第26章 ── 第4話

 俺はシンジに転生やティエルローゼについて説明する。


 最初は「は?」とか「え?」とか言っていたシンジも段々と真面目な顔つきになってきた。


「冗談を言っているようじゃないね?」

「冗談でこんな事言えないよ」


 俺がそう言うと、シンジはニヤリと笑う。


 うーむ。シンジのニヤリはえらく板についた感じだな。

 目が悪ガキみたいにキラキラしているんで物凄い不安になる。


「ということは、人助けし放題……ってヤツだよね?」

「まあ、困ってる人がいたらだけど、ただし!」


 俺は付け加えた。


「一方から見るだけでは駄目だよ。

 この世界は、色々とあって人々の考えには『秩序と混沌』という価値観が植え付けられている」

「秩序と混沌か。秩序が善で混沌が悪って事だね?」

「違います」


 俺はこの考えは好きになれない。


「ここに集まっている俺の仲間は、当初は『秩序と混沌』で世界を分けていた」


 仲間たちも頷く。


「だが、一方の見方だけで判断すると間違うこともあるんだ」


 俺は丘陵のゴブリンと帝国のいざこざについて話して聞かせる。


「それは帝国が悪だね。人質を取って無理やり働かせるとは許せない」


 俺は頷く。


「だが、ゴブリンは古来より人間たちに混沌勢力に属する種族だとされているんだ」


 俺がそういうとプリプリと怒っていたシンジは体の動きを止めた。


「え? ゴブリンは混沌なのか?」

「そうだよ。だが、俺は帝国の所業は悪だと思うし、ゴブリンは被害者だと判断した。

 だから、混沌と悪、秩序と善はイコールじゃないと俺は思うわけ」


 俺がそう言うとトリシアがクククと笑う。


「笑うだろう? ケントは秩序だとか混沌だとか拘らん。

 私も最初は面食らったものだよ」


 困ったように眉間をハの字にしながらトリシアは苦笑する。


「そうじゃな。ケントはそういう雄じゃ」

「そうなのです。アンデッドが弱点なのに、アンデッドすら仲間にする事があります。

 後でちゃんと説明してくれたので私も混乱しましたけど、今はアンデッド全部が悪ではないと知りました」

「ケントは……魔族すら……悪と断じない……」


 仲間たちが口々に言う。

 褒めてるのか貶してるのか判らんが。


「いやいや。アンデッドは悪だろ。襲ってくるじゃん」


 シンジがアナベルの言葉に反応する。


「いや、死と闇を司る神によると、アンデッドは神の眷属として死んだまま蘇っている者たちらしいんだ。決して悪だけじゃないそうだ。

 ただ、アンデッドは本能とか欲望に忠実で悪に落ちやすいというだけらしいよ。俺も詳しくないんで『らしい』としか言えないが」

「アンデッドが神の眷属……?」


 シンジはポカーンとしている。


「うん。死と闇の神の行動を補佐させる目的だとかなんとか。

 全部のアンデッドに命令が届いてるわけじゃないんだろうけどねぇ。

 ゾンビとか普通に噛もうとしてくるし……」


 はっきり言って、俺はあまりアンデッドが好きじゃない。

 彼奴等は見た目が怖いし、いきなり動き出すから心臓に悪い。


 ホラー的感覚のビックリは必要ない。

 うん。このティエルローゼには必要ないと思う。


「まあ、おいおい理解していけばいいか……

 ところでさっき、そっちの忍者ニンジャ……が言ってた魔族って? 悪魔とは違うのか?」


 シンジはハリスの黒装束を見て忍者ニンジャと判断したらしい。正解です。


「ああ、魔族はティエルローゼを破壊して地球に渡りたいと考えていた破壊神の眷属なんだよ」

「なん……だと……」


 シンジの顔が強ばる。


「魔界の住人が地球を侵略する算段を立てているのか!?」

「いや、侵略とは違うかな……

 というか、この辺りは話が長くなるんだが……」

「聞かせてくれ。地球に影響があるなら聞いておきたい」

「では、最初からね」


 俺は異世界からやってきた神々が古代の地球に何をもたらしたのかを説明する。


 地球に来た異界の神々と魔族たちは、人間に様々な知識や恩恵を与えたのは間違いじゃない。

