第26章 ── 第15話
俺は第四陣の三人の到着を待つ。
ヤツが余裕をかましている今が絶好の機会だ。
トリシアたち三人が
そして「
これでヤツは絶対にここから逃げ出すことはできなくなった。
例え「ロキの外套」の能力を発揮してもだ。
今、ヤツはロキの外套をアイドル状態にしているから姿が半透明に見えてると思われる。SPの消費を抑えておこうという腹づもりなのだろう。
「トリシア、
目標の退路は完全に塞いだぞ」
門から出て別館の上に登坂を開始したトリシアがパーティチャット経由で返事を寄越す。
「了解だ。敵の状況はどうだ?」
「今、姿を隠す魔法道具の使用を制限しているようだ。SP節約中って事じゃないか?」
「なるほど。となると敵のSPはかなり減っている状態という事だな?」
「そうだと思うが、ヤツはレベル一〇〇だ。楽観的に考えるのはやめたほうがいいかもな」
みれば、ジリスはインベントリ・バッグからポーションを取り出して蓋を親指で弾いている。
「やはりな。ここまで潜入するためにSPをかなり消費していたみたいだ。
あのポーションがフルSPポーションじゃないと思いたいところだ」
「SPポーションにも完全回復版があるのか!?」
トリシアの驚きと共に、他の仲間の唸る声も聞こえてくる。
「あれ? 言ってなかったか?
ドーンヴァースにはHP、MP、SPポーション全部に特級回復ポーションはあるんだよ。めちゃくちゃ高いが」
そこにシンジの声が被る。
「そんなに高くないだろ。フルSP回復ポーションは、八〇〇〇ゴールドくらいじゃないか」
「お主の言う、八〇〇〇ゴールドとは八〇〇〇ゴルド金貨ってことじゃな?」
マリスがシンジの言葉を確認する。
「そうだけど?」
「シンジ、解ってないな。このティエルローゼにおいてゴルド金貨は金貨四枚分の価値のある貴重な物だ」
「へ? ってことは……」
「金貨三二〇〇〇枚って事なのですよ!」
「それってどのくらいの価値なんだい?」
俺は内心苦笑するしかいない。
今でこそ、仲間たちは大金持ちだが、ドーンヴァースに何億ゴールドも貯金がある上級プレイヤーには遠く及ばない。
「トリシアが俺からもらう一ヶ月給料は銀貨五枚だ。これはこの世界のキャリア官僚がもらう給料と同等だよ」
「はぁ!?」
あまりの貨幣価値の認識の違いにシンジが素っ頓狂な声を上げた。
「それで、俺が一ゴールド出すと店の人が困った顔してたのか……」
ゴルド金貨を乱用されると困るので、当面の生活費を俺が立て替えた方が良さそうだ。
もちろん、相応のゴルド金貨と交換にだが。
「さて、おしゃべりはこのくらいにしておこう。
ヤツの準備が整ったようだ」
見れば砂井ことジリスがポーションを飲み終え、スキルを使用しはじめた。
「ふんぬ!」
力を漲らせるようにグッと構えると、ジリスの身体からドス黒いオーラが展開し始める。
だが、俺が知る
これは、例の邪神像の破壊による事が大きいと予測できる。
「なぜだ? いつもより力が弱いぞ……」
ロキの外套を使って侵入して来たからだろう。
俺たちの邪神像破壊に気付いてなかったようだ。
砂井め、結構間抜けだな。
「邪神像なら破壊させてもらったからな」
「何!?」
鬼の形相でジリスが俺を睨む。
「プゲラ。俺が
俺は某大型掲示板の相手をあざ笑う時に使われる用語をあえて使う。
ジリスのこめかみに青黒い血管が浮き出る。
「クソケント!!!」
「あはは。褒め言葉と受け取っておくよ。
さてと、今までの恨みを晴らさせてもらう。覚悟しろ」
「はんっ! たかがレベル七〇風情が!」
こいつは馬鹿だ。転生時期が最近って事もあるかもしれないが、俺がいつまでもレベル七二なわけないだろ。
ジリスは自分の剣に黒いオーラを纏わせ、俺の方に跳躍してきた。
単純な挑発に乗るなぁ。煽り耐性皆無か?
すぐさま、トリシアの狙撃がジリスを襲う。
「
「うお!?」
ジリスは空中で盾防御のスキルでトリシアの攻撃からの攻撃を受け止める。
あいつも危険感知スキルを持ってたか。
ま、俺みたいに疎まれて手に入らなかったわけじゃないだろうしな。
そういえば相場は二〇万ゴールドくらいだったっけ?
だが……甘いぞ、砂井。
着地地点にはマリスが移動して待ち構えていた。
「シールド・チャージ・エクステンション!」
マリスの
「うわぁあぁ!?」
──ズシャッ!
振り抜かれた
「そりゃ!」
シンジが「シールド・アタック」で追撃する。
ジリスは吹っ飛ばされて大量に積み上がっているミスリル・ゴーレムの残骸に激突した。
「ぐほっ」
今の攻撃でジリスのHPバーが二割ほど消し飛んだ。
あれ?
