第26章 ── 第24話

 午後、砦跡地へと向かった。


 お供はマリス、アナベル、アモンとフラウロスだ。


 トリシアはシンジを追いかけ回しているので置いてきた。

 姉としての記憶が戻って、弟を構いたくなったのかも。


 ハリスとアラクネイアはジリス関連の後始末をしているらしい。

 何をしているのかは知らないけどね。

 魔神再来なんて噂が出るのを危惧しての事かもしれないな。


 砦跡地の入り口前まで来てビックリ。

 既に超立派な門が完成していた。


 俺たちが馬車でやってくるのが見えたのか、作業をしていたドワーフたちが開いた門の左右に並んで跪いて出迎えてくれる。


「お疲れ~。作業は順調みたいだね?」


 馬車の御者台の上から声を掛けると、門付近担当者のリーダーらしいドワーフが返事をした。


「はい。予定通り外壁の装飾に取り掛かっておりますぞ」


 見れば外壁も様々な彫刻が彫り込まれてたり、壁の上には神々を象った彫像が並んでいたりする。


 壁の上にズラッと神々を飾るつもりなのかな?

 俺の美的感覚からは首を傾げる感じだけど、こっちの感覚では普通なのかも。


「今日は酒樽をいくつか持ってきてるから、作業が終わったら作業員たちで飲んでくれ」


 俺はそう言いながら左手の親指で後ろの荷台を指差す。

 ドワーフの作業員たちから「おおっ!?」と喜びの声がちらほら上がる。


 ドワーフといったら酒だからな。


 門をくぐり、楽園のメインストリートを進む。

 左右には立派な石造りの建物が立ち並んでいて、既に町といえるほどになっている。

 メインストリートは宿屋やレストランなどの店舗に使えそうな感じだ。


「すごいですね! あのあたりに屋台が並んだら壮観です!」


 荷台から顔を出したアナベルが興奮気味に指をさす。


 食べ歩き戦士の想像力はそっちに行きましたか。


「宿屋とかレストランが入りそうだし、屋台は違う路地の方が良くないか?」

「そうでしょうか? 食事から出てきた時、ちょっと食べ足りないなって事あるじゃないですか。そういうときの屋台ですよ!」


 そう来たか。


「ぽんぽこりん三姉妹が出来上がるだけのような気がするんだが?」

「ぽんぽこりん三姉妹とは誰の事じゃ?」


 マリスがアナベルの脇の下から顔を出す。


「決まってるだろ」

「決まっているのかや? で誰じゃ?」

「アナベルを筆頭に食いしん坊チームのメンバーだな」

「トリシアとエマじゃな」


 いや、君だよ……マリスさん。

 エマは食いしん坊チーム準メンバーって感じだな。

 確かにエマは俺が作った料理には目がないようだけど、成人になるまでキッチリと貴族教育をされてきたので食い散らかすような下品な食べ方はしないんだよ。


 アナベルとマリスとトリシアは、食卓の上を戦場にする事が多いからな。

 ま、冒険者にそんなに品位は必要ないと思うし俺は何も言わないが。


 アモンが少しクスリと笑ったが、フラウロスは少し鼻の上にシワがよってしまっている。


 魔族のアモンとアラクネイアも基本的に品のある物腰なのだ。執事と貴婦人って感じだからね。

 フラウロスも同様に品のある物腰を心がけている。

 ただ、彼は食事の時だけは他の二人のようには行かない。

 彼の頭はヒョウのソレなので、口が非常に大きい所為で食べているモノをポロポロとよくこぼす。種族的な事なので誰も注意はできない。


 今の表情を見ると、俺がマリスとアナベルに言わんとしていた事を察したのだろう。

 自分の欠点を主に咎められた気分なのかもしれない。

 彼がこぼさないように努力しているのは知っているので、俺は指摘したり叱ったりするつもりはない。


 そんな話をしている内に楽園の中央広場まで馬車が到着した。


 この広場から伸びる大通りは三本、東、北西、南西へと伸びている。

