第26章 ── 幕間 ── マルレニシア & リヒャルト

「今日も賑やかね」


 領主の館の前あたりまで散歩がてらやってきたマルレニシアは、自分の行動に苦笑する。


 日々、クエストをこなす傍ら、時間があるとこちらに足を向けてしまうからだ。


 別に会えるわけでもないのにね。


 マルレニシアは心のなかで自分自身にベッと舌を出す。


 ケントの館前は、ゴーレムや最近やってきた大きなグリフォンなどを見物しに観光客が押し寄せており、トリエンの観光スポットの一つになっていて、毎回大変賑やかなのだ。


 あまりにも観光客が多い為、遠巻きに視線を向けるだけで通り過ぎる事が多い。

 今回もチラリと館の方向を見るだけで自宅へ続く道に踵を返す。


 ワーー! キャーー!


 領主の館に背を向けて歩みを進めていると、今日の観光客の声にはいつもと違って悲鳴のような声が聞こえるように感じる。

 振り返ると必死の形相で自分を追い抜いて走っていく通行人が多数見受けられる。


 何かしら?


 不審に思ったマルレニシアは背後に向き直る。


 え!? まさか!!


 不動のはずの二体いるアダマンチウム・ゴーレムが腕を振り上げたり振り回したりしているのが見えて目を疑う。


 ケントさんのゴーレムが見物客を襲っている!?


 一瞬、そう考えたが違った。


 なぜなら、巨大で超重量なはずのアダマンチウム・ゴーレムの一体が宙を舞ったからだ。


 な、何なの!?


 空をくるくると舞うゴーレムが地面に着地する頃には、見物客たちは館の前から散り散りに逃げ去る。


 マルレニシアは、こちらの方へ逃げ惑う人々に逆らうように呆然と立ち尽くした。


 黒い鎧の男が大剣を振り回しアダマンチウム・ゴーレムを吹き飛ばしているのがマルレニシアの目にチラリと見えた。


 何という膂力かしら!?

 でもケントさんのゴーレムを吹き飛ばすなんて、腕自慢……いえ腕試しの冒険者?

 だとしても領主であるケントさんに対して不敬極まりないわ!


「がははは! ケントはどこだ!? 出てこい!」


 その下卑た笑いとケントを呼ぶ声はマルレニシアにもしっかりと聞こえた。


 ケントさん狙いですって……!?


 思わず男の方に走り出さんとした時、後方から肩を抑えられた。


「リーダー! アレを一人で相手するのは無理だ! ギルドに応援を要請しよう!」


 振り返ると真剣な顔をした盗賊シーフのメリッサだった。


 メリッサの静止は、頭に血が上りかけたマルレニシアが冷静さを取り戻すには十分だった。


「そうね。これは一大事だけど、仲間も準備も無く相手できる存在じゃなさそうだわ」


 見ればアダマンチウム・ゴーレムが起き上がり、黒い鎧の男の足を掴んで振り回していた。


 ケントさんが作ったゴーレムが、そう簡単に負けるものですか。

 ゴーレムたちが時間を稼いでいる内に、衛兵隊や冒険者ギルド、そしてトリエン軍ゴーレム部隊に知らせに走るのが順当だ。


「メリッサ! 東門にある衛兵隊本部に知らせを!」

「了解した。俊足のスキルを使ってゴーレム部隊にも知らせに行こう」

「お願いするわ。移動系スキルを持っている貴女が近くにいて助かったわ!」


 マルレニシアは南へと走り出す。

 メリッサも目にも留まらぬ早さで南東方向の路地へと疾走していった。


 襲撃者が何者か知らないけど……ケントさん、いえトリエンに喧嘩を売ってただで済むとは思わないでよね!

 でも、戦力を集めて何とかなるレベルなのかしら……


 激情に駆られてはいるものの、彼我の戦力差の分析に冷静な部分が働いている。


 敵はアダマンチウム・ゴーレムを易々と空中に放り投げるほどの力量を持つ。

 あのゴーレムと戦ったとして、自分や仲間たちだったら一分も歓待できるとは思えない。

 それほど強力なゴーレムを二体も相手している黒い鎧の戦力は相当なものに違いない。

 トリエン領自慢のミスリル・ゴーレム部隊を投入して何とか抑え込めるレベルだろうか。


 いや、今はそんな事を考えても仕方ない。

 たとえ勝てなくても、敵を足止めできる程度の人員がどうしても必要なのだ。


 あの黒鎧が暴れていられるのも、ケントさんが領主の館に不在だからだわ。

 そうでなければ、アイツが好き勝手に暴れていられるはずはないもの。

 どこに出かけているかは解らないけど、きっと直ぐに救援として駆けつけてくるはず……

 ケントさんが救援に駆けつけてくれるまで、私や冒険者で足止めをする!

 それがトリエンに住む者の役割よね!?




