第26章 ── 第3話

 翌日、朝食のために食堂に行くと、神々の姿が見えなかった。


「あれ? アースラたちは?」


 既に顔を出している仲間に聞く。


 夢の話を神たちと話しておきたかったのだけどなぁ。


「今日は見かけておらんのじゃ」

「神界に戻ったのではないでしょうか?」


 テレジアとベヒモスも首を傾げた。


 ふむ。神々の姿がないなら神界に戻ったって考えるのが順当だな。

 いざとなれば念話すればいいし、今はこちらで探してみよう。


 朝食後、執務室で大マップ画面を開く。


 検索でプレイヤーを探してみると、ピンが一本ポスッと刺さった。


「お? 随分とあっさり見つかったな」


 俺はピンの刺さっている光点をクリックして調べる。


『シンジ

 職業:重戦士ヘビー・ウォリアー、レベル:一〇〇

 ドーンヴァースで活躍していた重戦士ヘビー・ウォリアー。プレイ中に心臓麻痺で死亡し、ティエルローゼに転生した。

 少しドジな所が玉に瑕。ちなみにシスコンの気があると周囲には言われている』


 こいつか?

 テキストには邪悪な存在だとは全く書いてないが……


 今、どこにいるのかな?

 大マップ画面を拡大していくと冒険者ギルドにいるのが判った。


 よし、ギルドに顔を出してみるか……


「ハリス、いるかい?」

「……ああ……」


 影からハリスが顔を出した。


「これからギルドに向かうんだが……ついて来るか?」

「行こう……」

「一応、完全武装で行くよ」


 俺がそう言うとハリスは一つ頷いてから影に引っ込んだ。

 俺は立ち上がると装備をインベントリ・バッグから出して着替える。


 もしかすると戦闘になる可能性もある。

 ハイヤーヴェルが言うように危険だったらそうなるだろう。


 着替え終わったので一階へ向かう。

 ロビーまで来ると既にハリスが待っていた。


 流石にハリスは早いね。


「よし、行こう」

「馬車は……?」

「今日は冒険者として行くから歩きだ」

「了解……」


 久々に冒険者として出向くので、街を歩いていると街の住人はビックリした顔をする。


「領主様、今日は冒険者なんですね」

「ああ、ちょっとギルドに顔を出すつもりなんで」


 街の人々は結構気さくに俺に話しかけてくる。

 貴族に対しては少々アレだと思うが、俺は元冒険者の成り上がりだからな。

 街の者に跪かれても照れるしね。


 冒険者ギルドに入り中を見渡してみる。

 いつものギルドの光景だが、俺に気付いた冒険者はペコペコと頭を下げるし、受付嬢がカウンターから飛んでくる。


「領主閣下、今日はどういったご用件でしょうか?」


 いつも俺担当の猫耳の受付嬢だ。


「ああ、いや。別に用はないんだが、たまには顔を出しておこうと思ってね」


 ニッコリ笑ってそういうと、受付嬢は恐縮しながら業務へと戻っていく。


 ふと見ると、俺には目もくれずに依頼が貼ってある掲示板を真剣な目で見ている男がいた。


「ほうほう。クエストは低レベルのばかりだな。お、こっちはブロンズか」


 俺はその男に近づいていく。

 俺の気配に気付いたのか、その男は振り向いた。


 二〇歳くらいだろうか。立派な青色のフルプレートに身を包み、カイト・シールドを背負っていた。


「ん? 何か用かい?」

「ああ、ちょっと聞きたいんだが……君はシンジって名前では?」

「そうだけど……ちょっと待て! 俺を知ってんのか!?」


 男がガバッと俺の肩を掴んだ途端、ハリスが一瞬で男の背後に移動して首筋に小刀を押し付けた。


「ケントに……何をする……つもりだ……?」


 一瞬の出来事に男はピタリと固まった。


「い、いや……別に何もするつもりは……」


 男は俺の肩から手を離すと自分の肩のあたりの高さまで両手を上げる。

 周囲の冒険者たちも固唾を飲んで見守っている。


「ハリス、そこまで。彼に話を聞きたいんだ。許してやってくれ」


 俺がそう言うとハリスは小刀を引いた。

 男は心底安堵したように息を吐いた。


「お連れを驚かせたようで済まない。ここに来たのは少し前でね。

 俺の名前を知っている人に出会ったのは初めてで」


 俺は男の言葉に頷いてみせる。


「さっき言ったように話を聞きたいんだ。

 俺の館まで来てくれないか?」

「ああ、構わないが……館?」


 男は少し困惑した顔になった。


「そりゃ領主様だもん。館に決まってるじゃん」


 近くにいた女性拳闘士フィスト・ストライカーが男の言葉にケラケラ笑って応えた。


「領主様……?」

「ああ、俺は冒険者上がりだが、一応、ここら一帯の領主なんだよ」

「という事は貴族?」

「ん。ケント・クサナギ辺境伯だ。よろしくね」


 俺が右手を出すと男は恐る恐る手を握って返してきた。


「名前からすると日本人だね。俺も日本人さ」


