第26章 ── 第11話
アルテナ村まで
例の廃墟はここから徒歩で半日ほどの距離がある。
馬車の準備をしていると、
「すげぇ! マジ魔法パネェ!」
するとトリシアがシンジの頭の上にゲンコツを叩き落とす。
「騒いでないで手伝いな!」
「ああ、ゴメン。ケントの魔法が凄くて……」
涙目のシンジがそういうと、トリシアは鼻を鳴らす。
「ケントの魔法が凄いのは今に始まった事じゃない。それに剣技の方も一級品だ。
毎回驚いたり騒いだりしていては、役に立たんぞ」
「おお……」
尊敬に似た眼差しをシンジに向けられて少し居心地が悪いが、俺は幌馬車を取り出して馬車の準備を進める。
シンジもドーンヴァースの高レベルプレイヤーだし、当然騎乗アイテムは持ってるはずだよね?
見ているとシンジはインベントリ・バッグを開いている。
しかし、出てきた騎乗アイテムを見て度肝を抜かれた。
出てきたのは黄金のドラゴンだったからだ。
「金の地竜じゃと!?」
周囲で俺たちを見ていた村人が一斉に逃げ出す。
マリスが剣を抜き盾を構え、ハリスが影に沈み込み、アナベルがダイアナ・モードになり吠え、魔族たちは俺の盾になるように前に並び、トリシアもライフルを構えた。
「待てぇ! 武器を引け!!」
俺は大声を張り上げて、仲間たちを止める。
「地竜じゃぞ!? 戦闘力はワイバーンの比ではない!」
マリスは身体にグッと力を入れて戦闘態勢を解こうとしない。
「いや、アレはシンジの騎獣だよ! 俺のスレイプニルと変わらない存在なんだ!」
俺は必死に皆と止める。
目を細めてジッとゴールド・ドラゴンを観察していたアモンが、剣の柄に掛けていた手をそっと離した。
「なるほど。主様の言う通りのようですね。
この竜に敵意は全くないようです」
ゴールド・ドラゴンは、俺たちの方を見ているばかりで、身じろぎすらしない。
「本当かや!?」
マリスは盾を構えたままジリジリと前に出る。
そして、
しかし、ドラゴンは何もしない。
それどころかクンクンと周囲の匂いを嗅いで欠伸をした。
うーむ。ドーンヴァースではありえない挙動だな……
騎獣のモンスターが欠伸などをする事はない。
やはりこちらへの転生が原因なのかもしれない。
しかしまあ、このドラゴンはピカピカで眩しいな。
朝日を浴びて金色の鱗が鮮やかに光を反射して派手すぎる。
シンジは仲間たちの反応を見てオロオロしていた。
「な、何なんだよ……これは二万も課金して買った期間限定アイテムで……」
自分の騎獣を見上げたシンジがピシリと固まった。
「え? 何? 凄い生きてるみたいな……」
ドラゴンはシンジに頭を近づけてクンクンと匂いを嗅ぐと、その鼻面を彼の身体に擦り付ける。
まるで猫か犬のようだ。
それを見たマリスがあんぐりと口を開けて呆然とする。
「信じられぬ……地竜が人に懐いておる……」
シンジも恐る恐るドラゴンの鼻面をなでた。
ドラゴンは機嫌良さげにグルグルと喉を鳴らしている。
「これはこれは……さすがは我が主の
フラウロスが可笑しげに笑う。
「当然でしょう。青い世界の住人なれば、主様のような力を持っている事もありますよ」
アラクネイアもコロコロと美しい音色で笑った。
「名前がシンジだけはあるって事だな、おい」
アナベルはドラゴンに近づくと、その前足をゴンゴンと拳で叩いている。
その前足をドラゴンは少し引っ込め、アナベルを見てプイと顔を背ける仕草をした。
「俺のシャイニング・スコーピオンに悪戯はやめてよ」
どこのミニ四駆の商品名だよ!