 そして、北東、南東、西には巨大な神殿が作られている。


 それぞれ、秩序の神、生命と光の神、死と闇の神の神殿だ。


 ティエルローゼに最初に作られた神格が最も高い三柱の神殿を中央に持ってきたようだね。


 その三神の神殿を中心に、大通り沿いに大小様々な神々の神殿を建立しているらしい。


 広場をぐるりと馬車を回らせてから、広場の真ん中に馬車を止めた。


 見れば各神殿で作業員のドワーフたちが忙しそうに立ち働いている。

 そんな中、他の者から頭が一つ飛び出でている人物が目に入った。


「それはあっちよ。

 その像はあの祭壇の左に置いてくださる?」


 それは黒いストレートヘアの美少女だった。


 おいおい、タナトシア。何で降臨してんだよ……


「おい。何をしている」


 黒髪の少女がクルリと振り返る。


「あら、ケント。昨日ぶり?」

「地獄の準備で忙しいんじゃないのか?」

「それは兄様と母様にお任せしているわ」


 兄は闇の神ダキシアの事だ。レーファリアと共に嬉々として運営を開始しているらしい。


 タナトシアの凄みのある笑顔に少しゾワリとする。


「ケントさん、こちらのお嬢さんはどちら様?」

「どっかで見た気もするのじゃが、記憶を探っても出て来ぬ。我にも紹介せい」


 新たなる美少女の出現にアナベルとマリスが俺の後ろで仁王立ちです。


 迷宮の最下層で顔くらい見たはずなんだがなぁ。

 ま、直接喋ったりした訳でもないし、覚えてないか。


「ああ、紹介しよう。彼女は死を司る女神タナトシアだ」

「御機嫌よう」


 タナトシアが黒いスカートの裾を摘んで貴族の令嬢風に頭を下げる。


「おー、死の女神どのじゃったか! 通りで美しいわけじゃ!」


 マリスが何故か超友好的ですな。

 あれか……マリスは黒い鱗の古代竜だから、闇や死を司る黒い衣装に共感したとかか?


 マリスはタナトシアの黒いストレートヘアを手にして太陽のような笑顔だ。


「スベスベじゃな!」

「貴方の金髪も綺麗よ?」


 二人はフフフと笑いあい、非常に和やかな雰囲気だ。


 ん? 何だかもう一人は静かですな?


 あまりにも静かなので後ろにいるアナベルに視線を向ける。


 そこには顔面を蒼白にし、ガタガタと震えているアナベルがいた。


「ど、どうした、アナベル?」

「タ、タ、タナトシアさまですって……」


 俺の言葉にやっとアナベルが動き出した。

 何やら死を司る神を目の前にして固まっていたらしい。


 フラフラと歩き始めたアナベルは、タナトシアの前まで行く。

 何かしら? という顔でタナトシアもアナベルを見た。


 その瞬間、アナベルはジャンピング五体投地を決めた。


 あまりの事にタナトシアだけでなく、マリスも俺も固まった。


「死の女神であるタナトシアさま! 本日はご降臨頂き誠に有難うございます!!」

「な、なによ。いきなり……」


 度肝を抜かれたタナトシアが人間相手に狼狽えていて面白い。


「私は戦いの女神マリオンさまの神託の巫女オラクル・ミディアムアナベル・エレンと申します! お初にお目にかかり望外の喜びでございます!」


 まあ、リアル女神を目の前にしてる神官プリーストはこんな感じになるのかねぇ……


 つっても、今まで俺の周りでは、アースラを筆頭に様々な神が降臨して来てた。

 そういう時、アナベルはここまで卑屈っぽい態度はとったことがない。


「ああ、マリオンの。ご丁寧にありがとう。頭をお上げなさいな」

「はっ!」


 俺はアナベルの豹変に少し引きつつ、マリスの隣に移動する。


「アナベルは突然どうしたんだろうか?」

「我もよく判らんが、アレじゃろ? 死の神は戦い系の神の上位神格ってやつじゃから?」


 ふむ。あまり神界の神格序列とか勉強してないから知らないんだが、戦闘系の神って、闇と死の神の系列に属しているんかね?

