第26章 ── 第17話

 俺は辺りを見回したり、何もない所に剣を振ってみたりしながら、ジリスの動きに気付かないフリをしつつヤツの動向を窺う。

 砂井は基本バカなので、俺の芝居に騙されたようで抜き足差し足で俺に近づいてきた。


 俺は地面に足を取られたフリをしてジリスの方へと転ぶ。


「うわっ」


 ジリスはチャンスと言わんばかりに剣を振り上げた。

 だが、俺は剣を地面に垂直に構えて転がりつつ、愛剣の刃をジリスの足の甲に突き立てた。


──ブスリ……


 俺の狙いは器用度が非常に高いため正確で、しっかりと足の甲の中心に愛剣は突き刺さる。

 バカなジリスは慌てて足を引いた。


 この状態で足を力いっぱい引いたらどうなるか解るよね?


 ジリスの足は、ズバッと足の甲から指先までザックリと裂けた。

 そして鮮血がほとばしる。


 ジリスは悲鳴を上げながらのたうち回っていると思われるが、ロキの外套の所為で周囲には全く声も音も響いてこない。


 自由に行動させておくのも嫌になってきた。

 茶番はこのくらいでいいや。


 俺は立ち上がるとジリスの前に立った。


 ジッと冷たい視線を落とし、ヤツが足を抑えてゴロゴロ転がりまわるのを見ていた。


 ジリスはポーションを飲んだらしく、出血や傷は癒えたように見える。

 見れば取り落したジリスの剣が目視可能になっている。


 俺はこの瞬間を逃さない。


「一〇連撃……紫電・改二!」


 猛烈な連撃がジリスの取り落した黒い剣を粉砕する。

 一瞬でジリスの黒い剣がバラバラに破壊された。


 ロキの外套以外はレジェンダリー装備じゃないようだな。

 エピック・クラスの魔法の武具なんだろうけどね。


 現在、俺が愛剣として使用している剣は十拳剣とつかのつるぎだ。

 アースラがヤマタノオロチから譲り受けた「天叢雲剣あまのむらくものつるぎ」と並び称される正真正銘の伝説の武器だろう。

 ドーンヴァースにおけるレジェンダリー・クラスと同等の武器だと思う。

 エピック程度を破壊するのはわけもない。


 ギロリとジリスの方を見ると、右の手の平をこちらに向けて突き出してきた。


 待ってくれという仕草に見えるが声も聞こえないので無視だ。


 俺は剣を横に一振りする。


 バラバラとジリスの四本の指が地面に落ちるのが見えた。

 鮮血が空中に飛び散り、ボタボタと地面を赤く染める。


 ジリスは切られた手を胸のあたりに持っていき前かがみにうずくまった。

 声は聞こえないが、泣き叫んでいる事だろう。


 俺はまたもやジリスをジッと見つめる。


 ジリスは身体を起こすと、指のない手で必死にインベントリ・バッグを漁り、ポーションを取り出して飲んだ。


 右手の四本の指、そして左腕を失った状態では、もう戦うこともできないだろう。

 だが、俺はコイツを許すつもりはない。


 俺はジリスの喉元に刃を向けた。


 ジリスが必死に指のない手を振っている。


 その時、不意にジリスの全身が可視化された。


「ま、待ってくれ! 俺の負けだ! 勘弁してくれ!」

「は? 何を勘弁するんだ?」

「こ、殺さないでくれ……!」


 涙と土で薄汚れたジリスの顔は悲痛に歪んでおり、必死さが伝わってくる。


「お前が面白半分で殺した俺の領民たちに同じことが言えるのか?」


 周囲に転がっていた衛兵や冒険者たちの遺体は、仲間たちが横倒しの馬車の近くへ運んでいた。

 遺体の数は三〇人ほどだろうか。


 その遺体を見てからジリスへと視線を戻す。


「こ、殺すつもりは無かったんだ……」

「何言ってやがる。領主の館を襲い、警備のゴーレムを破壊し、そして防衛に駆けつけた衛兵と冒険者たちを殺しておいて、殺意がなかっただと?」


 ジリスは口をパクパクしているが、言い訳の言葉は出てこなかった。

 俺の剣がジリスの喉を切り裂いたからだ。


 ジリスは指のない手で切られた喉を抑えてのたうち回っている。


「安心しろ。死ぬほどの傷じゃない。下手な言い訳が聞きたくないから、喋れない程度にちょとだけ切っただけだ」


 俺は剣を鞘に収め、しばし思案する。


 さて、こいつをどうするか……

 ジリスの戦闘力はレベルがカンストしている割りにお粗末だったな。

 ロキの外套に頼り切りで、戦術的とはとても呼べない代物だったし。


 プレイヤー・スキルが全く磨かれてない。

 モンスター相手ならともかく、PvPには耐えきれない代物だった。


 こんなんで俺に挑んできたのか……

 所詮、ただの小悪党だったって事だろうな。


「おい、翔」


 涙目のジリスが懇願するような目を俺に向けた。


「インベントリ・バッグの中身を全部出せ。ロキの外套も外せ」


 ジリスは、指の無い右手だけで必死にインベントリ・バッグを外し中身を地面にぶち撒けた。

 そしてロキの外套を外して俺の前に置いた。


「お前のアイテムは金に変えて、死んだ者の家族たちへの賠償金とさせてもらう。異論はないな?」


 ジリスは血の止まりかけた喉の傷を庇いながらもコクコクと頷いた。


「腐ってもレベル一〇〇だし、逃亡されるのは困るな。

 四肢切断ディスメンバーメント