 もちろん、人類に邪悪な事をした神もいただろう。


 そんな中、異世界の存在が地球をどんどんと変化させていく様をみた一人の異界の神がいたこともあわせて説明しておく。


 これはシンジや俺、アースラたちプレイヤーのご先祖になる神だ。

 遥か昔の話だけに、シンジやアースラたちが俺の親戚になるなんてシンジられないけどね。


「とまあ、今の地球には異世界人はタッチしていない。

 このティエルローゼが防壁として機能しているからね」


 二時間ほど掛けて話した壮大な物語は、色々と端折ったけど何とかシンジの理解を得られた。


 最初よりももっと難しい顔になったシンジは何かを考えるように腕を組んで唸っている。


「では魔族は悪なんだね」

「いや、全てが悪じゃない。

 確かに魔族はティエルローゼを破壊して地球に渡る勢力だ。

 だが、全てがティエルローゼを破壊しようと思っているわけじゃない」


 俺は魔族三人に目を向けた。

 俺の視線を受けたアモンが一つ頷いて立ち上がった。


「ご挨拶が遅れました。私はコラクス。お見知りおきを」

「ど、どうもご丁寧に」


 シンジは執事然としたアモンの挨拶に反射的に頭を下げる。


「私は魔族でございます。主様であるケント様に仕えることを無常の喜びとする者にございます」


 ニッコリと笑いながら頭を下げるアモンにシンジが目を皿のようにする。


「え……? でも魔族は……世界を破壊……え?」


 シンジの言いたい事は解るよ。


「私たち魔族は青い世界……地球ですか? その地球とやらに行ったこともあります。

 前の主様であるカリス様が望まれた故、混沌の勢力として行動していたに過ぎません」


 前の主であるカリスが望んだからそうしてただけってのも俺的には理解できないくらいだからな。


「幸い、そうなる前に新たなる主様であるケント様に出会うことが出来ました。

 まさに、我が創造主であるカリス様の御技に他なりません」


 フラウロスもアラクネイアも力強く頷いている。


 こいつらの忠誠心がどこから来るのかサッパリです。


「地球に……?」

「ええ」


 シンジは頷いている三人の魔族にビックリして囁き、アモンがそれに更に頷く。


「地球に昔、来たって事は……」

「はい。今の時代ではありません。

 人間はまだ狩猟生活を送っていた頃の事です。

 その頃、私は『アモン』と呼ばれていました」


 シンジが短く「ゲッ」と言うのが聞こえた。


「アモンって大悪魔じゃねぇか!」

「うん、そうだよね。

 でも、ソロモン王が呼び出した悪魔の中に居たわけで、人間に協力したりもしている。

 その後の悪魔学の中では色々書かれてるみたいだけどさ、一概に悪だとは言い切れないよね」


 悪魔召喚で様々な時代に何度も召喚された可能性はあるけど、大抵の悪魔は召喚主に協力的だという。召喚の儀式に失敗した場合はその限りではなさそうだけどね。


「でも、悪魔だよな?」

「某宗教的に言えば、異教の神は全部悪魔だよ」


 宗教は人を救いもするが、殺しもする。

 無宗教といわれる現在の日本人にはイマイチ理解に苦しむけど、地球の歴史では宗教による争いは珍しくもない。


「ま、俺の知った事実では、神も魔族も地球にとっては異世界人って事。

 俺たちが神だの悪魔だのに自分の善悪を照らし合わせるのがナンセンスって事だろうね」

「素敵用語じゃ」


 マリスは黙ってなさい。


「そう信じる事は今は難しいけど理解はしたよ」


 シンジは必死に作り笑いを浮かべつつ三人の魔族を見た。


「こちらの二人も魔族なんだよね?」

「うん。俺の仲間には三人の魔族がいるんだ」

「フラと呼ばれておりまする。以前の主にはフラウロスと名付けられました」

「妾はアラネア。アラクネイアと呼ばれておりました」


 フラウロスとアラクネイアも自己紹介をした。


 そういえば、仲間たちの紹介がまだだった。


「みんなも自己紹介しておこうか。

 まずは俺から。俺はケント・クサナギ。このティエルローゼに転生してきて、もう二年近いかな?

