第26章 ── 第9話

 クリスが就寝する為に部屋を出ていった。

 俺はまだ読まねばならない報告書に目を通す。


 今手にしているのは諜報面の報告書だ。


 トリエン情報局は良くやっているようで、大量の情報が寄せられている。

 大量にある多岐にわたる情報から取捨選択するのが大変だ。


 こういった取捨選択も情報局に任せたいところだが、情報の精度を上げるのは、まだ他の人間に任せられない。

 あのハリスですら報告しておいた方がいい情報を上げずに後で後悔したくらいだからね。


 しかし、よくまあこれだけの情報を集めたもんだ。


 街角の喧嘩の理由が奥さんと隣の旦那の不倫の疑いだったとか。

 小川に奇妙な動物が目撃されたという情報を元に調査に向かった冒険者が泥に嵌って死にかけたとか。

 最近、街の南で小型の野良ゴーレムが目撃されたとか。


 どうでもいい報告が多いが、そうでない報告もある。


 東の森に最近物騒な人物が出入りする様子があるという報告がそれだ。

 その人物は黒い鎧を着た冒険者風の男らしい。

 村人が挨拶したら殴られたという。


 黒い鎧と聞いて、ダイア・ウルフ殺害事件を思い起こさせたからだ。


 この情報は俺の推理から出てきた「もう一人の転生者」という考えに合致する。

 高レベルのダイア・ウルフ二〇匹を一人で殲滅しうる戦闘力は転生者以外には考えにくい。


 今は黒い鎧というだけしか情報がないが、黒い全身鎧という出で立ちは目立つし類を見ない。


 そもそも黒系の防具をティエルローゼで見たことが殆ど無いんだよね。

 例の男爵のお抱え戦士ドレン・ギルヴァスくらいだろう。だが、こいつはもう処刑されている。


 それともう一人、魔神と呼ばれたシンノスケだ。

 彼は暗黒騎士だったから黒い鎧なのは当たり前だし、その鎧は未だに見つかっていない。

 魔族たちの情報からバルネット魔導王国にシンノスケのインベントリ・バッグが存在している事が明るみになったが、彼の鎧はその中だろうと思う。

 だとしたら、魔族はまだ手に入れてないはずだ。


 他人のインベントリ・バッグは絶対に開けられない。

 もちろん、俺以外は。


 俺は創造神の力と開発者権限を持っていた住良木の力を受け継いでいるらしいので、本当に例外なのだ。

 とにかくGM以上の権限を持った転生者じゃなきゃ無理な話だし、住良木が用意していたプログラムは停止したので、もう転生者は現れない。


 停止する前に二人も転生者がいた事にビックリだけどな。

 シンジの話によれば、三ヶ月近く前にアルテナ大森林に転生してきたそうだし、その頃にもう一人転生してきたんだろう。


 ここで考慮しなければならないのが三ヶ月近く前って所だ。

 シンジは現実世界のカレンダー的発想で三ヶ月近くと言った可能性が高い。

 彼はまだこっちのカレンダーでモノを考えていないと判断したからだ。

 現実世界で三ヶ月といえば約九〇日と考えるのが普通だ。


 しかし、こっちで三ヶ月というと約一四〇日という事になる。

 もし、そうなら神々の肉体を必死に作っていた頃の事だ。


 だが、この黒い鎧の男って目撃談が出始めたのはティエルローゼ的に言うと約一ヶ月半くらい前からだ。


 シンジの話によれば、転生時は二つの月が満月だったと聞いている。

 俺はティエルローゼのカレンダーを開き、月の満ち欠けについて調べてみる。


 最後にどっちの月も満月だったのはシュリエルの月の七~九日の三日間だ。

 シュリエルの月は三月の事になる。

満月最初の日が今から八〇日前。そして八一日、八二日と三日間が両方の月が満月だった。


 現実世界的感覚で言えば三ヶ月近く前になる。

 俺の推理は間違っていないはずだ。


 そこ頃はまだ転送プログラムを止めていない。

 例の管理者ページを見たのは神々の肉体創造を終えた後だからね。


 ダイア・ウルフ殺害事件の報告があったのがシュリエル月二七日の風曜日ジョファだ。


 これら状況からも俺の推測は間違いじゃないだろう。


 ちなみに、俺が転生してきたのはハパ月四〇日の火曜日ペニヤだ。

 この日の月齢はザバラスが満ちかけており、あと三日に満月になり、シエラトは欠け始めた頃だ。


 ザバラスは約二九日で満ち欠けを繰り返すのは地球の月と一緒だが、シエラトは一八日で満ち欠けを繰り返す。

 俺の転生時の月の欠け具合は、どちらも満ち欠け、左右の違いはあれど、同じくらいの月齢だったと言える。


 ちょうどバランスが良かったって事だろうか?


