第26章 ── 第16話

 回復ポーションを飲んだジリスは、みるみるHPが回復していく。

 それと共に表情や態度にも余裕が見える。


「へへへ。悪く思うなよ」

「御託はいい。早くしろ」


 だが、俺が見ているヤツのHPバーは完全に回復していない。

 見た所九六パーセントといったところか。


 あいつ……ステータス画面を見てないのか?。

 いや、見れないのかもしれない。

 何となく身体の調子や感覚で適当にHPやSPを管理しているな?


 それは何故か?

 ジリスは例のアレを手に入れてないに違いない。

 そう。能力石ステータス・ストーンだ。


 アレが無ければ、ティエルローゼ人も俺たちのような転生者もステータス画面は表示できない。

 無ければ今のジリスのように適当に管理するしかないだろう。


「さて、こっちは準備オーケーだぜ?」


 ジリスのニヤニヤ顔にリアル砂井の嫌なにやけ顔が重なる。


 ああ、いやだ。

 本当に嫌なヤツだ。


 一瞬ですべてを終わらせてしまう衝動に駆られるが、俺はそれをグッとこらえる。


 それでは勿体ない。

 これまでの人生で味わった辛苦を例え一割り程度でも砂井に与えねば、この心の奥深くで渦巻くドス黒いモノが噴き出して俺は暗黒面に堕ちるだろう。


 それこそシンノスケの二の舞だ。

 それはトリシア……いやファルエンケールの女王ケセルシルヴァが阻止しようと腐心した事に他ならない。


 それだけではない。


 俺と誓約を結んだ精霊たち、俺が庇護を約束したハイエルフ、そして領地に住まう住人たちの期待を裏切る事にも繋がる。

 他にも肉体を再生してやった神々も俺に色々と期待しているかもしれない。


 そんな願いや期待を裏切ることは俺にはできない。


「よし、始めよう」

「いっちょ揉んでやるよ!」


 ジリスがヒャッハーと奇声を発しながら剣を振り上げた。

 俺は油断なく身構え、剣の柄に手をかけた。


 黒いオーラを纏ったジリスの剣が上段から俺に振り下ろされる。


 そんな単純な太刀筋で俺に当たるかよ。


 その瞬間、ジリスの姿が霧散するようにかき消えた。


「うお!?」


 ちょっとビックリしたせいで少しだけ身体が硬直する。

 スッパリと俺の左上腕に切り傷が現れる。


「くっ」


 俺は大きく右側にステップして、追撃を警戒する。


 しかし、追撃はなかった。


 周囲を見回してもジリスの姿も気配も全く感じられない。


 くそ……どこ行きやがった……?

 姿だけでなく気配まで完全に消せるのかよ。


 これは間違いなく「ロキの外套」の効果だろう。

 ジリスの上に表示されていたはずのHPバーまで消えている。


 神すら気配を察知できないってのはこういう事か。

 伊達に悪名高き「ロキ」の名を冠するだけはある。


 ゾクリと背中に寒気が走る。

 俺は即座に前方へと転がった。

 後頭部があった場所に鋭い風が巻いたのがチラリと見えた。


 うげぇ! ヤツの全攻撃を危険感知で避け続けねばならないって事かよ!

 能力値は圧倒的に俺が有利のはずなのに、たった一つのアイテムの所為で劣勢に陥るとかマジ勘弁なんですけど!?


