第26章 ── 過去との決別、そして魂の再会

第26章 ── 第1話

 気づくとどこかの天井が見える。

 知らない天井だが、妙な既視感を覚えた。


「起きましたね!」


 アナベルの嬉しげな声に目を向けると、仲間たちが気が付いた俺に嬉しげな顔と安堵の溜息を吐いた。

 見れば、コルたんというプレイヤーが仲間の内に混じっている。


「草薙くん、大丈夫ですか?」

「あんた誰だ……?」

「小柳ルイ……覚えてないよね……」


 俺は少し目を閉じ、封印してきた記憶を探る。


 ふむ……そういえば高校時代の同級生に、そんな名前の子がいた気がする。

 ただ、あまり目立たない子だったはずだ。


「ああ、何となく覚えている」


 メガネの小柄な子だったはずだ。

 少々オタク女子っぽかった気がするが、ウロボロスの奴らに協力するような子ではなかったように思うのだが。


「君のような子がウロボロスにいるなんてな」

「ごめんなさい。協力しないと私がイジメられる事になると思って……」


 涙ぐみながらコルたんこと小柳ルイが事情を説明した。


 ルイは数年前からドーンヴァースに嵌っていたらしい。

 そこそこ冒険が軌道に乗ってきた頃、他の同級生がドーンヴァースを始め、一緒に遊ぶようになったそうだ。


 ウロボロスはそんな頃に作られたクランだったそうだ。

 クラン・マスターの名は「ジリス」、本名は砂井翔……


 砂井翔は小中高と俺をずっと虐め続けた幼馴染だ。

 高校はかなりレベルの高い進学校だったから、ヤツから離れられると思ってたんだが、何故かアイツも俺と同じ高校に入ってきた。

 詳しくは省くが、地獄のような一二年だったと言っておく。


 砂井はドーンヴァースのケントが俺だと気付いてからというもの嫌がらせを始めたようだ。

 リア充野郎がドーンヴァースに来てリアルの人間関係を元に組織的な嫌がらせをしているのだから始末に負えない。


 ルイはまさか同級生が砂井と繋がっていたとは思わず、流されるままウロボロスで使い走りのような事をさせられていたらしい。

 ただ、俺がターゲットの内は自分に矛先が向くことはないと渋々従っていたようだが。


 まあ、虐めなどというモノは、言葉でマイルドで言っているが要は犯罪だ。

 暴行、障害、器物損壊、恐喝、強盗、上げれば切りがない。


 俺の精神的ダメージは、トラウマとして魂に刻み込まれている。

 家庭生活もクソだったが、学校生活でもこんな状態だったので、高校を卒業するまで俺の精神はボロクソだったのは言うまでもない。


 それに比べて大学は天国だった。

 実家から通えないような遠い県の国立大学だったし、一人暮らしという自由を謳歌できたし精神的ダメージの回復にも役に立った。

 卒業後の就職も外資系で海外への出張も多かったのが良かったな。


 今回、思わぬところでリアルの昔を思い出し、フラッシュバッグに襲われて醜態を晒したけど、もうあんな過去に囚われる事はないのだ。


 既に俺の生活基盤……いいや、人生はティエルローゼにある。

 現実世界に戻る気もないし、砂井や同級生とやらに良いように引っ掻き回されるのはゴメンだ。


「過去のことはもういいよ。

 俺に関わらないでくれればな」


 ルイはフルフルと頭を振る。


「む、無理です……ウロボロスにいる限り、私に自由はありません……」


 その言葉に俺の眉間には深い皺が刻まれる。


「ウロボロスを辞めればいいんじゃねぇの?」

「そ、そんな事をしたら、今度は私が……」


 ターゲットになっている俺を前にそんな事言うわけね。


 俺は心底ガッカリしてしまう。

 謝っていたのも上辺だけで反省なんかしていないのだろう。


 ま、一般的なヤツはコレが普通なんだよな。

 裏付けもない癖に無駄に力を持ったりすると、その力に振り回されるんだ。砂井はそんなパターンだろう。

 その周囲にいるヤツは自分に攻撃が向かないように流されるだけで、現状を打破する気概なんてあるわけない。


 砂井にしろ、親の権力と金がなければただのガキだ。

 大企業の重役だか何だかしらんが、自分の力じゃねぇしな。

 もう、ヤツも一端の大人だろうし、自分の背景たる権力が自分の実力じゃなかった事を気付いたはずだろう。

 それでも俺にちょっかいを掛けてくるってのは、学生気分が抜けてないというか、それとも社会生活での鬱憤を俺にぶつけて来ているとかか?


 相変わらずちっちぇぇぇえぇぇえぇ!


