第26章 ── 第28話

 ランドールに念話で事情を詳しく説明する。


「なるほど……神様と古代竜様がいざこざを……

 オーファンラントは厄介事ばかりに巻き込まれておるようじゃな」

「確かにね」


 ランドールの感想に俺は苦笑するしかない。


「よかろう。引き受けよう。

 王様家業はノミもトンカチも握れんでな」


 だよね。

 為政者は為政者の仕事があるから、俺も冒険に行くために色々と下準備してたからねぇ。


 ましてやハンマール王国は王の不在が一二〇〇年も続いていたから、王様の仕事も大量に溜まっているに違いない。


「それで女神イシュテルさまの神像だけで良いのだな?」

「そうだね。壊れちゃったのは今のところそれだけだ」

「ふむ」


 ランドールは少し考え込むように押し黙った。


 頭の中でどのようなイシュテル像を作るか思案しているのだろう。


「ケント。儂をそちらに転移させられないじゃろか?」

「え? できるけど、こっちで掘るの?」

「いや、神像が設置される場所の広さや高さなどを知っておきたいでな」

「なるほど。そういう事なら了解だ。今からすぐに来れるか?」

「なんの問題もないぞい」


 いや、問題大ありだろう。

 議会の取りまとめ役の宮廷魔術師団長とかに全く繋ぎを取ってない。

 また、王様がいなくなったとハンマールが大騒ぎになりかねない。


 俺は念話チャンネルをハンマール王国全体に広げ、ハンマール住人全員に俺の声が行き渡るように設定する。


 神の啓示にも使える「念話:神界」の便利な事よ。


「ハンマールの住人に伝える」


 俺がそういうと、住人たちから「何事か!?」とか「神の声じゃ!」とか様々な声が聞こえてくる。


 この念話機能は普通は相互通信だが、設定すれば雑音になりかねない声はカットするセッティングがある。


 この体の良いノイズ・キャンセラーをすかさずオンにしちゃうのですよ、俺は。

 だって王様が不在になる事を説明するだけだし、住民の抗議などは聞く気がないからね。

 世界で最も腕の良い彫刻職人たるランドールに仕事を振るのは決定事項だし、本人もやる気になっている。


 外野の意見なんて無視でしょ?

 嘆き悲しむ女神の前で抗議活動をするってのなら聞いてやらない事もないが、そんな恐ろしい事ができるドワーフがいるとも思えない。


「ランドール王は、これより東方の地、オーファンラント王国のトリエン地方に移動する。

 国王は数日でハンマールに戻ると思うが、これは神々が望んでいる案件である。

 くれぐれも騒いだり、混乱無き様に求む」


 俺は念話を切ると魔法門マジック・ゲートをランドールのいる場所に開いてやる。


 水面のようなゲートの境界線からひょっこりとランドールが顔を覗かせた。


「お、ここはトリエンじゃろか?」

「いや、ここはトリエンの北東のホイスター砦跡地だよ」

「ホイスター砦!?」


 場所を聞いてランドールは恐る恐るゲートから出てきて周囲を見回している。

「ドラゴンはおらんな?」

「いや、そこに二人もいるよ」


 俺はマリスとグランドーラがいる方を指差してニヤリと笑う。


 ランドールは顔を強張らせつつ俺の指先の示す方向を見るが、そこにいるのは二人の可憐な美少女だけだ。


「つまらん冗談はよして欲しいものじゃな。

 ここがホイスター砦跡なら、破壊尽くされた城塞跡が広がっているはずじゃし、ドラゴンの姿も見えん」

「いや、ランドールよ。ケントの言っている事は真実じゃて」


 先程から空気だったマストールがランドールの出現で気力を取り戻した。


「なんじゃい。マストールもおったのか」

「当然じゃ。ここは儂の手の者が手掛けておる都市じゃからな」


 ランドールとマストールが目を合わせてバチバチと火花を散らす。


「はいはい、そこまでー」


 俺は二人の間に割って入って、対立を早期に集結させる。


「そんな事よりも神像の話だよ。

 見てくれ。あそこで潰れているのがイシュテル神殿の成れの果てだ。

 マストール、あの神殿を元に戻すのは何日くらい掛かる?」


 争いを唐突に止められ、実務的な質問を投げられたマストールは毒気が抜かれたような顔になる。


「そ、そうじゃな。配下総動員で突貫工事すれば半月……」

「ふん。儂の国の石工組合を連れてくれば、二週間じゃわい」


 またもや火花バチバチのいがみ合いが起きそうに……


 やれやれ世話が焼けますな。


「イシュテル。嘆いてないでこっちへ来てくれ」


 俺が声を掛けると涙を拭きつつイシュテルがこちらにやってくる。


 マストールが途端にカチンと固まった。

 ランドールは何事かという顔になるが、やってきた女神イシュテルを目の当たりにした瞬間にマストール同様にカチンと固まった。


 白いローブ姿のイシュテルはまさに女神の輝きなのだ。


 マストールは先ほどの騒動を最初から目の当たりにしているので、イシュテルが本物の女神なのを知っている。

 ランドールは本物だと知らないのだが、本物の女神のオーラというか後光というか……それとも壮絶な美しさにでも当てられたのだろうと思われる。


 非常に間抜けな顔でポカーンとしているからね。


「ランドール、こちらが生命と光の女神イシュテルさまだ。

 この方の姿を写し取った神像を作ってくれ。

 ポーズや衣装などは彼女と話し合って決めるといいだろう」


 話を振られ、ランドールはハッと我に返って、俺の方を恐る恐るといった風情で見た。


「本物の……?」

「そう、本物のイシュテルだよ?」


 俺はイシュテルに向き直り、ニッコリと笑ってみせる。


「こちらは世界一の石工と名高いランドール・ファートリンだ。

 彼に君の神像を作り直させるつもりだ。

 だから悲しむのは終わりにしておけ」


 イシュテルは赤くなった目を少し見開く。


「ランドールと申しましたか?

