第26章 ── 第19話
目を覚ますと、寝室のベッドの上だった。
案の定というべきか、いつも通りというべきか、仲間たちが心配そうにベッドの周囲に
「お、起きたのう」
俺が目を開けたの気づいたマリスがベッドの上にダイブしてくる。
「MP枯渇で気絶とはケントらしくもないな」
トリシアが肩を竦めた。
「でも凄い魔法だったのですよ!?」
アナベルの興奮した反応を見る限り、例の魔術は成功したらしい。
「それにしても、あんな高度な神聖魔法を一人で成功させるなんて、ケントさんは本当に神懸かってますね!」
「ケントは……イルシスの加護を……受けたのでは……ないのか?」
ハリスが言葉少なく核心を突いてくる。
イルシスの加護を受けし者はMPはほぼ無尽蔵に使えるはずなのだ。
そんな俺が気絶したのはMP枯渇が原因ではないだろとハリスは言っているのだ。
「その通り。だけど、今回は俺がMPを使うだけじゃ済まなかったらしいんだよ」
「どういうことだ?」
トリシアが興味深そうにしている。
魔法に関する事は聞いておきたいのだろう。
「今回のあの魔法は俺一人の力で成功させたわけじゃないってこと。
神界に引っ込んでた神々にも肩代わりさせたんだ」
ティエルローゼの危機だというのに、神界でのうのうと下界を見下ろしていた神々の神力を強制的に吸い取って使用したからこそ魔法は成功した。
MP枯渇で気絶したのではなく、高濃度の神力が俺の身体に一気に流れ込んできたショックで気絶したんだと思う。
実際、俺自身のMPは殆ど減ってなかったしな。
気絶した時の状況がMP枯渇時の
「それで全員蘇生したのかな?」
「もちろんです! 失っていた部位まで再生されて復活したのですよ!」
おお、それは僥倖。
リヒャルトさんの亡骸は手足無かったからなぁ……
ということは、リククもサラも生き返ったって事だな。
よかったよかった。
「ジリスは?」
「アレかや? アレは屋敷の地下牢に幽閉中じゃぞ」
「あやつの処分はケントがするだろうと思ってな」
俺は頷く。
今回はぶっつけ本番の蘇生魔法が上手く行ったから人的被害は殆どないが、以前殺されてしまったトリエンの衛兵や住人の罪は消えていない。
それ以上に領主襲撃だけでトリエンの裁判所は拷問の末に極刑という判決を出すだろう。
俺はそんな生ぬるい死をヤツに与えてやるつもりは毛頭ない。
「ヤツは神が作った無限牢獄で永遠の責め苦を与えられる事が決まっている」
「なんじゃそれは?」
マリスがキラリと目を輝かせる。
「このティエルローゼには地獄という概念はなかったんだが、死んだ者の魂が行く場所はあるそうだ」
地獄という概念はないのに地獄という言葉が通じるのも不思議だが……
ティエルローゼ人の言う地獄とは、人生において死んだほうがましと思えるような境遇や状況に陥ることを地獄というらしい。
「死を司る神々に、死んだ後に行く魂の安息地を二つに分けてもらったんだよ」
「二つにですか?」
「うん。
一方は従来の魂の安息地だ。
もう一方が、死んでなお永遠に責め苦を負わされる『地獄』となるそうだ」
俺がニヤリと笑うと仲間たちがブルリと震えた。
「死んでなお安息が得られない者が出るだと……?」
「ケントは……恐ろしい事を……考えるな……」
「しかし、ヤツには当然の報いじゃぞ?」
三人は震え上がっていたが、アナベルは腕組しつつ片手で顎に指を一本立てて思案しはじめる。
「なるほど。これは良いことを聞きました。
この話は人々への戒めとなるでしょう。
行動を改めず、神々の教えに背き続ける者は、死んでから本当の『地獄』を経験することになると……」
ティエルローゼにおいて死後の「地獄」という概念が産まれた瞬間である。
この概念はこの後、ティエルローゼ大陸に存在する全ての神殿で説法に取り込まれる事になる。
黙って俺の話を聞いていた魔族三人が興味深げに聞いているのが非常に気になる。
アラクネイアはともかく、残りの二人は現実世界で「悪魔」として知られる存在なのである。
何らかの方法で神界が作った「地獄」に出向いて囚われた魂を拷問とかしそうで怖いよね……
「そうそう。ヤツの差し出した金品、魔法道具とかだが、ケントの執務室に置いてあるぞ」
そう言えば出させたな。
「ゴルド金貨が一〇〇万枚以上あったのじゃ」
「色々と武器や防具もありました!」
「わけのわからない代物も大量にあったぞ」
「外套は……厳重に管理した方が……いいな……」
ふむ。後で確認しておくか。
ゴールドは、ゴルド金貨の流通に影響があるだろうから、こっちの貨幣に両替してからクリスに管理を任せるとしよう。
