第26章 ── 第27話

「うるせぇ。お前らいい加減に黙れ」


 俺が不機嫌そうに言うと、二人の女神が俺の前に跪いた。


「我らが創造神よ。仰せのままに」


 俺はジロリと二柱の神を睨む。


「タナトシアだけでも手一杯なのに、貴女たちまで降臨ですか」

「申し訳ありません。我が娘ながら……まさか使徒たちを総出で呼び出すとは思いませんでしたので」

「我が神殿が潰されたもので慌ててしまいまして……」


 お前ら神だろうが。もっと超越した存在であるべきなんじゃないのか?

 どうみても普通の存在にしか見えん。


「まぁまぁ。俺のゲンコツに免じて許してやってくれ」


 アースラよ。なんでお前まで降臨してんだよ。

 つーか、お前のゲンコツはそんなに霊験あらたかか? ゲンコツだけに神の鉄槌ってか?


「まずは、状況の収拾を図ろう……

 アンデッド軍団を追い返せ」


 俺が命じるとレーファリアが深々と頭を下げた。


「仰せのままに」


 その瞬間、セイファード夫妻以外のアンデッドが煙のように消えてしまう。


「セイファードたちが戻ってないようだけど?」

「申し訳ありません、あの二体は本採用ということではありませんので……」


 なんだそのどっかの不良企業みたいな対応は。

 まあいい。そっちは俺が対処しよう。


「おーい! セイファード!」


 俺は二人に近づきながら大声で彼らを呼んだ。

 騒いでいた二人は突然声を掛けられ、こちらに振り向いた。


「ケ、ケント!?」

「まぁ、あの方はセイちゃんのご友人の……」


 二人は嬉しそうに俺に駆け寄ってきた。


 見た目は人間だが二人の外見はソフィアの魔法効果でしかない。


「突然、こんなところに出てきちゃったんだ。

 ケント、ここはどこなんだ?」

「ここは俺の領地でトリエンの街の北西のある場所だ。

 すまん。俺の関係者が君たちを呼び出しちゃったんだ」


 俺の後ろには涙目で頭を擦っているタナトシアと申し訳無さげなレーファリアが立っている。


「うちの娘がとんだ粗相をしたようで、本当にごめんなさいね」

「え? 娘さん?」


 セイファードはタナトシアに視線を落とした。


「ふむ。美しい娘さんですね。女の子は少しワガママなくらいがいいと思います。お気になさらず」


 サーシャ姫もかなりワガママな姫だったっぽいからな。

 セイファードの好みなのかもしれん。


「ところで、ケント。こちらの方たちはどちらさん?」


 それ聞いちゃうか。まあいい。教えてやろう。


 俺はコッソリとセイファードに耳打ちする。

 するとセイファードは魔法で作られている顔の表情がみるみると変わっていく。


「死と闇!? え!?」

「騒ぐな騒ぐな。周りに悟られる」


 周囲は騒ぎが収まったと見て出てきた恐る恐るといった感じのドワーフたちが結構な数になっている。


 結婚とか外国との貿易で国力に余力が出てきたからだろうか精神的に余裕が生まれた所為かもしれないが、セイファードの近くに来たドワーフは即死したり恐怖に飲まれたりしていない。


 こういう一般人の前に出てきても大丈夫ならば、セイファードも国を治めやすくなりそうだね。他国との外交も楽にできるようになるだろうし。


「とにかく済まなかった。後で埋め合わせをするから許してくれ。

 何か欲しい物はないか? トリエンから送らせてもらうけど。

 今日は転移魔法でペールゼンへ送るよ」

「うん、解った。

 何かもらえるなら、例の飛行自動車がいいな」


 なかなか贅沢な事を言う。

 アレ、他国へ出すとなるとオーファンラント金貨で一〇〇万枚なんだけど。

 まあ、闇石がなければ出来ない工芸品なので産出国へ友好の証として一台くらい贈呈しても問題ないか。

 もちろん、国防上の問題で国王の裁可が必要になる案件だが、新しい同盟国であるルクセイドにも一台売っているので許可は簡単に下りると思う。


「了解だ。では魔法門マジック・ゲートを出そう」


 俺が転移門ゲートを呼び出すと、セイファードはサーシャ姫をエスコートしながらくぐって行った。


 相変わらず奥さんには優しいようだ。

 円満な家庭生活は奥さんを立ててこそなんですかね?

