めたいんです?」
「いや、辞めるつもりは毛頭ない。
酒は俺にとってお前の冒険に匹敵する」
そこまでかい。
見ていると腰の後ろに隠していたらしい酒瓶を副団長が引っ張り出した。
「巨人の果実酒」
何だそれ?
「酒飲みが手に入れるためなら金を一山積み上げると言われている幻の酒だ」
「へぇ……珍しいんですか?」
「珍しいなんてもんじゃない」
バカを言うなと言わんばかりの強い否定の色が副団長の顔に浮かぶ。
「手に入れるには、命の危険を賭して世界樹の森に分け入らねばならないほどの物だ。一樽で金貨一〇万枚は下らない」
それって……アイアン・ゴーレムほどの金額なんですけど?
そんなに高いお酒なんだろうか?
「今日はお酒自慢に来たわけですね?」
「いや、これをお前と飲みに来たんだよ。
もちろんトリエンという都市を視察させてもらうのが建前だし、本来の目的だ。
でも俺はこの手に入れた幻の酒をお前と飲みたかったんだよ」
「では、私もご相伴に与ろう」
ガチャリと扉が開いてトリシアが入ってきた。
「俺も……だ……」
ハリスもいました。
「主様。私もいいですかな?」
いつの間にか暁月坊こと風の大精霊シルフィードが後ろに!?
俺も驚いたが、副団長がビックリして酒瓶抱えて目を丸くしていますよ。
「お前ら、どこから聞き耳を立てていたんだよ!?」
「最初……からだな……」
「グリフォンが飛んできたのが見えたからな。
すぐに館に帰ってきた」
「私は……」
暁月坊はずっと俺の隣りにいたに違いないなので視線で黙るように命じた。
やれやれ。
暁月坊はともかく、俺の仲間はそれほど酒飲みじゃないはずなんだが。
彼らですらやってくる程の美酒って事かもしれないな。
なら美味いおつまみが必要になるかもしれんな。
つい先日、大宴会したばかりだというのに、今日も宴会になるんですかね?
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