第26章 ── 第5話

 シンジは頭の中で色々な事がグルグル回っているっぽく、混乱した顔をしているので、俺は苦笑しながら提案する。


「もう昼も過ぎたし、飯でも食べながら落ち着こうか」


 長い経緯の説明の時、マリスやアナベルは寝たり欠伸をしたりと、退屈そうだったしな。


「待ってたのじゃ!」

「今日の献立は何でしょう!?」

「混乱した精神もケントの飯を食えば一瞬で晴れるぞ」


 椅子の上に飛び上がるマリス、手を叩いて太陽のような笑顔になるアナベル、それを見てニヤリと笑うトリシアは、相変わらずの食いしん坊チームだ。

 ハリスは三人の反応を見てやれやれポーズだ。


「そういえば腹が減ってきてるな……」


 シンジは腹に手を当てて笑った。


「これもドーンヴァースではあり得ない現象だね」


 そう言うシンジに俺は頷いて見せる。


 VRギアでは空腹の感覚もカットされるので、ゲーム中は空腹を感じない。

 目に見える視界の端に「警告:空腹」と表示される。便意など現実で身体が必要としている感覚も同様に表示される。


 全員が椅子から立ち上がった時、シンジがハッとした顔をした後に奇声を挙げた。


「うわぁあぁぁ!」


 その言葉に俺と仲間たちが身構える。


「何じゃ!?」

「ビックリしたのです!」

「何だ!?」

「敵襲か……?」


 仲間たちの反応にシンジは慌てて両手をプルプル振って否定する。


「あ!? いや! 申し訳ない! 俺はまだ自己紹介してない!」


 それを聞いて、今度は仲間たちがポカーンとした。


「何じゃ、人騒がせな」


 マリスは身体から力を抜き、アナベルは胸をなでおろす。


「心臓に悪いのですよ」

「全く……相変わらず抜けているな」


 トリシアは呆れたように溜息を吐いてから、不思議そうに僅かに首を傾げる。


「本当に申し訳ない。俺はシンジ、カタセ・シンジだ。重戦士ヘビー・ウォリアーをやっているよ」


 ここにも本名プレイヤー発見!

 俺の中ではいやが上にも盛り上がります。

 俺も本名晒し上げプレイヤーですからな。



 食堂に行くと、来ているのはクリス、エマ、フィルだけだ。アースラも神々も、古代竜の二人もいない。


「おや? 今日は少ないね?」


 来ている仲間に何気に聞くと、クリスもエマも肩を竦めた。


「テレジアはアルテル神様が来て何か耳打ちしてたんだけど、それから直ぐに出かけたわよ」


 エマはそれ以降、テレジアも神々も見ていないらしい。


「そういえば、あの戦士殿は役場に来たらしいと報告を受けた。何でもトリエン周辺の地図を借りたいとか」


 クリスはベヒモスがトリエンの地図を借りに来た事を教えてくれる。


 ん? 何かあったか?

 そう言えば、朝食時の神々の反応が可怪しかった気がする。

 アースラも含めて神々が姿を消したというなら、神界に帰った可能性が高い。


 神界で何かが起こったとも考えられないし……シンジ関連かな?

