第26章 ── 第32話

 ドラゴン飛来イベントを王都でやってから、俺はすぐにトリエンに戻ってきた。

 魔法門マジック・ゲートは本当に便利魔法です。

 途中でグランドーラと合流して彼女も一緒に館へ戻る。


 もちろん、もうドラゴン形態じゃなくて人型だよ。


「グランドーラ、王都はどうだった?」

「昔よりも大きくなりましたね。街の周囲がますます広がっていました」


 門外街の事だな。

 あの辺りは無法地帯に近いから俺も足を踏み入れた事はないんだよね。


「ありがとうね、グランドーラ。

 これでオーファンラントも安心だよ」

「そうなのですか?

 それにしても……あの人間たちはみんな恐怖に強張っていました。

 まるで五〇〇年前の魔神の時代の頃のようでした」


 そりゃねぇ。

 ドラゴンが城壁に降り立ったんだから怖かっただろう。

 恐怖に引きつるくらいは多めにみないとね。


「少々漏らしていたみたいです」

「は?」

「我らドラゴンは嗅覚が鋭いので……」


 グランドーラじゃあまり変わらない表情を少し崩した。


「そういう事は秘密にしておいてやるもんだよ。

 貴族にとっては恥でしかないからね」

「畏まりました。未来永劫、その事には口を閉じましょう」


 俺は頷いて入り口の扉を開ける。


「お帰りなさいませ、旦那様」

「ああ、ただいま」

「お食事の用意が出来ております。もう皆さまもお集まりです」

「ああ、ありがとう」


 そう言えばもう昼ごはんだね。


 ドラゴン飛来イベントは朝からだったんだけど、ドラゴンとの盟約を結ぶという儀式がかなり時間掛かったんだよね。


 城の中庭にグランドーラが下りて人化した時には、周囲の近衛がどよめいたのが面白かったね。

 素っ裸の美少女になるんだから理解できるけど。

 もちろん、すぐに俺が服を着せたけどな。


 その後、ウルドの神殿から神官プリーストが呼ばれたり、色々と堅苦しかったね。

 一応、国としては書状として盟約を残したかったって事で、祭儀のような堅苦しい行事になったわけだ。


 これでオーファンラントは竜と盟約を結んだ国として周辺国に認識される事になった。


 何故かその儀式の端にルクセイド領王国のゲーマルク副団長が居たんだよ。


 ゲーマルクのおっさん、とうとうオーファンラントまで遊びに来やがったわけだよ。

 まだ同盟を結んだばかりだというのに、国をほっぽり出してオーファンラントまでやって来るとはねぇ。


 実務の副団長がいなくてルクセイドは大丈夫なのか?

