第26章 ── 第12話

 森の中で待機していると、しばらくしてハリスが戻ってくる。


「廃墟に……人の気配はなかった……」


 まあ、廃墟は普通の場合無人だよな。


「ただ……」


 ハリスが手に持った物を差し出してきた。


 それはポーションの空き瓶だった。

 まだ新しいらしく、埃も土や砂の汚れもない。


「新しいな?」

「いや……これはガラスの瓶だ……」


 俺頭の上にピンと電球が光るように気がついた。


「シンジ」


 俺はシンジにガラス瓶を見せる。


「ポーションの空き瓶がどうしたの?」

「シンジ。君はこの廃墟に来たことがあるか?」

「いや、こんな薄気味悪い所には来たことはないよ」


 シンジは何の疑いもなくポーションの空き瓶だと答えた。そしてここには来たこともないと言う。


 俺は徐にガラス瓶を地面に投げつける。


 瓶はガキンと音を立てて地面をバウンドして転がっていく。


「何をしているんだい?」


 シンジは俺の行動に首をひねっている。


 この世界のポーションは土瓶に釉薬を塗って焼き上げた素焼きの瓶に入れて売られている。

 ティエルローゼではガラス自体がそこそこ高価なのでポーション瓶にガラスは使われていないのだ。

 ということは、このガラスの空き瓶はドーンヴァース製品となる。


「確定だ」

「ああ……ケントの言う通りだな……」


 シンジは俺とハリスのやり取りを見て、さらに怪訝そうな顔をする。


「説明してくれよ」


 シンジに腕を引かれて俺は彼に目を向ける。


「この世界にドーンヴァース製のガラスを持ってくると非破壊属性が付くんだよ」

「ん? ドーンヴァースのガラス素材は非破壊属性なのはあたりまえだよな?」

「ああ、でもこのティエルローゼにもガラスがあって、それは現実世界同様に簡単に割れるんだよ」

「なんでだい?」

「なんでと聞かれても俺にも解らないけど……ドーンヴァースから持ち込まれたガラスは壊れない」


 俺は転がっているガラスの空き瓶を見る。


「あんなに薄くて細い瓶を投げつけて割れない段階で、アレはドーンヴァース製という事だよ。それが答えだ」


 俺もこの廃墟に足を踏み入れた事はない。

 ということは、ドーンヴァースからの転生者が最近、この廃墟にいたという証左となる。


「最近、君以外にもドーンヴァースから転生してきているようだ。

 例の黒鎧の男だろうね」

「転生者が俺以外にもうひとりいるのは解った。それで、そいつが衛兵を殺した犯人って事?」

「被害者や目撃者の証言から判断するとそうなる」

「でも、それは状況証拠でしかないんじゃないか?」


 言いたいことは解る。

 現実世界では、証言だけでは有罪に持っていくことはできない。

 指紋や監視カメラの映像、被疑者の自白などといった直接証拠が必要になる。


 だが、ここは現実世界ではない。「疑わしきは罰せず」は必要ない考えなのだ。

まず「疑わしきは捕縛」が正しい。

 そして精神魔法による自白を引き出すのが基本となる。

 プライバシーの侵害という言葉はティエルローゼには存在しないのだ。


 シンジにこの地の法律について詳しく説明する。


「何だか納得したくないけど、納得せざるを得ないんだろうね……」

「諺で言うなら『郷に入りては郷に従え』だな」

「どんな意味じゃ?」


 現実世界の諺やら慣用句大好きっ娘のマリスが目をキラキラさせて首を突っ込んできたが、頭をなでて黙らせておく。


 ま、プライバシーの侵害うんぬんの御高説を垂れたけど、衛兵から逃げた時の状況を考えても犯人を生かして捕らえられるかは疑わしい。

 それに、俺自身、生かして捕らえるという意欲に乏しい。


 創造神からもティエルローゼの危機をもたらす者だと言わているし、死んだ衛兵たちは、何かあれば真っ先に危険に見舞われる職だったにしても俺が守るべき領民たちだったのだ。