「スコーピオンはサソリの事だろ?」
「サソリだな」
「サソリなのじゃ」
「サソリ……」
「サソリですね」
「サソリですな」
「サソリに間違いありません」
トリシアの言葉を先頭に仲間たちの総ツッコミにシンジが涙目になる。
「いいんだよ! 俺の憧れのミニ四駆からとったんだから!」
一悶着があったが、ゴールド・ドラゴンに敵意がない事が知れ、アルテナ村の住人たちも戻ってきて驚きと感嘆の声を上げる。
「これがドラゴン?」
「そうじゃ、ドラゴンとはかくも大きい存在なのじゃよ」
老人が孫にドラゴンとはどんな生き物なのかと薀蓄を垂れる。
「でも全然凶暴じゃないね」
「そうじゃなぁ。ワシの聞き及んでいるドラゴンとは、全く違うようじゃ」
村人が破壊の権化たるドラゴンを安全に観察できるなんて事は、普通はないので、全村民が集まってきているようだ。
「未だに信じられんのう。古代竜じゃないしろ、竜族は他の生き物に媚びたりせぬのモノなのじゃが」
マリスが異質なモノを見るようにドラゴンを見上げている。
「これはドーンヴァースのドラゴンだから、こっちのドラゴンの感覚では考えられないだろうね。
それにこれは騎獣として売られていたモノだから、人間というかプレイヤーの命令に完全に従う存在なんだよ」
「ふむ。では、我らとは全く違う方法で生み出されておるのじゃなぁ。
カリス並の存在がドーンヴァースにはいるのじゃな」
まあ、デザイナーとか開発者はコンピュータ上では何でも作り出すことができる神のような存在だからねぇ。
確かにドーンヴァースの生みの親である住良木氏は全知全能の神と言えなくもない。
ちょっと時間を取られたが、仲間たちのゴーレム・ホースと馬車で村の裏手にある森への道に出発した。
シンジの騎獣はデカ過ぎなのと目立ちすぎという理由で仕舞わせて、馬車に乗ってもらった。
隠れているであろう転生者に覚られる可能性は回避するべきだろうしね。
馬車で目的地へ向かうなら一時間程度で着くと思ったのだが、数十分もしない内に自然という生命の暴力によって完全に塞がれてしまっている事が判明する。
全く使われていなかったのだから、草や木が生え茂るのは当然だろう。
先頭を進んでいたハリスが「止まれ」のハンドサインを出したので、馬車を止める。
ハリスが馬を降りて、周囲の草や灌木を調べているので近づいて行くと、俺の目にもハリスが止まった理由が解った。
「人が最近通っているようだね」
「ああ……単独……それも徒歩で……体重は一二〇キロ前後だろう……」
そういえば、ウスラたちと初めてアルテナ大森林に入った時もハリスを先頭に進んでいたっけ。
懐かしい感覚はともかく、四〇キロ以上あるフルプレートメイルを着た大柄の男なら確かに一二〇キロくらいの重量になる。
痕跡は俺の目で見ても、一人の人間が草や灌木を掻き分けて何度も行ったり来たりしたように見える。
「間違いなさそうだな?」
「ああ……最近ここを誰かが……何度も通っている……」
俺は全員に下馬を命じ、馬車と馬をインベントリ・バッグに仕舞い込んだ。
マーチング・オーダーを決めて、廃墟への道を進む。
足跡などの痕跡を辿る以上、先頭はもちろんハリス。
続いてマリスとシンジ。
真ん中にはアナベルとフラウロス。
その後ろにトリシアとアラクネイア。
最後衛は俺とアモンだ。
これだけ大所帯で行進するのは初めてなので、少し楽しい気がするね。
ズンズンと、慎重かつ大胆に森の中を進んでいくと、三時間ほどで目的地付近まで近づくことができた。
ハリスが偵察に出た。
彼の偵察が最も敵に存在を気付かせないはずなので適任だ。
ハリスが戻ってくる間にシンジにティエルローゼには
「そう言えば……朝の話から思ったんだけど、ここには
「ああ、それね。ティエルローゼには邪神がいないんだよ」
「あー、なるほどな。邪神がいないんじゃ
シンジはいとも簡単に納得した。
彼は最初、ドーンヴァースを始める際に
ダーク・ヒーロー
なので、騎士ではなく戦士で極める事にしたんだと。
確かにドーンヴァースにあった邪神は、クトゥルフ系のコズミック・ホラー系で統一されてたからね。
見るからに正気を失いそうな異形の邪神たちでは、ダーク・ヒーローって感じは出せそうにないだろう。
ドーンヴァース的設定では、異界とか星の向こうから侵略して来た神々という位置づけだったから、地球における魔族とかと同じ位置づけなのかもしれない。
そんな神がいないティエルローゼで、
シンノスケはレベル一〇〇の
それと同じようなレベルの
まだ、転生してこちらの生活に慣れきってない今でないと、駆除は難しいだろう。
とにかく、俺の側にはこれだけの戦力があるんだし、問題なく対処できると思いたい。
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