第26章 ── 第18話

 砂井ことジリスが大人しくなってしまったので、次元隔離戦場ディメンジョナル・アイソレーション・バトルフィールドを解除する。


 すると衛兵隊や冒険者、防衛隊指揮官フォフマイアー子爵、副官ヘインズ、アーベントらが走ってやってくる。

 援軍や増援による混乱を防ぎたかったので次元隔離戦場ディメンジョナル・アイソレーション・バトルフィールドの隔壁を双方向遮断に設定しておいたのだ。


「領主閣下、ご無事ですか!?」

「みんなご苦労さん。俺は大丈夫だ」


 俺の苦り切った笑みをみて、部下や衛兵たちは何かを悟ったように周囲の瓦礫や残骸などの片付けに入る。


「ケントさん!」


 見ればマルレニシアたちも走ってきた。


「ああ、マルレーン。君たちも来てくれたのか」

「当然です! 閣下の危機に来ないなど加護を受けた者にはおりませんぞ」


 例の盗賊シーフのメリッサが胸をドンと叩く。

 それにマルレニシアや仲間のアーヤやアマンダも頷いている。


「リククとサラは?」


 周りを見回すが、あの二人の姿が見えない。


「それは……」


 俺に問われマルレニシアが歯を食いしばるような顔で下を向く。


 なんだ?

 まさか……


 俺は他の冒険者や衛兵が調べている遺体の方を見る。

 冒険者風の遺体がいくつも並んでいる。


 一つ一つ見ていくと、見たことがある神官服と革鎧が目に入った。

 目の前が真っ暗になる。

 足元が揺れるような感覚があったが、俺がフラついただけのようだ。


 見知った者が死んでいるのを見るのは精神に来る。


「旦那さま……」


 館の入り口から這いずるようにメイド頭のアマレットが顔を見せた。


「アマレット?」


 俺はフラつく足に必死に力を入れて彼女へと急いで近づいた。

 彼女は何かに胸を潰されたようで、吐血を繰り返している。


 俺は抱き上げると「癒やしの霧ヒールミスト」を掛けてやる。


 アマレットは、ハァと深い息を吐いて微笑みながら俺を見た。


「助かってしまいました」

「助かって悪い事はないだろ」

「ですが、旦那様。リヒャルト様が……」

「リヒャルトさんがどうした?」

「勇戦虚しく……」


 俺はきつく目を閉じた。


 リヒャルトさんまで?


 俺が館を留守にしていても全ての雑事を片付けてくれていた有能執事が逝ってしまったのか……


「遺体は……?」

「ロビー内に……」

「アナベル!」

「はい!」

「アマレットを頼む」

「了解です」


 俺はアマレットをアナベルに任せ、破壊された玄関に向かう。


 玄関内のロビーは戦闘痕が凄まじく、リヒャルトさんたちの勇戦ぶりが手にとるように解った。

 見ればロビーの階段脇にリヒャルトさんの執事服が見える。


 見るのが躊躇われたが、俺は足を進める。

 主人たる者、家臣の死を見届ける必要がある。


 そこには執事服にブレストプレートを装備したリヒャルトさんの姿があった。

 手足は吹き飛ばされているものの、目を閉じた顔は穏やかに見えた。


「くそっ……!」


 俺の心に砂井への更なる恨みが積み上がる。

 俺はリヒャルトさんを抱き上げると玄関の外に出た。


 他の遺体の片隅にリヒャルトさんの亡骸を横たえる。


「ティエルローゼの神々よ……こんな死を俺は認めない」


 俺がブツブツと念仏のように言った言葉に周囲にいた仲間や衛兵、冒険者たちが不安げな顔をする。


「俺が見ていない所で……こんな死に様は認めないぞ!」


 俺が叫んだ途端、俺の周囲に眩い光の柱が立ち上がった。

 周囲の者は驚愕や畏怖の表情で身体を固くした。


「俺が守るべき領民たちの魂よ。

 今、深淵の彼方へ漂いゆく魂たちよ!」


 俺は右拳を天へと突き上げる。


「今一度、魂の揺り籠たる肉体へ戻れ!

 強制蘇生フォース・リヴァイヴ!!」


──ドンドンドンッ!