 転生時期に月齢が関係しているとは考えもつかなかったが、そういう事なのかもしれない。


 両方満月だったから二人も転生してきたとすると、月のミステリー・パワーが侮れない。

 月の神は双子だと言うが……


 ま、狼男とかの不思議生物の伝承でも言われることだが、月の状態に何らかの力があるとは現実世界のスピリチュアル系の人々が言っている事だし、こっちでも同じような事がある可能性は否定できない。


 月の満ち欠けによって地球環境に与えられる影響は生物とは切っても切り離せないのは海洋生物や植物や家畜なんかに影響を与えるとかいう論文発表もあるから嘘とも言えない。


 満月になると犯罪が増えるとかいう説もあるっけ?

 ホント、狼男みたいだね。

 もっともコレは太陰暦を使ってる地域で出たデータらしいので、本当かどうかは謎。


 ま、現実世界の科学でも実証はできていない事だけど、本当に神のいるティエルローゼでは何とも……


 一応、月齢に注意を向けておく必要はありそうだとしておくのが無難か。



 さて、報告書の続きを読む。


 報告書のうち大半はあまり俺が気にかけるような事ではなかった。

 酒を飲んだ上での殺人、窃盗などの衛兵案件が殆どだし、国や領地に関わりそうな物は放置でいいな。

 黒い鎧の男関連だけ抜き出そう。


 黒い鎧の男の情報らしいものは一四件。

 これは盗み、暴行、無銭飲食としょうもないモノばかりだが、一件だけ衛兵に取り囲まれたモノが目を引いた。


 これは情報局の人員が目撃したもので詳細な報告だった。


 衛兵に囲まれた黒い鎧の男が数人の衛兵を瞬時に殺害、衛兵隊の応援が到着した時には煙のように消えたと報告されている。


 脱兎のごとく逃げたのではなく、本当にパッと消えたらしい。

 魔法かと思われたが、衛兵隊に随伴した魔法使いスペル・キャスターの探知魔法にも引っかからなかったというから、本当に消えたと判断されたらしい。


 その犯人は未だに捕まっておらず、現在も衛兵隊によって捜査が進められているそうだ。


「パッと消えたか……ますます例のアイテム臭いな」


 俺の唸りのような独り言に影からハリスが顔を出す。


「例のアイテムとは……何だ……?」

「ああ、ハリスか。ドーンヴァースの魔法道具だよ」

「あの世界の……どんな魔法道具だ……?」


 俺はロキの外套についてハリスに説明する。


「そんな……ものが……?」

「ああ、物凄いレア・アイテムでね。ドーンヴァースでも幾つか出たという話だが、正確な数も所持者も判明してないんだ」

「厄介だ……」

「本当にな。 魔法とかいうレベルじゃないから余計にね。

 神すら欺けるらしいから本当に困るよ」


 俺が苦笑いになるとハリスが真剣な顔で考え込む。


「そんな……敵に襲われたら……相当に危ないな……」


 ごもっとも。

 ハリスは気付いてないようだけど、君もそういう厄介なスキル持ちなんだよ?

 ハリスの兄貴が味方で良かったよ、本当に。


「報告書を読むと衛兵を数人、斬り殺しているようだし、あっちの世界でもコッチの世界でも重犯罪者なのは間違いないね。

 神のお墨付きもあるし、見つけ次第この世から葬り去るべき案件だと思う」

「了解だ……」


 そういってハリスは影に沈む。


 分身を総動員する気かな?

