第26章 ── 第33話

 食事後、マリスとグランドーラは、館で生活できるように服や日用雑貨を買いに街へと出かけていった。

 アラクネイアも付いて行ったところを見ると、情報局に顔を出させるつもりなのかもしれない。


 グランドーラは、できるだけ早く人間世界に慣れたいそうで館の滞在期間を長くとりたいと言っていた。

 俺は一向に構わないし、館の使用人も人外の対応に慣れているから問題ないだろう。


 執務室で溜まった仕事を処理しているとリヒャルトさんが来客の知らせを持ってきた。


「来客? まさか、また国王とか言うんじゃないだろうね?」

「いえ、アーサーだと言えば解ると……立派な鎧を来た騎士のようでしたが……」


 騎士のアーサーだと?

 ん? 誰だよ。

 もしかしてペンドラゴン?

 エクスカリバーの持ち主っぽすぎる名前だな。


「ふむ。覚えてないけど応接室に通してくれ」

「畏まりました」


 俺は仕事を一段落終えてから応接室に向かう。


 扉を開けると、ソファにゆったりと座った見たことのある人物が座っていた。


「副団長!」

「おお、ケント。寛がせてもらってるぜ」


 寛ぎすぎだが、それは良しとしよう。


 鎧を脱いでソファに座っていたのはルクセイド領王国グリフォン騎士団副団長のゲーマルクだった。


「あれ? 副団長ってアーサーって名前だったの?」


 副団長はズッコケて持っていたお茶のカップを取り落しそうになる。


「おいおい……忘れてたのかよ。アーサー・ゲーマルクって名乗ってたはずだぜ?」

「すんません。副団長って呼んでたので、そっちで覚えてました」


 副団長は苦笑い。


「それにしても、遥々オーファンラントまで遊びに来てたんですね?」

「遊びじゃねぇ! 仕事だよ!」


 いや、異国の酒をご所望の物見遊山だろ?

 俺の疑り深い目は見抜いているのだ。


「まあ……いや……ご当地の酒を買い込むのも目的だが」


 俺のジト目の凝視でゲロったね?


「最初からそう言えばいいのに」

「ま、建前ってのは重要だからな」


 ゲーマルクは横を向いて音も出ない口笛を吹く。


「まあ解りました。そういう事にしておきましょう。

 それでルクセイドの運営は大丈夫なんですか?

 副団長がいないと団長がサボりかねませんけど?」

「大丈夫だ。今、後進を育てているところでね。

 俺が居ない時にしっかり運営ができるかどうか試験させているんだ」


 へぇ。ルクセイドも結構変わったのかね?

 ティエルローゼでも官僚制度が最も進んだ国だし、トップの不在で何も決定できないなんて事になったら大変だと気付いたのかな?

 団長があんなだから、運営の方針や決定などは副団長が一手に引き受けていたらしいからね。


「で、どうですか? オーファンラントは」

「凄いね。よもやドラゴンと同盟を結ぶとは思わなかった」


 副団長は苦笑いで肩を竦めた。


 そういや式典にいたな。

 式典の出席が認められたのは他国への周知の一環だったんだろうけど、びっくりしただろうなぁ。


「ま、仲間に旧知の仲のヤツがいたもんで」


 俺も笑顔で肩を竦める。

 それを見た副団長は呆れ顔になる。


「ケントが突出して凄いだけかと思ったが、お前の仲間も凄いヤツばかりだったってわけか」


 俺は頷く。


「大陸の東側諸国ではトリシアの方が有名ですよ。

 一〇〇年くらい伝説の冒険者として不動の名声を轟かせていますからね」

「あの端麗なエルフ殿か」


 中身は悪餓鬼ですけどねぇ。


「ハリスも凄いですよ。

 竜王国では崇拝対象になりかけてますね」

「あの野伏レンジャーどのが?」

「ええ。今、パーティの中では一番強いんじゃないですかね?」

「ケントよりもか?」

「うーん。あのトリッキーさは中々厄介でしょうね。

 俺も苦戦すると思います」


 副団長は目を見開く。


「目立たない男だったのは記憶しているが、そこまでとは……

 竜王国で崇拝対象ってのは何の事なんだ?」

「彼はある職業の流派ってんですかね。

 その流派の開祖として崇められ始めてますよ」


 ハリス流忍法は元からあったハイエルフの忍者感を打ち壊した。

 そして御庭番たちの修行にも取り入れられている。


「流派か……凄いな。我が国にも取り入れたいものだ」


 ルクセイドは騎士国家だからなぁ。

 なかなか難しいのでは?


 それにしても根堀葉掘り聞きますな。

 ああ、同盟国の情報収集も任務って事かな?

 まあ、軍事機密でもないし俺は全く構わない。


 それにここに訪問してくる事は国王も承認済みの事だろう。

 じゃなきゃ、あのフンボルト閣下がオーファンラントの最重要地域になりつつあるトリエンへの訪問を外交使節に許すはずがない。


 視察の受け入れイコール示威行動って事だ。


盗賊シーフ野伏レンジャー系の職業流派ですから、騎士団に取り入れるのは難しいでしょうね。

 どちらかというと冒険者向きですよ」

「冒険者か、なるほど」

「そういえば、ルクセイドの冒険者ギルドは上手く行っていますか?」

「ああ、あれは素晴らしい。今まで別のところに使っていた軍事費が違う部署に回せるようになったおかげで、飼育しているグリフォンを増やすことができるようになった」


 おお、グリフォン大量飼育か!