 今は、このオーファンラント王国で貴族なんかしているよ。このトリエン地方は俺の領地なんだ」


 俺が自己紹介すると、トリシアが立ち上がる。


「私はアルテナ大森林ファルエンケールに生を受けた森のエルフ、トリシア・アリ・エンティル。

 ケントの副官をしている。良しなに」


 シンジは無意識にトリシアに頭を深々と下げた。


「次は我じゃ! 我はニーズヘッグ氏族、ニルズヘルグ一族の末娘。今はマリストリア・ニールズヘルグと名乗っておる!」


 エッヘンと胸を張るマリスをシンジは目を見開いて口をパクパクしている。


「ニーズヘッグ……って……ドラゴンじゃ……」

「うむ。古代竜じゃぞ? 今は人族の姿で冒険者をしておるのじゃ」


 さらに反り返るマリスに、そのまま後ろに転げ落ちないかハラハラする。


「私はマリオン教の神官戦士プリースト・ウォリアー、アナベル・エレンと申します。

 元は帝国民でしたが、今はケントさんの治めるトリエンに住んでいるのです」

「帝国? 戦争してるんじゃ?」

「ええ、戦争直前だったのですよ! でも大丈夫。ケントさんが全部解決してくれたのです。ケントさんは本当に凄いのですよ! あれは……」


 話が長くなりそうなので、アナベルに黙れとハンドサインを送った。

 それを見たアナベルはピタリと口を閉じた。


「ま、まあ。アナベルの話は後でじっくり聞いてやってれ」


 俺は苦笑しながら椅子に座り直す。

 自分への賛辞とか、むず痒くなって仕方ないからな。


「俺は……ハリス・クリンガムだ……よろしく……頼む……」


 ハリスの自己紹介をシンジは構えるように聞いている。


「……」


 続きが来ないせいで、必要以上に構えていたシンジはズッコケそうになる。


「それだけ!?」

「それだけだ……」


 俺は吹き出しそうになりながら補足してやることにした。


「ああ、ハリスは多くを語らないから、俺が紹介するよ。

 ハリスは俺が転生してきた頃に仲間になってくれた野伏レンジャーの冒険者だったんだ。

 今では凄腕忍者ニンジャ冒険者だよ」


 俺が凄腕なんて紹介したからハリスが少しそっぽを向く。

 顔が赤くなってるのを誤魔化したに違いない。

 だが、俺の言葉は嘘じゃない。ハリスはマジで凄腕のスーパー忍者ニンジャだからね。

 これは、仲間たちも否定できない事実だし。


「これが俺の仲間たちだ。ガーディアン・オブ・オーダーという冒険者チームをやっているよ。魔族たちは冒険者登録はしていないけど」


 シンジは俺の仲間たちを見回している。


「随分、個性的なパーティだね」

「そうだろう? 騒がしいけど、頼もしい俺の仲間だ」


 転生についての説明や仲間たち自己紹介などを聞いていたシンジの反応などを考えると、ハイヤーヴェルが言う危機を指しているのが彼ではないのではないかと俺的に感じている。


 もし、シンジがティエルローゼに厄災をもたらす人物だとしたら、これほど素直な人間ではないと思う。

 何かの手違いでハイヤーヴェルは判断を間違えたのかもしれない。


 なにはともあれ、俺は転生してきたシンジに俺の仲間を紹介できて少し嬉しかった。

 でも、他の転生者であるアースラやセイファードも紹介できたらいいと思うけど、まだ時期じゃないかな。

 アースラは神だし、セイファードはノーライフ・キングだからなぁ……


 シンジがもう少しティエルローゼに馴染んでからじゃないと、中々紹介できそうにない気はするよ。

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