 今は現実世界でも亭主関白は流行ってない気もするし。


「さて、話の続きだが……」


 くるりとグランドーラに振り返ると彼女はビクリと身体を揺らす。


 どうやらセイファードの相手をしている内に、アースラやイシュタルが話を通しておいてくれたようだ。


 アースラのニヤニヤ顔が少しイラッとくるね。


「やっぱり信託の巫女オラクル・ミディアムじゃなくて本物だったかぁ」

 アナベルは記憶操作された割りに内心彼女が女神その人だって気づいたみたいだね。

 ま、使徒召喚なんかしたらバレバレだろうけど。


「はい! 先程の無礼な態度、申し訳ありませんでした!」

「うむ。ケントに対しては毎回そうやって丁寧にすると良いのじゃ」


 古代竜が凄い低姿勢になりましたな。

 アースラたちはいったいどんな言葉で脅しあげたんだよ。


 マリスはグランドーラの態度の変化に非常に満足そうだけど。


「最近は平和でしたので、人間の姿になっても町や村に顔を出す程度でしたので情報収集を怠っておりました」


 うん、情報収集は非常に重要だよね。

 俺も情報機関を立ち上げて色々情報を集めてるよ。


 その後グランドーラに事情を聞くと、彼女はオーファンラントの国母であるブリュンヒルデと親友マブダチだったらしい。

 既に五〇〇年以上前の話だが、グランドーラは少なからずシンノスケの魔神動乱の時にも人間に協力していた。

 シンノスケはドラゴンも人間も関係なく虐殺していたので当時の指導者の関係者たるブリュンヒルデに協力をしたとのこと。

 もっとも当時のグランドーラは大したレベルじゃなかったので、ブリュンヒルデの役には立たなかったそうだが。


 その為、死の床についていたブリュンヒルデに約束したらしい。

 魔神亡き後の王国の安寧を。

 それ以来、グランドーラは自分の興味が湧く範囲で王国の平和に貢献してきたという。


 ただ、ドラゴンの考える平和なので人間が思う平和とは基準も観点も違うらしい。

 前回、グランドーラが動いたのは王国内部の腐敗や政変に嫌なものを感じての行動だそうだ。

 図らずもエマの命を救った事に感謝したいところだが、地下に生き埋めになってたんだし、そこまでする必要はないか。

 

 ちなみに国同士の戦争などにはノータッチなんだとさ。


 グランドーラ自身は秩序の守護者的なつもりは全く無かったそうだが、神々にそう判断される行動だった事に恐縮していた。

 俺の知り合いに大地の秩序を守護するベヒモスや海の秩序を守護するリヴァイアサンがいる事を聞いて、さらに恐縮してしまったのは言うまでもない。


 グランドーラはまだ五〇レベルになったばかりの古代竜だし、今から秩序の守護者的な意識を持って地域を守護しているなら将来が楽しみですな。


 オーファンラントの地域を守ってくれるなら、ドラゴンという恐怖と破壊の権化たる存在も国益になるだろう。

 そこは獣人たちの国エンセランス自治領と同じ事だ。


 長い間、オーファンラント王国ではグランドーラの存在は厄災という意味でしかなかったが、今回の件で国防上非常に重要な存在に変わったといえよう。

 後でフンボルト閣下に報告しておかねばなるまい。


 なにはともあれ、彼女はこれから情報を集めるためにも外の世界に出てくるらしい。

 マリスが何故か非常に満足げなのが面白い。

 幼馴染が外の世界に興味を持ったのが嬉しいのかもしれないね。


 こうして一件落着した……と思ったら大間違いだ。


 イシュテルが潰れた神殿をただ呆然と眺めているのを見たドワーフたちが慰める光景が目についた。


「だからごめんなさいって言ってるじゃない」


 タナトシアも謝ってはいるのだが、反省の色が見えてこない。

 困ったものである。


 彼女の神殿には噂を聞いて流れてきた腕の良い旅の石工が彫った女神像があったらしく、彼女のお気に入りだったそうだ。


 石工といえばランドールだが、彼は現在ドワーフの王国の王様をやっている。

 仕事の依頼などしたら国際問題になるかもしれない。

 でも、女神イシュテルの為といえば、職人気質の彼のことだから引き受けてくれるかもな。


 ダメ元で依頼してみるか……


 俺は念話のチャンネルを開く。


「この音は……ケント殿じゃな!?」

「ご明察恐れ入ります国王陛下」

「随分他人行儀じゃな! そちらの戦争はもう終わったのか!?」


 声がでかい。念話だから大声をあげなくてもいいんだが。


「ちょっと声がでかいよ。普通に話してくれ。

 心配してくれてありがたいが、こっちの戦争はもう大分前に終わったよ」

「おお、それは重畳じゃ。こちらも部下たちが頑張ってくれておるので、地下鉱山の整備が随分と進んできたぞい」

「おお。じゃあ魔法鉱石とかが採掘できるようになったの?」

「まだまだじゃな。ごく一部の採掘は始まっておるがのう」


 素晴らしい! あそこはノミデスが目を掛けているので鉱物資源が豊富なんだよね。

 ウェスデルフにあるデルフェリア山脈の地下も相当な鉱物資源が埋蔵されているようだが、あそこを開発するのはずっと後にしようと思っている。

 あの山脈の地下には石油も埋蔵されているようなので、内燃エンジンの開発が出来てからがいいと思う。


 内燃エンジンなどという物を開発するには、科学文明の発達が必要な気がするが、魔法があるのに科学文明が必要かどうかは謎。


 俺ら現実世界の人間からしたら科学文明が基本なので、どうしてもそっち側に思考が流れてしまうんだけどね。


 車すら魔法で何とかしたんだから、内燃エンジンなどの文明の利器は必要じゃない気もするけど、ティエルローゼにも魔法を使えない人間は大量に存在しているんだし魔法文明と科学文明のどちらも必要だと思う。


 何なら二つの系統の文明を合体させて「魔法科学文明」というモノを作り出してしまおうか?


 クラークは言った「高度に発達した科学は魔法にしか見えない」と。

 実は魔法でした的な科学的文明品も皮肉が効いてて面白アイテムになるかもね。


 そういった未来想像は心躍るが、話を戻そう。


「それはともかく、ランドール王よ……物は相談なんだが……」

「何じゃ? 頼み事なら聞くぞい?」

「女神に捧げる神像を作ってくれないか?」

「なんじゃと? 想い人が出来たのか?」

「いや、そういうのじゃない。

 本物の女神に捧げる為のモノだよ。女神イシュテルの神像が欲しいんだ」


 ランドールが「ほう」と一言だけ言って少し黙った。


「詳しく話をきこうぞ」


 ランドールのその声は仕事に厳しい職人的な雰囲気を感じさせるものだった。

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