第26章 ── 第29話
俺はグランドーラに幾つか提案してみることにした。
彼女は親友のブリュンヒルデとの約束を未だに実行している律儀者だ。
彼女と色々と約束が交わせれば、オーファンラントの国益を確保できるのは自明の理だろう。
ただし、トラリアとヤマタノオロチのように後年約束を反故にするような事にならなければという条件が発生することになる。
この場合、大抵は人間側に原因が発生するだろうし、トリエンに害が出なければ俺の感知するところではない。
「グランドーラ、いくつか俺たち人間から提案をしたいと考えている。
俺たち人間が叶えられそうな望みがあれば聞きたいんだが?」
「それはどういう意味でしょう?」
小首を傾げるグランドーラは年相応に見える。
「そうだなぁ……
欲しい物とか、して欲しい事などかな?
食べ物の動物、金銭や宝石などを用意するなら容易いと思う」
「ではこの地域が荒廃すること無きように。そうして頂ければ結構です」
話が噛み合ってない。
「いや、そういう意味ではなくて……」
俺は頭を悩ます。
グランドーラを利用するのは国益のためだし、それが巡り巡ってトリエンの安穏に繋がると思うからだ。
そしてグランドーラの望みは国が荒れたり、戦争や内紛が起きなければいいということらしい。
大きく見れば望みは一緒だよね。
これでは話が成り立たない。
彼女の望みは、国母たるブリュンヒルデの望みの延長だ。
彼女自身の望みとは思えない。
だが、グランドーラは自分の望みを口にしない。
もっと打ち解ける必要があるのか、壁が目の前に見える気がする。
もしかしたらグランドーラも俺と同じようにコミュ障なのかもしれない。
マリスもそうだが、俺の知るドラゴンたちは自分の欲求に非常に正直だ。
ヤマタノオロチは酒とツマミと戦闘。
エンセランスは研究や知識、そして料理だった。
テレジアも研究肌で工房の仕事に興味を持っていた。
ベヒモスも戦闘大好きだったよなぁ……
このように望みが判りやすい存在とは交渉も楽なんだけど、グランドーラみたいに本心が読みづらいと、どう交渉するべきか悩む。
簡単な話なら「国の荒廃はさせないから、王国に関わるな」などという提案だと一瞬で終わるが、それでは元も子もない。
ん? 待てよ?
今、思い出したんだが、テレジアとベヒモスがリカルド国王と約束してたよな?
なんだっけ……
船の航海に関してと、ドラゴンがちょっかい掛けないとかじゃなかったか?
俺は念話でベヒモスを呼び出す。
「おお、ケント。今、ワシは神界から地上に帰ってきたばかりで眠いんだが。
なにか用事か?」
眠い時のドラゴンは怒らせてはならない……
某世界初のTRPGを遊んでいた時の教訓だ。
しかし、リアルに眠いドラゴンと会話する機会が訪れようとは思わなかった。
「以前、ウチの国王と約束してたよね?」
「ああ、覚えておるぞ」
「グランドーラがトリエンに降りてきているんだが?」
ベヒモスが「むう」と短く唸る声が聞こえた。
「しばし待て。ふむ……そこか」
そういうのが聞こえるやいなや、俺の横の空間にピシリとヒビが入った。
ヒビが割れて指が見えたかと思うと、空間の亀裂を無理やり開くように力が入り人間時のベヒモスの顔が見えた。
「よっこいしょ」
空間に穴を開けて移動するなよ……
ウルドにも言われてただろうが。
ベヒモスの気配を感じてか、周囲をウロウロしていたアースラがやってきた。
「お前、また空間を無理やり繋げたのか」
アースラも頭を抱える。
他の仲間たちは別に気にも止めてない。
ベヒモスならやりかねないと思っているのだろう。
しかし、マリスは大ハッスルだ。
「うぉー! おじじよ! その技を我にも教えてたも!!
何かすごくカッコ良い気がするのじゃ!」
亀裂から出てきたベヒモスにマリスはよじ登る。
マリスって良くよじ登るよねぇ。俺も数え切れないほど登られている。
世界最強の生物に平気でよじ登れるのは凄いなぁ……
ベヒモスは戦闘狂なのに温厚だから大丈夫だろうけどね。
俺の横でグランドーラが目を丸くしている。
「ニズヘルグのお祖父様……?
いえ、気配が違います……一体どなた様に登っているんですか、マリソリアさん……」
さすがのグランドーラも大地の秩序を護るベヒモスには会った事はないようだ。
マリスもこの前会ったのが初めてらしいから当然か。
「ケント、グランドーラはどこだ?」
マリスを肩車しているどう見ても格上の存在らしい謎の人物に自分の名前を呼ばれてグランドーラは固まってしまう。
彼女の人生で自分よりもレベルの高い存在など殆ど登場しなかっただろうし、その緊張は解る気がします。
「ああ、こちらの美少女がグランドーラね。
元の姿だと周囲が怖がるから人化してもらってるよ」
ベヒモスはジロリとグランドーラを睨む。
グランドーラはより一層身体を硬直させる。
バジリスクに睨まれた感じで、そのまま石化しないだろうな?