 門付近で騒ぎが起きていると報告を受け、リヒャルトは南の窓から外を窺った。


 その目に見えたのは宙を舞うアダマンチウム・ゴーレムの巨体だった。


「あれは何事でしょうか……」

「私にも判りかねますが、敵襲という事でしょう」


 リヒャルトの呟きにメイド頭のアマレットが返事をした。


「アマレット。至急、全員をロビーに集めてください。緊急事態です」

「承りました」


 アマレットは静かに、そして足早にリヒャルトの執務室から出ていく。


 リヒャルトは壁の隅にある突起を押し、隠しクローゼットを開けると中に入る。

 そして鈍色のブレスト・プレートに手をのばす。


「旦那様が領主になって、こんな事は初めてですね」


 重装備とは言えないが、ケントの武装によく似た胸当てブレスト・プレート手甲ガントレット脛当てグリーブ腰当てタスを装着する。

 そして、一振りの長剣ロング・ソードを腰に帯びる。


 リヒャルトは踵を返しクローゼットから出るとそのまま執務室から廊下へと向かう。


 旦那様の所有物に対する不敬極まりない所業に、いつも冷静なリヒャルトですら血が熱くなるのを感じたが、まずは誰何しなければならないだろう。

 何よりも時間を稼がねば。


 ロビーまで来ると既に彼の血縁者やケントから預かっている他家のメイドたちが集まっている。


「もう聞いていると思いますが……今、門の外で旦那様のゴーレムと何者かが戦っております」


 集まっている者を見回すと、やはり他家の者たちに怯えの色が見える。


「男たちは武装して女たちを守るように。そして全員、一階の旦那様が設えて下さった転送陣から工房前に移動すること。引率はジオフリー頼みます」

「承りました」


 執事補佐のジオフリーは行儀よく一礼し、武装する為に男たちと武器庫へと移動した。


「さあさあ、貴女たちも用意して」

「はい、メイド頭」


 メイドや女性の料理人たちも動き出す。

 ロビーにある壊れやすいモノを動かして退避させる。

 このロビーが最後の砦である事をメイドたちも知っているのだ。


 ここはリヒャルトが守るべき旦那様の館。


 賊を一歩も中に入れることはできない。

 旦那様不在のこの時、それこそが執事としての矜持。


 リヒャルトがふとみると、自分の隣にアマレットが静かに立っているのに気付いた。


「アマレット。貴女も工房前に退避しなさい」

「いいえ、リヒャルト様。それは出来ません」

「しかしですね。不埒者はゴーレムすら手玉に取る者」


 アマレットは静かに首を横に振る。


「私はメイド頭です。何者が来るにしても、貴方を一人にする訳には参りません」


 アマレットは何処から取り出したのか、先端に小ぶりの水晶が付いた木製の杖を取り出して握っている。


「やれやれ。貴女も十分やる気という事ですか」

「昔とった杵柄という言葉をマリス様からお教えいただきました」


 リヒャルトは「ふっ」と笑う。


 アマレットは館に来る前、王都付近で凄腕の冒険者だった。

 その美貌と魔法の腕で名を馳せたアマレットだが、ユーエル家一族の責務を全うするためにトリエンまでやってきたのだ。

 彼女が一族の責務に参加しようと思った経緯をリヒャルトは知らない。

 噂で聞き及んでいるほどの実力があれば、一族の責務を選ばなくても十分に栄達しただろうに。


「そう言うリヒャルト様は、腕の方は錆びついておられないでしょうね?」

「少々、運動不足です。ですが、まだ何とかなるでしょう」


 手入れの行き届いた長剣ロング・ソードの柄をトントンと叩くリヒャルト。


 齢八七歳。

 若くして竜討伐の部隊に引き入れられるほどの力量を持ったリヒャルトは、元アダマンチウム級冒険者であった。

 その頃はオリハルコンまで一歩手が届かなかったが、竜との戦いでリヒャルトは己が一皮むけたと感じた。


 ユーエル家の次期家長であったリヒャルトは、年の離れた弟に宿屋を継がせる決心をその時にしたのだ。


「領主に仕えるは、王の勅命。

 それは命をかけた任務と知れ」


 父に言われ続けた宿命の言葉だ。


 執事にはあらゆる能力が必要とされ、戦闘能力もその一つだと父は考えた。

 その為、リヒャルトとは一〇歳になる頃には冒険者として経験を積むようにと家を出されたのだった。

 最初は父や家を恨んだが、五年も経つとその考えも消えた。


 アルシュア山の竜討伐部隊に参加して死にかけたが、アレから思えば人間を相手にする事など児戯に等しい。


 この老骨で館を守れるなら、命も惜しくない。


「死んでもらっては困りますが」


 アマレットの声に「ハッ」と我に返る。

 どうやら声に出ていたらしい。


「簡単に死ぬ気はありませんが、ゴーレムとの戦闘を見るに、それも難しいやもしれません」

「旦那様に救援は出されたのでしょうか?」

「いえ」

「魔法道具をお預かりしているのですし、報告だけでもしておくべきではありませんか?」

「そうかも知れません。報告もなしに館を壊されていたでは、旦那様に面目も立ちませんね」


 リヒャルトは腕に巻いてある小型通信機を目の前まで持ち上げると、左側にある突起を押した。


『もしもし? ケントだけど』

「旦那様、リヒャルトでございます」

『ああ、リヒャルトさんが通信してくるのは珍しいね。何かあったの?』

「はい。申し上げにくいことですが、お屋敷が何者かの襲撃を受けております」


 一瞬の沈黙のあと、旦那様の声が聞こえてきた。


『黒い鎧か?』

「一瞥した限りですが旦那様が仰る通りです。今は門のゴーレムたちとやりあっているようですが」

『了解した。直ぐに戻る。それまでは安全な場所に退避しておいてくれ』


 旦那様はそれだけ仰ると通信とやらを切ったようだ。丸い部位が赤く光るのを止めたので解った。


「さて、旦那様は直ぐに戻ると仰せです。

 それまでは、この屋敷を死守せねばなりません」

「防御系魔法を多めに使います」

「頼みますよ」


 では、当家を襲う痴れ者に一泡吹かせてやるとしましょうか。

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