第26章 ── 第2話

 アースラが戻るのを待ってからティエルローゼに帰還した。


 ドーンヴァースでは二日ほど過ごしたが、ティエルローゼではまだ二時間しか経過していない。


「本当だな。あっちではあれだけ時が過ぎたというのに、こっちでは日が進んでいない」

「面白いのう。どんなカラクリじゃろか」

「神の御技ですよ! 普通に生きているよりご飯が多く食べられます!」


 アナベルの言葉にマリスが「おー!」と歓喜に溢れる。


 相変わらず食い気だな。


「どうだった?」


 俺はハリスに声をかける。


「不思議な……世界だった……」


 確かに現実世界に比べると不思議だよな。


 自然治癒の速度なども現実世界とは違う。

 俺はティエルローゼでもドーンヴァースの法則に近いシステムが適用されているが。


「だな。あれはゲームの世界だから、こっちとは色々違うのさ。

 飯を食う必要も眠る必要もないしなぁ」

「眠る必要はあるしょう。実際、前の日に寝たではありませんか」


 アモンがウロボロスに襲撃を受けた夜の話をする。


「ああ、あれね。あれは気分の問題なんだよ」


 どうあっても人間の生活は身体感覚に左右されるし、ブーストされた感覚は現実世界同様に一二倍に加速されて処理されるからね。


「あの世界を利用すれば、修行が捗る気がしますな。我が主よ」


 フラウロスも会話に入ってきた。


「そうだな。一二倍以上の効果はあると俺も思う。

 まず、狩りの効率が全く違うからな」


 襲ってくる敵の質も数もゲームとしてバランスを調整している。


 獲物を探す所から始まる現実世界とは違って敵はフィールドに必ずいるし、大抵のフィールドモンスターはプレイヤーに敵対的でレベル差が少なければ必ず襲ってくるので逃げられる事はない。


 狩っても狩ってもリスポーンするんだから、現実世界の一般的感覚したらウハウハに違いない。


「それで……主様。

 ウロボロス……と言いましたか。

 あの者たちは一体どのような……?」


 聞きづらそうにアラクネイアが質問してくる。


 あまり古い傷は穿ほじくり返したくはないが、仲間……それも部下たるものに俺の秘密を知っておいてもらっても損はないか……


 脂汗を流しながら、必死に過去を説明する。

 途中、仲間たちに「もういい」と言われたが説明を続けた。

 全部説明するまでに三時間も掛かってしまった。


「壮絶でしたね」


 アナベルが心配そうな目を俺に向けて来て、その囁きにトリシアが頷く。


「確かにな。肉体的損傷も大概だが、精神的損傷は非常に厄介なんだよ。

 シャーリーはそんな精神的損傷が激しい者も救いたがっていたんだ」


 ああ、だから精神回復メンタル・リカバリーなんて魔法まで開発していたのか。


 トリシアの説明に心の中で何かがストンと落ちた気がした。


 魔法使いスペル・キャスター系のクラスなのにオリジナルの精神属性の魔法書スペル・ブックや研究書なんかもシャーリー図書館には多かったしな。

 もちろん肉体的ダメージを回復させる魔法も研究されてたよ。


 本来、そういう分野は神聖魔法の領分なのだが、アナベルによれば新魔法などを開発する神官プリーストは殆どいないそうだ。

 神々が作り出した魔法が全てで、人々の生活がどんなに便利になろうとそれは神々への背信とか言う古い考えが根強いらしい。


 技術革新がないと、技術や文化はおいおい滅ぶ気がするけどなぁ。


 もう夕食時なので、皆で研究室を出て館に戻った。

 これからご飯を作るのも大変なので、料理長たちが用意した俺レシピの夕食を摂る。


 味にご不満なのか、夕食を摂る神々の顔は厳しい。

 ただ、不満を漏らす神は一人も居なかった。


 アースラも不思議そうな顔で料理を口に放り込んでいるのを見ると、全部が全部味に不満があるわけでもなさそうな。


 最近の料理長は俺の味をよく研究しているので、非常に美味しくなっているんだがなぁ。


 食事を終えて風呂を済ますと、俺は今日の精神的疲労がピークっぽいので、さっさと布団に潜り込んだ。



 ふと目を開けると例の真っ暗な空間だ。


 周りを見渡すと小さな光が近寄ってきた。


「よう、ご先祖様。

 今日はどんな用事なんだ?」


 小さな姿のハイヤーヴェルがやれやれと肩を竦める。


「呑気だな。今日は大変な一日だったろうに」


 囁くような声で創造神は言う。


「まあ、もう過去の事だ。確かに心の負担は大きかったけど……

 いつまでも引きずってる方が精神的に悪いだろ」

「本能的に自己防衛できるようになっているんだな……」


 ハイヤーヴェルは感心した顔で俺の周りをくるくると観察して回る。


「で、何の用なんだ?」

「ああ、申し訳ない……」


 ハイヤーヴェルは軽く頭を下げて先を続けた。


「ティエルローゼに新たなる危機が現れた……」

「なんだと?」

「なかなか狡猾なようでね……」


 ハイヤーヴェルは何故か申し訳無さそうな顔で俯く。


「新しい魔族か?」

「いや……新たなるプレイヤー……我が子孫であろう……」

「マジか!?」


 あの住良木が開発したプログラムを停止しておいて良かった。

 しかし、俺が転生して止めるまでに、また犠牲者が出てしまったらしい。


 本当に厄介な置き土産だなぁ。


「転生出来たという事は俺の親戚かね?」

「いや……既に我の魂を継ぐものに血の繋がりは殆ど無かろう……」


 確かに、ハイヤーヴェルが地球に訪れていた時代は相当に古いだろうしなぁ。


「起きたら調べてみよう。

 本当にプレイヤーがまた転生してきたなら、右も左も解らずに苦労しているだろう」

「いや……先程も言ったはずだ……世界の危機だと」


 ハイヤーヴェルが静かに首を横に振る。


「どういう事だよ?」

「本質の問題……ケント、お前とは違う……」

「俺とは違う?」

「あれはカリスの手の者よりも厄介な存在となろう……気を付ける事だ……」


 魔族たちより厄介?