 そういう無茶な事をハリスはしそうだし、彼の負担が心配になるけど、そういう無茶がハリスの能力開花に一役買っている可能性もあるので、何とも言えない感じはする。


 ハリスは俺の役に立とうと必死にやってきたからな。


 出会った頃とはもう別人レベルだけど、それまでのハリスの悩みは理解しているつもりだ。


 ハリスの後に入ってきたトリシアは伝説の冒険者。

 マリスはエンシェント・ドラゴンの化身。

 アナベルはマリオンの加護を受け、信託の巫女オラクル・ミディアムだった。


 ハリスだけが上級クラスながら、ただの野伏レンジャーで一般的な冒険者でしかなかった。


 俺が丘陵ゴブリンの足跡を勝手に追跡しはじめた時、ハリスは衝撃を受けたような顔をしていた。

 野伏レンジャーの役割すら俺に取って代わられる状況だったんだ。


 彼の焦りや憔悴は如何ともし難いモノだったに違いない。

 だがハリスは諦めなかった。

 必死に、どうすれば自分を高められるか、俺の役に立つか。

 それのみを追求してきたに違いない。


 並の努力じゃなかったに違いない。

 俺たちにはそんな素振りも見せなかったのにな。


 そんな彼だからこそ俺は重用するし、俺は彼を親友として見ている。

 彼がそう思ってくれているかは知らないが……そう思ってくれていればいいなとは思う。



 そんな事を考えていると、マリスがノックもせずに執務室に入ってきた。


「おお、おったおった。寝室にも居間にもおらんかったから探したのじゃ」

「何だよマリス。何か用か?」


 俺は妙に気恥ずかしい感じがして、顔が赤くなった。


「何じゃ? 病気かや? 顔が一瞬で真っ赤じゃぞ?」

「いや、なんでも無いし、大丈夫だ。それで何か用か?」

「うむ。我の幻霊使い魔アストラル・ファミリアからの報告じゃぞ」


 見れば欠伸をしているチビ・ドラゴンがマリスの頭に載っていた。


「ああ、チビ・ドラゴンだな」

「やっぱり見えるのじゃな。コレを使える古代竜以外は普通見えんのじゃが」

「半透明だけど、普通に見えるね」

「我の嫁じゃからじゃろう。それはそうと報告じゃ」

「おお、そうだね。聞かせてくれ」

「うむ」


 マリスは一つ頷き、チビ・ドラゴンの報告を聞かせてくれた。


 例の黒い鎧の男は、東の森に潜伏しているらしい。

 らしいというのは、姿が探知できないからだとマリスは言う。


「姿も見えないのに判るの?」

「ケントほどの男が判らぬのかや?

 生き物には気配という物があろうが!」


 ああ、そういう事か。

 姿が見えなくても、近くにいれば、生きている者である以上、なんらかの痕跡を残す。

 それは足音だったり、息遣いだったりと様々だ。


 それは気配として察知される事がある。

 チビ・ドラゴンがそういうモノを察知したという事だろうね。


「東の森か。アルテナ大森林は広いが、どの辺りか判るか?」


 俺は大マップ画面をマリスに見えるように設定する。


「そうじゃな……」


 マリスは大マップ画面を覗き込むと一点を指差した。


「この辺りじゃな」


 俺は大マップ画面を操作して、見える範囲で最大まで拡大してみる。


「ふむ……これは何だろう? 何か建物の跡みたいだ」

幻霊使い魔アストラル・ファミリアが言うには、何かの廃墟に気配を感じたそうじゃぞ」


 ふむ。そうするとココが黒鎧の潜伏場所かもしれないな。


 俺はマップにピンを刺して場所を記録しておく。


「よし。明日にでも調査してみるか」

「ケントがかや? ギルドに依頼するんじゃないのかや?」

「いや、相手は高レベルのプレイヤーって可能性が高い。

 冒険者レベルでは相手にもならないと思うし危険だよ」


 マリスは「ふむ」と頷き、ニヤリと笑った。


「なれば、我らの出番じゃな」

「え? 我ら? マリスたちも行くつもりかい?」

「当然じゃろ」

「ああ……当然だな……」


 影からハリスまで顔を出した。


 ぐぬぬ。今の俺なら一人でも平気だと思うんだが、仲間たちが過保護です。


 でも、仲間たちが一緒だと少し嬉しい気もするけどね。

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