 戦いは「死」を伴うのが当たり前だし、「死の神」がその上にいるって事かもしれんな。


「今は忍んでの降臨です。そのような態度は無粋ですよ」

「はっ!」


 アナベルがビシッと素早く立ち上がる。

 タナトシアが困ったような顔を俺に向けた。


「この娘、いつもこんな感じなの?」

「いやぁ……いつもはもっと天然なんだよ」

「そう。それではそうして頂きましょう」


 タナトシアがアナベルの額に手をかざすと、微かに手の平が光る。

 一瞬、アナベルの顔がトロンとした感じになったかと思うと、彼女はすぐに目を瞬かせる。


「あら? こちらのお嬢さんはどなたです?」

「私はシアよ。御機嫌よう」

「シアちゃんですか。ケントさん! 凄い美少女ですよ!?」


 俺はアナベルの嬉しげな表情にポカーンとしてしまったが、タナトシアが何をしたのかは理解できた。


 神と認識した記憶を改ざんしたんだ。

 俺がトリシアにした事に似ている。

 もっとも、俺の力なんかより、タナトシアの技の方が遥かに手慣れているし、練度も高い。

 まさに一瞬の記憶の改ざん……


 すげぇ……現役の神、マジ怖ぇ……


「それで、シア。今日は何しにここに?」

「現場監督に決まっているじゃない」

「現場監督?」

「そうよ。ここは闇と死を司るレーファリアの神殿。

 私が現場監督するのは当然でしょう?」


 ふむ。そういや、あの迷宮の建築もタナトシアが陣頭指揮を執ってたんだっけ?

 タナトシアって結構仕事好きなのかも。

 だったら地獄の運営もやりたがりそうな気がするんだが?


「私は作るのは好き。でも運営は好きじゃないの。そういう雑事は他の人に任せるのよ」


 俺の心でも読んだのか、タナトシアから明解な答えが返ってきた。


「なるほどね」


 俺とタナトシアのやり取りを見ていたアナベルがポンと手を一つ打った。


「シアちゃんは、もしかしてタナトシア様の神託の巫女オラクル・ミディアム!? 私とお揃い! 私はマリオンさまの神託の巫女オラクル・ミディアムなのですよ!」


 アナベルはタナトシアの手を取ってブンブンと振る。

 タナトシアは少し困ったような笑顔になった。


「ま、まぁ……そんなところよ。よろしくね」


 見ていたマリスは生暖かい笑顔をアナベルに向けている。


「女神も大変じゃな……」

「俺もそう思う……」


 マリスの囁きに俺も同意した。



 その後、何故かタナトシアに案内されて、他の神の神殿も見て回った。


 何千もいる神々の神殿を全て建てるのはムリなので、基本的には大陸東方で主に信奉されている神々の神殿を用意している。

 中には一~二メートルの小さいお堂みたいなのもあるらしい。

 それでも大小合わせて数百というんだから凄い数だ。


 ちなみに神殿の建設に漏れてしまった神々は、系列神の神殿に間借りするか、持ち回りで一つの神殿を使うように話し合いが行われたらしい。


 タナトシアの詳細な説明にアナベルは感心しきりだ。

 タナトシアを神託の巫女オラクル・ミディアムと思っているので、自分よりも遥かに神との絆が強い神託の巫女オラクル・ミディアムと思ったようだ。


 ま、アナベルを勘違いさせたのはタナトシア自身だし、彼女が馴れ馴れしくしても神の怒りを買うような事はないだろう。

 タナトシアも、ずっと五体投地されては現場監督の仕事に支障が出るだろうしね。


 何はともあれ、お忍びで神がちょくちょく降臨してきている事が判明した。

 地上の人々に変なちょっかいを出してないなら別に問題視しないが、ヘパさんみたいな事をしないように、何らかのルールは作っておくべきかもな。

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