第26章 ── 幕間 ── 暗黒騎士ジリス

 衛兵に担ぎ上げられ辿り着いた先は、薄暗い地下牢だった。

 ゴミ袋のように雑に放り投げられ、翔は苦痛にうめき声を上げる。


「うっ……」


 そんな翔を衛兵はまるで芋虫かゴキブリでも見るような冷たい、そして悪意の籠もった目で見てくる。


 今にも剣を抜いて突き刺してきそうなので、翔は必死に身をよじって衛兵から遠ざかろうとする。


 そんな情けない姿を見たからか、衛兵は「フンッ」と鼻をならして牢から出ていった。

 ガチャンと丈夫そうな錠前が降ろされる音がオマケで聞こえてくる。


 翔はなんとかゴロリと仰向けになると「ハァ……」と大きなため息を吐いた。

 自然と両目が潤んで大粒の涙が流れ落ちていく。


「何で俺がこんな目に合わなきゃならないんだよ……」


 翔は今の自分の置かれた状況やケントとの戦闘を思い出す。


「あいつがあんな目で見る資格があるのかよ……あいつ何で俺より強いんだよ……」


 涙が一層滴り落ちる。


 翔はアイツにそんな権利はないと思った。


 俺の居場所を奪おうとするヤツなど死んでしまえばいいんだ。


 そもそも翔は、幼稚園の頃にケントに出会った。

 その頃は両親に友達を制限されていたので、同年代で遊んで良いと許可が降りたケントと遊ぶ事に夢中になったものだ。


 しかし、それは小学校に入るまでの事だった。

 上学校の受験が始まって何とか合格して小学生になった頃、ケントが母方の遠い親戚でケントの父親が自分の父の会社に縁故採用された人物だと知った。


 ケントは小学校に好成績で合格したらしく、母親や父親がケントを手放しに褒めそやすシーンをよく覚えている。


「ケントくんは優秀でいいわねぇ……」

「それに比べて翔は……」


 翔がいないと思ってそんな話をする両親にショックだった。

 それ以来、翔はケントをイジリ始めた。


 翔とケントが入学した小学校は名門校であり、入学してくる生徒は名家と呼ばれるような家柄の子供や金持ちが多く、ケントのような中流家庭の子供が入ってくるのは珍しい。

 翔の父親がケントの家に資金援助していたのを知って、翔は一層クラスで仲良くなった者たちとケントに辛く当たるようになった。


 小学校を卒業する頃、さすがにケントイジリを辞めようと思った時期が翔にもあった。


 中学生になるんだし、そろそろ大人だ。

 いつまでもケントをイジリ倒しても意味はない。


 だが、またもや翔は両親がロビーで話しているのを影から聞いてしまった。


「ケントくん……また優秀な……中学校受かったんだって……」

「そうか……草薙の……優秀な者……多いな……」

「遠縁だけど……草薙家は古くから……」

「うちに養子に……もらえないか……」


 所々聞き取れなかったが、ケントを養子に欲しいと両親が言っているのだけは解った。


 目の前が真っ暗になった。足はガクガク震え、立っているのもやっとだった。


 俺の家にアイツが!?


 翔は必死に自分の部屋へ戻ったことを覚えている。


 この日から翔はケントをイジることを二度とやめなかった。

 両親が養子に望んだらしいが、ケントが翔の家に来ることはなかったし、ケントの両親に嘘や悪意を吹き込むような事も始めた。


「俺の人生にアイツが入ってくる事は許さない」


 高校受験の時、ケントが受けようとした高校が解った。

 私立の進学校だった。

 翔には少しランクが上だったが、必死に勉強してケントと同じ高校を目指した。


 アイツに自由にされてしまったら、翔の立場はより一層悪いものになると思ったからだ。


 目の届く範囲に置いて、イジリ倒してやる。


 この一念だけで翔はケントと同じ高校に進学した。


 なんとか高校に合格した頃に認識した頃だが、どうやら翔の父親は表には出てこない名前だったが、かなり有名な企業の重役だったようで、周囲の大人たち、特に先生などの翔を見る目が違うのだ。


 要は贔屓してくれるという事だ。

 ちょっとした素行や成績の悪さも目こぼしされる。


 翔はコレに味をしめ、より一層ケントをイジリ倒すことに傾倒した。


 卒業間際の三年の頃、自分の取り巻きグループの女子がケントの情報を持ってきた。


 ドーンヴァースというVRMMOというゲームでケントが有名人になっているという話だった。


 ケントが有名という耳障りな言葉を聞いて、翔は取り巻きグループとドーンヴァースを始めた。


 ドーンヴァースは面白かった。取り巻きグループもド嵌りして、日々ドーンヴァースを楽しんだ。


 だが高校の成績はどんどん悪くなった。

 その頃から両親の翔への当たりが悪くなっていく。

 以前は翔のいる所では絶対言わなかったケントと比較するような事を口にし始める。


「ケントくんが家の子だったら良かったのに……」


 母親のその言葉に翔は学校だけじゃなく、ドーンヴァースでもケントを追い詰める事にした。


 ケントが所属するクランに対して嫌がらせ。

 ケントが仲良くしているプレイヤーへのPK。

 思いつくありとあらゆる嫌がらせをケントの周囲に撒き散らした。

 もちろん運営規約に反しないように細心の注意を払ってだ。


 翔の立ち上げたクラン「ウロボロス」は二〇〇人以上の規模を誇る中堅ギルドだったし、ケントの周囲だけをターゲットにするには十分の規模だったので、嫌がらせは功を奏した。