 しかし、ジリスの攻撃は容赦がない。


 あちらを避けると、こちらから。

 前かと思えば後ろから。


「よっ! は! うぉ!?」


 間一髪でジリスの攻撃は何とか避けることに成功できている。

 しかし、ヤツの居場所を予想して攻撃するも、全く当たる気配がない。


 それだけならともかく……

 見えてはいないが、ヤツの剣が纏う黒いオーラが身体を掠める度に俺のHPを削っていく。

 そればかりか「能力値減少」というデバフを俺に与えていく。


 この能力値減少というデバフは、一回の攻撃でランダムで一ポイントずつ能力値が減少する。

 このデバフ自体は大した威力ではないが、攻撃を受ける度にどんどんと減少効果が積み重なる。


 高レベルのプレイヤー相手には対して効果はないのだが、積み重なるとPvPにおいてはかなりの不利として働く。


 レベルがアップした時のステータス上昇値は、職業に左右されるものの五~一〇ポイント。

 戦闘継続時間が長くなればなるほどレベルに差があるのと同様の効果を発揮し始めるのだ。


 敵の攻撃を避け続けたとしても、何十回も黒いオーラに侵されてしまうと流石の俺でも厳しいかもしれない。



 一〇分経過。


 俺は危険感知の感覚を信じて、必死に避け続けている。


 よくまあ一〇分も敵の攻撃を避け続けられているものだ。

 我ながらコレは凄い。自分を褒めてやりたい。


 しかし、俺のステータスは既に一割り近く減ってきている。


 うーむ。そろそろ反撃を開始しないとな。防戦一方では仲間や領民を前に格好がつかないぞ。


 俺は必死で対応策を考える。

 姿も気配も察知できない相手とどうやって戦うのか……


 こういった場合、漫画や小説では目を閉じて……とかあるんだろうが、そういう作品の場合、気配まで消されてないからな。


 では第三の目とか心眼とか開いて……

 そんなご都合主義的能力は流石に俺にはない。


 あえて言うなら創造神の能力を込めた目なら代わりになりそうだが、その創造神にすらロキの外套を使っている人間を察知できないんだよ。


 じゃあ、どうすれば……


 はっきり言って八方塞がりです。

 闇雲に剣を振り回しても無駄にSPを減らすばかりだ。


 広範囲攻撃スキルを使えば運が良ければ当たるかもだが、ジリスはこういった戦闘に慣れている可能性が高い。

 そういった対策を取り入れた行動を心がけているはずだ。


 用意周到で卑怯なやつだよ、本当に。



 さらに五分経過。

 そろそろ俺も精神的に爆発しそうなほどイライラが募ってきた。


 俺は力いっぱい周囲に斬りつける。


 高ステータスの腕力でぶん回した所為で、地面の土や砂が舞い上がる。


 ん? これは……


 俺は気づいた。

 いかに姿や気配を消したとしても、実体ごと消している訳ではない。

 いかに上手く立ち回っているとしても、ただ透明で気配がしないだけだ。


 それならば。


「シルフ」

「あいあい」


 俺が一言発した途端に俺の耳元に声が返ってくる。


「ヤツの居場所は解るか?」

「もっちろ~ん。ボクはどこにでもいるからね! ボクが居られない所にそいつがいるよ?」


 な~る。


 目に神の力を宿してシルフのいない場所を見抜く。

 俺の目には対流のように揺らめく半透明のシルフたちがよく見える。

 しかし、シルフが侵入できずに押し合いへし合いしている場所に気づいた。


 あ~。いるねぇ。


 シルフが見えない場所こそがジリスの居場所だ。


 そのシルフが見えない場所は剣を持った人の型をしていて、抜き足差し足って感じのシルエット状をしている。


 丸見えになってみると、非常に滑稽な光景だ。


 俺がジーッと見ているのに気づいたのか、ジリスらしきシルエットがピタリと動きを止めた。


 さらにジッと見ていると、シルエットはピラピラと両手を振っているのが見えた。


 俺はすかさず剣でその腕の一本を切り飛ばした。


 本体から切り離された部分が実体化したように現れる。

 くるくると回りながら盾を持った左腕が「次元隔離戦場ディメンジョナル・アイソレーション・フィールド」の壁の方へと飛んでいった。


 おお!? という声が仲間たちがいる横倒しの馬車の方から聞こえた。


 シルエットはというと、切り飛ばされた腕を抑えてのたうち回っている。

 悲鳴の一つも聞こえてきそうなものだが、ロキの外套の効果か全く聞こえてこない。


 だが、腕の切断面から吹き出す血は、身体から離れた途端に誰の目に見えるようになる。


「あそこにいたか」

「あそこじゃな」

「あそこですね」


 俺はジリスの情けない動きを見るだけで、追撃は仕掛けない。


 必死に腕を縛って止血をしようとしているのが動きで解る。

 止血し終わった後にポーションを呷っているのも手にとるようだ。


 ジリスのシルエットは立ち上がり、肩が激しく上下しているように見える。


 結構なダメージを受けた事だろう。

 動きがかなり慎重になっている。


 ただ、何故俺に腕を切り落とされるようなヘマをしたのか解っていないらしく、しきりに首を捻っている。


 ポーションでHPを回復して痛みも引いたようで、ジリジリと俺の左の方へ回ろうとしはじめた。


 もうミエミエなのになぁ。

 俺の攻撃がまぐれ当たりしたと思っているのかな?

 あれだけ綺麗に切り飛ばしたのにね。


 信念も誇りもない小悪党が、無駄にレベルが高いだけだからねぇ。

 ティエルローゼにとっては災厄なんだろうけど、ドーンヴァースでは大成できないタイプですよな。

 いや、ドーンヴァース以外でも無理だろうな。


 起こした事件が食い逃げとか窃盗とか、強盗とか……小さすぎる。

 その過程で殺人を何件も起こしたわけだが、増長して領主の館に攻め込んでくるほどのバカだ。

 ヤツに対する怒りも大きいんだけど、呆れの方が強い気がしてきた。


 ま、それでも簡単に終わらせるつもりはない。

 泣いて叫ぶほどに、いたぶってやりますかな。

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