第26章 ── 第26話
「ちょっと貴女、いいかしら?」
究極のツンデレ女神タナトシアが俺の前に出た。
どうみても人間にしか見えない黒髪美少女が出てきて敵愾心むき出しで話しかけてきたためか、グランドーラが目をパチパチしている。
「貴女は
「そんな細かいことはいいのよ。
こちらの質問に答えてもらおうかしら」
自己中美少女的なタナトシアだけに何を聞こうとしているのか気になる。
「貴女は、ここが要塞化されていると危惧して見に来たのよね?」
「そうですね。私はこの辺りを利己的野心のある人間が彷徨くのを好みません」
「何故かしら?」
「何故……とは?」
タナトシアはヤレヤレといったポーズで首を振る。
「つい最近、この近くに極悪非道な人間が現れたようだけど、知っていて?」
「つい最近……?」
「あら知らないの? レベル一〇〇もある異世界からの侵略者よ?」
グランドーラが少し動揺した顔になりつつも首を傾げる。
「それは魔神を名乗った人間のことでは?
つい五〇〇年ほど前に討伐されたはずですが」
グランドーラの言葉にタナトシアがお手上げといった風情で俺たちに振り返った。
「時世に疎いのかしら?」
俺も肩を竦めて見せるしかない。
「貴女の言っているのはシンノスケの事ね?
そんな昔じゃないわよ。本当につい最近」
「では一〇〇年も経っていないはずですが、この砦が悪党貴族の巣窟になった時のことでしょう。
それは私が討伐しましたが?」
グランドーラは本当に最近の事情に疎いようだ。
「それって王国の政治が荒れてた頃の話だよね?
もう八〇年近く昔だよ。
彼女の言う最近ってのは、ここ一ヶ月とか数週間の話なんだけど」
グランドーラはキツネにつままれた顔をしている。
「グランドーラよ。我もその問題に対処したのじゃぞ。
ケント自らが相手にしたからのう。一瞬で終わったのじゃ」
タナトシアは呆れた顔をしてグランドーラを少し蔑むような目をする。
「貴女の言い分から推測するわね。
間違っていたらごめんなさい。
貴女、この地域の秩序の守護者を気取っているようだけど、この地の領主なり為政者と繋がりはあるのかしら?
下界状況の無知さ加減からして、全く情報を知らないとしか思えないわね」
グランドーラは顔を真っ赤にするが、口は開かなかった。
無知は恥という概念を持っているのかも。
「今回、神々はその問題に気づいたわ。
神界でどう対処するか無駄な会議をして時を浪費していたけど」
タナトシアの視線が俺に向く。少し済まなそうな感じの雰囲気だ。
「幸い、この地にはケントが居たわ。
こちらが相談を持ちかける前に解決してくれたの」
いやぁ、それほどでも。
俺は頭を掻いて照れ隠しをする。
グランドーラが目を細めて俺を凝視してきた。
「この人間が?
先程レベル一〇〇と仰っしゃりましたね?
レベル一〇〇など神の領域。
たかが人間風情に対処が可能とは思いませんが?」
グランドーラは虫けらを見るような目で俺を見る。
まあ、古代竜から見れば、ただの人間だからなぁ。
だが、その言葉を聞いて、マリス、アナベル、そしてアモンとフラウロスの雰囲気がガラリと変わる。
「ちょっと聞き捨てなりませんね」
「ええ、コラクス。ただの古代竜の小娘に我が主をここまで貶められる不名誉は払拭しなければなりませんな」
アモンのドスの利いた声色にフラウロスが畳み掛ける。
それに輪を掛けるようなドス黒いオーラを纏っているのはマリスとアナベルだ。
「我がケントに何を言ったかや……?」
「神々に認められた現人神たるケントさんに言っていい言葉じゃありません!」
やばい。全員がキレたら大事になるぞ。
「まぁまぁ、みんな落ち着け」
俺は真っ黒いオーラを発する者たちを
仲間たちは俺の言葉に何とか暴発を抑えたが……
後ろを振り返った俺はガチンと全身が固まってしまった。
そこには黒髪がウネウネと動き出し、目が赤くランランと輝くタナトシアがいた。
「我らがお世継ぎ様に対しその態度……」
うおっ!?
タナトシアに何が起きている!?
「神界に集いし我が眷属、死を受け入れし我が下僕よ……」
空から黒いような赤いような光が落ちてくる。
──ドーン!
最初に降りてきたのは黒い鱗を纏った超巨大ドラゴンだった。
ドラゴンは光の神の神殿を踏み潰しながら上体を起こした。
「わが女神よ。お呼びで……?」
現れたドラゴンを見た者たちは須らく「恐怖」をその顔に刻んだ。
その後もいくつも黒い光の柱が地上に立ち上り、何かが現れる。
そこにはゾンビやグールなど、ありとあらゆるアンデッドが!