 ルクセイドのグリフォン騎士が増えるという事は、ルクセイドの軍事力の増強に他ならない。

 現代戦においても制空権を確保することは戦闘で勝利するためには絶対欠かすことのできない事なのだ。

 ましてや航空戦力が全く存在しないティエルローゼで、どれほどの軍事的アドバンテージなのかは計り知れない。


「今では首都グリフォニアにも支部が作られているよ」


 俺は嬉しくなってニッコリと笑う。


「それは良いことですね。市民たちの安全が守られるのは国にとっても素晴らしいですよ」


 俺が本心で言っているのが解ったのか、副団長は一瞬目を見開いてからまた苦笑する。


「お前は相変わらず裏表がないな」

「ん? そうですか? 俺も結構腹黒いですけどね」

「いや……」


 副団長は少し複雑な顔をしたが、何かを振り払うように首を横にふる。


「まあいいか。

 腹の探り合いなどケントには意味がない」


 副団長はいつもとは違い真面目な顔になる。


「俺がオーファンラントに使節団を率いて来たのは、オーファンラントの品定めをするのが目的だ」


 ええ。気付いてましたよ。


「軍事力、政治力、そして経済力。

 収集できる情報は何でも仕入れるつもりで来た」

「そうでしょうね」

「やっぱり気付いてたか」

「もちろんですよ。ルクセイドは軍事国家だし、俺が冒険者ギルド構想を提案したとき、団長も副団長も最初は難色を示したじゃないですか」


 自分たち以外の勢力の武力を第一に心配する。

 軍人によくいるタイプですもん。


「軍の運営で最も大事なのは敵になりうる勢力の情報。

 俺も情報は逐一集めていますからね」


 副団長は頷く。


「お前が冒険者として世界各国を回っていた理由だろう?」


 ギラリと副団長の目が光る。


「あ、いえ。そうじゃないです。俺は竜王国の米が欲しかったので西側に旅してただけなので……」

「米……? フソウの穀物が理由だと?」

「そうです。俺の故郷の主食ですね。

 米のない食生活など日本人には考えられない。

 米を手に入れるためならば、俺はどこにだって行きますよ」

「それだけ?」

「それだけですね。あ、あと醤油と味噌。コレも大事」


 副団長は呆れた顔をする。


「戦闘糧食の確保は軍事の重要案件の一つだが、特定の品に拘ると兵站に支障がでるもんだが……」

「いや、拘りますよ。俺ら日本人は、こと食に掛けては偏執的パラノイアチックですからね」

「日本人……? お前はオーファンラント人ではないのか?」

「あー、民族的な話ですよ」

「そう言えば、お前はこちらの人間とは違う顔立ちだな。フソウの人間の特徴を備えている気がする」

「そうですね。フソウの人たちと顔貌かおかたちは似ているかもしれませんね」


 俺はドーンヴァースでキャラを作る時、ベースになる顔を自分の顔のスキャンデータのまんまで作ったからね。

 通常はVRギアで読み取った自分の顔データをいじって美形化するのが普通らしいけど、俺は面倒でそのまま使ったから。


「やはりフソウ出身なのか」

「いえ、俺はフソウとは全く関係ないですよ」


 嘘は言っていない。

 俺は転生者だしねぇ。


「あの眼鏡美人と金髪美少女も凄いのか?」


 唐突に話題を変えてきたので一瞬誰の事かと思ったが、アナベルとマリスの事だね?


「ああ、アナベルとマリスですか。

 あの娘らも凄いですよ」

「マジで?」

「マジですね」


 国が示威行為として副団長の訪問を許しているなら隠す必要もない。


「眼鏡っ娘のアナベルは、女神マリオンの神託の巫女オラクル・ミディアムです。

 マリオンからの寵愛も深くて、よくマリオンが顕現してましてね」

「神が顕現だと!?」

「ええ。俺も何度か見ました」

「戦いの女神が味方なのか……」


 驚きすぎて副団長はゴクリと喉を鳴らした。


 まあ、最近俺の周りでは降臨フィーバー過ぎて有り難みもあったもんじゃないが。

 顕現なんてのはまず起こらない珍しい現象だし、神託の神官オラクル・プリーストだって希少度が半端ない。

 数十万人に一人って割合だとか聞いた気がする。


「それからマリスですが、彼女は古代竜です」

「は?」


 副団長が間抜けな声を漏らす。


「だから古代竜ですよ。彼女はニーズヘッグ氏族の一つ、ニズヘルグ一族の末娘らしいです」

「ニーズヘッグだと!? 破壊の黒竜だぞ!?」

「へぇ。ニーズヘッグ有名なんですねぇ」

「ルクセイドの前身……バーラント共国を知っているか?」


 俺は頷く。

 何度か名前は出てきてるルクセイドの元になった国だ。


「バーラント共国ができる前にあった国を滅ぼしたのはニーズヘッグだと伝承には残っているんだ。

 それ以来、今のルクセイド周辺の国はニーズヘッグを『破壊の黒竜』として言い伝えるようになったんだ」


 ほう。あの迷宮の管理事務所の受付がマリスの名字を見てバカにしたような反応をしたのはそういう下地があったわけだ。

 なるほど納得した。


「ニーズヘッグがケントの仲間だったとは……

 迷宮でアイアン・ゴーレムを仕入れてくるなんて荒業ができたのも納得だな」


 ん? あのゴーレムはそんなにレベル高くないし楽勝だったけどな?

 まあ、いいか。

 それで納得するなら、それはそれで。

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