 最近ヘパーエストの加護を受けし?」

「その通り。

 彼の腕は一流だ。きっと君が満足する神像を彫ってくれると思うよ」


 先程まで落ち込んで暗かったイシュテルの顔がみるみると輝くような笑顔に変わっていく。


 眩しい!! それ以上輝くな!

 光を司る女神だけに、ただでさえ必要以上に輝いて見えるというのに、これ以上輝かれては困るぞ?


「お世継ぎ様、すばらしき差配に感謝いたします」


 さっきのタナトシアも口にしていたが、どうも俺が創造神の跡を継いだためだろうけど神々の間で呼び名が「お世継ぎ様」に決定したらしいな……

 ま、「二代目」とか「ヤ」の付く組織とかみたいに呼ばれないだけマシかもしれんけど。


「さあ、ランドール。

 あちらで私の神像の計画を話し合いましょう」


 ランドールは目をまんまるにしてイシュテルとこちらを見ていたが、ウキウキの彼女に手を引かれ、ドワーフの作業者たちが使っている仮設事務所に連れて行かれてしまった。


 頑張れ、ランドール。


 話は一段落終わったので、俺はマストールと破壊された部分の再建について詰めておく。

 ハンマールから石工集団を誘致する事も含めて話し合う。

 元はマストールの臣民なんだから、協力しても問題ないだろうと言うと、渋面ながらにマストールは頷く。


「大丈夫。ランドールは神像に掛かりっきりになるだろうし、建物の方はマストールの差配に任せるよ」

「そうしてもらうと助かる。親方が二人も居ては出来るものも出来ぬでな」

「船頭多くして船山に上るってヤツだな」

「その素敵用語は何じゃ!?」


 む。久々にあっち用語にマリスが反応したな。


「船頭が多くいたら船も進む方向を間違えて山に上っちゃうこともあるかもしれんってのが直接の意味だけど……

 なんていうかな……指導者なりリーダーが複数いたら、集団の進むべき方向が決定できないって事だよ」

「意味はわからんが、何か心を惹かれる響きじゃった」


 何故か満足げなマリス。

 グランドーラも何か目を輝かせてながらマリスの様子を見ていた。


「さて、グランドーラ」

「何でしょうか、お世継ぎ様」

「ごめん、その呼び方やめて」


 神々の呼び方を真似するグランドーラに、俺は片方の手の平を向け、もう片方で目を覆う。


 なんかこっ恥ずかしいんだよ。


 そんな様子を声を押し殺しつつも腹を抱えて笑っているヤツがいる。


 こいつめ……


 俺はジロリとアースラを睨む。

 だが、アースラは一向に悪びれる様子はない。


「ジリスの問題が起きた途端に神界に引っ込んで顔も出さなかったくせに、俺を笑うとはいい度胸だな。え? おい」

「いや、すまん。マジで」


 そもそも、ああいう問題は神々案件のはずだ。

 ハイヤーヴェルの後継に選ばれたから俺が対処したが、神々はその事実を知らなかったというのに、トリエンの住民が殺されるに任せていた事は許してないんだからな。


「その事は本当に申し訳なかった。

 神界で対応を話し合っているうちに時を浪費してしまったからな」


 まあ、何千もの神々がいるし、会議も一苦労なんだろうが、もう少しこっちの事情も憂慮して欲しいものだよ。


「話を戻そう……グランドーラ」


 グランドーラに視線を戻すと、どう返事をしたらいいのか解らないらしく、無言でモジモジしている。


 何だこの頭ナデナデしたくなる生き物は。


 見た目が可憐な美少女だけに、ギャップ萌えってやつか?

 ただ、俺は貧乳に興味はない。


 グランドーラは超絶美少女だけど、微妙に胸のボリュームが足りない。

 それでもトリシアくらいはあると思うが、半ドラゴン状態のマリスには遠く及ばない。


 マリスも半ドラゴンの時だけじゃなくて、人間の姿の時もあの大きさになれればいいのにねぇ。

 これは、マリスのお里に顔を出して、マリスの成人認定を勝ち取る必要があるのではないか?


 確か氏族だか種族の長に認められると人化の状態が子供から大人になるとか聞いた記憶があるんだが?


 グランドーラはマリスよりも年下なのに一五歳くらいの姿なのはその所以だろう。


 やはり仕事をとっとと片付けて冒険の続きを始めたいところだな。


 まだまだティエルローゼには冒険に値することが多いってことだ。

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