第26章 ── 第25話

 タナトシアに案内してもらって中央広場まで戻ってきた。


 広場に入るとドワーフたちが一〇人ほど集まっている。

 その内の一人はマストールだ。


「よう、マストール。順調のようだな」

「ケント、今日は視察にでも来たのか?」

「そんな所だよ。今日は酒の差し入れも持ってきたよ」

「ふむ。それは助かる」


 マストールは仕草で他のドワーフたちに指示を出し、荷台から酒樽を降ろさせる。


「何か問題は?」

「今の所は大丈夫じゃ。あのクリスとかいう小僧が資材の全てを搬入させておる」


 その時、楽園に設置されている石造りのやぐらからジャンジャンジャンと半鐘を打ち鳴らすけたたましい音が響いてきた。


「ん? 何事?」


 俺はマストールに聞いてみる。


「何かあったようじゃな」


 すぐに半鐘が鳴っている方向から複数のドワーフたちが真っ青な顔で走ってきた。

 全力疾走って感じなので、よほどの事が起きたらしい。


「お、お、親方ぁあぁ~~!」


 マストールが不機嫌そうな顔でがなり立てる。


「何じゃ! 騒がしいぞ!」

「ド、ド、ド……」

「ドンドコドン?」


 マリスが太鼓を叩くような仕草で聞き返す。


「ち、違います! ド、ドラゴンが飛んできやした!!!」


 走ってきたドワーフは肩で息をしながらも、来た方向の空を指差した。


 指先の方に目をやると、空に赤い点が見える。


 マリスが俺の肩によじ登り、目の上に手をかざして陽の光を遮りつつ空を見つめた。


「ふむ……何か飛んでくるのう。本当にドラゴンかや?」

「ドラゴンなど、王国には何十年も出てきておらんはずじゃが……」


 マリスの言葉にマストールも爪先立ちで必死に背伸びをする。


 あの赤い点がドラゴンだとして、随分とゆっくりとこちらに飛んできている気がするね。

 エンセランスの背中に乗って飛んだ時は凄いスピードだったし。


 じっと見ていると、次第に赤い点は大きくなってくる。

 ドワーフたちは建築中の神殿に飛び込む。


 俺と仲間たち、マストールは警戒しつつ待ち構える。

 タナトシアは余裕綽々といった風情で腕を組んでいる。


やぐらに見張りを立てておいて正解じゃったわ。

 ここは以前にもドラゴンに破壊されておるからな」

「なるほど。マストールはそのドラゴンの討伐隊に参加してたよね?」

「そうじゃ……トリシアと共にな」


 マストールは更に苦い顔になって首を横に振った。

 一瞬で半数の人員を失ったような話を聞いた気がする。

 彼やトリシアには辛い記憶だ。


 しばらく見ていると漸くその形が見えてきた。


 赤い鱗が陽の光にキラリと光り、大きな翼をゆっくりと上下させながらこちらへ飛んでくる巨大なレッド・ドラゴンが目に入った。


「デカイな。三〇メートル級か?」

「三〇メートル……やはりアルシュア山のドラゴンじゃろうな」


 マストールは無限鞄ホールディング・バッグから武器と鎧、盾を取り出して装備し始める。


「あの速度なら、ここに来るまでに準備は整うじゃろう」


 確かにまだ五分くらいは猶予がありそうだ。

 急いで装備すれば間に合うかな?


 だが、マストールと俺の会話を聞いていたマリスが俺の頭をポンポンと叩く。


「心配はいらぬのじゃぞ。アレがグランドーラなら、我が話を付けるのじゃ」

「出来るのか?」

「見くびるでない。あやつは幼馴染じゃ! 我はあやつの姐さん格じゃぞ?」


 そういえば、エンセランスの住処でそんな話が出ていたような?

 良く覚えてないけどね。


「まあ、マリスがそういうんだし、武装の必要はないか」


 ドラゴンから見て、俺たちはただの人間だ。

 それがいつでも攻撃できるような完全武装で待ち構えていたら、ドラゴン・ブレスの洗礼を浴びせてくる可能性もある。


 俺の声に剣の柄に手を掛けていたアモンも手を離す。


「我が主よ。心配はないとは思いますが、これだけはやらせて頂きますぞ。耐火付与エンチャント・ファイア・レジスト


 フラウロスが耐火属性を俺たち全員に掛けてくれる。


 火属性魔法レベル一〇のフラウロスの耐火魔法だと、完全耐性フル・レジストと同等の効果だろうな。

 これならドラゴン・ブレスでも何の問題もないだろう。

 もっとも、俺の魔法でも同様のものが唱えられるのだが。


──バサッバサッ


 巨大なレッド・ドラゴンが楽園の周囲を旋回する。


 マリスが俺たちから離れ、広場の中央にある俺たちの馬車まで走っていき、幌の上へとよじ登った。


「こらー! 降りてこんかー! さっさと降りて来るのじゃ!!」


 マリスの怒鳴り声に巨大レッド・ドラゴンが旋回を止めてホバーリングをし始める。


 ジーッとマリスの乗る馬車を見ている感じだな。

 いや、見ているのは俺のスレイプニルか……?