 普通の転生者ならそこまで厄介だとは思えないんだが。


 ただ、プレイヤーはドーンヴァースの性質を受け継ぐ。

 転生者はティエルローゼのどんな存在よりも強力だ。

 アースラがそうだったように。


 世界の理とは違うシステムで活動している事、そしてドーンヴァースの良質な装備。

 魔法道具などはドーンヴァースにはないだろうが、レジェンダリー・ウェポンなどのイベント系のドロップ・アイテムを持っていたら尋常ではない脅威となる。

 シンノスケが良い例だ。


「本質が違うと言ったけど、どう違うんだ?」

「我ら神々でも、あやつを追うのは難しい……」


 神々ですら追うのは難しいのか? 創造神にすら?


 俺はドーンヴァースの頃の記憶を探る。

 神々が追うのも難しいとなると、阻害系スキルか?

 忍者系のスキルにも似たものが存在するが、これは探索系スキルには効果がない。

 トリシアも使っていた全周囲警戒スキルなどで容易に探知可能だ。


 神々が難しいと言うなら違うな。


 となるとアイテム。

 認識阻害、隠蔽系最強アイテムとなるとアレか……


 俺の記憶に浮かんできたのは、『ロキの外套』というアイテムだ。

 これは、とあるレイド・クエストでドロップすると言われているアイテムで、入手難度は非常に高い。

 推定入手確率一〇万分の一だったかな?


 ドーンヴァース内で入手したという噂は幾つかあるが、確かじゃない。

 あまりにも強力なアイテムで、装備者は完全なステルス能力を得るというチート級アイテムだ。


 もっとも穴がない訳ではない。

 アイテムには使用限界が存在する。

 このアイテムの能力行使には、ゲーム内時間でだが一秒で総SPの一%消費するらしい。

 なので自身のSP総量がゼロになったら自動解除される。


 これら情報は『ロキの外套』というアイテムの噂が出回り始めた初期の頃のもので、正確かどうかは不明。


 でも、これだけのアイテムだし、入手したヤツが言いふらしたからこそ、出回った噂じゃないかと思う。

 その後、あまりにも入手難度が高かった事が情報の隠蔽に繋がったと推測できる。


 もし、『ロキの外套』が使われているとすると神々でも探知は不可能だろう。ドーンヴァース製アイテムの恐ろしいところだ。


 さて、問題だが……


 ティエルローゼはドーンヴァースよりも一二分の一ほど時間の流れが遅い。

 これは地球も一緒だ。

 なので『ロキの外套』を使用してSPが枯渇するのは一〇〇秒後。

 なので、普通なら問題にもならないのだが、ドーンヴァース製の装備やアイテムを駆使するとそうはならない。


 セット系装備アイテムの存在。これは考慮しておかねばならない。

 あるセット系装備は、SP自然回復量劇的に上昇させるモノがある。

 俺の知ってるセット装備だとSP回復を一〇倍も高める。


 そしてスキルにも自然回復量を上げるものが存在する。

 これは五倍程度だが、セット装備と組み合わせると……五〇倍。

 加算ではなく倍算なのだ。


 これにSP回復ポーションを組み合わせると、『ロキの外套』を二四時間使用し続ける事も可能になるわけだ。


 プレイヤーのSPの自然回復量は二時間で完全回復するように設定されているから、ポーションで回復させつつ行動すれば神々から見つけられずにいる事もできるかもしれない。


 非常に厄介極まりないだろ?


「そのプレイヤーを地球に戻すことはできないのか?」


 ハイヤーヴェルは目を閉じて首を横に振った。


「もう私にその力はない……」


 現実世界への門を開いても、ティエルローゼの能力のまま現実世界に戻ってしまうらしい。


 俺はガックリと肩を落とす。


 そんな能力でプレイヤーが地球に行ったら大惨事だ。

 そのプレイヤーの本質が魔族よりも厄介とハイヤーヴェルは言った。


 要は邪悪って事なんだろうな。

 そんなヤツが力を持った状態で現実世界に戻ったらどうなるか。


 俺は人間という存在を基本的に信じていない。性善説など以ての外だ。

 人間というものは矮小なのだ。

 昨日のウロボロスの連中を見たら一目瞭然だろう。


 もちろん善人は実在する。

 俺は人間の善性は後天的なモノだと思っている。

 自分を律して行動するのは、社会道徳などの教育の賜物なのだ。


 この善性は立場や状況などによって左右されるため、完全なる善などというものはないし、不確かすぎるところがまた厄介でもある。


 戦争などが良い例だが、一方の見方で善にも悪にも転がるからなぁ。


「解った。転生者については俺がどうにかしてみる。

 このティエルローゼに仇なす存在だった時は排除する」

「やりたいようにやりなさい……我の役目は既にお前に引き継いだのだから……」


 神々との協議も必要だと思うが、俺の基本方針はティエルローゼを守る方向で行動する事に変わりはない。


 今のティエルローゼにおける秩序を破壊する事は許さない。


 最初から悪と決めつけるのも、どうかと思うが……


 ハイヤーヴェルが夢に出てくるほど心配している以上、転生者はティエルローゼに害をなす可能性が高いに違いない。


 とにかく、一度対峙してみて判断するのが順当かもしれないな。

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