 あの団長だけだと色々心配なんだが。


 食堂に入り上座へ座る。


 既に仲間たち、クリス、エマ、フィルは自分の席に着いている。

 グランドーラはマリスの横の席に座った。


「王都はどうだったんだ?」


 トリシアがいつもの悪餓鬼っぽい表情でニヤリとする。


「いやぁ、みんな緊張してガチガチだったみたいだよ」

「そりゃそうだろう。アルシュアの竜がお出ましだったんだからな」

「私は別に怖がらせるつもりはなかったのですが?」


 グランドーラがそういうとトリシアは肩を竦める。


「そういう事じゃない。

 普通、我々人間はドラゴンが前にいたら恐怖に震え上がるんだよ。

 今みたいに人間の姿ならともかく、本来の姿だったんだろう?」


 グランドーラは頷く。


「私もお前の前に立った時は竦み上がりそうになったもんだ」

「ああ、貴女はあの時襲ってきた冒険者の一人でしたね」


 グランドーラにそう言われ、トリシアは無意識に右の義手を撫でているようだ。


「ま、そういう事だ」

「その腕は治さないのですか?」

「治すつもりはないさ。自分の無謀の証としてこのままにしているんだ」


 なんとなくギクシャクしているな、この二人は。

 グランドーラが、というよりトリシアがだろうけど。


 ま、何十年も前の確執なんだろうけどね。

 今、トリシアとグランドーラが戦ったら、多分トリシアが勝つけどね。


 今、グランドーラはレベル四七。

 レベル九〇を超えるトリシアの敵ではないだろう。

 当時のトリシアはレベル四〇程度だし、ドラゴンと戦うのは無謀極まりないもんな。


 ちょっとギクシャクした雰囲気を打開するために俺は話題を変えた。


「シンジはどうした? 今日はいないみたいだけど?」

「弟は今、街に出ている。物件の下見だな」

「物件?」

「ああ、店を出す予定なんだよ」

「へぇ……何の店?」


 トリシアはニヤリと笑う。


「あっちの世界で私が起こしたブティック・マリアのトリエン支店さ」

「マジか」

「うん。シンジには私の起こした店を任せていたから、こっちでもその経験を生かしてアパレルの仕事をさせるつもりなの」


 あっちの世界の話をする時、トリシアは女っぽい口調になる。


「それはシンジが望んでるの?」

「そうね。街を色々案内してたら服屋で足が止まるのよ。

 やっぱり残してきた店が気になってるみたいなの」

「そりゃ、俺みたいに現世に何の未練もないヤツとは違うだろ。

 ま、現実世界と連絡を取る方法は確立してある。

 トリシアも気になるなら連絡を取ってみてもいいよ」


 俺がそういうとトリシアは首をかしげる。


「ティエルローゼと現実世界を繋げた……?」

「ああ、メールくらいだけどね」

「凄いな!」

「いや、ほら。この前やったろ? ドーンヴァース。

 あの世界からなら外にメールを出せるんだよ」


 トリシアは「ああ」と漏らす。

 思い出したらしい。


「あれはゲームの世界と言っていたな。

 なるほど……そういう事もあそこならできるのか……」


 トリシアは何か考えている。

 ま、死んだ人間からメールが届くとか……ホラーやら怪談じみた事になるのでなるべくやって欲しくはないんだが。


「ご飯じゃぞ。いつまで無駄話をしておるのか!」


 腹を空かせたマリスが癇癪を起こし始めた。


「ああ、済まない。早速ご飯にしよう」

「うむ。ケントは素直じゃから我は好きなのじゃ」


 マリスはすぐに癇癪を引っ込める。


 現金なやつだ。


 今日の昼ご飯はパスタだ。


 チーズとベーコンたっぷりのカルボナーラ。

 シーザーサラダに白パンだ。


 皿に山盛りに盛ってくれるのはありがたいが、コッテリなカルボナーラだけだと味が単調になるな。

 タバスコとかあったらいいのに。


 見ればグランドーラは目の前のカルボナーラに目を白黒させている。


「こ、これはどのように食すものでしょうか……」

「グランドーラ、これはじゃな。コレを使うのじゃ。コレじゃぞ。先が幾つにも割れておる匙じゃ」

「いや、匙じゃない。フォークといえ」


 グランドーラの世話はマリスとトリシアが見てくれるので安心ですな。


「ふむ。フォークか。これをこのように持つのじゃ」

「このように……」

「そして、こうじゃ!」


 マリスはパスタにフォークを突き刺し、くるくると回す。

 グランドーラはそれを興味深げに見る。


「見てみるのじゃ。こうするとこのようにフォークとやらに絡まって口に入れやすくなるのじゃな」


 持ち上げたパスタをマリスはうまそうに口に入れる。


「うむ。さすがケント直伝じゃ。ミミズの踊り食いのようじゃろ」

「食欲が……無くなる事を……言うな……」


 ハリスが憤慨する。


 確かに。


「人間はミミズを食べたりしないからな」


 俺がそういうとハリスだけでなくクリスも頷いた。


「ミミズは土地を耕す。

 農業地帯では非常に有益な生き物なんだよ。食べたりしたら勿体ない」


 え!? そういう理由!?


 というか勿体なくなかったら食べるんか?

 いやいや……

 確かに現実世界でもミミズを煎じて飲むとか漢方的な使い方があるとは聞いているが、文明人のすることじゃないわな。


 現実の記憶とティエルローゼの記憶が混在しているトリシアは、微妙な顔つきになっている。

 ま、彼女は現実でも女性だったんだし、ミミズは好きな部類じゃないとは思うが。


「あっちの世界でもミミズを食べる地域はある。

 私もそういった地域を回っていた時に食べたことがある」


 トリシアが自分の経験を悪餓鬼の表情で宣う。


 うげぇ。あんたホントに女だったのか?

 俺には考えられない。


 ただ、ミミズが益虫なのは納得している。

 確かイギリスがそんな研究をしていたはずだ。

 生物濃縮とか言ったっけ? 

 ミミズは有害な重金属とか農薬にも耐性が高くて、汚染土壌を正常に戻してくれるとかなんとか。

 あまりミミズは好きじゃないので詳しくは知らないけどね。


 というか、パスタを食べている時にそういう話は本当にしないでほしい。

 ラーメンだったか、うどんの時も似たような事言っていた気がするので、今度ちゃんと注意しておいた方が良さそうだな。


 当のグランドーラはマリスの説明を忠実に守ろうとパスタとフォークに悪戦苦闘している。


 食べ終わった頃には口の周りと服の胸の部分をベッタリと汚していたけど。


 優等生風に見えるグランドーラだが、人間の生活様式や風習は全くしらないようだね。

 そのギャップが萌え要素になる大きいお兄さんもいるかも知れないね。

 マリスが甲斐甲斐しく世話をしているのも面白いしね。


 マリスはお姉さんキャラじゃないけど、動物の配下や孤児院の子供などの面倒見は非常にいいからな。

 マリスにとってグランドーラは世話焼き対象なのかもね。

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