 俺の領民を殺しておいて生きていられると思うなよと。



 仲間たちと廃墟の前までやってきた。


 廃墟自体は俺の館よりも小さめだが、それでも一般的な住居と比べたら非常に大きい。


「よし、不審者の痕跡を調べてみよう」


 ハリスに一度調べて貰っているとしても、見落としも考えられるし、全員で調べるべきだろう。


 俺は大マップ画面を出して敵対する者がいないか確認し、仲間たちと手分けして廃墟を調べる。


 廃墟は二階建てなのだが、二階の床は板張りだった為、殆どが朽ち落ちてしまっていて一階だけの探索で良さそうだ。


 一階ロビーにはポーションの空き瓶が散乱していて、真ん中付近には焚き火をした跡があった。

 炭になっている木を調べてみても、火が消えてから一日くらいしか経っていない。


 ロビーの隅には薄汚れた毛布や布団があった。

 毛布と布団は汚れていたり古かったりするが、かなり豪華な品なのが刺繍や布の材質から解った。

 廃墟にあったモノを引っ張り出してきたのだろうか。

 そして、ここで寝起きしているのだろう。


 他の部屋などを仲間たちが探索してきた。


「目ぼしいものは無かったな」

「壊れた家具とかだけじゃった」

「このロビー以外はどこも埃だらけですね」


 何もないか……


 ふと見ると、シンジがロビーの真ん中にある二階へ上がる階段の基礎部分をコンコンと叩き歩いている。


 俺が見ているのに気付いて、シンジは苦笑した。


「ほら、ゲームの洋館ってこういう所に宝箱とか隠してあったりするじゃん?」


 などと言っていたらシンジの拳が基礎部分を固めている漆喰の壁をボコッと突破ってしまう。


「あ」

「あ」


 俺とシンジは間抜けな声を上げる。


 俺は慌ててマップ画面を三次元表示にしてみた。

 我ながら少し間抜けだ。

 こうすれば、別マップ扱いじゃない限り、隠し部屋も隠し扉も簡単に見つけられるのだ。


 シンジが叩いて穴を開けた部分は空洞になっていて地下へと続く階段がある事が解った。

 それと隠し扉はシンジが叩いていた基礎部分の反対側にあったようだ。


「シンジが隠し通路を発見したぞ」


 俺がそういうと、トリシアがニヤリと笑った。


「シンジのくせにやるな」

「それほどでも~」


 シンジが妙に嬉しそうだ。


 ハリスが入念に階段の基礎部分を調べると、大マップ画面にあるように穴の開いた部分の反対側に隠し扉を発見した。


「この扉は……最近開け閉めされている……」


 外側には無かったが、開閉した痕跡が内側の蝶番にあった。

 サビサビの鉄の粉が地面に落ちている。


 マリスが携帯用ランタンに火をつけて腰に下げる。


「よし! みなの者、我に続くのじゃ!」


 マリスが階段に侵入する。


 慎重に行って欲しいものだが、マリスに多くを望んでも仕方ない。


 俺はマリスに何かあった時に、真っ先に助けられるように身構えつつ後に続く。


 階段は地下に繋がっており、いくつかの部屋が存在するとマップ画面が教えてくれた。


 地下は基本的に埃まみれだが、通路の真ん中には人が何度も通った跡があった。その跡は一番奥の部屋に続いている。


 慎重に進み、一番奥の部屋の扉前まで到達する。

 ハリスが扉周辺を調べ、罠が無いのを確認し、マリスが扉に手を掛ける。


「えいや!」


 掛け声と共にマリスは勢いよく扉を開け放つ。


 一番奥の部屋の中を見た俺は驚く。


 部屋の中は綺麗に掃除されていて、その一番奥には大きな像が立っている。

 緑色で所々に金色の縞模様が入っている奇妙な材質で出来た像は人間のような形ではあるが、頭はタコのようであり、長い二本の腕は捻じくれたように台座を掴んでいる。その手と足の指の先には大きな鉤爪がついていた。

 背中にはコウモリの羽のような翼が畳まれており、不格好なカエルのようにも見える。


「あ、これ知ってる。クトゥルフだろ」


 シンジの言葉は正確だ。


「ああ、間違いない。H.P.ラヴクラフトの例のヤツだ」


 俺とシンジは平然としたモノだが、仲間たちは物凄い怪訝な顔になっている。


「海の悪魔が頭についているのう」

「背中にはコウモリの羽です!」


 クトゥルフ像の周りをマリスとアナベルがグルグル回って調べている。


「これは何の像なのだ?」


 トリシアは像から少し距離を取り腕を組んで見上げている。


「これは現実世界の小説家が書いた作品に出てくる怪物の像だよ。

 ドーンヴァースにおいては邪神の一柱として登場するんだ。シンジが暗黒騎士ダーク・ナイトにならなかった理由がコレだね」

「これが神だと?」


 俺の説明を聞いてもトリシアは疑うような目のままだ。


「邪神だからねぇ」

「魔族関連の神だったりするのか?」


 トリシアの問いに魔族三人が不満そうな顔になる。


「失礼です。我ら魔族の神は、ここまで冒涜的に醜い方はおりませんよ」


 美の体現者であるアラクネイアに痛烈非難されるクトゥルフ像が憐れですな。


「確かに魔族には人類種から見れば醜いと思われる姿の者もいますが、もう少し人類種に近しい姿かたちをしているものです。これは、どこを見ても美しさがありません」


 プンプンと怒るアラクネイアをアモンとフラウロスが「まぁまぁ」と宥めに入る。


「ここは異世界だよな? クトゥルフ的な存在が居たりするのかな?」


 シンジが怖い事を言う。


 クトゥルフ的コズミックホラーな存在がいたら心底嫌です。

 創造神の後継者として、そんな存在は絶対に認めませんよ。

 正気度が減りまくるイメージしか浮かばないですからな。


 だが、この像ではっきりした。もう一人の転生者は暗黒騎士ダーク・ナイトで決まりだ。


 シンノスケも暗黒騎士ダーク・ナイトだったから、彼がティエルローゼに持ち込んだのも考慮するべきかもしれないが、ここにある像は埃も被ってないし、この廃墟が立てられた時期と彼のいた時期は全く違うので、彼の設置したモノではないと解る。


 俺はその時、クトゥルフ像の方向に不穏な気配を感じて、ふと目を上げた。

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