「させん……」
どこからともなくハリスが現れてゴーレムの残骸からジリスの身体を引っ張り出して俺たちの前に放り投げた。
ジリスは何かしようとしてたようだね。ハリスも人が悪い。
「くそっ! ケント! 一人に対して仲間と一緒に攻撃するなんて卑怯だろ!」
「はぁ!?」
今度は俺がシンジのような素っ頓狂な声を上げてしまう。
「それをお前が言うのかよ!? わははははは!」
俺は逆に面白くなって大爆笑してしまう。
ジリス自体は何で笑われているのか解らないらしく、困惑した表情を浮かべている。
「な、何が可笑しいんだ!?」
「これを笑わずして何を笑うんだよ、翔。
お前が小学生の頃から俺にしてきた事を思い出してみろよ」
だが、砂井はますます困惑した顔をする。
「何をしたというんだ!?」
ああ、こいつは馬鹿なんだな。
親が大企業の重役なのを良いことに周囲にデカイ面をしてきただけの子供だったっけ。
今、この瞬間も小学生の頃と変わってないんだ。
それと、イジメる側は、イジメられる側の事を何も覚えてない事が多いそうだしな。
だからって俺が許すと思ってんのか?
イジメる側が覚えてなかろうが、イジメられる側はいつまでも覚えてるんだぜ。
俺はマリスたちの前に出て、ジリスの正面に立った。
その瞬間、ジリスは黒いオーラを纏った
──ガギギギギ!
四つの球がグルグル回りながら
あーあ、刃こぼれが凄いぞ。手入れが大変そうだねぇ。
「ぎゃぁ!」
ジリスは慌てて
「レベル一〇〇と聞いておりましたが、武人としては三流……いえ、一〇流以下のようですね?」
見ればアモンが呆れたような顔をして俺の横に立っていた。
「ああ、コラクスから見たらそうだろうね」
現実世界で剣術なり武術なりしていたならともかく、ただの素人のボンボンだからなぁ。
そういう俺も武術とかとは無縁なのだが、元来厨二病だったので、そういった本は何冊も持ってたし、型などを練習して覚えるくらいはしてたしな。
それにしてもコレでは、一ターンも仲間たちの相手をできるとも思えない。
もし、誰かがソロで相手しても無理なんじゃないか?
仲間たちは「俺の加護」持ちだし、いくつかの神の加護を受けていたりする。
加護を複数持つと、通常の能力値を飛躍的にアップさせるので、レベル差など消し飛んでしまう。
シンジが俺の能力値を見て驚いていたのはその為なんだよね。
シンジの腕力度は、職業補正も含めて「一四三」。
俺の腕力度は、職業補正、複数の神々の加護を計算して、現段階で「六二五」。
加護持ちがチートなのはコレを見ても解る。
ノーマルのプレイヤー・キャラでは勝てる存在じゃなくなっているんだ。
だからこそ、ドラゴンとすら対等に戦えたんだよ。
「砂井……いや、ジリスか。
複数でフクロにされるのが嫌なら、俺と一騎打ちしてみるか?」
俺がそう言うとジリスが痛む脚と腕をさすりつつもニヤァと嫌らしい笑いを浮かべた。
「へへ。お前は昔から負けず嫌いだったからな。
それと一度口にしたら引くこともしらない。
その申し出を受けてやる」
何で劣勢なのに、こんな上から目線の大言が吐けるんだろう?
状況判断能力までお子様か。
取り巻きやら後ろ盾がいないコイツは、本当にダメ野郎って事だな。
「ダメージはポーションで回復させてもらうぜ?
一騎打ちなら全快状態がいいだろ?」
「俺のことをバカにしてた割りに調子のいいことだな。まあ、お任せするよ。」
ジリスの小物っぷりに俺は呆れつつも、それを許す。
ジリスはちょっとムッとした顔をしたが、自分に都合が良ければいいらしく、すぐにニヤリと笑った。
ジリスが準備を待ちながら、仲間たちを見ると全員が般若の形相だった。
俺に対する舐めた態度に憤怒しているようだ。「弱者のくせに」ってのもあるかもしれない。
このティエルローゼは弱肉強食の世界だ。
通常、弱者の生殺与奪は強者の特権である。
俺が転生してきてからは、弱者救済って考えも間違いとは言えない風潮も産まれているかもだが。
ただ、俺の庇護を受けたものが、舐めた態度をする事はなかった。
強者の義務として弱者救済は当然だが、弱者は強者に尊敬、敬意、畏怖するべきだ。
そういう態度を取りたくないなら、強者からの弱者救済を受けるべきではない。
そういうモノは当然のようにタダで手に入るものじゃない。
現実世界でも一緒なのだが、日本人は当然だと思っている。
砂井もそれは一緒だろう。
俺も一般人のように普通の人生を送っていたら、そう思っていたかもしれない。
だが、自分を守る力のない者は、そういった状況を甘受しなければならない事を、俺は家族からの虐待、砂井一派らのイジメなどで嫌というほど心身共にに叩き込まれた。
砂井は勘違いしているかもしれないが、俺がそれを許しているのは「優しさ」からじゃない。
安心したところで梯子を外されるから絶望はやってくるんだよ。
最初から緊迫状態なら、絶望度合いは低くなる。
だから、絶対有利を確信させてから、完膚なきまでに叩き潰す。
我ながら悪い性格してるな……
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