「グルルル……」


 レッド・ドラゴンは何やら唸った。


「そこの者よ。その銀の馬を差し出すならば、命だけは助けてやろう」


 ドラゴンが一言吼えると俺にはそんな風に聞こえた。


「わはははは!!!!」


 マリスが腹を抱えて笑い出した。


「何を笑っている……人間の小娘よ」


 マリスのあまりの余裕っぷりにレッド・ドラゴンは戸惑っているようだ。


「これは笑わずにいられぬのじゃ、グランドーラ。

 久しぶりに会うてみれば、我のことも忘れておるとはのう」


 ギラリとマリスの目が光る。

 こんな遠くに離れていても俺はそれを感じた。いや見えた。

 その目は赤く、瞳孔は縦に細くなっている。


──ビリ……ビリリ……


 マリスの平服が破れていく。

 そして、その身体がブワッと体積を増やす。

 てらてらと黒い鱗が光り、豊満な胸がぷるり揺れた。

 マリスは半ドラゴンとなった。


「なんだと……ドラゴン!?」

「まだ我の事を思い出さぬか」


 ギロリとマリスの目が赤く光る。

 それと共にマリスから物凄い気が発せられ、周囲の全てを威圧する。


「ぐぬ!?」


 グランドーラが長い首を曲げるようにして右腕で顔を防御するのが見えた。


「こ、この威圧感……な、何者!?」

「何者じゃと、たった一二〇〇年で老いぼれになりおったか、グランドーラ!」


 マリスが馬車から飛び降りると身体はさらに膨張した。

 そしてマリスは「ガオーン」と雄叫びを上げる。

 ビリビリと空気も建物も地面も振動した。


 空を飛ぶグランドーラも身体も振動しているような気がする。


「マリソリアさん!?」

「おう。ようやく思い出しおったか」


 黒く巨大なドラゴンの姿になったマリスがグランドーラを見上げる。


「いつまで飛んでおるつもりじゃ、さっさと降りて来ぬか!!」

「は、はいっ!」


 グランドーラはバサバサと翼を羽ばたかせつつ、マリスの隣に降り立った。


 土埃が大量に舞い、俺たちは目を閉じた。


「我の嫁の馬を欲しがるとは、まだまだ子供じゃな、グランドーラ」

「マリソリアさん、何で人間なんかと一緒に……」

「おう、そうじゃったな。お主、まだ人間の姿になれぬのかや?」

「いえ、なれますが……」

「なれば、なるが良い。我も今は人間の冒険者をやっておるでのう」


 マリスはそういうとスルスルと人間の姿に戻る。

 いつ見ても見事な変化術だなぁ。

 見ればグランドーラも人間の姿に変化した。


 マリスよりも少し大きい一五歳くらいの赤髪の少女だ。

 やっぱりマリス同様に真っ裸なので目のやり場に困ります。


 俺が躾をしっかりしているので、人間に戻ったマリスは無限鞄ホールディング・バッグからすぐに服を出して着替えた。


 できればグランドーラにも早く服を来てほしいのだが……


「ケント! これがグランドーラじゃ。見知りおけ」

「ああ、解ったよ。それよりも早く服!」

「うむ。そうじゃな。グランドーラよ。早く其の方も服を着よ!

 ケントが困っておるぞ!」

「服なんて……持ってませんが……?」

「なん……じゃと……?」


 人間世界に慣れたマリスはショックを受ける。


「そう言えば、我も住処を出る前に服を着るのに四苦八苦した記憶があるのう……」

「住処に戻れば、いくつかあるかと思いますけど……」


 マリスが俺に懇願するような顔を向けてきた。


 俺は溜息を一つ吐いてから、インベントリ・バッグを開いた。

 中から毛布を一枚取り出してマリスに手渡す。


「今はこれで隠してもらえ」

「うむ。助かるのじゃ。グランドーラ、これを羽織るのじゃ!」

「はい」


 グランドーラはマリスには素直なようで、すぐに裸体を隠した。


 胸とか大事な所とか、全く隠さないから本当に困るよね。

 エンセランスもそうだったけどさ。


 やはりエンシェント・ドラゴンからしたら人間は羞恥心を発揮するような対象じゃないんだろうねぇ。

 そういう所は是正してもらいたいものですな。


 ま、ドラゴンは本来の姿自体が全裸なんだろうから「全裸は恥ずかしい」という概念が無い可能性が高いんだが。

 意識改革させないと色々と問題が起こるかもしれん。


 今はエンシェント・ドラゴンと戦わなくて良かったと思おうか。

 せっかく作った楽園を破壊でもされたら、神々が激怒するかも知れないからな。

 タナトシアも一緒にいるから言い訳もできないことになる。


「ところで、ケントと申しましたか。

 いったいこの町は何ですか?

 人間はまた愚かな事をしようとしているのですか?」


 グランドーラが突然俺に話しかけてきたので、少しビクリとしてしまう。


「なんじゃ、グランドーラ。随分と偉そうじゃのう」


 マリスがゴゴゴと黒いオーラをまとい始めたので、俺は後ろからマリスの口を抑えた。


「ああ、ここ? ここは楽園予定地。

 神々が気軽に降臨できる場所にするために準備中なんだよ」

「楽園……?」


 グランドーラは凄い怪訝な顔をした。

 美少女に怪訝な顔で睨まれるという初めての体験に非常に居心地が悪い。


「要塞ではないのですね?」

「ここには神殿が並んでいるのは見れば解るだろう?」


 グランドーラは周囲を見回す。


「ふむ。確かにそのようですが……」


 グランドーラはまだ納得していないみたいだ。


 それにしてもグランドーラはマリスよりも年下だと聞いていたんだが、姿も性格も妙に大人びている気がする。

 育った環境の所為なのか、それともマリスの成長が遅いだけなのか……


 俺が困っていると、タナトシアがずぃっと俺の前に出てきた。


 美少女たちの壮絶なる舌戦が今、始まろうとしている!?


 などと俺は不埒な夢想を開始するのであった。

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