第26章 ── 第10話

 翌日、みんなで朝食時に東にあるアルテナ大森林内にある廃墟への遠征について話し合う。


「廃墟?」


 トリシアは遠い記憶を探るように目を宙に向ける。


「私の記憶では昔のブリストル領主が当時作った避暑地だったはずだ。

 シャーリーが領主になった頃に住むものも居なくなって放棄されたと記憶している」


 流石エルフだけに古い時代の事も覚えているようだ。


「何の話なんだい?」


 シンジは良く休めたのか、昨日よりも顔色も良く、食欲も旺盛だ。


「実はね」


 俺はシンジにもう一人、転生者がいる可能性があること、その人物が色々と悪さ……いや犯罪を犯しており、そいつはアルテナ森林内の廃墟に潜伏している可能性が高く、早急に対処が必要な事を教える。


「人まで殺しているのか……?」

「ああ、そう報告が上がっているね。

 死んだ衛兵は四名。彼らには妻も子供もいた。

 簡単に命を奪うような人物は、転生者でなくても放置できない」


 俺の為政者としての顔を見たシンジが真面目に頷く。


「俺は冒険者は人々を守るための存在だと思う。ゲームの中でもそう思ってきたし、ここが異世界だとしても、それは変わらないよね」


 シンジはドーンヴァースでPKやアイテム詐欺などの被害に何度も遭遇して嫌な思いをしたようで、今回の件のような犯罪はリアルで許せないそうだ。


「俺もね、死んだ姉貴の会社を任されていたんで、経営ってのを必死で熟していたから、ケントの気持ちは少し解るよ」


 シンジには五歳ほど年の離れた姉がいたそうだ。

 大学生時代に起こした会社がトントン拍子に成長し、いっぱしの企業になった頃、彼の姉はシンジに会社を任せて放浪の旅に出たらしい。


 高校生、それも一七歳の弟としてはパニック状態に陥ったというが、従業員や家族に支えられて、なんとか会社の経営を軌道に載せられたらしい。


 そんな苦労をしたシンジは、トリエン運営をする俺の苦労が解るようだ。


 まあ、俺は人を巻き込んで、トリエンの運営を任せっきりにしているんで、それほど苦労はしてないけどね。

 好きなことをしている分、行政や防衛を担当している部下に対処できない事は俺が出張って解決しようと思っている。


 それにしてもシンジの姉は随分と自由奔放な女性だったようだね。

 放浪の旅とか冒険者か何かですかね?


 そんなシンジの面白い姉の話を聞いていると、彼の顔が少し険しくなる。


「そんな姉だけど、俺にとって大事な存在だった」


 優秀な姉であり、学業でも運動でも全く歯が立たなかったようで、彼の人格形成にトラウマにも似たコンプレックスを植え付けていたらしい。

 彼が姉と対等に並べるような人間となれる世界はドーンヴァースしかなかったそうだ。


 ま、ゲームで現実逃避ってのは俺も経験がありすぎて共感しか覚えないが。


 彼の姉はシンジの理想の女性像だったのだろうね。

 それだけ優れた女性がいたらそうなっても仕方ないよな。

 そんな彼が険しい顔になったって事は何かあったんだろうか?


「姉は外国で死んでしまった」


 シンジの眉間のシワはさらに深くなる。


 世界放浪の旅に出たシンジの姉はその二年後、とある外国で遺体で発見された。

 無残な死に様だったらしく、遺体は現地で火葬されて日本に帰国した。

 シンジがまだ一九歳の頃だったという。


「犯人も見つからず、今でも未解決事件だ。

 できればこの手で犯人を見つけ出して処断してやりたいと思った。

 でも俺にはそんな力はなかったんだ……」


 シンジは難しい顔を元の陽気な感じに戻した。


「俺は、犯罪者は許せない。ケント、協力させてくれ!」


 立ち上がったシンジが俺の顔を見ている。

 仲間たちが目配せして首を小さく縦に振るのが見えた。


「いい覚悟だ。

 冒険者は自ら問題を解決できて一人前。

 是非協力してもらうとしよう」


 トリシアがニヤリと笑い、仲間の総意を伝えてきた。

 俺はそれを聞いて苦笑いになる。


 どうやらハリスとマリスは、昨日の晩のうちに仲間たちと色々話し合っていたみたいだね。


 俺はシンジを疑うのを止めたが、仲間たちの目はまだ彼を審査していたという事だろう。


 シンジが俺の協力者足り得るかどうか。

 第一関門として今回の事件を利用する腹って事だな。

 第二関門は、事件解決の力になれるかってところかね?


 中々腹黒い仲間たちの計画に俺は口を出すつもりはない。

 何れにしろ、シンジが俺の役に立つかどうかが、仲間たちの一番みたいだし、彼らに判断は任せますよ。


 それでなくてもシンジはレベル一〇〇だし、神に匹敵する存在になる。

 そのシンジが暴走したりすれば、ティエルローゼの厄災になりかねない。


 俺の行く道を秩序の道とするように「先導者」としての任務をファルエンケールの女王から命じられているトリシアが、それを考えないわけがないしな。


「ああ、協力してくれるなら助かる」


 俺がそういうとシンジはニカッと笑った。


「それで、その犯人の目処は立っているのか? 俺と同じ転生者だとしたら、地球人の面汚しだ」


 俺もシンジの言葉に頷く。


「犯人の正体は全く掴めてないけど、色々と集まった情報から推測はできたよ」


 俺は、ドーンヴァースからの転生者の可能性が高い事、黒い鎧姿が何度も目撃されている事からクラスは暗黒騎士ダーク・ナイトではないかと思われる事をシンジに教える。


暗黒騎士ダーク・ナイトか。厄介な相手だね」


 俺も頷く。


 暗黒騎士ダーク・ナイト聖騎士パラディンとは真逆で、敵を呪い、傷つけ、破壊する事に長けた職業なのだ。

 攻撃スキルは広範囲攻撃系が多く、その攻撃は防御しにくい。

 それに対抗できるのは聖騎士パラディンのスキルだけだったりする。


 そもそも、暗黒騎士ダーク・ナイトが存在しないティエルローゼにおいて、ティエルローゼの聖騎士パラディンがドーンヴァースの暗黒騎士ダーク・ナイトに対抗できるのかも怪しい。