 ハイヤーヴェルにティエルローゼの危機と告げられた転生者だし、神々がシンジとの接触を避けたのかもしれない。


 実際、転生したばかりの俺との接触もかなり慎重になされていたしなぁ。

 プレイヤーは神々すら相手にできる存在らしいから、大事を取ったと考えるのが妥当だろうね。


「こちらの美しい女性は……」


 シンジがエマに目が釘付けになっている。


「ん? ああ、彼女はエマ・マクスウェル女爵。トリエンの魔法技術担当官だよ」

「シンジです。お会いできて光栄です」


 シンジはエマに小走りに走り寄り、彼女の前に跪いて手を取り、その甲に口づけをする。


「うわ!? 突然何なの!?」


 エマは手を引っ込めると怪我でもしたかのように手の甲を擦っている。


「彼はシンジ。俺と同郷の冒険者だよ」


 俺は苦笑しながらシンジを紹介する。


 見た目は一〇代前半のエマに対してそんな行動に出るとは……

 シンジはドヴァルス侯爵と気があうかもしれないな。

 まあ、エマはハーフエルフだし、二〇歳を越えてるから合法ロリではあるんだけどね。


「失礼。驚かせてしまいましたね」


 爽やかイケメン・フェイスでニッコリと笑うシンジに、エマは物凄い怪訝な表情だ。


「シンジ、他の者も紹介しておくよ。

 そちらの長身のハーフ・エルフがフィル・マクスウェル。エマの弟で、トリエンの錬金技術担当官だ。

 こっちがクリストファ。トリエンの行政長官をしてもらっている」


 俺に紹介され、目を見張っていたフィルがオーバーアクションでシンジに頭を下げた。

 クリスも似たように貴族風の挨拶をしている。


「カタセ・シンジです。シンジと呼んでください」


 新たに紹介した三人に挨拶している風だが、目はしっかりとエマだけに向いているシンジは中々のリア充気質なのかもしれない。


「挨拶は良いから座れ」


 イライラしたようにトリシアがシンジに指示する。


「はい。済みません」


 シンジはショボンとした顔でトリシアの隣りに座った。


 メイドたちに運ばれてきた料理はカツカレーだった。

 それを見たシンジは目を輝かせる。


「うお! またカツカレーに出会えるとは!!