 物凄い衝撃音と共に並べられた遺体の数だけ眩い光の柱が立ち上がる。


 周囲にいた者たちは全員が腰を抜かしてしまう。


「な、なんでしょう!?」


 マルレニシアの声が聞こえた。


「こ、これは! まさに神の御力に違いありません!」


 アナベルの興奮した声も聞こえた。


「何が起こっているのじゃ!?」

「ケ、ケント!?」


 マリスの声と共にトリシアが慌てて俺を呼ぶ声が聞こえた。


 そして俺の目には何も映らなくなった……



 ふと目を開けると、例の何もない真っ暗な空間だった。


 ただいつもと違うのは、俺の目の前に無数の白い服を着た神々が立っていた事だ。


 見渡すと何千人もいるようだ。

 俺の近くには知った顔が多いが、その周りを取り囲むようにいるヤツらはほとんど知らない顔だ。


「ケント様」


 一人の神が前に進み出た。


「ああ、秩序の神ラーマだったっけ」


 肉体創造の最後の方に顔を合わせた神だ。

 彼女はティエルローゼで最初に作られた神の一人だ。


「無茶をなさいますな」

「何か無茶をしたかな?」


 すると戦いの神たちが噴き出したり呆れたりしている。怒っているような神もいるね。


「無茶もいいところよ!」


 タナトシアがプリプリと怒りながら俺の前まで来た。


「あれだけの魂を強引に肉体に戻すなんて、死者たちの門が大混乱になったわよ!」


 何だそりゃ?


 俺の困惑の表情に何を言いたいのか解ったようで、タナトシアはフンッと鼻をならして横を向いてしまう。


「あらあら。困った子ねぇ……」


 少々ふくよかだがナイスバディの品のいいレーファリアが顎に手を当てて笑っている。


「俺、何かしたっけ?

 気絶する前に何かしたような記憶があるんだけど、ほとんど無意識にやった気がするなぁ」


 やれやれとアースラが肩を竦める。


「お前は神界にいた神々から神力を徴収して、死んだ者たちを生き返らせたんだよ」

「はぁ」


 俺の気の抜けたような返事に怒り心頭のアイゼンが爆発した。


「あんな何も言わずに神力徴収すんのはゴメンだぞ!!」

「まあ、それは仕方ない事です。

 ケント殿……いや様は、もう我らの上に座するお方になられたのだから」


 何を言っているのか判らんぞ、って誰だお前。


「お初にお目にかかります、創造神様。私は闇を司る神ダキシアと申します」

「闇? それはタナトシアとレーファリアじゃ?」

「いえ、私は闇のみを司ります。母たるレーファリアの分けられた御魂の一人となります」


 ふむ。能力を分けて産まれた神様なわけだね。

 分裂したり融合したり……神ってのも面白い性質もってんなぁ。

 って、ちょっと待て。


「俺が創造神?」


 ハイヤーヴェルの跡目を継いだ話は誰にもしてないのだが?


「わははは!

 おいおい。しらばっくれるなよ。

 あんな荒業、ここにいる神々にだってできねぇよ」


 アースラがおかしげに笑う。


「バレバレか?」

「あれだけやれば、バレバレだな」


 俺は肩を竦めてみせる。


「さて、ケント様。

 我ら全ての神々は貴方様の元に集まりました。

 どうか神界の指揮を摂ってくださいませ」


 神格第一位、秩序の神ラーマが俺の前に跪く。

 すると、全ての神々がラーマに倣って跪いた。


 むう。俺は神になるつもりはないんだが……


「すまん。まだ神界に上るつもりはないんだ」


 ラーマが少し悲しげにこちらを見る。


「いや、俺はまだティエルローゼという大地を隅々まで冒険していないし、トリエンに残された領民を放って神界に行くなんて考えられない。

 俺はまだ地上でやりたい事が山ほどあるんだ」


 周囲の神々に視線を向ける。


「ハイヤーヴェルも精霊たちも言ったよ。

 俺の好きにしていいって」


 俺は一息ためてから、もう一度口を開く。


「だから、今までのように神界の運営は……ラーマ、君に任せる。

 俺が地上に飽きるまで頼むよ」


 俺がそういうとラーマは溜息を一つ吐いた。


「創造神様がそう仰るなら、そのように取り計らいましょう」


 ラーマは立ち上がると神々に向き直る。


「聞きましたね、皆の者。

 創造神様のお望みのままに我らは世界を治めましょう」

「「「はっ!!」」」


 さすが秩序の神ラーマだな。

 伊達に四〇〇〇〇年も神界を束ねてないね。


 彼女に任せておけば神界は大丈夫だろう。


 それにしても神々が俺に臣従するとなると、マジで世界は思いのままじゃん。

 何をしても俺の考えたように上手くいくなんて自体になりそうなので、ラーマには釘を指しておかんといけないかもしれないな。


 全部上手くいく世界なんて何の面白味もないもんね。


 下界での俺の扱いは、基本的に今まで通りに一般人と同じ様に扱うように言っておこう。

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