 ケントはドーンヴァース内でもどんどん孤立を深め、バザーですら思ったアイテムを購入できなくなってきていた。


 その間、翔は仲間や同盟クランたちとフルレイドなど高難易度のクエストをクリアしていった。

 そんな時、超レアアイテム「ロキの外套」を手に入れることになる。


 ケントがレベル七〇に到達し、何やら準備を始めたとの情報が仲間たちから回ってきた。

 ロキの外套を装備して動向を窺っていたら、下級ドラゴンをソロで狩りに行こうとしているのが判明した。


 これは邪魔してやらなきゃならない。


 ケントが狙っているドラゴンを見定め、戦闘が開始される前にドラゴンにパワーアップポーションを大量に投与しておいた。


 もちろんケントが一瞬で負けたのは言うまでもない。


 ロキの外套サマサマだな!


 翔はケントが消滅した場所でガッツポーズを決めた。


 だが、それも束の間の事だった。

 自らがパワーアップしたドラゴンがこちらを見ていた。

 それに気づいた時にはドラゴンの強力なブレスとかぎ爪が翔を捉えていた。


 気づいたら、この糞世界の森の中で目が覚めた。


 どれもこれもケントの所為だ。


「何でケントにボコられなきゃならないんだ……」


 翔は涙を流しながら呟く。


 不意にコトコトと足音が聞こえてくる。


 頭を上げて牢の入り口の木の扉を見ていると、錠前が外されてゆっくりと開く。


 ピョコリと小さい顔が覗き込んでくる。

 可愛らしいショートカットの少女が怖いものを見るように視線を向けている。


 翔は少女に笑顔を作ってやる。

 その笑顔を見た少女は表情を強張らせ顔を引っ込めた。

 開いたままの扉から細い手が出てきて、皿とお椀を遠慮げに置いたのが見えた。


 細い手が引っ込むと扉はすぐに閉められ、また錠前を下ろす音が聞こえる。


「飯を持ってきてくれたって事か……」


 翔は必死に手も足もない身体で這いずり、置かれた皿の方へと移動する。


 手も足もないけど何とかなるものだな。


 漸く皿まで辿り着く。

 皿の上にはパンにハムと野菜を挟んだモノが載っている。

 お椀の中はコンソメスープだろうか。


 この世界に来て、初めて現実世界によくある料理を見た気がした。


 翔は口だけで必死にがっついた。

 こんなに美味いモノは初めて食べたと感じる。


「生きてやる。もっと生きてケントにもっと復讐してやるんだ」


 腹が満たされると、ケントへの飽くなき悪意と復讐心が戻ってくる。


 まだチャンスはある。

 例え手足がなくなっても、この不思議な世界なら何か手があるはずだ。



 翌朝……

 一晩中、ケントへの復讐の方法を考えていた翔の耳に足音が複数やってくるのが聞こえた。


 足音の目的地はここ以外にはあるまい。


 例の女の子が飯を持ってきてくれたのかと期待しつつ頭をもたげて入り口を見ていると、その期待はもろくも打ち砕かれた。


 入ってきたのはケント。

 それと白いローブを着た目つきの鋭い黒髪の美少女だった。


 何でケントの周りは美少女だらけなんだ?


 この世界に来てからケントを探ってみると、美少女やら美女やらが必ず出てくる。


 翔の頭の中には「納得行かねぇ!」という言葉が渦巻き、恨み、妬み、嫉みが激しく沸き起こる。


「ケント、こやつか?」

「ああ、コイツがそうだよ」

「ふむ。ふてぶてしい顔をしているな」


 黒髪の美少女がフンと鼻を鳴らしてあの衛兵のような目で翔をみた。


「な、何なんだよ……お前ら……」


 翔がそう言うとケントは翔をジッと見下ろしてきた。


「ああ、紹介しよう。こちらの美少女女神はタナトシア」

「女神……?」


 ケントに美少女女神と言われ少女は顔を赤らめた。


「バッ……! な、何を言ってるのよ!?」


 明らかにケントに好意を持っている……


「翔、これからお前の処遇は彼女が担当してくれることになったんだ」

「俺の処遇だと……?」

「ああ、そうだよ。お前は彼女が用意した神界の領域にある別の場所に移される」

「どこだ?」

「地獄だよ」

「!?」


 翔はケントが言うことが信じられなかった。


 地獄なんてものがこの世に存在するはずがない。

 だが、ここは元の世界ではない。

 この世界にはもしかしたら地獄が本当に存在するのかもしれない。


 そんな嫌な考えが頭を支配しはじめる。


「ま、待て! 何もかも全部差し出したじゃないか! 地獄なんてゴメンだ!」


 翔がそういうとケントは含み笑いする。


「いやいや。それはお前が殺した領民への補償だよ。

 翔。今回のは、お前が俺に与えてくれた生き地獄のお礼だと思ってくれよ。

 お前はティエルローゼに新たに出来る『地獄』の最初の被検体だ。

 十分に楽しんでくれ」


 最後にケントがニヤリと笑うと、タナトシアという美少女が妖艶な笑みで近づいてきた。


「翔と申したか?

 では行くとしようか。我が神一族が用意した最凶の地獄に!」


 タナトシアが翔に手をかざすと一瞬で世界が暗転した。


 こうして翔はティエルローゼにできた「地獄」最初の囚人となった。

 死ぬことも敵わない拷問と血の責め苦の宴が永遠に続くのだ。

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