「ドライグ氏族の末裔、ズライグ一族のグランドーラよ」
無意識に返事をしようと口を開いたが、グランドーラの口はパクパクするばかり。
「ワシはベヒモスと呼ばれる者だ」
ベヒモスと聞いて、グランドーラは息をするのも忘れたようになってしまう。
古代竜の間でも伝説、いや神話級の古代竜の名を聞いたのだから当然だろう。
コレが普通の反応だよね。
マリスのような気安さは普通じゃないんだよ。
「ワシはこの地の王に少し前に約束した。
この地でドラゴンが暴れるような事はないとな」
ベヒモスは一呼吸置いてから続けた。
「して、グランドーラ。何故この地へ降りてきた?」
緊張で動けなくなっているグランドーラに代わり俺は簡単に説明してやる。
「オーファンラントの初代指導者の妻と約束して、この地の守護をしていたみたいだよ」
悪徳貴族の居城になっていたホイスター砦を破壊したが、それも王国を護るためだったらしいしね。
ま、当時の人間はそんな事は知らなかった。
ドラゴンは天災と同様に思われているから、ドラゴンが現れて砦を破壊したのは災害の一種だったわけだ。
グランドーラは必要以上に人間とは関わってこなかった。
なので、彼女の独自判断で今回も出てきた。
まさかベヒモスと王国がそんな約束を結んでいるとは露とも知らなかったわけだ。
「ここは神々のためにケントが用意している場所。
この地でドラゴンが暴れることはワシが許さぬぞ」
グランドーラが弾かれたようにベヒモスの前に跪く。
「はっ! 既に事態の説明をして頂いております!
イシュテルさま、レーファリアさま、タナトシアさま、英雄神さまのご降臨にて状況をすべて把握致しました!」
ベヒモスは「ふむ」と言い、俺の方を見る。
「で、ケント。ワシを呼んだ理由は何だ?」
「ああ、国王との盟約を貴方の口から説明してもらいたかったんだ」
俺はあえてここで「約束」ではなく「盟約」と言う。
ただの口約束ではなく、固い誓いなのだと印象づけるためだ。
「それだけ?」
「申し訳ない。それだけだよ。
人間風情が古代竜に説明しても信じてもらえないかと思ってね。
古代竜の祖たる貴方に話してもらう方が効果あるだろ?」
それだけではベヒモスが機嫌を損ねるかもしれないから、俺は話を続けた。
「お詫びに美味い酒と料理を準備するけど許してくれないか?」
ベヒモスの目がキラリと光る。
「ほう。いい酒を出してくれるというなら、少々の煩わしさには目を瞑るとしよう。
おい、アースラ殿。今日は付き合ってもらうぞ」
ベヒモスだと知って隠れようとしていたアースラは、ベヒモスの鋭いドラゴン・アイに簡単に見つかってしまう。
「やれやれ、仕方ないな。
酒とケントのツマミが出るなら付き合うよ。
ただし戦闘は勘弁な!」
どこかのアメリカドラマのキャラのようなセリフでアースラが釘を刺す。
ベヒモスは釘を刺され「不思議なことを言うやつだな」という顔になったが、すぐにガハハと豪快に笑う。
「戦の神の一人なのに珍しい事を言う。
ワシは戦闘も好きだが、酒が一番好きだ。
今日は神界帰りで疲れてるし勘弁してやろう」
ベヒモスはアースラを戦闘系の神の一人だと思っているらしく、戦闘を勘弁してくれというアースラに戦闘で勝ったような気分なのかもしれない。
「あれ? 今日、やるつもり!?」
ベヒモスのセリフで俺もようやく気づいた。
どうやらベヒモスは今日、これから宴会のつもりらしい。
「当然だろう。
そのつもりでワシにお詫びと言ったのであろう?」
ベヒモスにニヤリと笑われては断れない。
仕方ないな。頑張って何か作るとしますか。
「あ、ちょっと待って。
ここでやるなら厨房がないんだが……
野営料理でいいか?」
俺がそういうとベヒモスが片眉を上げる。
「野営でも料理ができるのか?
材料を炙るだけか?」
ベヒモスの肩の上にいるマリスがバシンとベヒモスの額を平手で叩いた。
それを見たグランドーラが目を皿のようにしている。
「バカを申すでないぞ、ベヒモスおじじよ」
「ほう。今のがバカに聞こえたか」
「ケントの料理はどこであろうと尋常ではないのじゃ。
肝に銘じると良い」
やけに得意げですが、ハードルを上げられたのだけは解ります。
「いやいや、凝った料理を作られて失敗されると困る。
刺し身と酒だけでいいだろ」
アースラも勝手を言います。
鮮魚がいつでもあると思うなよ。
まあ、基本的に冷凍魚介は常備してますが。
それにしてもグランドーラとの話を進めるつもりが一向に前に進まないのが困ったものだ。
あいつらキャラが濃すぎない?
もう少し薄くても罰は当たらない気がするがなぁ。
あ、神と神使の竜だから罰は当たらないのか。
いや、俺が当ててやる立場な気がしてきたが、それをやったら否応なしに神界に連れて行かれそうなのでやりませんが。
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