 俺は再び剣を抜いてジリスの四肢をスキルを使い全て切断し、ピュッと剣を振って血を払って流れるように鞘に納める。


「ぐほぉ……」


 突然手足を失い、ジリスの塞がりかかった喉から悲鳴にも似た音が漏れ、地面に転がる。


癒やしの霧ヒール・ミスト


 四肢を失ったジリスの傷をすぐに魔法で癒やしてやる。


「これでお前は逃げられない」


 ジリスはもう起き上がることもできず、芋虫のように地面に転がって涙を流している。


「お前の処遇は貴族……それも地方領主への襲撃って事で死刑確定なんだけど、簡単には殺さないよ」

「ど、どうするつもりなんだ……?」


 癒やしの霧ヒール・ミストで喉の傷も癒えちゃったみたいだな。


「そのあたりはこの世界の神と相談だな。楽しみに待ってろ」

「神……?」

「ああ、この世界の神々だ」


 ジリスはティエルローゼに本物の神々が存在する事を知らないようだ。

 ま、現実世界の延長線上みたいに思っているんだろうし、神々の存在なんて信じてないんだろうな。


「俺はお前の出現を早急に排除が必要な存在として神に教えられてたんだよ」

「人を害虫みたいに……」

「害虫の方がなんぼかマシだ。害虫程度ではあんなに人は死なない」


 俺はジリスが殺した者たちを顎で示す。


「こいつが転生者か……?」


 シンジが恐る恐るという感じで俺の方に歩いて来た。

 ジリスの手や足、指などが転がっているので気味悪そうにしている。


「ああ、ジリスと名乗ってたが、本名は砂井翔」

「こいつをどうするんだ?」

「この世界の法に照らし合わせたら、死刑は確定」

「殺すのか……?」


 シンジは自分と同じ日本人が死刑になる事に抵抗があるのかもしれない。


「ここオーファンラント王国は法治国家だからね。

 この土地の法に従って罰するのは仕方ないんじゃないか?」

「罪状が殺人だし、仕方ないのは解るよ」

「いや、殺人は二の次だね」

「え?」


 理解できない声を出すシンジに俺は少し溜息を吐く。

 やっぱり一般的な日本人だとそんな認識なんだなぁ。


「まず、第一等の罪は貴族への襲撃。

 これは平民には決して許されていない。

 君も砂井も現在はどの国家にも所属していないから正確には流民だけどね。

 流民は平民よりも階級は下として扱われる。

 そんな流民が貴族、それも領主を襲った段階で死刑確定なのは解るかな?」


 これは知らなかったでは済まされない事だ。


 シンジはピンと来ない顔をしている。

 そこにトリシアがやってきてシンジの頭を平手でバシンと強かに叩いた。


「このバカシンジ!」


 突然の事にシンジは涙目でトリシアを見上げた。


「ご、ごめんよ姉ちゃん……」


 無意識にシンジはトリシアを「姉ちゃん」と呼んだ。

 その言葉にトリシアの顔がピシリと固まった。


「あ……ゴメン。俺の姉に雰囲気とか怒り方がそっくりだったんだよ」


 ん? トリシアのシンジへの対応を思い出してみると、シンジの「姉ちゃん」発言がしっくり来る気がするな……


 俺はシンジとトリシアを見る。

 まだ神の力を込めたままだった俺の目は、シンジとトリシアの魂の色を見抜いてしまった。


「ふむ……そっくりだな」


 俺の言葉にトリシアが怪訝な顔をした。


「何がだ?」

「あ、いや……魂の色がね」


 シンジも眉毛を上げて俺を見た。


「魂の色?」

「あ、うん。

 魂には色があるんだよ。

 ちょっと特殊なスキルを持ってないと見抜くことができないんだけど、家族とか繋がりのある人同士は色が似通ってたりする」


 俺はジリスの魂の色を見る。

 なるほど。俺に似ているわ。

 ハイヤーヴェルの子孫ってのもあるが、それ以上に砂井と俺の関係はアースラなんかよりずっと近い。


 砂井はもともと母方の遠い親戚だからな……


 俺はもう一度トリシアの魂を神の目で見る。

 グッと目に力を入れて詳しく見ると、前世の彼女の姿と名前が脳裏に浮かんだ。


「真理亜………片瀬真理亜?」


 シンジが驚いた顔になる。


「何で姉ちゃんの名前を知ってるんだ……」


 やっぱりそうか。


 俺は確信する。


 トリシアはシンジの姉の魂がティエルローゼに飛んできてエルフとして生まれ変わった存在という事だろう。


 死に別れた姉弟が異世界で再会ですか。

 ドラマチックといえばドラマチックですな。


 シンジがハイヤーヴェルの子孫なんだから、トリシアの生まれ変わる前の存在である真理亜という女性もハイヤーヴェルの子孫という事になる。


 ハイヤーヴェルという存在に引かれて、ティエルローゼに魂で来ちゃったんだろうか。


 確かトリシアは三〇〇歳くらいだし、セイファードと同時期にティエルローゼにやってきたとすると、ハイヤーヴェルに魂を連れてこられた可能性はあるかも。

 ただ、ドーンヴァースのプレイヤーじゃなかったんで、現地人のエルフとして産まれてきたって事だろうな。


 魂が姉弟でも、血は繋がってないからな。これから二人の関係が微妙にならない事を祈りたいところだ。

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