 男の目が大きく見開かれた。


「おお……」


 男は言葉にならないようで、握った手に力を込めた。


「んじゃ着いてきてくれ」


 ギルドの出口へ向かうと男は大人しく着いてきた。

 ハリスは警戒を解いていないようで、男の後ろに音もなく付いた。


 うーむ。どうも邪悪とか害を成す人物とも思えないなぁ……

 大分、拍子抜けだよ。


 館に到着すると、男は感心したように見上げる。


「こりゃ豪勢な館だな!」

「代々領主が住んでいる館なんだってさ。

 独り者には広すぎるし、冒険仲間や部下にも住んでもらってるよ」

「へぇ……」


 門から玄関へ向かうと、男は大きな声を上げた。


「おお!? あそこにいるのはグリフォンじゃねぇ!? グリフォン飼ってんのか!?」

「主! その失礼な者は誰です!?」


 クワーッと鳴きつつイーグル・ウィンドが翼を広げて威嚇しはじめた。


「イーグル・ウィンド、静かに。お客人に失礼だぞ」


 そういうとイーグル・ウィンドは、しょんぼりと翼を地面に垂れた。


「躾すげぇ!」

「彼はイーグル・ウィンド。普通のグリフォンじゃないよ。人語も解するから、失礼な事いうと怒るよ」

「おー。すげぇ!」


 この男は「すげぇ」ばかり連呼するな。

 もしかすると、転生して間もないのかも。


 玄関に入ると、リヒャルトさんとメイドたちが出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ、旦那様」

「ご苦労さん。会議室にみんなを集めてくれないか?」

「畏まりました」


 俺は頷いて二階の階段へと向かう。

 男は「ほえー」と変な声を出しながらも黙って付いてきた。


 会議室に入り、お誕生席に座る。

 男はキョロキョロしていたが、俺が席を勧めると行儀よく座った。

 ハリスが男の対面に静かに座る。


「んで、話を聞きたいと言ってたけど……」

「ああ、それなんだけど、もう一度確認しておくけど、日本人で合ってるよね?」

「もちろん、俺は日本人だ。君も日本人だと言ってたね。

 ここは……どこなんだ?

 トリエンという街なのは聞いたけど、ドーンヴァースにそんな街あったっけ?

 領主って事は領地システムとか導入されたのかい?」


 男は矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。


「いや、詳しい話は俺の仲間たちが来てからにしよう」

「ふうん……

 そういや、メニューが開かないんだが……

 ミニマップもショートカットもログ・ウィンドも出ないんだよ」


 男は例のジェスチャーをしているので、今まで色々と試していたんだろうね。


「ああ、そういうのは出ないね。この世界では今の所メニュー画面はないみたいなんだよ」

「この世界? いつの間にドーンヴァース2にアップデートされたのさ?

 でも、それならどうやってショートカットとか使うんだよ?」

「あー、俺も最初そんな事考えたな」


 俺はあまりにも懐かしくて苦笑してしまう。

 俺が転生して来た頃も、自動アップデートされたんじゃないかと考えてたしな。


 入り口の扉が開き、仲間たちが入ってきた。


 知らない男がいるので、興味深げな視線が彼に集まっている。


「誰じゃ? 知らないヤツがいるのじゃ」

「ケントさんの知り合いに決まっているじゃないですか」


 マリスとアナベルが無遠慮に言う。


「マリス、客に失礼だぞ」


 トリシアは男をチラリと見てから目を細めつつ眉間に皺を寄せた。

 そして首を小さく傾げた。


「お主、私とどこかで会ったことあるか?」

「い、いや。知らないな。エルフなら友人が何人かいるが……」


 俺は立ち上がり、トリシアに黙るよう手を振る。


「みんなさっさと座ってくれ。ちょっと重大な話があるんで黙って聞いてくれるか?」

「了解じゃ!」

「はーい」

「ふむ。重大か」

「仰せのままに」

「畏まりました」

「御意」


 全員が座った事を確認してから俺も席に座り直す。


「重大な話というのは、他でもない。この人物に関する話だ」


 また男に視線が集まった。

 シンジは、居心地悪そうに身じろぎしている。


「彼はプレイヤーだ。ドーンヴァースから最近転生してきたらしい」

「え? 今、何て? 転生って言った?」


 俺の言葉にシンジは狼狽えてアワアワしている。


 俺もその混乱は解るよ。

 ただ、この会合が上手く行けば、彼を敵に回すこともないだろう。

 ハイヤーヴェルはティエルローゼの危機と言ったが、対応次第で危機は回避できるはずだ。


 俺の選択次第で、どうにか出来るなら、そうしたいしね。

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