俺は全身に嫌な汗を掻き始め、全く身体が動かなくなっていく。
「アナベル! 不味いのじゃ!」
「オムツの準備が出来ていないです!!」
いや、漏らさねぇよ。
でも、アンデッド気持ち悪い!
「うぉぉ……」
しかし、俺の口からは妙な唸り声しか漏れてこない。
「そんな……まさか……ヨルムンガント……?」
グランドーラは巨大な黒いドラゴンを見上げて愕然としている。
「間違えるな小娘。我は初代である。当代の生ある者に失礼ゆえ、その名は名乗らぬ」
あのドラゴンは古代竜種の最初のヨルムンガントらしい。
当代を「生ある者」と言っているだけあり、ドラゴン・ゾンビ化しているようで、ところどころ腐っていたり、骨が見えたりしている。
タナトシアめ、さすがに死の神だけある。
とんでもないアンデッドを配下にしている。
俺の嫌いな腐り系なのが問題だが、人型じゃないのでそれほど怖くはない。
俺が怖いのはグールとかゾンビだからね……
視線をそれらに移すと、それらはテクテク、ノソノソと歩いてタナトシアの前に来た。
全身に怖気が走り、ガタガタと俺は震えだす。
「我が女神の御前に」
ゾンビとグールが流暢に人語を話している!?
「見なさい」
タナトシアは憎々しげにグランドーラを指差す。
「あの小娘が我ら神々のお世継ぎ様に失礼な事を言いました。
少々懲らしめてやりなさい」
「仰せのままに」
ゾンビとグールが深々と頭を下げた瞬間だった。
「とりゃー!」
「
マリスが盾を構えて空から振ってくる。
アナベルはサーチライトのように手の平から神々しい光を発しつつゾンビとグールを照らし始めた。
ゾンビはマリスのシールド・アタックで吹き飛び粉々に。
グールは「おお……?」という言葉を残し身体が崩れて灰のようになっていく。
「あ、貴女たち何をしているの!?」
「それはこちらのセリフじゃぞ!
ケントの唯一の弱点はゾンビとグールじゃ!」
「そうなのです!
そんな怪物をケントさんの前に呼び出すなんて許しませんよ!」
「我はケントの盾! ケントは我が守るのじゃ!」
どうやら二人はグランドーラへの怒りよりも、俺の危機的状況に身体が動いたようだ。
さすがはマリスとアナベルだ。俺の仲間は優秀だね。
というか……あのゾンビとグールって、タナトシアの使徒なんじゃ?
俺は恐る恐るタナトシアに視線を移す。
そこには、マリスとアナベルにポコポコと殴られて頭を抱えて「あぅあぅ」言ってるタナトシアがいた。
「何よ!? ちょ、ちょっとやめなさい! あぅ!」
「よりにもよってゾンビやらグールやら出しおって!!」
「そうなのです! 漏らしちゃうんですよ!?」
いえ、アナベルさん。今のところ漏らしたことはないです。
というか、その嘘の出どころはトリシアとマリスでは?
マジで信じないでくださいよ。
というか、その状況に呼び出されたアンデッドたちも戸惑っているようです。 使徒筆頭だろうヨルムンガント・ゾンビすら目が点になっておりますよ?
「我が女神のあのような姿を拝めるとは、望外の至福」
あ、いや。目が点じゃなかったみたい。
ふと見ると、アンデッドの中に周囲を見回してオロオロとしているヤツが二人見えた。
ノーライフ・キングとバンシーのカップルです。
「ひ、姫!? ここはどこでしょう!?」
「ひぃ! 陽の光が! セイちゃん! どうしましょう!? どうしましょう!?」
手を取り合っている二人を遠目に見つつ「リア充爆発しろ」と俺は思った。
「セイファード……お前たちも使徒扱いなんか……」
本人が承認してなくても使徒に認定されてしまうんだろうか。
まあ、神々が下界の人間に忖度などしないだろうから、未承認でもやっちゃうんだろうなぁ。
グランドーラに目をやると、彼女もまた混乱しているようでアタフタしている 混沌とした状況に俺もグランドーラも放置されているのだが、どうしたものだろうね?
──ドーン! ドーン! ドーン!
俺が困っていると光の柱がいくつか周囲に立ち上がった。
いつもの如く、神の降臨ですな。
「こら、このバカ!」
見ればアースラが立っていた。
その「このバカ」は俺に対してか?
と思ったら、タナトシアに対してだった。
マリス、アナベルと睨み合っていたタナトシアの脳天にアースラはゲンコツを強かに振り下ろしている。
「本当に困った娘ねぇ」
やれやれといった感じなのは死と闇の女神レーファリアだ。
「ああ!? 私の神殿が!!」
ヨルムン・ゾンビに踏み潰された神殿を見て悲鳴を上げているのは生命と光の女神イシュテルだ。
人間出身の英雄神、最高神格三柱のうち二柱が、楽園予定地に降臨。
この地の聖地化がますます進みそうです。
そしてこれら神々の尻拭いは俺持ちなんでしょうか?
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