砂井によって損害を与えられた者が役場に申請すれば、損害調査などを経て金銭として受け取れるようにするつもりだ。
ただ、金銭の大半は俺の金庫に行くことになる。
ゴーレムを大量に破壊されてしまったので、それの再生産や修理が必要だ。
クリスに試算させたところ、ミスリル・ゴーレム一体の価格はおよそ金貨五〇万枚ほどの価値になるそうだ。
あまりの金額に購入希望を出していた貴族が逃げ出したと聞く。
ちなみに、アダマンチウム・ゴーレムは一体金貨五〇〇万枚は下らないし、稀代の名匠マストール・ハンマーが手掛けた事もあり、出る所に出れば一〇〇〇万枚以上になるとも。
そりゃ迷宮都市で稼働中の巨大アイアン・ゴーレムが、ルクセイド金貨で一〇万枚、オーファンラント金貨で二〇万枚ほどで売れたからねぇ。
それを数十体破壊された俺に全額払っても足りない程度しか砂井のゴールドはない。
ドーンヴァースの銀行で引き出させればもっとあるんだろうけど、あいつをドーンヴァースにアクセスさせるつもりはないけどな。
ま、俺とエマでまた作れば、材料費だけですぐに作れるんだけどねぇ。
その他のドーンヴァース製の危険なアイテムに関しては、俺が管理するしかないだろう。
仲間たちに使い勝手の良いモノがあれば貸し出してもいいしな。
「よいしょ」
俺はベッドから起き上がる。
「さて、そろそろ動くとするか」
「まだ寝ていた方がいいのではないかや?」
「いや、ジリス騒動でやるべきことが全く片付いてない。
やるべきことをやってから、ゆっくり休みたいんだよ」
俺はやるべき事を指折り数える。
神々の楽園作り。
そこで働く人間の雇用と選定。
ゴーレムの修理、再生産。
拡大を続けるトリエンの街の視察も必要だろう。
そう言えば、エマたちに装備を作ってやるって前にいった気がするね。
これだけで、どのくらい日数が掛かるか判らん。
楽園作りはドワーフたちに一任しているけど、全く関わらないわけにもいかないだろうし、雇い人の面接なんてどれだけ掛かるか……
工房に籠もって装備とかゴーレム作ってる方が楽って感じるよ。
俺はこの世界に来てから結構他人と喋れてるから忘れ気味だけど、実は素ではコミュ障に近いので精神的ストレスが心配。
仕事モードだと他人と話せる方ではあるんだが……
どうもティエルローゼは遊びの延長な気がしてならんからな。
こういう雑務はクリスに丸投げしてもいいかと思うが、楽園の利用者が利用者だけに、俺の目による選別は必須だ。
トリシアたちに使ったような魂の本質を見抜く能力を使うわけ。
神に邪心を抱いたモノが出たら神罰が落ちまくる未来像しか浮かばないからな。
「うーむ。絶対的に雑務をこなす人員が足りない気がするな」
「王都あたりから引っ張ってくればいいだろう」
「有能な官吏がトリエンなんて田舎に来てくれるかね?」
「は?」
トリシアが呆れたような声を上げる。
「ケント。
今、トリエンは王国中の注目の的って自覚あるか?
なんでこんなに人口増えているのか解ってないのか?」
「いや、知ってるよ」
だからこそだ。
「一発当てたい海千山千の香具師どもが大量にトリエンに流れ込んできている。そんな奴らが信用置けるか?」
オーファンラントで最も人口の多い王都デーアヘルトで人を集めるのはいい。
「だけど、信用置けるヤツを見付けるのは至難の業だろ」
フソウの文官系の武士たちを借りに行きたいくらいですよ。
しかし今は大量の文官系武士たちは、トラリア王国再建のために出払っているに違いない。
とても借りてくるなんて出来ないだろうね。
トリエンの役場も大分役人の増員をしているらしいけど、それはクリスの部下であって俺の部下じゃない。
楽園計画は俺主導の計画だから、クリスの部下を勝手に使うのもどうかと思うし。
「ハリス、分身の術教えて」
「何だ……いきなり……」
本当に俺があと一〇人くらい欲しいんだよ。
ハリスの分身、すげぇ使い勝手が良さそうだしな!
いや、ダメだ。
俺が分身の術を覚えたとして、分身に仕事を押し付けて俺自身は冒険の旅に出ているなんて事を想像してしまった。
そんな事をしたら、分身たちに反乱を起こされかねない。
流石に自分のことはよく解っていると自分を褒めてやりたいところだが、そんな楽な方へと流される自分のいい加減な性格に半ば呆れる。
でも、もう一人自分がいたら仕事とかを押し付けて、自分は日がな一日ゲーム三昧とか考えちゃうよね?
うん、それが普通だ。きっと、そうだ。
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