 もう食べられないと思ってたけど、そう考えると無性に食べたくなるんだよな!」


 解る。あのアースラもカレーに釣られて降臨してたからな。


「カレーはケントが考えた非常に戦闘力の高い一品だ」


 カレーに相好を崩すシンジに、トリシアが得意げに鼻を鳴らす。


「でも、これはテンプリには勝てぬ。テンプリ丼が至高じゃぞ?」

「いえ、イクラ丼が至高なのです!」

「いや、カツ丼こそが至高だろ?」


 食いしん坊チームがあーだこーだと至高の逸品について言い合いを始めた。


「和食を再現したのか?」

「当然だろ。日本人にとって米を使った和食は人生の活力だし」


 シンジは救世主を見たような崇敬の眼差しを俺に向けてくる。


「では、頂こうか」

「「「頂きます!」」」


 俺の号令で全員がスプーンを手にとった。


 シンジはカレーを口に運び満面の笑みだ。

 仲間たちも美味しそうに食べる。


「まだケントのカレーには追いついていないな」

「そうじゃな。もう一歩じゃ」

「でも、料理長は頑張っているのです。私は彼の頑張りを認めます!」

「折角のカレーなんだから黙って食べなさいよ」


 食いしん坊チームの感想にエマが突っ込む。

 俺の手製料理を食べる機会の少ないエマは、料理長の味方らしい。


 俺もカレーを口にしてみるが、確かに俺のカレーとはスパイスの配合が違うようだ。

 まろやかさが少し足りない。


 多分、俺の配合と同じように作っているんだと思うが、季節やスパイスの出来などで微調整は必要だし、追加する事で味の深みを出せる食材などもある。

 そういった場数的な部分で料理長は遅れを取ってる感じだ。

 ま、料理の女神ヘスティアも、アースラが気にいるモノを作るまでに、そういった部分で努力が必要だろうね。


「ケントは料理ができるんだな」

「ああ、こっちに来てから料理スキルを手に入れてね」

「なるほど。こっちにもスキル・ストーンが手に入るんだね。俺も探してみようかな?」

「いや、ティエルローゼにはスキル・ストーンはないらしいよ」


 俺がそう言うとシンジは顔に絶望を浮かべる。


「マジか……良いスキル・ストーンが出るまで枠を取っておいたのに……」

「スキル・ストーンはないけど、スキル・オーブというのがあると聞いたよ。

 希少過ぎて、殆ど見つからないようだから、自分で修行して覚えるしかないと思う」


 シンジが絶望から開放され、少し元気になった。


「現実世界と同じように覚えられるんだな?」

「うん。現実世界よりは簡単かも。

 多分だけど、ある程度繰り返し練習すればレベル一をゲットできると思う。 スキルさえ手に入れば、あとは経験値を稼ぐだけだからね」


 シンジは「なるほど」と頷き、カレーを食べながらスキル枠に何を埋めるか考え始めたようだ。


 生きる為に目標が必要な人間もいるし、シンジも新しい目標を手に入れるのは良いことだと思う。

 そのうち、しっかりと信頼関係が築けたら、ドーンヴァースへのアクセスも許してもいいかもしれないね。



 少し遅めの昼食後、シンジに俺とハリス、マリスでトリエンを案内して回った。


 ゴーレム部隊の駐屯地や各種神殿など、現在観光名所になっている場所をはじめ、市場や露店、小売店などを周る。


 そして最後は冒険者ギルドに足を運んだ。


「こっちの世界の冒険者ギルドにはもう来てたよね?」

「ああ、でもギルドの使い方が解らなくてね」


 シンジは傍目はためには上級冒険者に見えるだろうから、他の冒険者は手助けしてくれなかったのだろう。


「ギルドでクエストを受けるには登録が必要なんだけど、もう登録はしたかい?」

「いや、掲示板のクエストを見てたくらいかな。変な文字だけど読めるのが面白くてね」


 解る。俺もそうだった。

 何で読めるのかは未だに謎だけど、読めるから書く事もできるんだよね。


 俺はシンジを受付に連れていき、受付登録をさせる。

 俺は彼が初めての登録であることを受付嬢に伝えてやる。


 どう見てもベテラン冒険者だから誤解されそうだからね。


「新規登録でしたら、こちらに必要事項を記入してください」

「あー、うん。了解」


 シンジはペンを握って申請用紙をチェックしつつ自分の情報を記入する。

 受付嬢はカウンターの下をゴソゴソと漁り、ギルド・カードを取り出している。


 やっぱり最初はアイアンからだねぇ。


「では、これで」


 記入が終わったシンジは申請用紙を受付嬢に渡した。


「こちらが、ギルドカードとなります。今から用紙に記入された情報をこちらに転写いたしますのでお待ち下さい」


 受付嬢は用紙の上にカードを起き、手をかざしてシンジを見つめた。


情報転写データコピー


「おお?」


 シンジが驚いた声を上げる。


 うん。懐かしいね。俺もこうやってギルドに入ったっけ。


「これで冒険者登録は終わりです。こちらをどうぞ」


 シンジは受付嬢からギルド・カードを受け取り、嬉しげに眺めている。


「それは身分証明書代わりにも使えるし便利だよ。紛失すると再発行に金が掛かるそうだから無くさないようにね。インベントリに入れておけば問題ないと思う」

「そうだな」


 受付嬢は自分のセリフを俺に取られて少々困った顔をするが、冒険者領主である俺が付き添っているので文句は言ってこない。


 そんな事には気付いていないシンジは言われた通りにカードをインベントリ・バッグに入れる。

 俺はカウンターに備え付けてある、ギルドの小冊子を取って、シンジに渡した。


「これも持ってるといいよ」

「これは?」

「ギルド憲章とかギルド員の規則とかが書かれているんだ。ギルドのルールを知らないと困ることも出てくるからね」


 シンジは頷くと、小冊子を開いて中を覗いている。


 彼はレベル一〇〇だけど、この世界のルールは全く知らない。

 慣れるまでは俺も大変だったし、この世界での生活で困らないように手助けしてやろう。


 この世界に馴染んでくれれば、危機やら厄災やらを呼び込むことはないはずだしな。

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