 現実世界にしろ、ティエルローゼにしろ、もっと広い世界を知った俺としては肝っ玉の小っさい砂井などは相手にもならない。

 小柳ルイにしろ、自分の周囲だけを全世界だと思っている。

 まさか異世界なんてもんが存在してるとも思ってないだろうしな。


 小悪党が手に入れた程度の力など、本当の力の前には虫けら同然なんだよ。

 神やら古代竜やら魔族やらの力を考えればな。


 魔族たちは古代の地球に少なからず影響を与えた者たちだという事が解ってきた。

 彼らのような力の持ち主からすれば、小さい島国の一地方の個人がイキッたからといって何だというのか。


 そして、今の俺はそんなヤツらの知己まで得たし、一緒に行動してたりするんだからな。

 コネクションは非常に大事だし、使い方によっては大きな力になる。

 その力の使い方を間違えると砂井のようなクズになる。


 俺はそんな轍は踏まない。

 だから、もうウロボロスなどと付き合うつもりもないし、ルイをどうこうするつもりも、助けるつもりもない。

 流されてきたツケは自分で払えばいい。


「小柳……いや、ドーンヴァースではコルたんと呼ぼうか。

 もう俺には関わるな。

 そう、ウロボロスの奴らにも伝えておいてくれ」


 ルイ、いやコルたんは大きく目を見開き涙を浮かべている。


「もし、俺に関わって来たら、今日よりも徹底的に対処させてもらおう。

 仲間たちもそう思っているようだしな」


 俺がそう言うと、コルたんの後ろにいる仲間たちは冷たい視線をコルたんに向けて頷いた。


「ケントに手を出して無事に済むと思われては困る。

 全身全霊を以て対処させてもらおう」


 トリシアの氷のような言葉に、コルたんはビクリと肩を揺らす。


「そうじゃな。我としても全力でケントを守ろうぞ。我はケントの盾じゃもの」


 瞳孔を縦にしながらもニッコリと笑うマリスが、めちゃくちゃ怖い。


「ケントに……敵対するヤツは……俺が屠る……肝に銘じておけ……」


 ハリスは隠すつもりは全くないのか、黒いオーラがゆらゆらと揺れている気がする。

 目には殺気、手を懐に入れている所を見るとクナイか手裏剣を握ってそうですな……


「そうです。これ以上ケントさんを困らせると神々の天罰が落ちるのですよ!」


 何故か得意げに胸を張るアナベルだけがいつも通りの天然な雰囲気を醸し出していらっしゃる。


「今回は主様が言っているので見逃しますが、私の視界に再び入ることがあれば、生まれてきたのを後悔するような永遠の苦痛を与えてやりますよ?」

「妾もコラクスと同様です。妾の主様に近づいたら容赦は致しません。心して生きることです」


 あ、もっと怖い人たちがいた。

 アモンもアラクネイアも主人が関わると人が変わるよね。

 って俺が主人だから、もっと手綱を引き締めるようにしないと駄目かな?


「して、我が主よ。今後、いかがなさりましょうや?」


 フラウロスが歯を剥き出しにして言う。

 これ、笑ってるんだからね?


 コルたんは仲間たちの尋常でない気配を感じてガタガタと震えている。


「ま、そういう事だ。これ以上俺に付きまとうな」


 コルたんは立ち上がると部屋から震える足で駆け出していった。


「みんな、済まん。

 迷惑を掛けたようだね」

「何を仰っしゃりますか。このアモン、主様の危機あれば、どこであろうと、何があろうと、我が生命差し出す所存なれば!」


 アモンがいつも以上に熱い。いや、暑苦しい。


「我もアラネアも同様ですぞ、我が主よ」


 フラウロスもアモンに倣って跪く。アラクネイアも頷く。


「やれやれ、魔族は忠誠心過多気味だな。

 だがケント、部下の忠誠心は非常に重要だ。

 それに応えてやるのも主の努めと心得ておく事だ」


 トリシアは腕を組みつつニヤリと笑う。


 相変わらずカッコいい姉さんだな。

 言われるまでもない。彼ら三人は責任を以て俺の事業の役に立ってもらうよ。

 疑いもせずに俺の願いや命令を確実に実行してくれそうな彼らを無下にするつもりはないしね。


「俺にも……期待していい……」

「む。ハリス、抜け駆けは許さんぞ。我もケントの役に立つのじゃぞ!?」

「はーい! 弟子として私も尽力するのです!」


 控えめなハリス、成りは小さいが何故か俺に懐いた古代竜のマリス、最近は殆ど俺への信仰心を隠さなくなってきたアナベルたちが自己アピールを始めた。


「ああ、みんな。よろしく頼むね」


 そんな仲間たちに俺はニッコリと笑って返した。


 トリシアはやれやれと肩を竦めつつ溜息を吐いた。


「みんなもこう言っているんだし、私も微力ながら力を貸そう。

 さっきのヤツの話を聞いても、ケントに落ち度があるように感じられなかったしな。

 あんなヤツらがケントの周りを彷徨いては、いつ魔神に落ちるか判らん。

 それだけは絶対阻止させてもらう」


 ま、魔神に落ちるほど俺はダークな魅力はないんで、全然大丈夫だと思いますけどね。


「疲れたな。

 今日はティエルローゼに戻ろうか」

「そうしましょう。

 主様は働きすぎです。もう少しご自愛頂きたいものです」


 本当に困った子といった風にアラクネイアが顎に手をやる。

 そういう仕草は何となく美女に蔑まれてる気がして、グッと来る感じになるから勘弁ね。


 こうして仲間たちとの初めてのドーンヴァース体験は終わった。


 今後もドーンヴァースで冒険できたらいいですな。

 現世での後腐れ的な事件はあったけど、仲間たちと一緒なら撃退も難しくないしな。


 それと砂井だが、数日前から全くログインしてきてないそうだ。

 あいつの事だし、ゲームに飽きたんだろう。

 どうでも良いやつの事なんて、もう考える必要もないか。

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