第26章 ── 第14話

 通信を切り周りを見ると仲間たちがはやった顔で俺を見ていた。


「ああ、みんなのお察しの通りだ。トリエンにヤツが現れた」


 そう言うと、トリシアが義手の拳を左手に打ち付けた。


「クソッ! 裏をかかれたか!」


 邪神像を撃破した後、地下の部屋を入念に調べていたのが失敗だったのかもしれない。


「直ぐに戻らなければならないけど、相手は前に色々と説明した通り対処の難しい暗黒騎士ダーク・ナイトだ。慎重に行こう」


 俺は作戦を説明する。


「最初に転移するのは前衛職、シンジとマリス!

 パーティ・チャットをオンにするから、転移先の状況を教えてくれ!」

「了解じゃ!!」

「任せてくれ」


 俺は二人に頷くと、アナベルを見る。


「二人が転移する前に強化、耐性系、支援魔法を付与してくれるか?」

「任せな」


 ハリスを見ると、既に一〇人ほどに分身している。


「ハリスは第二陣だ。目標を目視次第、五〇メートルほど離れて円陣で取り囲め。逃げ出そうとしたら阻止すること」

「承知……」

「コラクスとアラネア、そして俺は第三陣。ハリスが作った円陣付近に支援職を守れる橋頭堡を築け。

 その後、コラクスはマリスとシンジに攻撃支援を。アラネアは橋頭堡の護衛を任せる」


「お任せを」

「ご期待に添えるよう尽力します」


 俺はアモンとアラクネイアの肩をポンと叩く。


「第四陣は、トリシア、フラ、アナベルだ。フラとアナベルは橋頭堡から魔法支援だ。周囲の状況によって臨機応変に動いてくれ。

 トリシア」

「おう」

「転移後、高い所を陣取って全体への指示と狙撃による射撃支援だ」


 トリシアが無言で頷く。


「いいか、みんな。今回は生け捕りが目的じゃない。

 速やかに目標の排除、駆逐を行う。

 戦闘の結果、目標が生きていたら御の字程度と考えてくれ」

「「「了解!」」」


 全員の返事が聞こえたので、パーティ・チャットをオンにしてから館の玄関前に魔法門マジック・ゲートを出す。


 強化、耐性の付与をされたマリスとシンジが転移門ゲートへと飛び込んだ。


『なんじゃと!』


 マリスたちがゲートに消えた瞬間、マリスの驚愕した声が聞こえてきた。


「状況を説明してくれ」

『玄関部分が半壊。玄関前広場の噴水にゴーレムらしき残骸多数。門付近は……』


 シンジの声が一瞬途切れた。


「どうした!?」

『……死体が複数……』


 目の前が真っ暗になる。

 それと共に憤りに怒りの色が混じり合う。


『冒険者や衛兵だと思われる……門の外に銀色のゴーレムと冒険者、衛兵が陣取っているようだ』


 そこまで聞いてハリスが転移門に突入した。


「コラクス、アラネア準備を!」


 燃えるような腹の底から湧き上がる怒りの視線を二人に向ける。

 彼らの目にも静かな怒りを感じる。


 俺も剣を抜くと二人の隣に立つ。


「行くぞ!!」

「「はっ!」」


 銀色の水面のような転移門ゲートに一歩踏み込んだ。


 転移後、すぐに周囲を見回して確認を急ぐ。


 報告通りに玄関が破壊されているが、侵入を許した感じではない。

 噴水あたりにはミスリル・ゴーレムの残骸が山のようになっている。


 そして周辺は死体が三〇人以上散乱にしてる。

 死体の状況まで判らない。


 見れば、広場の隅に馬車が横倒しで転がっているのが見えた。


「馬車の後ろを橋頭堡にする! 確保しろ!」


 アモンとアラクネイアが迅速に動く。


 アモンが馬車付近の安全確認クリアリングを行い、アラクネイアが例の蜘蛛の糸のようなモノを周囲に張り巡らせる。


 俺はシンジとマリスを探す。

 二人は門の方へと移動しているようだ。


「敵はどこじゃ!?」

「マリス様! あそこです!」


 衛兵の一人が指差す方をマリスが見た。シンジと俺も衛兵の指の方向に視線を移す。


 それはゴーレムの残骸の山の上。

 見上げると、ゆらりと揺れる蜃気楼のような姿が目に映った。


「あれか……」


 黒い鎧、そして黒い剣と黒い盾を持った茶色のマントを羽織った姿の巨漢が見えた。

 半透明なのは『ロキの外套』の効果だろうか?