 もちろん俺の仲間には聖騎士パラディンは存在しない。


「厄介な相手だけどやらないと不味い。

 相手がドーンヴァースからの転生者で暗黒騎士ダーク・ナイトって事ならスキルや能力などへの対処は不可能じゃない」

「そうなのか?」

「ああ、相手の手口を知っているんだからね。

 毒の対処は既にできているし、呪いに関しては加護付き神官プリーストがいるから、呪詛解除リムーブ・カースなり呪詛防御プロテクション・フロム・カースで対処できるだろう」

暗黒のオーラオーラ・オブ・ダークネスは?」


 彼の言う暗黒のオーラオーラ・オブ・ダークネス暗黒騎士ダーク・ナイトが纏うデバフ効果のあるフィールドで、移動阻害、呪文詠唱阻害、恐怖、混乱、倦怠感など様々な影響を周囲に撒き散らす。


「うーむ。そこの辺りは何とも……」


 俺は仲間たちに暗黒のオーラオーラ・オブ・ダークネスの効果を説明する。


「アナベル、対処できる方法はある?」

「そうですねぇ……一つ一つに対処していく事はできますけど、一度に全部対処するのは難しいと思います」


 流石のアナベルにも対処は難しいか。

 そりゃ騎士ナイト系の最終到達職だしな。


「マストールを誘えばいいじゃないか」

「いや、彼は仲間というより他国の外交使節のようなもんだ。それは却下する」


 俺はトリシアの提案を却下する。


 確かにマストールは聖騎士パラディンだが、引退して大分経つし、協力者としての彼の肩書はファルエンケールの鍛冶職人だ。

 実戦に引き込むのは躊躇われるし、彼に何かあったら今トリエンに居住しているドワーフたちへの心象は最悪になるし、外交問題に発展するのは必至となる。

 トリシアとは決定的に立場が違うのだ。


「あれじゃな。アヤツを召喚すればええじゃろ?」

「アヤツって誰です?」

「ほら、いたじゃろ?」

「ああ、アイツか」

「力不足……だろう……」


 仲間たちが口々に言う。

 誰かいたっけ?


 俺が首を傾げているのを見たマリスが、短い吐息を吐いた。


「ケントがあの様子じゃと、ハリスの言う通りじゃろうな」

「誰の話をしているんだ?」


 マジで記憶にないので聞いてみる。


「迷宮都市にいたじゃろ!」


 その言葉で思い出した。


「ああ、いたな! アルハランの風のリーダーか」

「やっと思い出しおったのじゃ。ヤツも可哀想な事じゃのう」


 やれやれとマリスは肩を竦めた。


「確かにいたが……」


 俺は彼を検索してデータを確認してみた。


『オルガ・ジンネマン

 職業:聖騎士パラディン、レベル:四〇

 冒険者ギルド・レリオン支部所属の冒険者チーム「アルハランの風」のリーダー。

 以前は欲に目がくらんでいたが、「ガーディアン・オブ・オーダー」との出会いが彼を変えた。

 現在は、迷宮都市レリオンを拠点として最高位冒険者として活躍中』


 確かにハリスの言う通りだな。

 高レベル暗黒騎士ダーク・ナイトを相手にできるレベルではなかった。

 俺が声を掛ければ一目散に飛んできそうな気もするが、無駄死にさせていいほど軽い存在じゃない。

 今ではレリオンの看板冒険者だろうし、トリエン支部への引き抜きなんてしたらルクセイドに恨まれそうだ。


「彼はまだレベル四〇だね。とても協力を仰げるレベルじゃない」

「言ったろ……」


 ハリスも頷いている。


「ま、何とかなるさ」

「俺が聖騎士パラディンだったら良かったね」


 シンジが申し訳無さそうに言う。

 俺は笑って手を振った。


「いや、重戦士ヘビー・ウォリアーは前衛としては優秀だから、協力してくれるなら助かるし、そんなに卑下する事はないよ」


 重戦士ヘビー・ウォリアーの最上級職の英雄神ヘラクレスへの昇進条件は非常に複雑怪奇で、拳聖フィスト・セイント並のレア職業なので仕方ない。

 確かレイドとかも相当数こなさないとダメなんじゃなかったかな?

 俺もドーンヴァース時代に殆ど見たことない職業だし。


 食事も終わり、早速遠征準備に入る。


 とりあえず数日分、野営の準備をしておく。

 俺のインベントリ・バッグ内の食材を使えば半年は大丈夫だけど、一応ね。


 まだ街に慣れていないシンジの分は俺が用意したよ。

 彼の装備はレジェンド級まではいかないにしろ、エピック級なので非常に強力そうで、頼りになりそうです。


 さあ、久しぶりに冒険の旅に出かけよう!

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