 その男は俺の方をジッと見ていた。


「漸く現れたな、ケント」


 あいつは……


 見覚えがある。いや、忘れるわけがないと言うべきか。


 アイツこそ、ドーンヴァースで散々な目にあわせてくれた奴らの筆頭。


「やはり、お前だったのか……」

「こんな世界で貴族で領主だと?」


 嘲笑の色が滲む声に虫唾が走った。


「お前が築いた物は俺がすべて奪ってやる!」

「貴様……砂井!!!」


 俺がそう言うと、暗黒騎士ダーク・ナイトが肩を竦める。


「間違ってもらっては困るぜ。俺はウロボロスのギルド・マスター、暗黒騎士ダーク・ナイトジリスだ!!」


 ジリスがブンッと剣を振るとその刃から黒い剣閃が俺に向かって走る。

 その剣閃は蛇のように蛇行しつつ迫る。


「魔刃剣!」


 俺はスキルで迎撃する。

 黒い剣閃と白い剣閃が激突し崩壊する。


「ほぅ……そんな真似ができるようになったのかよ」

「生憎、いつまでも弱いままじゃないんでね」


 俺は剣を構える。


「ケント! あやつかや!?」


 マリスが走ってきて俺の前に立つ。

 シンジもそれに続く。


「大丈夫か!?」

「大丈夫だ」


 俺はパーティチャットでトリシアたちを呼び、橋頭堡を背にした。

 そして再びジリスを睨みつける。


「よくも俺の領民たちを殺してくれたな、砂井!

 お前はもう絶対に許さん!!!」

「ぎゃははは。『許さん!』とか笑うわ!」


 ゲラゲラと笑うジリスに過去の記憶が思い出される。


 高校時代、ラブレターで体育館裏に呼び出されてウキウキ出向いたら砂井一派がいたり、物を無くした俺が探し回っているのを遠巻きに砂井一派が見ていたり……


 そういう場にいる砂井たちは例外に漏れずニヤニヤしており、俺と目が合った瞬間にゲラゲラ笑うのだ。


 ガキの虐めのようだが、これを執拗に何年も何年も受け続けるのは精神に来るもんだ。


 俺が一番悔しかったのは、小学校の頃の班日誌の出来事だ。


 俺の小学校ではクラスを幾つかの班に分け、その日にあった出来事や連絡事項などを日誌に書いて担任にメッセージを書いてもらい親に見せるという非常につまらないシステムというか行事というかがあった。


 俺の班には砂井一派の女が一人いたのだが、俺の隣の席になったのをその日誌に書いた。


『草薙くんの隣の席は嫌です。すぐに変えてほしいです』


 日誌にはそう書かれていた。

 担任は、俺がその女を虐めているかと疑って俺を呼び出したが、虐められている方は俺だし、俺自身が何かを言えば、虐めがエスカレートするのではないかという恐怖で何も答えられなかった。


 担任は物事を大きくした。

 女自身やクラスで事情聴取。

 カーストの上位にいる砂井たちにクラスメイトは迎合した。

 俺は一人、学級会で糾弾された。

 あることないこと吹き込まれた担任は、親まで呼び出して俺に反省を促した。


 俺は何も言えず、家に帰った後は親に殴られ、妹には詰られた。

 俺は夜、ベッドに一人寝転がって枕に顔を埋めて慟哭を押し殺した。


 俺の人生は家を出るまでこんなもんだった。


 俺が現実世界リアルを簡単に捨てられた理由が解るだろ?


 その元凶が今、目の前に新たなる転生者として目の前にいる。


 こんな機会が与えられるとは……

 神々よ、感謝します。


 この世界に来て、俺は神に愛されていると実感した。


 もちろん、この世界の神々の事じゃない。現実世界の本当にいるのかいないのか解らない神々の事だ。


 どう因果が転んだのか……


 ヤツにどんな扱いをしても罪に問われることのない立場を手に入れた状態で、それもこの世界の神々のお墨付きという状態で、俺の心の闇を周囲に撒き散らすのではなく一点に集中して晴らすことのできる状態で……


 これぞ好機。

 まさに僥倖ぎょうこう


 俺はこの機会を逃しはしない。

 産まれてきた事を後悔するほど……

 いや、産んだ親を恨むほどの絶望をヤツに与えよう。


 俺の大切なモノ、環境、人々を傷つけ奪い続けた元凶をこの世から抹殺するのだ。

 もはや五体満足で捕らえられるような生易しい状況にはしない。

 ありとあらゆる責め苦を味あわせてやろう。


 こんな機会を与えてくれたシステム、因果、めぐり合わせ、現実リアルの神々に感謝を!

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